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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Anfang Symphony
40/44

パンテラオ王国/11

口に含んだ珈琲の味は感じられなかった。普段なら苦味が舌を刺激して目が冴えるというのに。背凭れに体重を預け、まだ整理のつかない頭を回してすっと目蓋を閉じた。

動物の肉を焼いたような匂いに髪が焼けた臭いが混ざり合い、風が止んだ塔の下で異臭が立ち込めていた。今まで見てきた異形の死体ではない、辛うじて人間の形を保った触れてしまえば崩れるだろう炭の塊。一瞬、判別がつかなかったが、それがマリーだと分かってしまった理由は、彼女が肌身離さず首から下げていた銀のアクセサリー。旅立つ前々日に顔を合わせた後に行われた夕食会で、"これは大切な方から頂いた御守りなんです!"と嬉しそうに摘み上げて見せた銀のアクセサリーだった。あの夕食会に参加していなかったディスティーはそれがマリーだとは分からなかっただろう。よく目を凝らして見るとそれはひび割れており、それが魔法や魔術が付加された御守りだったとすれば広範囲に渡る床に焼き付いた炎の跡も理解出来る。だがギュシラーの判断を迷わせたある一部分の焦げつき。その浮かび上がったものは彼女には到底扱うことが出来ない剣の形だった。何者かに襲われた際に応戦したのか、応戦したのならば魔法や魔術を使う筈だ。それに加えて実物は無く、誰かが持ち去ったのか或いは自分と同じように精霊の形を変えたのか──

「……何も用事が無いようなら部屋に帰るが。」

自分の存在を忘れて思考に耽るギュシラーに呆れたように言葉を発する。出された珈琲に口をつけ、反応も無い彼の様子に青年は目を細める。おおよそ見当は付く。先程発見されたマリーについてだろう。魔術師らしいと言えばらしいが周囲の音を遮断して考えるのは少しやめてほしいと彼は思っている。妙な行動を起こさなければ良いが、止める人間はもう青年しか居ないため彼としては面倒事は避けたいのである。まあ精霊が止めてくれるだろうが、あれの絶対的主人はギュシラーだ。よっぽどの事が無ければ味方にはならないだろう。

<スティアよ、ゴエティアの奴が言っていた妖精が近づいて来ている。>

先程美味そうな匂いを嗅いだフェンの腹の虫は肉を求めて蠢いている。何故監視するような真似をしているのか問いただしたい所だが精霊がついていない魔術師を放って置くのはあまり良い決断ではない。

<消しといて欲しい。…人目のつかない所でなら食べて良いよ。>

青年の影から抜き出たフェンは嬉々として他の影に忍び込み、獲物の元へと走った。ふっと小さく息を吐き、ギュシラーの様子を盗み見るが変化は見られない。どうしたものかと天井を仰ぎ、青年は目を見開いた。

「…始めまして勇者様。このようなみっともない姿で現れた事をお許し下さい。わたしはアーサー王に創造されし名もなき精霊。王からの伝言をお伝えしに参りました。」

驚く青年を余所にさもこれが当然だと言うように天井を歩き、ディスティーの横へと舞い降りる。目蓋は閉じられ、身体を形成する物質は人間とは違う。一目見ただけで分かる無機質さはセヘプテムタで襲われたの人形と同じようだった。魔術師を思考の海から引き揚げるかと一瞬悩むが後々伝えれば良いだろうと青年はそう判断した。

「第四代国王アーサー=スレクェア・ペンドラゴンより伝える。新たな戦力として騎士アルフレッド・エリオットを遣わす──」

きっと拒否権は無いのだろう。それを明確にしたのは伝言を伝えるだけ伝えて、目の前から消えた事だ。此方側の意見などは聞かないと言うように。…騎士アルフレッド・エリオットか。騎士と言うものは朧げな記憶にあるダガーを購入した際に案内してくれた騎士しか思い浮かばない。一人増えようが二人増えようが青年にとっては何も変わりはしない。

「…おい。ギュシラー。……おい!」

肩を揺らされて漸く目蓋を開けた彼の視界には不機嫌そうに眉を顰めたディスティーが肩を掴んでおり、自分の悪い癖がまた出たのかと頭を抱えた。自分にはどうも深く考える癖がある。目の前に居る人物── ディスティーにおいてもそうだ。何故魔族である淫魔と手を組んでまでパーティを離れなければならなかったのか。その目的は一体?そして何故セヘプテムタに居たのか、どうしてドゥムと行動を共にしていた?行動の節々には不信感を抱いてしまうものがある。

「…お前が思考に耽っていた時、ミルターニャの王の使者が新しい戦力として人を送ると言っていた。…伝えたかったのはそれだけだ。」

部屋を出て行こうとする彼を慌てて止め、訝しげに見つめる視線を感じながら聞きたい事があると伝えればディスティーはソファへと嫌々戻った。

「………どうしてパーティを離れるような真似をしたんだ?」

魔術を使い盗み聞きの真似事を行っていた魔術師なら淫魔と手を組んでいたという事は分かっているだろう。

「…確かめるため。踏ん切りを着けるため。」

青年のあの行動の元はこれだ。嘘は言っていない。真実だ。これを良いように勘違いしてくれれば良いが一筋縄ではいかないだろう。ギュシラーの目を見れば一目瞭然だ。

「何を確かめるためだ?」「…俺の過去に関するものだ。」

魔術師は黙った。…これも嘘ではない。甲高い金属音を響かせ剣と剣が交わる中でかち合う視線。紺青色をした瞳が青年の記憶の中に居る人物と重なった。そして力の緩みに乗じて剣を弾き、闇に斬り込む。闇の向こうにはほんの一瞬だったが見知った顔があった。青年は目蓋を閉じて、忘れようと思った。もうそれは思い過ごしだったのだ。魔王との面会や謁見とでも言おうか。魔王を物に例えるなら鏡だ。人の弱さを写す鏡。相手の大切なものに姿を変える。しかし淫魔の話と食い違う。ただ単に淫魔がそれを知らなかっただけかもしれない。直接本人に聞いたのだ。…魔王の言葉を全て信じるわけではない。また大切なものを自分で壊してしまうのが恐ろしい。だが自分には逃げ場など、もう。

「俺の過去について聞きたければ精霊にでも聞け。何処まで知っているかは知らないがな。」

「またペリドートか。…もう一体…契約している奴にも言われた。二十年前に魔王討伐隊の中にペリドートとその契約者が居たらしい。だが精霊の名はシルフ。四大精霊の一体だ。」

勝手にペリドートが現れない様に通常の召喚陣の上に結界術を書き組み入れる。こうすれば容易には此方側には出ては来れない。

「その二十年前の討伐隊の中に居た魔術師クローカス・ポロスがシルフの契約者。パーティの治癒師アーディ・カーフェンがこの国に残していった手記に書かれていたから間違いは無いはずだ。」

渡された手記には事細かく討伐隊の軌跡が記されていた。この手記の持ち主アーディ・カーフェンは几帳面な性格だったのだろう。だが節々に血が滲んでおり、その箇所には文字が乱れている。肺を患っていてもなお旅を続ける。どうしてここまでして魔王を倒したいと思うのか。

「アーディ・カーフェンは魔王に滅ぼされた王国の貴族で、復讐を果たすために討伐隊に志願したそうだ。

…ディスティーは、……いや聞いているばかりじゃ駄目だな。

俺が討伐隊に志願したのはこの手記の持ち主と同じ…単なる復讐だ。両親を殺した魔物を探し出し、この手で殺すためだ。」

冷めた珈琲を口につける。冷めても美味しいと感じるのは本当に美味しい珈琲のみだ。奥深くに眠る記憶の中にある味によく似ている。父が珈琲を飲む姿が格好良く見え、真似して一度だけ感じた味だ。自分が珈琲を好むのは父の影響で、そして考え耽るのは読書の虫であり作家であった母の影響なのだろう。水面に映った彼の瞳は懐かしむように目を細めていた。──溶けた皮膚の下に赤々とした肉。その肉に埋れている骨が浮かび上がった母の腕。防御壁も打ち破ったと言われる炎を母から庇い、まるで人間が肉を焼くように、父は見るも無残な姿で息も絶え絶えに運ばれて来た。魔王に目をつけられた名家に仕えていた父はその名家に関わるもの全てを根絶やしにするべく、仕向けられた一体の魔物は散り散りに逃げる一家を追うこともせずに当主と仕えていた人間を狂ったように殺していった。最後の一人になるまで応戦するも殺されてしまうと悟った父は町で買い物に出かけていた母を安全な場所に転送させていた途中に炎に焼かれたらしい。祖父や祖母達が必死になって看病している背中を覚えている。その日からだろうかドゥムが変わってしまったのが。

「…俺はギュシラーのような大層な理由は無い。此処にいる理由は死に場所は自分で決めたかったからだ。……この旅には俺の意思は無い。」

あの男──バルサーに問われた事がある。"お前は復讐しようとは思わないのか"と。誰にとは言わなかった

が大抵少女を食い殺した魔物についてか、または俺の存在を良くは思っていない村人かのどちらかだ。何度も出来ては潰れる肉刺によって硬くなった手のひら。復讐しようと何十年も鍛錬をしていたのではない。だがこの手は何のために。

「……逃げようとは思わないのか?」

「…思わない。…、勘だがこの旅を続けていれば会いたい人に会えるかもしれない。それだけだ。」

暗雲が垂れ込める空に目を向けて、鏡のように反射する硝子窓に深緑色の瞳は何処か遠くを見つめており、何処か寂しそうにも見えた。その横顔が記憶の中にある誰かと重なり、既視感が現れては消える。悪魔の様に心を読めるわけではないが、…彼の場合は憂いを帯びていた。気がした。

「会いたい人は兄弟か何かか?」と何となく問いを投げかけると旅では一度も見せたことのない笑みを、柔らかな笑みを見せて「…違う。」と答えた。

「…俺達のことは後で話せばいい。今は精霊と魔法治癒師のことが先決だ。」

ディスティーの笑みに驚いていれば何事も無かった様に普段の無表情に戻り、そして何よりほとんど干渉して来なかった彼の"後で話せばいい"という言葉に妙に嬉しさが込み上げた。

「なあに楽しくなさそうなお話をしてんだ?」

勝手に消えたり現れたりと忙しい男いや──悪魔フェネクスは突如として現れ、精霊ペリドートの召喚陣に上書きされた結界術に更に塗り重ねるよう手の平を置く。その途端に電撃が走った閃光が視界を白く染め上げた。人前に出るなと言っているのに…!!と血が上った頭には良い目くらましで視力を取り戻した頃には怒りは収まりつつあり、少々苛立った声音でお前には関係無いと言い放った。

「御主人サマよ、俺の言葉を忘れたか?もう一度言うぜ、魔女には関わるな。あれが死のうが関係のない事だ。まあ?俺にとっちゃあ嬉しい事だがな。ああ…言い忘れてたが、早くこの国から出たほうがイイぜ。ここら一帯に住んでいる妖精が怯えてるからな。」

「…魔女?」と聞きなれぬ単語に首を傾げる青年はこの男の話を余り理解出来なかったが、王国から出た方が良いということだけは分かった。

「何だ、聞いてねえのか?御主人サマってば隠したがり〜!というより話す機会が無かったのか?面倒くせえが俺様から話してやろう。」

愉快そうに口元に手を当てて笑うフェネクスを見て、変に歪曲させて話されるより自分で話した方がいいと判断したギュシラーは悪魔を押し退けて溜息を吐いた。

<スティア、スティアよ。妖精を食らったが、彼奴は人間の身体を操って行動しているようだ。この城の頂点にも同じ気配がする。>

口を開こうとするギュシラーを横目に影からひょっこりと顔を出したフェンに手を伸ばし、口元に付いた血を拭ってやりながら青年は一度目を伏せた。

「このアーディ・カーフェンの手記の他にも、同じような旅行記を読んだ。アーディ・カーフェンが所属していた討伐隊は全滅したがこの旅行記を書き残したパーティの人間は勇者が魔王に倒され、命からがら逃げ帰ってこれを王国に持ち帰ったらしい。この手記によると俺たちと同じパーティ構成で、そして魔法治癒師の名は"マリー"。過去にミルターニャから送り出された討伐隊に所属する魔法治癒師の名は全て"マリー"だった。

……こんな偶然あると思うか?無いな。調べればミルターニャから旅立った討伐隊には必ず監視官がつく。」

契約者の長ったらしい説明に飽き飽きしたような顔でフェネクスは「その監視官って奴が魔女。あんたらで言う"マリー"だよ。格好は変わっていたが、二十年前と同じ姿だったぜ。」と話に言葉を被せるように口を挟む。あの精霊も同じような行動に出ていただろうなと目を細めて、契約者の目を盗みつつ封印を重ねた召喚陣を見つめた。私利私欲に狂った女はもう出て来れないだろう、人間じみた精霊とはおさらばだ。

「…その監視官が消えたとなれば、この討伐隊を監視する者はいなくなる。なら新しい戦力として加わる騎士は新しい監視官と言うことになるのか。」

妖精について後で詳しく話を聞きたいとフェンに伝え、影に戻って行った事を見届けながら青年は疑問に感じたことを言う。何故監視する必要があるのかと。

「あの国から魔王討伐隊が送り出される回数が三大王国の中で一番多い事は知ってるよな。それは監視官がつく理由と同じだ。討伐隊の存在によってパンテラオ王国を除くカエルムエィス王国、アレーティア王国、との同盟が成り立っている。…要は俺たちは言い方は悪いが生贄…、壁みたいなもんだ、あの国が他国に攻められないための。」

「いいや御主人サマ、その例えは正解だ。」

間髪入れず悪魔は主人の言葉を肯定した。"お前達は御国の平和(いじ)のために魔王に差し出されるただの生贄だ。"さも愉快そうに声を上げて、悪魔は笑い始める。鳩尾に一発、拳が入るも押し殺した笑いは漏れていた。

「……要するに俺たちが逃げ出さないように監視するためだ。」と疲れたようにギュシラーは言い切った。

悪魔は楽しくて仕方がないといった顔で何処からか持って来た酒瓶を揺らし飲み干す。現状俺達は何処にも逃げられないと言い切った御主人の表情は曇っている。この討伐隊に入ったということは命を落とす可能性があることを暗黙に承知しているのだ。だが逃げるという選択肢が無いことを今更気づいてしまった。いやそもそも逃げることも何故、視野に入れる?この男は兎も角、自分の目的を"復讐"と思い込んでいる御主人だ。復讐が終わればさようならなんて仲間を裏切る勇気など持っていない。こいつには事実上無理な話だ。

──そもそも俺と契約している時点でこいつは死なない。逃走の選択肢なんて選ぶ理由も必要も無いのだから。

「監視されて困ることでもあるのか?それにもう逃げ場が無いのは分かってるだろ。俺達は魔王に捕捉された。今更逃げても魔王の手下に追われる、それと王国からも追われる羽目になる。」

そうだ、そうだそうだ、この男の言う通り、魔王はあんたらを捕捉した。甘い考えが頭から離れない御主人と違ってこの男は現実を見ている。諦めていると言っても間違いはないだろう。魔王は力の片鱗すらあの場では見せてはいなかった。圧倒されはする。あの姿を見れば。しかしこの男は成り行きで(ゆうしゃ)になった男。目的も無く、魔王を倒す意志すら見えない。しかしこの男は逃げないと言う。──『数世代前にも後にもあのような勇者は現れることはない。』どうやら吸血鬼の爺さんが言っていた通りらしい。

「人間にしてはひょいひょい嘘を吐くのが上手いな。まあ?それとも…勇者(あんた)の場合はそうだが、御主人サマは違うって言いたいのか?」

会って間もないにも関わらず声を聞くたびに不愉快さが腹の底から込み上げてくるが青年は表情を変えようとはしない。相手の思う壺になるからだ。眉を顰めて青年の言葉を待つギュシラーは何故フェネクスがディスティーにこう突っかかるのか分からないでいた。人間嫌いだというのに。

青年は答えない。言うつもりが無いのか、または言葉を選んでいるのかすらも分からない。それでもギュシラーは律儀に待っていた。悪魔はその様子を詰まらなそうに空瓶の中を覗き込み、丸い瓶底を見つめている。欲深い人間は悪魔が好む臭いを放つ。それを頼りに悪魔は人間に甘い言葉を耳元で囁く。欲が深くないギュシラーですら薄い欲の匂いがするが、この男からは欲の臭いはしない。人間には少なからず食欲、睡眠欲、性欲など欲望がある。人間だけのものではなく魔物にですらあるのに。フェネクスは人間嫌いだが町をふらつくことが好きだ。その町人の中には、この男のような人間が例外的に居た。それは満たされている者、騙される者。所謂、富豪やお人好しである。この男はどちらにも当てはまりはしない。

ふとフェネクスは視線を落とす。空になった酒瓶。光を当て、透かし見ればぐにゃりと歪む景色。悪魔は口角を釣り上げる。それを合図に己の気配と同化していたもう一体の悪魔が顔を出し、対象者の瞳を盗み見た。その途端に青年は悪魔の背後にいる何かに目を向けて眼光を鋭くさせた。蟲が皮膚の下に潜り込んでいくように胸の内側に何かが意思を持って蠢いている。魔力を操作して体内に入り込んだ何かを取り出すような芸当など少し齧っただけの青年に出来るはずがない。

「……薄気味悪い奴だな。これを止めさせろ。聞きたいことがあるなら言え。答えれる範囲なら答えてやる。」

普段よりも声音が下がり、怒気の含んだ声が室内に低く響く。悪魔は答えない。フェネクスの顔には笑みが浮かんでいる。パーティに参加する以前、常に浮かべていた薄気味悪いものを。ディスティーに声を荒げさせるほど、この悪魔は失礼なことをしたのだろう。

「──ユカナイト、我が手に剣を。」と詠唱の言葉が耳に届いた頃にはフェネクスの首から離れた頭部は円を描いて吹き飛んだ。血は噴き出ることはない。頭部は床に転がると同時に灰となり、辺りに漂う。一度灰となれば再生に数時間はかかる。正式な召喚ではないから尚更だ。

「…俺の契約している奴がすまなかった。数時間は元には戻らないから、その間は大丈夫のはずだ。」

ユカナイトに銀の器の中に灰を集めさせている間にギュシラーは深く溜息を吐いた。どうやら彼は彼なりに苦労しているらしい。

「…大丈夫だ。……精霊、魔法治癒師や今後についての話はまた明日にしてほしい。今の男を抜きで。」

最後の言葉を強調して言った彼に苦笑しながら頷き、ディスティーは部屋を後にした。「ディスティーにあまり突っかかるなよ。」と銀の器に眠る悪魔に嘆く。

「ねえギュシラー。ペリドートは何か封印されるような真似を仕出かしたの?自我や意思も制限はないし、未契約と同じ状態だし、私達は快適なのに。本当にペリドートは何をしたの?」

精霊ペリドートの魔法召喚陣が描かれた赤い布を摘み上げる。王女ヴァリエンテこと妖精ニヴィアンが言っていたようにペリドートの召喚陣は随分と特殊な作りをしている。ギュシラーは悪魔と契約する以前に専攻科目であった召喚術を嗜んでいたが、基礎知識のみで実演に至る前に強制退学となってしまったため、ほぼ独学であるがペリドートの陣は四大精霊の召喚陣に酷似している。ペリドートが四大精霊シルフだとすれば多少は頷ける。シルフの召喚陣と一致しないペリドートの召喚陣。本人に一度問い詰めたことがあるが"書き換えた"とのことで、自分で弱体化に繋がる真似をするのだろうか。…それに何故シルフと名乗らない。何故、自分の正体を隠すのだ。

そもそも彼は火の精霊ユカナイト、精霊の中でも稀な魔の力を持つオブシディアン、治癒能力を持つアンバー、この三体と契約を結ぶ予定であった。オブシディアンとの契約に乱入してきたのがペリドートである。そのためオブシディアンとは不仲だ。今だに根に持っているらしいが今は関係無い話だ。四大精霊と契約など到底する気はなかった。殆ど独学である自分に魔法の塊みたいなものをどう扱えと言うのだ。噂には召喚には平均的な魔術師一人分の魔力を消費すると聞く。

「契約違反。それに俺の唯一信用出来ない切り札からのありがたくない助言からだ。」

ティーカップに珈琲を注ぎながらユカナイトは首を傾げる。私達の契約内容はあまり大差はない。人間の願いによって作られた私達は個体差はあるが、創造主である人間に逆らえないように出来ている。そして大抵の人間は精霊を物として扱い、契約には自我の制限が当たり前のように連なっている。幾ら作られたと言えども私達にも人間と同じように命がある。自我の強い精霊はそれを嫌う。嫌いながらも従い、力を使い、用済みとなれば破棄される。それの繰り返しだ。精霊を物として見ないギュシラーと契約を結んだ私達は恵まれているのにも関わらず、契約破棄とまではいかないが封印されてしまったペリドートは彼の最も嫌うことを仕出かしてしまった。

「ペリドートが俺の封印を無理矢理こじ開けて出てくるなら、まあ話を聞いてから判断するよ。その間はユカナイト、お前にはサポートや雑用を頼む。オブシディアンには戦闘に出てもらう。伝えといてくれ。」

彼の言葉でユカナイトは思考を止めた。ペリドートのことはさておき、今は指示に従う。強制ではない。あるのは信頼だけの言葉。精霊は頷いた。


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