11 医療魔法
翌朝、周囲が明るくなり始めた頃に目が覚めたオレは、三人を起こさないように気を付けて寝床を抜け出した。
結局夕べは何も食べさせてやれなかったからな。
何か食い物を探してきてやろう。
騎士団の訓練の後だけどな。
着の身着のままで寝ていたオレは、ローエングリンの槍を持つと、そのまま半壊している室内を音を立てないように歩いて外へ出た。
一昨日槍を振り回していて思ったんだが、なんか体が異様に軽いんだ。
試しにと思ってメインストリートを王宮に向かってダッシュしてみたところ、後ろでドカンとでかい音がしたけど気にしないでおこう、
ソニックブームなんていっても誰も知らないだろうから。
そして、もう本気を出すのは止めた。
まさか、音速を超えるとは思わなかった。
オレ、人間やめたくないし。
エリカの野郎、どんなエンチャント付けてオレを召喚しやがったんだ。
大岩に突き刺さった槍は砂場の包丁みたいだったし、振り回してみれば割り箸みたいだったしな。
走ってみれば音速超えやがった。
これでジャンプして大気圏突き抜けたら洒落にならんからな。
しないぞ。
絶対しないぞ。
ってことで騎士団の訓練場へ到着した。
ケイザに挨拶してすぐに訓練に加わった。
なんかいきなり重い武器振り回して肩を押さえてるやつとか、剣を振り回してそのまま倒れ込んだやつとかいるけど。
あの倒れ込んだやつ、アキレス腱切れたんじゃないのか。
可哀相だがあれは一生片足が不自由なままだな。
この世界には足を引きずって歩いてるやつが結構いる。
アキレス腱をつなぐ手術なんて難しくないんだろうけど、この世界じゃ無理だろ。
エリカみたいな治癒魔法の使い手が居ない限り。
そういえば、エリカが言ってたな。
大きなけがは治すのが難しいって。
それって、魔法を使うやつの知識の問題もあるんじゃないだろうか。
ふとそう思った。
騎士団に配属されたシスターみたいな恰好をした女性が倒れ込んだ騎士に駆け寄ってなんか魔法を使ってるみたいだけど、上手くいかないみたいだ。
ま、人体の構造なんて知るわけないからな。
後は神様にでも祈っててくれ。
って、オレは使えねぇのかな、魔法。
なんか隷属の魔法とかいう強烈なヤツ消し飛ばしたらしいけど。
朝一番の一日一善、試してみるか。
オレはそのまま倒れている騎士とシスターのところまで歩いて行って声を掛けた。
「大丈夫か」
「勇者さま。いつもそうなんですが、足を怪我されても上手く治せる時とそうでない時があって、なんか落ち込んじゃいます…」
あんた、ちょっと可愛いね。
その仕草いいんじゃないかい。
じゃなくて、騎士の足に注目してみたが、分厚いズボンみたいなのを穿いていて状態が分かりにくい。
「だれかこいつのズボンを脱がしてくれないか」
近くに居る騎士たちに声を掛けると、飛んできてたちまち脱がしてしまった。
しまった。
下着なんか穿いてるわけないよな、ここじゃ。
シスターなんか真っ赤になって手で顔を隠してるけど指の間から見てるの分かってるよ。
ってか、この場合騎士はシスターの軽奴隷になるってことはないのか。
ま、どーでもいーけど。
取り敢えず俯せにして痛がる足を触ってみたら、やっぱりこれアキレス腱切ってるわ。
上の方で大きく膨らんでるし。
縮まってしまったアキレス腱を元のように真っ直ぐ繋げるイメージで『治れ』と念じると、あら不思議。
元通りになっちゃったわ。
オレ、治癒魔法使えるんだ。
へぇ。
「これは勇者殿、忝く存ずる」
やっぱり言葉が固いぞ、ケイザ。
で、痛がってた騎士はいきなり痛みが消えて立ち上がりやがった。
だから、シスターが興味津々で見てるってば。
指の間から。
「動ける。動けるぞ~」
って、うるせぇよ。
気持ちは分かるけど。
「どのような魔法をお使いになったんですの」
なんてシスターも訊いてくるし。
胸に迫力があって顔もよく整っていらっしゃる。
オレ好みでいいじゃないの、この娘。
いや、このシスター。
知識欲に目覚めたようにオレに質問してくるところなんかいい感じだよ。
「今日は予定も詰まってるから、後日で良ければお教えできるかと」
それエリカの上目遣いと同じくらい反則だから。
主張の大きな胸をオレに押し付けてくんの。
それよりさ、早くズボン穿けよ、お前。
シスターの視線がオレとお前の股間を行ったり来たりしてるんだから。
そうこうしてるうちにケイザが近づいて来た。
「総当たりで訓練をお願いしてようござるか」
って、やっぱり侍みたいだなこの騎士団長。
ということで訓練開始。
オレはローエングリンの槍は置いといて、訓練用の長い木の棒を渡された。
何、これ。
ローエングリンの槍よりまだ軽いんだけど。
ま、いっか。
結果的にオレの動きについてこれるヤツはいなかった。
騎士団長ケイザも例外ではなく、この国の最高レベルの戦力を右手一本で完封してしまったみたいだ。
全員起き上がれないほど疲れ切ってる。
なんだよなんだよ。
お前らプロの軍人だろ。
なんかあった時それじゃマズいんじゃないのか。
ってことで、もう一度訓練を頼まれたから、次までに必ずフル装備の鎧姿で王都の城壁を三周できるようになってたらってことでOKしてやったさ。
いつごろになるかね、この課題を達成するの。
太陽が中天に差し掛かる前に訓練が終わっちゃたもんだから、また何しようか考えなきゃな。
そうだ、いいこと思いついた。
「シスターさん、この後ご予定は」
「まぁ、私のことはアリスとお呼び下さいませんか」
なんか、一歩踏み込んできやがったぞ。
その心意気、買った。
「ではアリスさん」
「アリスです」
「では、アリス」
「はい、勇者さま」
うん、強敵だな。
「今日はこの後何をするのかな、アリス」
「今日は一日騎士団の訓練に付いているはずだったんですが、勇者さまのおかげで予定が空いてしまいました」
「そうか、それは悪いことをしたな」
「いえいえ、勇者さまにはお聞きしたいことが有りましたから」
「今朝の治癒魔法のことか」
「はい」
「では、場所を変えようか」
「はい、喜んで」
「では、一度邸へ帰るから付いて来てくれるかな」
「何処へなりともお供します」
ってことで、オレはシスターのアリスを連れて邸に戻って来た。
邸の中では自称オレの奴隷たちが中の片付けと掃除に励んでいた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませー」
「また女の人連れてるー」
おい、人聞きの悪い事言うんじゃない。
こいつはオレが連れてるんじゃなくて付いて来ただけだ。
一緒か…。
「こちらはどなたたちなんでしょうか、勇者さま」
「こいつらは…、なんて説明すればいいかな」
一瞬言いよどむと、アリスの視線が若干きつくなったように感じてしまう。
「まさか、勇者さまは私のような成人女性はお好みでないとか」
「どーしてそう考えるんだよ」
「昨日一緒に居たエリカさまも若いよね~」
「そだねー」
「ねぇ、ご主人様、私とシスターの胸、どっちが好き」
ぶほっ。
そんなもん、比べるまでもないだろ。
比較できる段階になってから聞きに来い。
無言でシスターの胸に視線を飛ばしていた3人娘は、敗者の悲哀を味わうことになった。
「今日は治癒魔法を教える代わりに食料調達を頼みたいんだが、大丈夫かな」
「へっ、食料調達ですか」
「そうだ。オレたちには先立つものが無い」
「それで私に、ですか」
「そういうことだ」
「なんだ、期待してきたのに」
小さい声で呟いてるけど聞こえてるからな、それ。
「ダメなら仕方ない。今回の話は無かったことにして他の誰かに頼むしかない」
「あー、また女の人連れて来るのー」
「きっとあたしより胸が大きいんだ」
「現実が痛いわ」
お前ら何言ってるの。
なんかオレがそれ目的で言い訳をでっち上げてるみたいじゃないか。
心外だな。
「いえ、ダメじゃありません。喜んでお手伝いさせていただきます」
そう言うと、シスターのアリスは三人娘に食べたいものを聞き始めた。
「では、先に食料調達に行って参ります」
出ていくアリスを見送りながら三人娘は小さく呟いた。
「私たちもあれくらいあればいいのかしら」
「顔が埋もれるくらい必要なの」
「努力有るのみ」
もういいって。
未来は明るいぞ、お前たち。
抱えきれないほどの食料を買って帰って来たアリスは、それらを慣れた手つきで壊れずに残っていたテーブルの上に置き、一緒に付いて来た食料品店の少年が担いできた残りの食料と飲料水を部屋の隅に移動させた。
「さて、用事は済ませました。ご指導お願いします」
「うん、ありがとう。じゃ、始めようか」
そう言うと、オレは手近にいた三人娘の一人を捕まえて俯せに寝かせて、足首から膝裏に至る脹脛をなぞりながら説明を始めた。




