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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
32/44

パンテラオ王国/03*

黄色い冠羽が風で靡く。未だ目を覚まさない剣士の部屋の窓枠に止まる鳥は剣士の体に埋め込まれた破片を見つめていた。静寂に包まれた部屋で微かに聞こえる音に眠りから覚めていないだけでまだ生きている。だがガーストの意識は戻る事はない。数日前に起きた事件はカリブルディアを除きその場に居た者は調査しているが解決の兆しは一向に見えない。ギュシラーも今だに目を覚ます兆候は無かった。

夢とは睡眠中に見る現実から切り離された映像にしか過ぎない幻覚だ。だが深い眠りの中で見るこの夢は常に酷く現実味を帯びている。一種の別の空間と言えば良いのだろうか。俺は分からない。

この夢に登場するのは左腕があった頃の幼い自分と唯一の肉親で自分を憎んでいるだろう兄、そしてこの空間をお前の深層世界だと言った早過ぎる第二の人生の発端を作った男。深層世界とは正しい言い方なのかもしれない。だが認めたくない事もある。この夢の中で見る映像では兄と幼い自分は仲良く昔のように手を繋いでいるという事だ。「昔に戻りたいんだろ?」と隣で囁く声を無視しながら、その映像を見続けていた。昔に戻りたいなら戻りたいものだ。それは不可能だ。過ぎ去った時間は取り戻す事は出来ない。

「俺ならお前の願いを叶える事が出来るぜ。」

もう元には戻らない左腕の繋ぎ目を撫でる手を払うがその手は掴まれる。

「俺はお前みたいな人間が好きだ。例えを出すなら願いを叶える為に手段を選ばない人間とそうじゃない人間が居る。お前は…後者だ。それにお前はその願いを否定する。その姿は堪らなく滑稽だ。これほどまで馬鹿な人間が居るだろうか!」

気分が高揚して思わず笑みを浮かべた男の顔は大半は形成されているが頬の一部は崩れており、その箇所は黒い泥が蠢いている。口角を吊り上げた瞬間には口から泥が垂れる。

「己の欲望を満たす為に俺を求める人間とは違うがお前は俺と契約した。そしてお前は生身のまま不死になった。幾ら血を流そうとも、幾ら体が散り散りになろうとも、お前は生きる。お前は不死になろうとして俺と契約していない。…お前は最高だ。最高の主人…いや俺には俺の主人が居るが……、ああ、最高の相棒だ。

その最高の相棒の願いを俺は叶えさせてえ。」

心にも無い事を言う男の甘い誘惑を聞き流しながら映像を見続けるが視界が黒一色となり、体に男から溢れ出した泥が降りかかっていた。溶け始めた空間に逆らう事なく自分の手も溶けていく。今だに差し出された男の手は人々が吐き出した願望で汚れている。この手を取れば自分はその人間達と同じになってしまう。

「…じゃあな、って言いたいところだがお前は直ぐに俺を必要とするだろうな。」

この手を取ればこの男は自分に興味を無くすだろう。あれは自分の思い通りにならない事に楽しんでいる。思い通りになればあれの中では"飽きた"と認識する筈だ。モストロの召喚獣が言ったように飽きられればこの体は自分の物では無くなるだろう。

「……これはお前の言う通りにしないとな。」

久方振りに見たような感覚に陥るこの現実世界は自分には眩し過ぎた。あれは最高の切札だ。自分を隠す為のものでもあるが、自分を滅ぼす危ういものでもある。無い左腕を横目で見ながら先ずは左腕を直す為に人気の無い場所に向かおうとギュシラーは荷物からローブを引っ張り出して羽織った。部屋には荷物の倒れた音が響いた。


ふとヴェストは首を傾げる。何かが自分の中から欠け落ちて粉々に砕け散った感覚に陥る。思い出そうにも何について思い出そうとしていたのか、思い出そうとすればその思い出そうとしている事さえ思い出せなくなる。忘れてしまうどうでもいい事なのだろうとヴェストの中で漂う精霊ペリドートの意識はそこから離れ、何やら騒がしい城壁付近で風を吹かせた。

眠た気に窓から空を見上げていたモストロは視界で動いた白い靄に目を疑った。その後に吹いた風により靡いた髪がこそばゆい。

「なあ、烏くん。」「なあに、御主人。」

あれが起きた後にも関わらず呑気に空を見るモストロの前には烏が窓枠に止まっており、烏もまたのんびりとした声で返事をする。

「いまさー…変な白いもやもやが空を飛んでたのね。目の錯角かなあ。」

空に見飽きたのかベッドに寝転がり、烏の返答を待つが烏は沈黙を保っている。その変な様子に起き上がってみるが烏は硬直したままで鳥である烏の表情を読む事は至難の技だ。いつもと変わらない顔だが真っ黒で太陽の光を浴びてなければ目が何処にあるのか分からない。色って大事だなあと思っていれば「…見たの?」と烏が恐る恐る尋ねる。

「そうだけど烏くんも見たの?」「……俺様は見てないよ。」

見てはいけないものだったのかと顔を青くさせる。その様子に気づいた烏は慌てたように気分を変えて外へ行こうと言い出した。

数日前に説教を垂れた本人はその事を忘れているのかと思いながら肩に乗る烏を盗み見ながら城壁付近にある美しく咲き誇る花園を見て回る。パンテラオ王国の王が住まう城は他国より長い歴史を持ち、城塞としての機能は疎か美しさまで誇る王国の宝の一つとさえ言われている。カエルムエィス王国にある宮殿も美しいがパンテラオ王国には劣ってしまう。住むならやはり最も治安の良いパンテラオ王国だろうかと花々を見ながらモストロはそんな日は自分には来るのだろうかと目を細めた。だがその目は直ぐに見開かれることになる。花弁が舞い上がった。

花々の影から現れた手に衣服の裾を掴まれ、抵抗する間も無くモストロは引き込まれてしまった。それは意外な人物で背中を打ち付けたモストロはその人物の顔を見上げた。

「……ディスティーって知ってる?」と声を発した人間は記憶の中にあるとある人物によく似ていた。だがそれは髪色だけでよく見れば目鼻立ちは違い、特に目が違った。

「知ってる……けど…、ええと…弟さんですか…?」

一瞬怪訝そうな表情が浮かぶが直ぐに消え失せて少年は言葉を続ける。

「此処にいる?」「今は居ないけど…、もう直ぐ合流してくれると思う。」「此処にいれば会える?」「それはディスティー次第…だと思う、よ。」「本当に?」「多分、だよ。」「……。」「貴方は…ディスティーの弟さんですか。」「…そういう事にしておけば。」「…そういう事にしておく。」

「此処にいれば会えるんだよね」と言葉を切った少年は立ち上がってモストロにこう言った。

「ならあんたといれば会える確率は上がるよね。」

生意気に言った生意気な少年に敬語を使っていた事にモストロは激しく後悔した。

少年の瞳にはしっかりとモストロの姿が映っていた。そして見え隠れする表情の移り変わりする瞳の色。モストロが思い浮かべたディスティーの瞳にはそれは映ってはいるがそれに見向きも何もせずにただ一言で言うなれば空虚。表情も見えない、ただの闇。彼の目には何が映っているのか。

彼は夜な夜な一人で空を見上げている所をよくモストロは目撃していた。星空に何を思うのか。何か願うために流星でも探しているのだろうか、それはあり得ないかと少年の肩についた花弁をモストロは摘み上げた。

「取り敢えず泊まってる部屋に案内するよ。そこからは勝手に自由にどうぞ。」

心地良い馬の蹄音が聞こえ、もしかしたら少年の会いたがっているディスティーが姿を現すかもしれないなとモストロは思いつつ、迷子にならはいように少年の手を引いた。だが手は叩かれた。


木陰で微睡みつつその二人の遠ざかって行った背中を見ていた人間は起き上がる。蹄音が丁度いい目覚ましになり、馬車の中から感じる気配に目を細めた。

「お兄さんも気になるんだね。」と上を見上げれば人語を話す烏が頭上にある枝に止まっている。

「お兄さんと似た気配だよねえ。」

「第三者的に見てそう感じるのか。」と問い掛けながらもう一度寝転がった。眠気を誘う春の陽気は行動を起こさせる気を失せさせる。

「お兄さんはラヴィーラとかミストとか言う人達と違って調査しないんだね。」

やんわりと無視されつつも面倒だからだと返答し、烏は答え合わせのつもりで自分に問い掛けているのだろうと目蓋を閉じた。

「面倒だから、じゃなくてガーストっていう剣士がああなっちゃった理由が分かってるからなんでしょ?」

「……さあな。」

「嘘吐くの下手だね、御主人より下手過ぎるよ!」

烏の言葉に溜息を吐きながら起き上がる。若干土の着いた衣服をほろって立ち上がった。傍に置いてあった本を持ち上げて烏に向けて手を差し出す。

「暇なら着いて来るか?」

「しょうがないなあ。」とにたりと笑った烏は肩に舞い降りる。

自分で誘っておいて何だが面倒な連れが増えてしまったなと思いつつも本を眺めながら目的地へと烏の指示を受けながら、なるべく人目を避けながら向かう。城の中枢へと進む程にすれ違う人々は多くなる。豪華絢爛という言葉が相応しいこの通路には不釣合いに見える一人と一羽は目的地だった部屋の扉に手をかけた。

召使いが清掃する事を禁じられているこの部屋は他の部屋とは違い少々埃っぽい。此処を訪れる事を許されているのは極僅かで、訪れた者は気を利かして喚起をしていったままだったが部屋の雰囲気はどんよりと曇天の空の下のように湿っている。烏は男の肩から離れ、器用に窓枠へと止まった。

「お兄さんはどっちの味方なの。」と鳥特有の鋭い瞳が剣の刃先のように目を細められ鋭さが増す。自分が"御主人"とやらの危害を加える者かと見定めるのだろう。

「…さあな、俺は俺の味方だ。」

「…俺様結構短気なんだよね。だからさあ、冗談はこれぐらいにしとけよ。」

召喚獣である筈の烏から発せられた殺気はミシリと窓硝子を震わせて罅が走り出す。普通の召喚獣ならば生命を危ぶむませるような芸当、殺気を出せる筈がない。召喚獣が強い程に契約の条件は上昇して行き、それと共に己の命が危ぶまれていく。

「お前はどんな答えがお望みだ?」

小馬鹿にしたように笑えば、罅の入った硝子は破片を床に散らした。破片達は烏と対峙する男の左眼を目掛け、一直線に太陽光を反射させる。左眼の瞳孔は動きを見せずに瞳は烏を写しているだけだった。

「自分の目的の為なら敵にも味方にもなる。俺はそういう奴だ。」

「ふうん、その目的には御主人は含まれているの?」

含まれていないと断言すれば烏はあーあと溜息を吐きながら散らばる硝子を見た。

「だけどお兄さんは此方側だよね。」と烏は先程の男の反応に根に持っていたようで馬鹿にするように笑って見せた。

「まあ、いーや。それで此処には何の目的で来たのさ。調査する気も更々無い…と言うより知ってる癖に。」

二人に挟まれてベッドに横たわるのは執務の合間を縫って調べている同僚達を翻弄させている数日前に起きた事件の張本人で一番の被害者である剣士ガースト・アード・グァンガン。彼の胸には魔力孔を中心に破片が紋様を描いていた。自然に寄ってしまった眉間の皺は解かれる事はなかった。

「俺は確かめに来ただけだ。」

烏が何をと問う前に男は部屋を去り、一羽残された烏は仕方なく主人への元へと戻って行った。



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