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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
26/44

第七の町セヘプテムタ/05

目蓋を開けば暗闇で目蓋を閉じれば暗闇だった。開けていても何も見れないのなら無駄だと目蓋を閉じた。

一頭の狼が近づく。魔術師やモストロなどが出会ったような大きな体躯の持ち主ではなく左後肢が木の棒の普通の大きさの狼であった。狼は目蓋を閉じてしまった彼の頬を舐めて、生きている事を確認するように右前肢を彼の胸に置いた。そしてまだかまだかと小さく鳴いた。

──

閉め切ったカーテンの隙間から太陽の光が零れ、青年は静かに目蓋を開けた。何故か濡れている頬に気づき、体を起こしながら近くにあった布で拭いた。何だか懐かしい気持ちに満たされたが、もうあの頃には戻れない。戻れるなら戻りたい。だがその願いは叶うことはない。その願いを頭の片隅に追いやり、此処で起きている事を考え始めた。関わらないと決めたが爪先は突っ込んでしまっている。ブラドに聞けば話してくれるだろうが聞けば協力すると勘違いされてしまうだろう。此処で行われている事を止めるにはちょっとした時間では止める事は出来ない。魔王にフェンに会いに行く。そしてパーティに合流しなければならない。よって自分には時間が無い。協力は出来ない。ならばブラドからは話は聞けない。実験については騎士の話により大体は把握しているが青年が知りたいのは聖遺物についてだった。

カーテンを静かに開け、太陽の光が部屋に射し込む。宙に舞うカーテンを開けた時に出た埃が肉眼ではっきりと見えた。窓の外には躓き、教科書などの書物を廊下に散乱させる子供の姿があり、少年とまた会う約束をしていたなと思い出した。そういえば礼も言っていない。短外套を羽織り、剣を背負って青年は扉の取っ手に手を掛けた。

果たして少年は何処に居るのだろうか、もしかしたら授業なのかもしれない。そう思いつつも一度相手をした人気の無い空間に足を踏み入れ、日陰が出来る場所に腰を下ろした。

夜空や星空は好きだが青空はどうしても好きになれそうな気がしない。何故かは分からないが、ただ何となく心の奥底で何かが拒絶している。青く澄み渡る広大な空には太陽が堂々と輝かしく鎮座しており、影に居る青年にはそれが異常に眩しく、そして合間見れない存在に見えてならなかった。太陽は常に毎日人間を陽気な温かな光を降り注ぐ。太陽が消えると言えば闇が支配する夜のみ。だが夜にも太陽はある。それは月だ。どうして岩の塊である物が発光しているのか分からないが青年には太陽が何らかの力を与えているのだろうと思えた。だから太陽は闇を照らす。

…勇者はよく太陽と比喩される事が少なからずあるようだ。我々に希望という光を与える太陽、と本には書かれていた。随分と勇者というものは崇めたてられているらしい。その勇者役を周囲の私利私欲により押し上げられ作り上げられた機械仕掛けの人間が押しつけられ嫌々やっているとしたら人々は幻滅するだろう。いやもう既に幻滅しているのかもしれない。神と同一視されがちな勇者であるが勇者である前に一人の人間だ。勇者は毎年製造され毎年廃棄されている。その製品は一時の平和を齎すが魔王は未だに健在している。人間はきっとこう思っているだろう。

"人間は魔王には勝てない"と──

「あーッ!!昨日の人だ!!兄ちゃん昨日の人だよ!!兄ちゃん!」

空から降り注ぐ声に青年は見上げた。そして目の前に落ちてくる二つの影に驚くも地面に触れる前に二人の浮かび上がり、静かに地面に降り立った。「何をしているお前ら!戻って来い!」と怒号が響いたが二人はそんな声には構わずに青年は駆け寄り飛びついた。動揺しあんなに怯えていた子供とは思えない行動で青年は訳が分からずにされるがままだった。

「ねっ!言ったでしょ!」「うん。…すげー硬い。」

人の体を触ったり頭突きしたりして感想を述べる二人は同時に顔を上げて一人は笑顔、一人は神妙な顔つきだった。

「お兄さん何処に居たの?僕らが召喚したんだから面倒みないといけないから、ずっと心配してたんだ!」

「ブラドも探しに行かないといけないし。」

「……数日で此処を去るから面倒はみなくていい。ブラドならもう戻ってきたから呼べば来るだろう。」

子供だが二人分の体重は少し堪え難い。本当なのかというような表情をする双子はそんな青年には気づかずに短髪の活発そうな方は喜びながら青年に擦りついた。

「どうしてブラドのこと知ってるんだ?学校の関係者じゃない人は知らないはずだ!」

子供には似つかない的確な言葉に青年は面倒だなと思ったが「…トレースに聞けば分かる。」とだけ言った。トレースと聞き、双子の表情が変わる。あからさまに嫌そうな顔で双子は顔を見合わせる。

「…嫌い、なのか?」

「そうじゃないけど…。」「……手下が怖い。」

「ちょっかいかけただけなのに人形が戦闘体制に入るから色々と苦手なんだ。」「どうしてトレースのこと知ってるんだ?」

「ちょっとした知り合いだ。…トレースに会う約束をしてる。居場所を知らないか?」

「剣術科は今…確か講義だと思う。」「講義って言っても座学なんてしてないけどなあ。」

やっぱりかと肩を落とすがこの場所に来る際に生徒とは一度ともすれ違う事は無かった。皆授業に勤しんでいるということだろう、この双子を除いて。

「お兄さん暇なら学校案内してあげる!」

腕を引っ張られ青年は仕方がなく立ち上がった。両手は双子によって塞がれ、この双子達は授業を抜け出したが怒られはしないのだろうかなど考えたが心配無用だろう。彼らにとっては授業を抜け出す事は日常茶飯事らしい。

「うわああ!数学担当来るの早い!加速するの使ってるし、今回はやばいね!」

先程の怒号を飛ばした同じ声と共に荒い足音が廊下に響き渡る。背丈が倍以上も違うために双子が走れば青年の背中は曲がる。非常に走り辛かった。そして背後に迫る教師はもう追いつきそうだ。青年は面倒だなと思いつつも双子を持ち上げ、肩に担いで走り出した。

「すげー!すげー!」「超早え!!」「だけど何か痛い!」

楽しそうに肩の上ではしゃぐ姿はまさに子供と言えよう。だが此処の生徒である事には変わりはない。丁度開いていた窓枠に足をかけて飛び降りる。悲鳴に似た声が上がるが青年の上に降りて来たように地面に着地する前に浮遊する何かの魔術を使い、ゆっくりと地面に降り立つ。そして双子を下ろした。何だか犯罪の片棒を担ぐような気分だが二人が楽しそうに笑い合ってるため良しとした。


教師に追いかけ回され双子に連れ回され、戦闘とはまた違った疲労感が青年を襲う。だが普段のような気分ではなく疲れているのにも関わらず穏やかな気分だった。結局少年とは会えずに青年は双子と別れた後、騎士の居る医務室に来ていた。

「今度は何を問いに来たのかね?」

話す事は昨夜全て語っただろうという目で青年に問い掛けた。

「…単なる暇潰しだ。」と正直に言えば騎士は顔を歪めて「…一応、此処は医務室なんだが。娯楽室と何か勘違いしていないか?」と溜息混じりに言った。

「……トレース、と会う予定だったんだが、それにブラドも見かけなかったからだ。」

「…だから此処に来た。という事ですか。もう一度言うが此処は医務室だ。」

健康な人間が来る所じゃないと睨まれ青年は少し頭痛がと頭を片手で押さえたが騎士の目が細められる。

「…冗談は別にして、はっきり言えば何をしていいのか分からない。」

自由な時間をどうすれば分からなかったのだ。町に繰り出せば良い話なのだが此処は知らぬ土地。心細い事もあるが此処に戻って来れない可能性もある。

「…貴方ならそうなるのは無理もない。自分でもそう理解してるんでしょう?」

「……ああ。」と青年は短く返事をする。騎士は何故自分の過去を知っているような口振りなのだろうか。あの精霊と同じ出鱈目には思えない。

「……お前は俺の何を知っている?」

「貴方は自分の事を分かっていない。…私が知ってるのはそれだけだ。」

深く追求するなと言うような視線が青年ではなく窓の外の青空に向けられる。

「一つ言うなら…何れ知る時が来るだろう。」

今度は真っ直ぐと青年を見つめる。何かを伝えたいような眼差しであったが青年は気づく事は出来なかった。

「…この話は終わりにしよう。貴方も単なる暇潰しに此処を訪れた訳ではないはずだ。また何を聞きたいんだ?」

騎士にはどうやら分かっていたらしい。半分は暇潰しだが俺は知らない事が多過ぎる。自分の事を含めて、そして世界の事を。

「聖遺物について聞きたい。」

自分の事は遅かれ早かれ何れ知る時が来る、ならばそれまで待つだけだ。まずは目の前の疑問を解決していくのが筋だろう。関わらないと決めたが知る事には罪は無い。

「何処からと聞きたい所だが愚問だろう。"全て"と言うだろうからな。

聖遺物は簡単に言えば神の力の片鱗が宿る代物。存在は確かではないですが有名で幅広く知られているのは聖遺物の中で最も力を持つとされている聖杯。聖遺物は神器とも言われてる。だが聖遺物は聖杯以外の物を指し、神器は聖杯を指すとも言われていますし…、まあ呼び方はどっちでもいいような感じだ。

聖遺物に力については先程言った通り神の力。運命を捻じ曲げる力…、奇跡と言えば分かりやすいだろう。だが聖遺物は品々によって力を変えるため、まだ全ては解明はされてません。

取り敢えずは神の力の片鱗とだけ分かっていれば問題はないと思いますよ。」

「なら剣の形をしている聖遺物もあるのか?」

「伝説には存在している。伝説の中では聖剣に認められて所有者になった者は聖剣から永遠の命を与えられ、一振りすれば一国を滅ぼす程の光が辺りを覆い尽くし気がつけば焦土と化しているらしい。所有者はそれに愕然とし己の行った事を後悔し湖に身を投げた…、そこで伝説は終わっている。一度聖剣に関する伝説を読んで見たら如何ですか?中々面白い物語ですよ。」

最初に結末を知ってしまえば何となくだが読む気が失せてしまったが、青年は機会があれば読むと言うように頷いた。

「……教会の騎士達は聖遺物を集めているのか?」

「どうしてそんな事を思うんですか?」

質問を質問で返されるとは。一方的に質問していたのだから当たり前と言えば当たり前か。此処で答えればモストロについて言っているようなものだ。

「……何となくだ。知人に聖遺物を欲しがってる人間が居たから。」

「貴方が指しているのはモストロと名乗る者の師匠…だろう?」

「此処から聖遺物を盗み出し、そして私達が追っている一人だ。」と付け足し、詳しく聞かせてもらおうと騎士の眼光が鋭く光る。

「…ああ、分かった。」

少しの間だがあのモストロが盗みを働く人間とは思えなかった。信じ難いが人は見かけによらないのは何度も目にしてきた。モストロもその一人なのだろう。

「聖遺物を盗んだ人間が貴方の所属するパーティに居る事は分かっている。何を考えて弟はその人間をパーティに引き入れたのは私にも分からないが…まあ、私への嫌がらせみたいなものだろう。

その人間をパーティに引き入れる事についてはお前は良いと言ったのか?」

「いや保護する形でパーティに入る人間が居るとしか聞いていない。そもそも俺に決める権利はないし、個人で勝手にしてろって感じだ。

モストロが聖遺物を盗んだ事は此処で初めて知ったが、聖遺物を手に入れた事で追われてる事は砂漠を横断している時に本人から聞いたな。」

「パーティは今何処に?」

「分からないがパンテラオ王国に向かっている事は確かだ。…昨日、あの男が言ってたように盗み聴きしている人間が居る。多分その人間は魔術師だと思う。血を拭いていた手甲をどうやらあっちに忘れてきたみたいだから、それを魔術に使って盗み聴き出来るようにしたんだろう。」

手甲を付けていない代わりに嵌まるバングルが見える右手を騎士に見せた。魔術の繋がりは会話を聞かれないように今は切っている。

「王女が同行しているのは昨日聞いたが…まさかパンテラオ王国の王女とは…。都合が悪い事、この上ない。何故敵国に…。」

「カエルムエィスとパンテラオは敵同士なのか?」

「ああ、だが教会は繋がっている。だからこそ厄介なんだ。…カエルム教会はカエルムエィスにとって他国との唯一の繋がりだ。それが崩れれば一体どうなると思う?…たださえカエルムエィスは魔王の侵略に脅かされている。それにパンテラオとの戦争が起こってしまえばどうなる。国は崩壊してしまう。だからこそ私達が存在しているんだ。」

カエルムエィスは魔王が居る。その情報は確かの筈だ。もう侵略、支配されたのは当然なのでは?だが青年はその疑問は口には出さずに話を続ける。

「…表向きには存在しない事になってるんだろう?」

「ああ、私達が行っている事は私達は行っていない。全ては謎の集団…スペクトルの仕業だと思われていますよ。」

それは目撃者が居ない事を意味していた。それは即ち目にした者は皆この世から消されている。もしスペクトルがノックス騎士団だという情報が流れれば、その情報源は自分という事になる。

「…そんな大事な事を自分に話しても良いのか?」

「ああ、勿論だ。貴方には手伝って欲しい事があるからな。」

その先の言葉は何となくだったが青年には予想出来た。騎士と言うよりドゥムは策士だ。ドゥムは言葉を続けようと声を発したが扉を蹴破ったような扉の開く音に掻き消される。青年の目に映ったのは誤って青年と淫魔を召喚した双子の兄であるガイルの血塗れた姿だった。

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