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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
28/44

第七の町セヘプテムタ/07

フィラーリネに部屋まで送られ、青年は一つ溜息を吐いて魔法道具を一度停止させた。此処は最先端の魔術は輝かしいものだがそれ以外は全然らしい。例えばこの魔法道具。これは旧魔法に分類されるもので、昔は魔導師ではなくとも魔法と魔術を混同させて使えていた時の代物だ。だから此処の防御魔術には引っかからなかった。あの図書室及びこの部屋まで戻る間にこれは数え切れない程の魔術を吸収しただろう。だがそれは本など物になっているものに限った。詳しくは騎士から聞いていないがこれは読み取った物が本ならば本が作られるらしい。所謂複写機だ。

何か使えるものはないかと本の形をしたその魔法道具を開き、項目を読み取る。

『魔法痕』『魔術痕』『呪術痕』『簡易防御結界』『防衛魔術結界』『降霊・契約』『召喚・契約』『錬成』…など目の回りそうな程の項目の中から『透過・透明化』を抜き出した。

『この魔術は周辺の光を捻じ曲げる事により敵の目を欺く、一つの防御術である。長所は上記にもある通り、敵の目には自分の姿が見えないことだが唯一の欠点は触れられる事によって術が解けてしまうことだ。術者の魔力量、魔力操作技面から効果は大幅に変わる。

またこの魔術の派生として同化という魔術もある。』

一部抜粋したものだったが青年が理解出来るのはこの部分しかなかった。やっぱり魔術の類いは理解出来ない。理解出来なくとも、持っている分には何か役に立つだろう。青年は溜息を吐き、貰った本と魔法道具を空間魔術に似た魔術で簡単に作った袋の中に入れ、剣の鞘の近くの腰の部分に着けた。目蓋を閉じて眠ってしまおうかと思ったが、少年との約束を思い出した。フィラーリネに会った時に聞けばよかったと若干後悔しながら鞘から剣を抜く。利き腕が紋様に蝕まれていく原因を作った魔石を覗き込めば、魔法陣が微かに赤い世界の中に存在していた。それを見た瞬間に魔石に引き込まれるような感覚に陥り、青年は静かに目蓋を閉じた。

禍々しい世界の中では生暖かいねっとりとした液体が充満していた。すぅっと息を吸えば口の中にこの液体が入り込み、体内が満たされていく。青年が少年だった頃に一度川で溺れた事があった。その時の感覚に少し此処は似ていた。目蓋を開ければあの時のような太陽の光が水中で揺らめく、美しい光景が見れるのだろうか。小魚達が鱗を煌めかせながらゆらりと水流に乗って自由に飛ぶ姿をまた見てみたい。

「目を開けるな、青年よ。君はまだ来てはいけないよ。」

遠くから囁くように声が聞こえてくる。思わず目蓋を開けてしまいそうになったが声に従い、青年は目蓋を開かなかった。

<…お前は誰だ。>と世界の中に青年の声は届かなかった。だが声はそれを拾い、「ユオ。」と答えた。そして何度か問いを投げ掛けたが声は答えられないと言った。

<…此処は何処だ。>

青年は口を開き、最後の空気を吐き出した。「それには答えられない。」と同じように声は発せられた。青年は意図を変えずに質問を変え、「どうして俺は此処に居る?」と問い掛けた。

「それは迷い込んだから。今は此処に来るべきではない。君は旅で多くの事を学べ。そして見せてくれ…──」

声の最後の言葉は世界の中に溶け込んでいき、青年の耳に届く前に泡のように消えていった。

<ユオはどうして此処に居るんだ。>

目蓋を今、開けていたのならこの心地良い温度にうつらうつらと閉じかけていただろう。青年は意識が途絶える前に声に最後の質問を問い掛けた。声は答えなかった。何故か分からないが青年には声が微笑んでいるように感じた。

あの心地良い温度は失われ、青年は目蓋を開けた。古びた木目のある天井ではなく太陽のない真っ青な空だった。手の中にあった筈の柄はなく、あったのは薄っすら土のついた根っこを連れた雑草。あの声はもう聞こえない。ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡せば草原の向こうに白い古びた城が見えた。自然に足はそこへ運び、いつの間にか青年は城の近くまで来ていた。城の周辺には木が生い茂り、太陽が無い筈なのに木漏れ日がゆったりと風に揺られていた。太陽を探すように青年は空を見つめていたが太陽を隠す雲もなく、真っ青な空だけが広がっていた。それが別に気味が悪いとは思わなかった、これが普通なのだと感じてしまった。

「やあ!こんにちは!君は誰だい?僕はね此処に住んでいるんだけど、僕とおんなじ形をした生き物は初めて見た!」

不意に掛けられた声に後ろを振り向くがそれは青年に掛けられた声ではなく、いつ現れたのか分からない黒騎士に幼い子供が声をかけていた。

「私はルイス・セレム・ガヴァーナ…。お前は一体此処で何をしている。此処は魔族の者共が徘徊する地…、子供が来るべき所ではない…。」

黒騎士は子供の横を通り過ぎ、そそくさと城内へと足を踏み入れる。黒騎士の後を子供は追いかけていき、また黒騎士も子供に何か言葉を投げ掛ける。あれは一体何だったのかと何度か青年は瞬きをし、追いかけるべきかと悩んでいれば背景が青年を置いて目まぐるしく変わった。

「ねえ、外の世界はどんなところなの?僕はね、此処から出られないんだ。だけど一度だけ見たことあるんだ。あのね…森を抜けて、草原をずっと真っ直ぐ走って、また森を抜ければ、そこには大きな壁があるんだ。友達の背中に乗ってその壁を登れば、真っ白い家が綺麗に並んでるんだ。それでね…──」

来る日も来る日も太陽の無い空の下で子供と黒騎士と言う年齢も種族も全く違う二人は話し続けた。何度か黒騎士が現れぬ日もあり、子供は寂しさを紛らすように友達と言っていた巨大な魔物と遊んでいた。

「ねえルイスは外の世界で何をしてるの?」

「国民の護衛だ。…何故お前は此処に住む。……此処は危険な場所だ。子供の居るべき所ではない。」

淡々と話す黒騎士であったが他に何かを伝えたいような眼差しで鎧の中から子供を見ていたが子供に伝わる筈がない。子供はその質問に無邪気に笑いながら答えた。突如と視界からその二人の姿が消え失せ、次に見えてきたのが白色に染められた木目のある天井。少しばかり眠り過ぎたのか頭痛が酷い。そして青年は何度か瞬きをし、重い体を起こした。それと同時に転がるものに気づき、それが少年の頭だと気づいた。

「目が覚めたようだな!…全く御主人の知人には異人変人しかいないのか。こんなに奇妙な奴は初めてだぞ。」

声の聞こえた方に目線を動かせば白髪頭がゆらゆらと動く椅子で遊んでいた。椅子は軋み音を立てながら揺れていたが、椅子はまだ真新しかった。

「その小僧に礼を言うんだな!俺にじゃないぜ、その小僧にだ。その小僧がお前の部屋に行かなかったら今頃お前は居ないだろうよ。」

床に散らばる赤い結晶を一つ拾い上げて青年に投げつけた。内心慌てながら受け取り、だがそれは手に触れると同時に消え失せた。そして腕の紋様が蠢いた気がした。

「あー、目が覚めたんだったら御主人が戻ってくるまで寝るなよ。色々と話したい事があるってよ。」

ひらりと片手を上げて部屋を去り、その白髪頭の背中を見ながら真新しい椅子が軋む理由が分かった。彼の両腕は鉄で構成されていた。

<…遅いお目覚めね、ディスティー。>

王女の声だ。何故、声が聞こえるのかと思ったが王女に伝言結晶を渡されていたのを頭からすっぽりと抜けていた。酷く頭が痛むのは寝過ぎではなく王女の所為だった。

<……一体何の用だ?>

<貴方は一体何処に居るのかしら。>

王女の問いにどう答えるのか考えながら場所を開け、眠る少年を横たわせる。体を丸める少年の横に座り直し、青年は問いに答えた。

<何故それを聞きたい。前にも話しただろう。>

<私は貴方みたいな魅力の無い男なんて興味無いわ!私の王国の戦士が煩いのよ、勇者はどんな人かとね。四六時中言われるものだから、貴方にはさっさと帰って来て貰いたいの。だから何処に居るのかしら、答えて頂戴。>

<残念だがまだ帰れそうにない。耐える事だな。>

扉が開いた音を聞き、王女との繋がりを切った。大体この伝言結晶とやらの操作に慣れてきたみたいだ。

「…ディスティー、貴方には聞きたい事が山程ある。」と静かに幼い子供に言い聞かせるような口調でゆっくりとフィラーリネは言葉を発した。それほど何か自分から重大な事を聞きたいのだろう。

「…初めにその剣には見た事も聞いた事もない程の魔力を秘めた強力な魔石です。そんな代物を全く正反対の性質を持つ物に魔法や魔術添付無しで鍛え上げたのはよっぽどの腕のある者か、魔の類い…。」

「剣を鍛えたのはミルターニャ王国で一番腕の立つ者だと聞いた。…名前は合っているか分からないがエレインと言う頭に布を巻いた人間だったな。」

この剣を鍛えた鍛治職人とは剣を受け取った時にしか顔を合わせたり話をした事は無い。会話と言っても一言二言程度であったが。そしてその鍛治職人の名を聞いたフィラーリネの目は細められ、揺れ動く椅子を軋ませながら遊んでいた白髪頭は反対に目を丸めていた。

「エレインさ…、エレインとはね!彼女は人間に手を貸す時は相応の対価を所望する筈だ。彼女が見返りも何もなく剣を鍛える事はしない。お前は何を彼女に払ったんだ?」

「いや…何も。」と青年は問いに答えた。鍛治職人とは一度しか会っていないどころか名も王女から聞かされただけだった。エレインという者は聞く限り精霊いや妖精のような印象を持った。何かしてやる代わりに何か寄越せと言う形式はあの王女、妖精であるニヴィアンとそっくりだった。

「…その刀身に描かれた紋様は昔、私が一度だけ目にした古い術式によく似ている。それはもしかしたら──」

フィラーリネはとある言葉を言いかけて止めた。それは口には出したくない気持ちと、此処に近づいてくる魔の気配によってフィラーリネは口を閉ざし、青年はそれを耳にする事は無かった。

「見つけたわ、カーカブ。貴方様は一体何処に居たのよ。あの塔の時以来…一日半振りかしら、貴方様に会えなかったのは辛かったわ…。私の用事は終わった、貴方様の為に早急に事を片付けたの、早くあの方の元へ行きましょう?もう溜まりに溜まって…我慢出来ないわ……。」

ふふふ、という独特の笑い声を上げながら天井をすり抜けて現れた淫魔は尻尾や角、翼を生やした魔物の姿で床に足をつけた。

「……一日半?どういう事だ?」と眉間に皺を寄せながら淫魔を見れば淫魔はわざとらしく首を傾げる。

「ディスティー、貴方はトレース発見されてから半日…私と別れたその後から合わせれば一日半眠り続けていたんです。」

「身体を結晶に取り込まれながら」とフィラーリネは続けた。床に赤い結晶が散らばっている事、そして白髪頭に結晶を投げつけられ腕の紋様が蠢いたような感覚。そして…あの夢の中でのユオとの邂逅。

「…ああ、そうか、俺は魔石に取り込まれかけていたのか。」

全てに納得したような感覚に陥った青年だったが、まだそれは一部に過ぎなかった。

──

それは唐突に始まった。淫魔は己の手首を斬り裂き、噴き出た血液を螺旋状に硬化させながらそれはある一点に向かい、速度を増して行く。終始淫魔は痛みに身を捩らせながら恍惚な笑みを浮かべて笑い声を上げていた。淫魔の攻撃を何重にも重ねた結界、防御壁が淫魔の相手をするフィラーリネを守り、その隙に淫魔の攻撃をすり抜けて白髪頭もといカルバートが駆け抜けて行く。カルバートの鉄の拳による一撃は床を抉り、広い範囲に罅を走らせた。その場に居れば淫魔は半身は無かったに違いない。

何故このような状況に陥ったのかは全ての元凶は青年にあった。直接という事では無いが間接的にだった。青年の頬にまだ刻まれる魔法についての事だった。魔法が解けるまでフィラーリネは青年が此処に居るだろうと思っていたが、淫魔が現れ、直ぐに此処を離れようと言った。それに異を唱えたフィラーリネと淫魔が対立し、戦闘に至ってしまったのだ。淫魔の笑い声は鼓膜が破れてしまいそうな程の騒音だ。この状況で眠る少年は偉く深い眠りの中に居るのか、もしくは余程神経が太いのかどちらかだろう。少年から視線を外し、目の前で繰り広げられる戦闘に視線を移す。真っ白な髪の毛は所々黒く染まっており、それは淫魔の足の下にあった。

「もうお前には戦う術は無いわ。ね、先生!だって私の足元に転がってるんですもの…、ふふっ。」

心底愉快そうに顔を歪める淫魔であったが下から伸びてきた手により、鋭利な尻尾を引っ張られ、それは床に深く突き刺さった。

淫魔(サキュバス)は枕元にミルクをグラスに注いでおけば淫魔の魔の手から免れる…ってよく耳にするけど、それは本当みたいだな。全くとんだ間抜けだぜ!」

淫魔の尻尾は捕らえた獲物が逃げぬように逆方向に向く突起のような棘があり、それが今は仇となり淫魔は情けなく股を広げて尻餅を着いていた。そんな淫魔の状態を真横で腹を抱えて目に涙を溜めながら笑うカルバートを見て、淫魔は怒りからなのか羞恥からなのか顔を真っ赤にして唇を噛みながらカルバートを睨みつけていた。

「そそるねー、その顔そそるね!」と調子に乗るカルバートはにやにやと勝ち誇った笑みで淫魔の頬を軽く叩いており、一方されるがままだった淫魔は人間の姿に変わり、調子に乗ったカルバートを殴りつけた。倒れたカルバートの背後からフィラーリネが何かの魔術を飛ばし、人間の姿である謂わば無防備の状態の淫魔を捕縛した。

「…ッ、ふざけんじゃないわよ!この人間風情が調子に乗りやがってよおおッ!!」

歯を剥き出しにして叫ぶ淫魔の顔には人間を見下すいつものような表情は無い。淫魔の体から可視化された魔力が溢れ出し、必死に何かをしようと見えた。

「…成る程、お前は吸血鬼と淫魔の混血でしたか。これで…彼が失踪した理由が分かった。……淫魔、いや吸血鬼よ。スキアーは何処だ?」

水晶で出来た透き通る刀身を淫魔の首筋に突きつけた。目を細めて見ればその刀身には幾何学的な術式が組み込まれており魔法道具の一つだろうと青年は思った。

「残念ね。彼を捕らえたのは私だけどもその後の詳細は知らないわ。」

怒りに狂っていた淫魔は冷静さを取り戻したのか顔には余裕そうな笑みを取り戻していた。

「…此処に内通者は居るのか?」「ええ、居るわ。」

口角を上げて微笑み、一瞬青年を見てまた笑った。

「……それは誰だ?」

「貴方がよく知ってる人よ。ふふ、貴方をよく知ってる人と言った方が良いわね。」と淫魔は嘲笑うように血色の悪い舌を見せた。僅かに見えた獲物を捕食する為の鋭利な歯はどれほどの人間を吸ったのか、フィラーリネには酷く恐ろしく見えた。二人の様子を眺めていた青年の横でもぞりと動いた少年は薄っすらと目蓋を開かせた。少年が夢から意識を現実へと戻りかけている事は知らずに青年は無意識に少年の頭を撫でていた。

「……残念でした、先生ぃ!」

手のつけられない悪童のように淫魔は顔を歪めて人間の敵である魔族らしく笑った。そして青年の手の心地良さに夢の中へと戻りかけていた少年は少年の物とされていた物により、目蓋をゆっくりと開けた。

あの人形の前では人間がわざわざ手を使って開ける扉はただの板、いや何も障壁にもならないただの道である。普通に部屋に入るように、人形は普通に扉を木片化させた。

「さあやりなさい…、死なない程度にね。」

人形の手で解放された淫魔は吸血鬼の姿から元のあるべき姿に戻る。人形がフィラーリネ、カルバートに襲いかかった事を見届け、淫魔は青年の手を取って立ち上がらせた。

「行きましょう、カーカブ?あの方の所へ…。」

もう片方の手のひらの上には魔王の居場所が組み込まれた転移結晶があり、ああ漸くかと己の中にある渦巻く疑問と疑念が消える時がもう手の届く所にあると青年は何も言わずに頷いた。魔王の元へと転移されていく体を見ながら青年は「短い間だったが世話になった、ありがとう。」と礼を残し、誰の声だから分からない音に耳を傾けながら青年の姿は消えて行った。

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