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天空の覇者  作者: 炎 立見
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9 その恰好はいかがなものか

 エリカの治癒魔法による虹色の光が消えると、襤褸切れのようだった三つの体は細かな傷が無くなっていた。

 おまけに血行も良くなったようで、体にくっ付いている服らしき布切れ以外は普通の人間に見えた。

 凄い効き目だな、治癒魔法。

 そして、この三人が女性だと分かった。

 栄養状態が相当に悪かったのか、元々そうだったのか、女性を主張する部分が三人とも控え目だったのでよく分からなかったんだが、軽くて小さいから子供だと思っていた。

「オスカーさま、見ちゃダメです」

「何がだ」

「三人とも女の人じゃないですか」

「そうみたいだな」

「ほら、やっぱり見ちゃダメです」

「なんでだ。見るとこねぇし」

「そういう問題じゃなくてですね。女の人の体は夫以外の殿方は見ちゃダメなんです」

 ま、言いたいことは分かるけどな。

 でも、お前以上に控えめだぞ、こいつらの胸。

 洗濯板に干しブドウって状態だ。

 なんで女性だと分かったか。

 そりゃ、何もついてなかったからだ。

 オレが視線を外さないもんだからエリカが手を広げてオレの前に立ち塞がりやがった。

「だからダメなんですってば」

 意味が分から・・・ねぇことはないけど、そんなに言うほど魅力的でもないぞ、こんな幼児体型。

 オレたちが言い合っていると、助け出した三人が意識を取り戻したようだ。

 キョロキョロと辺りを見回し、次いでお互いの恰好を見て目が点になっている。

 ここは誰、私は何処、って状態だ。

 あ、反対か。

「あ、あのぅ…」

 中の一人がおずおずと話しかけて来た。

「あなた方は…」

「オレか、オレは…」

 名乗ろうとしたところをエリカに遮られた。

「私はエリカ。エリカ・フォン・サリンジェスです。そしてこちらは私のだんな様でいらっしゃいます、オスカー・フォン・ローエングリン伯爵さまです」

 いや、そんな厳密な自己紹介が必要か、今。

「伯爵さま…」

「サリンジェスって…」

「公爵さまの…」

 三人がてんでに何か言ってる。

 すると、何かに気が付いたのかいきなり片膝付いた姿勢になりやがった。

 その状態でその姿勢はいろいろとマズいことになってるぞ。

 襤褸が肩に引っ掛かってるだけなんだがな、今は。

 上半身はなんとも思わないが、下半身は非常にその、ナニなわけだ。

 エリカがきゃーきゃー言って飛び跳ねてる。

「伯爵さまの前でそんな恰好をしたら~」

 とか言ってる。

 何かあるのか、オレの前で裸だと。

 わけ分からん。

「我々はもう軽奴隷の身ですから、今更…」

 中の一人がぼそっとそう言った。

 エリカが何かに気付いたように三人の襤褸切れに隠れた首筋を見て嘆息している。

「あぁ、こんなことって・・・」

 だから、意味分からんって。

 オレが理解できるようにちゃんと話せ、この野郎。

 野郎じゃないけど。

「これはその、王国法で定められた奴隷に係わる条項で…」

 なんだ、奴隷って。

「さっきも申し上げましたが、女性が男性に裸を見せるのは夫だけで…、夫だけなんです」

 そりゃそうだわな。

 自分の嫁さんが誰彼構わず裸見せて回ったらまずケンカになるわ。

「女が男性に裸を許すのは、結婚を承諾した場合と妾になることを承諾した場合、そして軽奴隷になることを承諾した場合です」

「軽奴隷」

 思わず大きな声が出たじゃねぇか。

 なんだよその、軽奴隷って。

 奴隷に重いのや軽いのがいるのか。

 ワケ分かんねぇぞ。

「軽奴隷は終身奴隷と違って一定期間を奴隷として主人に仕えますが、期間が過ぎると元の一般人に戻ります」

「なんだってそんな制度があるんだ」

「いろいろ意見はあるみたいですけど、三代目の国王様がお決めになったことなので詳しい経緯は知りませんが、孤児を死なせないための制度だそうです」

「孤児をか」

「はい。病気やケガ、戦争や犯罪に巻き込まれたとか、親が犯罪を犯したとかで子供だけが残された場合、その子が一人で生きていけるようになるまで面倒を見るというのが目的だったそうです」

 なるほどな。

 中世レベルの政治環境じゃ社会福祉なんぞ夢のまた夢ってことだ。

 親が死んだら子供も死ぬのは自明の理ってわけだな。

 少しでも人口を減らさない工夫ってとこか。

 なかなか先進的な考えを持ってた人みたいだな、三代目の国王ってのは。

「それが時代を経ていつの間にか性奴隷のような意味を持つようになってしまいました」

 なるほどな。

 男の下半身は別人格だから、表向き良いカッコしてても裏じゃそういうことが好きな野郎は多いだろうしな。

「でも、軽奴隷の場合性奴隷になるのを拒否することも出来ます」

「あくまでも制度上はって顔してるぞ、エリカ」

「おっしゃる通りです。だから、裸を見せたら性奴隷になることを承諾したと見做されるんです」

 なんか抜け穴の多そうな制度だな、そりゃ。

「お考えになっている通りです。抜け穴だらけの制度なんです」

 ま、いろいろ思うところはあるけど…。

「なんでそいつらの首を見てたんだ」

「伯爵さまにお見せしてもいいかしら」

 一番近くに居た少女にそう問いかけると、そいつはエリカにこっくりと頷いた。

「首筋に細い筋が見えますか」

 どれどれ。

 あぁ、これか。

 またきっちりと首の太さに合わせたような糸だな。

「苦しくないのか」

 そう訊くとそいつは首を横に振って教えてくれた。

「これは魔法の糸です。私の成長に合わせて大きくなっていきますけど、外そうとしても取れません」

「へぇ。下らんことを思いついたヤツがいたんだな」

「そうですね、誰が考えたかお分かりですか」

 エリカがそう訊くので思いついた答えを言ってみた。

「この邸の元の持ち主だろ。コーセヌ伯爵家の誰かだな」

「なんで分かっちゃうんですか。スゴすぎます、だんな様」

 おいおい、いつの間にかオスカーさまからだんな様に昇格してるぞ。

「裏で性奴隷になることを無理やり承諾させた軽奴隷を売って財を成したんだろ、どうせ」

「そんなことまで…」

「そんなヤツらの考えそうなことだ」

 きっと今のオレは苦虫を嚙み潰したような顔をしてるだろ。

 エリカがそっとオレに寄り添ってきた。

「だんな様が気に病むことではありません」

「そうは言っても、この国の貴族に列する身としてはな」

「そう言われるだんな様で良かった」

 エリカがオレの胸に顔を埋めて泣いていた。

 女の身として心が痛かったんだろうな、きっと。

「この糸みたいなものは取れないのか」

「はい。この制度を考え出したコーセヌ伯爵家にだけ伝わる秘法で、秘術を伝授された者にしか取り外し出来ません」

「なんとまぁ、厳重なこって」

「歴代の教皇様や聖女様の中には外せる力をお持ちの方もいらっしゃったみたいですけど…」

「ふーん、それって聖魔法ってことだよな」

「そう、なんでしょうか」

「こんなことしやがって」

 オレは頭にきていたのでその糸のような束縛の証を指で押さえて怒りをぶつけたのだが。

「取れた」

 へっ。

 取れたって。

 ホントだわ、取れてる。

「なんというお力でしょう。さすがは私のだんな様、勇者さまです」

 残りの二人も期待を込めた顔をしてこっちを見てる。

 取ってやるよ、そんな顔しなくたって。

 で、分かった。

 怒りなんかぶつけなくてもいいんだ。

 ただ、外れろと念じるだけで良かった。

 軽奴隷の枷から解放された三人は、なんでだか改めてオレに向かって片膝を付いてる。

 だからその姿勢はヤバいんだってば。

 エリカの視線が痛いなぁ…。

 襤褸切れを首に巻き付けただけのような少女をそのまま歩かせるわけにもいかず、オレはエリカに三人の傍に居ることを命じて大扉のところまでやって来た。

 そこで外に向かって大き目の声で呼びかけた。

「居るんだろ、ケイザ」

 すると、崩れた彫刻の残骸の影から男が現れた。

「気付いておられたか」

「ま、半分は当てずっぽうだけどな。エリカが来てるから護衛が居ないわけないし」

「恐れ入りました」

「それでなんだが、女官かメイドを寄こしてくれないか」

「如何なされた」

「違法に拘束されていた少女を発見したんだが、恰好が格好でな。そのまま外に連れ出すわけにもいかん」

「了解いたした。すぐに手配仕る」

 詳細も聞かずに走ってっちゃったよ。

 待つほどもなく、おれも顔なじみのメイドが2人ケイザに連れられておずおずと近づいてきた。

 どこへ連れて行かれるのか、といった表情は強張っていたが、オレとエリカが並んでいるのを見てホッとした様子で腰を折って挨拶をしようとした。

「挨拶は後だ。付いて来てくれ」

 そう言って二人のメイドを少女たちが隠れている物陰へと連れて行った。

 もういいというのに、また片膝を付いて礼の姿勢を取るもんだから。

 ほら、メイドさんたちが真っ赤な顔して固まってるじゃないか。

「ローエングリン伯爵さま…」

「いや、勘違いするんじゃねぇ。こいつらが外を歩けるような服を調達してほしくて呼んだだけだ」


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