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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
39/44

パンテラオ王国/10

行きはあれほど目を輝かせて周りを見渡していた視線は綺麗に整列された石が引き詰められた地面に向いており、ディスティーの服の裾を掴んだまま少年は歩いてた。その様子には青年も気づいており何も言わずにモストロの用事を着々と済ませている。

「あぁ、すまないね…この薬草は品切れなんだ。……これが採取出来る山に魔物が住み着いてしまったんだ。王国を襲った魔物らしくてね…、兵士も……名ばかりの冒険者も敵わないんだ。…すまないね。」

数軒回っても薬屋は同じ言葉しか口にはしない。それ以外の薬草は手に入ったが痛み止めを作るには効果がまだ不十分であり、この薬草を手に入れない限りモストロに眠れる夜は来ない。もうこうなった場合は眠れる時に眠ってしまえと思うが痛みで眠れる気がしない。やはり自分には眠れる夜はこないようだ。

「昼の内に行けば、まだ大丈夫かな…。」

「……山は近いのか。」と意外にもディスティーが問いかけ、内心驚きつつもモストロは西に位置する関所の方向を指差した。やはり烏くんは彼を勘違いしている。こんなに優しい人が化物のわけがない。烏くんは彼の力が化物と言ったのだろうか?

「えっ、ディスティーも着いて来るの?」

「…戻っても暇なだけだ。それにあの城には妖精が紛れ込んでるらしいしな。」

もしこのままモストロを一人で行かせれば戻って烏に何か言われるに違いない。そして何より妖精にも警戒しないといけない。迂闊に昼寝も出来ない状況なら外に出ている方がましだ。

「お前はどうするんだ。」

「ついてく。」と一言だけ少年は言葉を発するが様子のおかしいまま魔物の住み着く山に連れて行っても良いのかと思うが服の裾を離さないため青年はそれを黙った。

「…俺には薬草の種類は分からないから見張っとく。…お前は手伝いでもしとけ。その方が魔物と鉢合わせする確率も低くなる。」

漸く上げた顔は何か言いたそうだったが少年の背中を押してモストロの元へと向かわせる。とぼとぼと歩く少年は心ここに在らずで上の空だった。何らかの方法でレコに何か言われたんだろうと、レコに少年の事を頼むつもりだが雲行きが何だが怪しい。

屈むように座り、額を柄頭に押し当てる。周囲の音に集中し、聴覚を研ぎ澄ませる。山が発する独特の音が青年には酷く懐かしかった。風が吹き、葉が揺れ、擦れた音が鳴る。心地の良い音だった。

──わたしこの音、好きよ。

村人から忌み嫌われる少年に構う物好きな少女が居た。"近寄るな、お前まで嫌われるぞ"といくら忠告しても、馬鹿みたいな笑顔でほぼ毎日村人や親の目からのがれて小屋を訪れていた。いつしか彼女は友達だと勝手に名乗るようになり、少年は疎ましく思いつつも何処か心地良さを感じていた。

──なあ勇者、お前は何を望む。

勇者(せいねん)の心の隙間から入り込み、再び闇の中から問い掛ける魔王の声が蘇る。甘い言葉を囁く声が胸の奥に眠らせた願いを誘うようにそれを刺激する。それは昔のまだ楽しいと感じていた頃の記憶までにも手を伸ばし始め、ジワリジワリと侵食していく。その侵食を止めたのは皮肉にも此方に接近する魔物の足音であった。足音の他に羽音も聞こえており、魔物は一体だけではないと青年は顔を上げた。

「…モストロ、来たぞ。先に行ってろ。」

モストロは薬草が入った瓶を抱えて、少年の手を引きながら草陰に逃げ込む。その様子を横目で確認した青年は二体の魔物と対峙する。魔王の開いた門から溢れ出た王都を襲った魔物であり、魔物の鉤爪には乾いた血がこびりついていた。二体同時に戦うのは初めてだがなるようになるだろうと青年は思っていた。

だが一体のみを集中的に狙っていけば触手を持った片方の魔物が青年の足を絡め取って地上へ叩き落とし、防具を身につけていない身体に直に衝撃が襲う。短く息を吐いて憎たらしい触手を斬り落とすがそれは一本のみではない。翼を持たない魔物から片付けていった方が良さそうだと青年は翼にめがけてダガーを投げ、刺さった箇所から凍らしていく。少しは足止めになるはずだ。その隙に片方の魔物に向かって走り出し、青年を串刺しにするべく触手が勢い良く向かっていく。全てを回避する事は勇者である青年でも難しく、頬や肩に傷口が出来るが構わず青年は突き進み、そして剣を魔物の口に押し込み縦に斬り裂く。十字に開いた口内の奥に居た核を縦に斬り裂いた反動で剣を振り落とした。

すぐさま足止めしていたもう片方の魔物へ振り向き、馬鹿らしく核を曝け出している頭部へと剣を突き立てた。

草陰から見ていた少年は目を見開いた。ああ、これがあの胡散臭い店主の言っていた事かと。

「……終わったぞ。」「…ありがとう。助かったよ、ディスティー。昼間でも魔物って出るんだね…。」

薬草が入った瓶を抱えてモストロは少年の手を引きながら草陰から顔を出した。

「凄い眉間に皺が寄ってるよ。…魔力暴走で倒れてからまだ一日しか経ってないし魔物と戦った疲れが残ってるもんな、まだ本調子じゃないのに無理させてごめん。」

モストロに指摘され眉間の辺りを触れば無意識の内に寄っていたようだった。まだ眠気が残っているのは疲労のせいかと青年は剣を鞘に入れ、それらを異空間へと仕舞い込んだ。

「あ、そういえば今思ったんだけどさ…、ディスティーはこの子の兄さんなのに名前で呼ばないよね。」

城へ戻る帰り道、賑わう人々を様子を横目で見ながら歩いていればモストロの目に幼い兄弟の姿が移り、そして青年に問い掛けてみた。そもそも兄弟でも無いのに何故モストロは勘違いしているのか分からないが、容姿かそれともバシレウスと知っているか。どちらかだろう。

「…無い名前をどう呼べば良いんだ。」

「それもそうか…。よく分からないけど二人には深い深い事情がありそうだから聞かないでおくけどさ、名前が無いのは不便だから此処は兄さんであるディスティーが名付ければ良いんじゃないかなあ。」

二人の話を聞いていた少年は俯いていた顔を上げた。首から下がる何の変哲もない銀のプレートが揺れる。

「グラディウス。…使うか使わないかは勝手にしろ。」

同じ一族の血が流れている筈の色の違う瞳と視線が混じり合う。何れ見る事が出来なくなってしまう瞳と。隣に居る妙な気配がする男はたまに良い事を言うんだなと少年は緩む口元を見られないよう俯き、またディスティーの服の裾を掴んだ。

「俺にもディスティー達みたいな兄弟が居たのかなあ。」

城に到着して彼らと分かれたモストロは一人、薬草をすり潰しながら呟く。残念ながら記憶はまだ回復しそうにない。記憶を探す事を始めてから日は浅い。溜息を吐き、血を吸い込み重くなったガーゼを設置された御洒落な屑籠に捨てる。闇討ちに遭った際に浴びせられた液体は一体何だったのだろうか。幾ら何でも相当日が経っているというのに傷の治りが遅い。遅過ぎる。何らかの魔法が注ぎ込まれていたのだろうか。その魔法が何か分かれば対処法は幾らでもあるのだが…。

そしてモストロはある良い手を思いつき、薬草を作り終えてから塗りもせずにガーゼを当ててその"良い手"の元へと向かった。向かったと言ってもそれは隣人で三回ノックすれば普段通りの顔色のギュシラーが顔を出す。

「少し聞きたい事があるんだけど今、大丈夫ですか。」

大丈夫だと言うギュシラーにほっとし、モストロは彼の部屋へと足を踏み入れた。

旅路に持ち込むにはあり得ない程の量の分厚い本がテーブルの上に山を作っており、城の奥にある図書館のような場所から借りてきたのだろうか。その本は殆ど魔術関連で稀に旅行記のような物もあった。

「それは高等な技術…、いやそもそもあり得るのかそんな話は……。」

爛れた頬を見せ、何故こんな事になったのか説明して解決策を享受願おうとモストロはギュシラーの言葉を待つ。

目の前に居るモストロは悪魔だ。魔法で身体を損傷しても直ぐに元通りになってしまう彼らにここまでダメージを与えるのは敵対する聖職者が扱う聖水ぐらいだろうか。聖水を浴びせられれば弱い悪魔ならば忽ち死に至る。ゴエティアの悪魔ならば聖水程度なら軽く怪我を負うだけだ。もし聖水を浴びせられたのならもう既に完治しているはずだが、つい最近負ったばかりに見えるそれは聖水によるものではないとギュシラーは考える。魔術は性質を変えるまでとはいかない、考えられるのは魔法か精霊によるものか。

「どんな奴だったか覚えてるか?」

自分が追われているのは騎士団。確か先生が言うにはスペクトル…という騎士団だったはずだ。騎士団のわりには白の外套の下には聖職者のようにカソックを身につけていた。その手には細く長く鋭い、刺突に特化した刀身が煌めいていた。だがそれは手下の者達だけで女性のように長い髪を一本に高く纏め、彼らの統率者のみが一般的に幅広く普及されている形の剣を使用していた。

空っぽの頭から捻り出して思い出したのは拘束されかけた際に身体を掠めた白い半透明の鎖。その傷跡は火傷のように残っている。あれで拘束されていたらと思うと…。

「俺の頬に浴びせた人は分からないけど、俺を追ってる騎士団の人達だと思う。細長い剣が腰から下がってたから…。」

顔を青ざめさせるモストロの言葉によりギュシラーの頭の中にはドゥム・クロートザックが思い浮かぶ。あれはレイピアは使っていないが手下は使っていたなとギュシラーは思い出し、モストロにその中に金髪は居たかと問いかける。だが返答は暗かったから分からないとガーゼの上から痛む頬をさすっていた。

「モストロは何か…、何の魔法や魔術を使う?それによって体質が変化する場合もある。それが分かるなら少しは解決策も見えるはずだ。」

一呼吸置いてモストロは言い辛そうに呪術と答える。ドゥム・クロートザックが所属する騎士団は呪術師ホーリー・セイクリッドを追い、手掛かりを探している。もしモストロが探している先生が呪術師ホーリー・セイクリッドなら、聖遺物を含めてこの男はそれに繋がる手掛かりとなる。いや"もしも"じゃない、モストロの探している先生とやらは呪術師ホーリー・セイクリッドに間違いない。なら彼らがこの男を追うはずがないのだ。

モストロが持っている聖遺物はきっとハルファスから力を制御する為の代物だろう。そして悪魔から力と身体を奪う芸当が出来るのも聖遺物だ。となれば"先生"は聖遺物を二つ所持する事になる。…悪魔の味方をするつもりではないが、今原因を探しているアモンが危ない──

「…ギュシラー?」と心配そうに見つめるモストロの声に我に返る。

「いや、何でもない…。呪術を使うなら、それを使った分だけ反動を身体に蓄積される。…浴びせられたのは聖水だろうな。だが…お前が持ってる聖遺物からは影響を受けてないように見える。…駄目だ、俺が考えられるのは聖水ぐらいしかない。」

「…聖遺物は力を抑え込む為に特殊な布で覆ってある。…多分、ギュシラーが言ってるのがきっと正解だと思う。聖水かあ…、打つ手無しかな。」

ギュシラーが言ったのは半分嘘で半分本当だ。呪術を使えば反動を受け、聖水など清められたり祈りを捧げられたもの、神聖なものにはめっぽう弱い。だがモストロはハルファスという悪魔で現在扱っている呪術の反動など関係無い。怪我が治らないのは身体の所為と力が大幅に弱まっているからだ。

「…うん、よし。ありがとう、ギュシラー。ギュシラーのおかげで助かった。呪術を使うのは怪我が治るまで当分控える事にするし、それに俺はあんまり呪術は好きじゃないんだ。良い機会だね。ごめんね、時間とらせちゃって。本当にありがとう、ギュシラー!」

礼を二度も言われ、嘘を吐いた事に罪悪感に見舞われる中でギュシラーは小さく息を吐く。

「おい、ゾーマ。…今の話で大体分かっただろ、下手すれば今度はアモンの力が奪われるぞ。」

天井にぶら下がり盗み聞きを働いていたフェネクスに声をかけ、心底悪そうな笑みを浮かべたままソファへと落ちてくる。

「笑ってる場合じゃねえ事は俺の素敵な脳髄でも分かってるぜ。チッ…、本当にうぜえ種族だなあんたらはよ。ああ、御主人サマ以外だぜ。何たって御主人サマは俺の数少ない歴代の契約者の中で最高な奴だからな。人間にしておくのは惜しいもんだ。」

ベラベラと勝手に一人で話し始める悪魔はどうも煩い。まあ一日中頭の中で響いていたより幾分かましだった。

「なあ…御主人サマよ。少し俺の話を聞いてみないか、損にはならない話だぜ。得にもならねえけどな。」

「………お前は何がしたいんだ?」

そう問い掛ければまた悪い笑みを浮かべて、「お前は最高だ」と囁くようにして呟く。取り引きを持ちかけたい時に遠回しな言い方をするのはこいつの悪い癖だ。

「少し俺らだけで話がしたい。今後の事で起こりうる様々な事をな。承諾しなくても俺はこっそり抜け出すけどなぁ。まっ、軽く流して聴いてくれや。

さてさて、これから(わたくし)が話すのは歴代のパーティの中でも最強と誇られる彼らの話でございます……ってな。」

ちらりと横目でギュシラーを盗み見れば特に変化もなく、さっさと話せ焼き鳥と言わんばかりに詰まらなそうな顔がそこにあった。

「そのパーティを構成するのは四人。勇者、剣士、魔術師、治癒師。どっかの誰かさん達と同じ構成だな。その中でも勇者は魔物に襲われる人間を全て助けてしまいそうな正義感溢れる、見れば直ぐに駆けつける人間だった。その所為でよく俺達の罠に引っかかり、普段は大人しい治癒師に握り拳で頬を殴られてたよ。笑っちまうぜ。剣士は剣士で女遊びが激しく、挙句の果てには女に刺されて重症を負いながら旅をした。

魔王に辿り着いたのは一人も欠ける事なく四人。だが魔王が腕を横に動かしただけで一人が死にました。

誰だと思う?女遊びが激しい剣士くんでしたー。いつの時代でも剣士は呆気なく死んでいくぜ。まあ魔術師が精霊を召喚する為の時間稼ぎをするためだったがな。一人が死んだ事で興が削がれたのか魔王は奥へと消えて行きました。

治癒師は剣士の亡骸を抱きしめて涙を流します。魔族はそんな隙を見逃しません。まあ俺筆頭に返り討ちにされたがな。

その魔術師が召喚したのは風の精霊。…その名前はシルフ。黄緑色の髪を靡いたと思えば俺の身体はバーラバラ。笑っちまうぜ。」

「何が言いたいんだ?はっきり言え。」

フェネクスは目を細めて口角を吊り上げる。

「そいつの今の名前はペリドート。いやいや運命の出会いとでも言えば良いのかね。そんな運命呪っちまうぜ。」

こいつはこういう話では嘘は言わない。兄の話でもそうだった。シルフと言えば風の精霊の中でも最も有名で最も上の位置に居る精霊だ。そんな精霊がペリドートだとは思えない。ペリドートがシルフならあんな弱い力なんてあり得ないはずだ。一度でもシルフが風を吹かせればシルフを中心にしてそこは綺麗さっぱり見渡しの良い平面な地となる。その所為でノームといがみ合う事が多いのだ。

「な?損にも得にもならねえ、話だっただろ?」

「ああ、そうだな。…それにそれを俺に話して何になるんだよ。」

「下手すれば俺ん時のように無理矢理契約破棄されちまうぜ。あの精霊は自我が発達し過ぎてる。それにあれに対する執着心は俺らから見ても異常だぜ。」

フェネクスは皆まで言わず最後に耳を塞ぎたくなるような聞き苦しい声で「誰を信じるのかはお前次第だぜ。」と言い放ち、窓から飛び降りて行った。

思考に耽ようと術式を展開した途端に控えめなノック音が響き、舌打ちするのを堪えて扉を開くが姿は無い。下に視線を落とせば夜空を連想させる瞳と合う。名前は分からないが彼の弟なのか、ディスティーに引っ付いている少年だった。

「ラヴィーラっていう人が城の離れにある塔に大急ぎで来いって。…ディスティーも連れてかれたよ。」

この少年の事も気になるが今はそんな時間は無い。礼を言いながら頭を撫で、ギュシラーは直ぐさま魔術で塔へと降り立った。

目の前に飛び込んで来たのは辛うじて人間だと分かる黒焦げた物体だった。それが倒れている近くの壁には同じく焦げた一筋の道が出来ていた。

「……俺達は不幸に好かれてるみたいだな。」

そう呟いたギュシラーはこれの首から下がる銀の首飾りを見て、これは探していた魔法治癒師マリーであると判断した。

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