表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
27/44

第七の町セヘプテムタ/06

第七の町セヘプテムタにある魔術専門学校オルクストーデンは魔法的攻撃には強いが物理的攻撃には弱い。何故なら魔法使い、魔術師、魔導師など魔法や魔術に長けている者しか攻撃してこないと思っているからだ。今の世界の主力は殆ど魔法や魔術だ。例外があるとすればカエルムエィス王国だ。カエルムエィス王国は魔道具は発展しているが主な武力は魔法添加などされていない銃器による。

「…やはりカエルムエィスの仕業では?」「そんな訳が無かろう。友好の証として騎士団副団長であるクロートザック殿を講師に派遣してくださっているんだぞ?主力である方を敵国…だった国に送り出すなどあのカエルムエィスがすると思うか?」

先程青年と騎士が見た医務室に運ばれて来たガイルは魔法や魔術で血を流したのではなく体には無数の銃弾が撃ち込まれていた。本人に聞けば犯人を特定出来るだろうがガイルは今、生死の境を彷徨っている。魔法でガイルの記憶を探ろうと試したが彼は生まれた時から干渉系魔法、魔術を受けないように代々受け継がれてきた刻印を体に刻んでいる。勿論弟であるマドラも。

「…何故今、私達に攻撃を仕掛ける意味があるのだ。」「今ミルターニャとカエルムエィスは協定を結んでいる。その話を持ち掛けたのはカエルムエィスだろう。持ち掛けた本人がそれを壊そうとするのだろうか?」

部外者である自分がこの話を聞いているのだろうと無理矢理引き込んだ隣に居る騎士を見ながら会議の様子を青年は上から見下ろしていた。現在青年と騎士が居る場所は会議が行われている塔の最上階にある部屋にある隠し屋根裏だ。青年は地図にも載らない村の出身だ。そのため"お国事情"というものには疎い。聞こえてくる話に混乱する中、影の無い者が横を通り過ぎて会議が行われている室内に降り立つ。だがそれは青年以外には誰も見えていなかった。横目で騎士を見てみれば、あれは騎士の仕業の様で騎士の手の平から細い鎖が垂れていた。よく目を凝らして見ると薄い透き通る顔は見た事のある顔で騎士の心臓に住み着いているらしいあの男だった。その男は話し合う人達とは少し距離を置いた場所に座る灰色の老人に近づき、肩に手を置いた。

「…無意味な議論は止さぬか、愚か者共よ。今は国の事をとやかく言っている場合ではなかろう…、今は私達の生徒について話す時間だ。貴様らは罪の無い生徒が無意味に血を流し、境を彷徨っている事よりも国同士の関係の方が大事だと言いたいのか?」

男が口を開けば灰色の老人も口を同じように開き、男が口を動かせば灰色の老人も口を同じように動かし、男が口を閉じれば灰色の老人も口を同じように閉じた。あの男はいや騎士はあの老人を操っている。もしかしたらあの時、違和感を感じたのはあの鎖が自分に絡みつき、操られようとしていたのではないか。灰色の老人と同じように。

「理事長…ですがスキアーが昨夜から行方知らずなのです。彼が居なければ話になりません。我々の中でも彼と同じ魔術を使う者は居ますが彼には及びません。」

「…それはもう試したのか?」と目を細め、発言した男、校長であるパーヴェの表情を探るようにじっくりと見つめた。騎士の鎖は隣に居る青年しか見えていない。手の平から伸びる鎖は段々と短くなっていき、最終的には吸い込まれていった。理事長と呼ばれた灰色の老人の肩に置かれた手は消えてなくなり、同じく男も消えてなくなった。騎士は隣に居る青年を此処から出るぞと言うように肘で小突き、騎士は此処に入り込む際に持たされた魔法道具を起動させた。それを見て青年も起動させようとしたが妙な勘が働き、手を止めた。青年が止まった事により騎士は片眉を上げるが先程まで聞こえていた会話の声が不自然に止まった事に気づき、会議が行われていた筈の部屋を見下ろした。騎士の目に飛び込んで来たのは衝撃的な光景だった。

「…クロートザック、此処から逃げなければお前は此処で死ぬ。」と先程理事長を操っていた男は突然姿を現し、騎士の耳元で囁いた。

「ふふふ…これで会うのは二回目ね…。あの時は楽しませて貰ったわ…、老人のくせに欲は有り余って…処理に追われてたものね…。ふふ…あはは!」

次に聞こえてきたのは高笑いする女の声。その現れた女の姿を見て今度は青年が驚いた。用事が出来たと言って何処かに消えた淫魔だった。横目で青年は騎士を見たが何か考えている様子で、そして青年と目が合った。騎士は初めに侵入経路である扉ではなく、窓を指差した。だが青年達が覗いていた隙間を縫って突き抜けた蔓が青年の足首を捕らえ、青年が顔を強張らせた時にはもう遅かった。蔓は獲物を捕らえたと同時に主人の元へと戻っていき、青年は下の階の部屋へと引き摺り込まれた。その瞬間に騎士は鎖で青年の腕を捕まえたが男はそれを黙って見ておらずにその鎖を破壊した。

「ディス…ッ!」

青年の名を言い終える前に騎士の鳩尾に拳が減り込み、そして抱えられてこの場を後にした。

一方青年は腕には分断された鎖が残っており、床に叩きつけられると同時に粉々に砕け散った。

「……あらぁ、何故貴方様が此処に?貴方様の気配はなかった…はずだけど…。」

この蔓には見覚えがあった。両腕を拘束され、口内に捻じ込まれた気色の悪い色をした蔓。忌々しい人形だ。背後に居るだろう人形に目もくれず、淫魔にこの蔓を取るように言ってくれと青年は頼んだ。だが淫魔はわざとらしく困ったような素振りを見せて、はにかんだ。

「ふふ…、何故貴方様は此処に居るの?私は忠告したはずよ。」

「それと…その無防備な姿はそそられるわ…。」と淫魔は付け足した。淫魔の言葉で思い出したが、今の自分は防具を身につけていない普通の服装だった。辛うじて白銀の王が施した防御魔法がかかる衣類であったが魔物、魔王親衛隊の上の方に居るだろう淫魔から身を守れるのかは定かではなかった。

「此処で行われている実験に興味を持っただけだ。」

何かを調べるように体を撫でる淫魔の手に若干意識を向けながら青年は適当に嘘を吐く。段々と下がっていく手がふと止まったと思えば騎士に渡された魔法道具を手にして、淫魔はゆっくりと目を細めた。

「意外ね。貴方様は剣とあの妙な魔術だけで戦うと思っていたわ。この…周囲に擬態する……何て言うのかしら…、まあ…こんな魔法道具を持っていると思わなかったわ。」

魔法道具をあったところに元に戻した淫魔は青年の首筋を撫でながら人形に向かって「害は無いわ。解いてちょうだいな。」と言った。人形は動きを一瞬止めたが淫魔の言葉に従い、青年は自由の身に安堵したが、それは一時として終わった。

「ふ…ははっ…。アヴァンセ、残念ね。彼は渡さないし、お前の作り上げた人形も返さない。もうこれはお前の人形ではないわ…、まあ言ってももう聞こえてないだろうけどねぇ。」

一体淫魔は何を言っている? そんな疑問が頭を駆け巡り、人形の方を見れば頭部のこめかみ辺りに淫魔の鋭利な尻尾が突き刺さっていた。

「今更逃げようっても無駄よッ!この醜いジジイ共!!」

生き残っていた老人二人は様子を窺って逃げようと後ろを振り返った瞬間に二つに裂けた淫魔の尻尾によって人形と同じようにこめかみを突き刺され、鈍い音を響かせて倒れた。出血はしていないが頭をやられれば終わりだ。絶命しているだろう。

「ねえ…カーカブ。少し協力して欲しい事があるの。」

床に叩きつけられた状態のままだった青年を無理矢理自分の方へと向けて、淫魔はその上に跨った。淫魔は青年を見下ろす形で見ており、どちらが優勢か一目瞭然だった。青年は魔術の繋がりを切り、淫魔の言葉の続きを待った。

「貴方様の精……、血を数滴欲しいの。代わりに…私をあげる。最高にもてなして…あげる…。」

「…もてなしは必要無い。代わりに情報を貰う。それなら血をやっても良い。」

つまらなそうに淫魔は承諾し、青年は自分の剣で親指の腹を斬った。血を見るなり淫魔は傷口に口を当て、血が少量、淫魔の喉を通った。

「…ご馳走さま、貴方様の血は美味しいわ…。ふふ…、これでジジイ共を操れるわ…。」

自分は何かとんでもない事に手を貸してしまったのかもしれないと思いながら青年は淫魔の様子を見つつ、軽くなった体を起こした。天井を見上げて騎士の気配は無いと感じとった青年はこの後どうするかと考えつつ、魔法道具を起動させる。

「……セヴィリアール、お前の用事はどれくらいで終わる?」

淫魔は少し考え込み「二日で終わるわ。」と老人達を奥の部屋へと引き摺り歩いて行った。

──

淫魔が言った期間で自分が準備出来る事は一つに近いだろう。血を与えた見返りに此処の実験について聞けばいい。騎士の話が本当なのかはまだ分からない。それは後で聞けばいい。此処は魔術を専門とする学校だ。暇ならとあの双子にお勧めされた図書室には魔術に関する本が数多く存在すると聞いた。だが訪れたはいいが施錠されており立ち入り禁止と書かれていた。双子が言っていたのは本当にあっているのだろうかと扉の上に書かれた板には掠れた文字で図書室と書かれている。確かに此処は図書室みたいだ。

「…そこに居るのは一体誰です?」と声と共に突然暗闇から出てきた手を青年は難なく避けるが、この手は見えない筈の青年の位置を把握していた。蝋燭の明かりの下にその手の持ち主は現れ、青年は運が良いなと安堵した。

「…生憎だがこの魔法道具の停止の仕方が分からない。」

「…ああ、貴方でしたか。」とフィラーリネはほっとした顔で青年に触れる。途端に魔法道具が齎した効果は消え失せ、青年の姿が現れた。

「何故此処に?」

「…此処が図書室と聞いた。図書室は知りたいものを探して解決する部屋なんだろう?」

「ええ…まあ…、ですが此処には生徒達に見せられない書物しか置いてありません。探している魔術はどのようなものですか?」

「…腕の紋様を隠せるような魔術を探してる。他の人間…、パーティの人間に見えないようにしたい。」

「それなら…確か此処の図書室で見た覚えがあります。…取り敢えず入りましょう。」

扉に触れ、触れた所を軸に幾つもの魔法陣が扉に浮かび上がる。すると扉を施錠する鍵は姿を消し、フィラーリネは扉を開けた。


確か奥の方にあったはずだとフィラーリネは言い、青年を置いて奥の方へと進んで行った。フィラーリネの姿が本棚が連なる奥へと消えて行ったと同時に青年はもう一つの魔法道具を起動させた。そして扉付近で待っていれば良いだろうと青年は思い、その場から離れずに近くにあった本を手に取る。ぱらりと目次に目を通せば、相当年季の入ったもので文字は所々掠れて読めない。本を元の場所に置き、真新しいコバルトブルーの色をした背表紙が目に入り、今度はそれを手に取った。同じように目次に目を通せば、自分の持つ魔導書の最後の項目と似た文字が並んでいた。どうしても読めなかった文字と似ているのならば、もしかしたら手がかりになるかもしれないと青年は目を通した。

『とある男の話をしよう…──』

読めないだろうと思っていた文字はさらりと読め、青年は妙な違和感に陥る。

「貴方はそれを読めるのですか?それはこの時代では使われていない文字です。」

いつの間にか戻ってきたフィラーリネはコバルトブルーの本を読む青年に声をかけ、青年は「…ああ。」と本を閉じた。

「その文字はいつ、何処で使われていたのかも分からない文字で何処かの民族の文字とも考えられている…まだ謎の多い文字。まだ解読されてもいない文字を、何故貴方が?」

「…分からない。何となく目を通した。……自分の頭の中で勝手に変換されてるような感じだ。」

背表紙の色に目を引き、手に取った本。…いや目を引いただけではない。自分の何かがあの本を引き寄せた。

「…そう、なら差し上げましょう。読める人の手の中にあった方が本も嬉しいでしょう。」

フィラーリネは笑い、そして持ってきた二冊の本を机に置いた。

「本題に入りますが、この二冊に貴方の探しているものに似た効果を発揮する魔術が書かれています。」

一度貰った本を置き、片方の本を開いた。だがさっぱり分からなかった。

「…これは精霊や妖精の目にも映らないように出来るのか?」

「精霊などの目には違和感のように映るでしょう。人の目には何もないように完全に隠す事が出来ますが…、無理ですね。」

「…そうか。」と青年は本を閉じた。申し訳なさそうにフィラーリネは笑っていたが、青年は心を込めて礼を言った。

「…ブラドの行方を知りませんか?彼はもう此処の土地に繋がれていない。…私の管轄外だが彼にはまだ色々と妙なものが組み込まれてる。」

一瞬先程の出来事が頭に浮かんだがあの場にはブラドの姿はなかった。何の目的かは分からないが淫魔とブラドは組んでいるだろう。ならばブラドも関係している筈だ。敢えてそれは伏せて置いた。邪魔が入ってはいけないだろう。

「…すまないが俺もあれからブラドを見ていない。」

フィラーリネには申し訳ないが彼らの計画に邪魔が入っては自分にも影響が及ぶ。パーティに、大切な友人に、そして魔王に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ