表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ego Noise  作者: 東条ハルク
Specter Waltz
24/44

第七の町セヘプテムタ/03

青年が閉じ込められた同時刻。ブラドと少年は戦闘を繰り広げていた。勿論戦闘しているのはブラドで相手は人形アルサ。少年はその隙に家内に突入するも青年の居場所は分かる筈も無く、虱潰しに当主以外の様々な部屋の扉を開けていた。此処は余り広くは無い。残りは当主アヴァンセ、サルヴァン、そして地下の部屋。初めにサルヴァンの部屋に向かったが、扉の前には壊された人形が転がっていた。アルサと同じ顔をしていた為に少年は怯んだがアルサは今ブラドと戦っている。青年がサルヴァンの部屋に居たのは確かでそして逃げ出した。何方の方向に向かったのかは分からない。考えられるのは当主の部屋だが、当主の部屋は当主以外に入室出来ない。

「…何故此処にお前が居るのだ。長期休暇にも此処を訪れるなときつく言っている筈だ。幾ら純血と申しても脳味噌は我が娘よりも劣っているようだ。…ああ、全く汚らわしい。」

地獄の底から響き渡るような恐ろしい声が少年の鼓膜を震わせる。本能で動く身体は膝を着き、額を床に擦り付けた。少年の不随意に震える手を声の主は何度も踏みつけ痛みが酷くなっていくと共に手の甲は変色していった。

「理由を述べよ。何故此処へ来た。何故へ害虫と共に来た。何が目的だ。言え。」

開いた唇を少年は噛む。だが口は少年の意思と反するように開こうと歯が肉に食い込み血が流れる。言ってしまえば自分は殺される、だが反抗すれば自分は殺される。どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい。涙が床を汚す。ああ、汚してしまった。殺される。自分が此処の敷地に踏み込んでしまった証拠が残ってしまった。殺される。だが此処で逃げれば自分を助けてくれたあいつはどうなる。バシレウスの血を受け継ぐ人間だ。あいつは二つの魔導書の内、一つの魔導書を所持している。それは当主の中では純血を意味する。次期当主の座が、いや現当主の座が危ぶまれ奪われてしまう。ならこの男ならどうする。

例え勇者だとしてもこの男には魔王の事、世界の事なんて眼中に無い。魔導書を奪い、あいつを殺す。

「…おっま、お前に…お前に何か言わないッ!」

手を踏みつける足を殴り、少年はあらゆる全ての元凶に飛び掛かった。相手はただ突っ立って居るだけで体を動かさず何十年も魔術で戦っている人間だ。あの学校に放り捨てられ今まで、たった数年だが剣術科で厳しい訓練を積んで来た。当主は簡単に倒れる。そして少年は男の首から鍵を引き千切り、当主の部屋へと走り出した。痛みにもがき苦しむ情けない大人を見て、こんな人間に怯えていたのかと少年は唖然としつつも鍵穴に挿し、何回か回して小さな音が鳴った。「なあいるか?」と恐る恐る声を掛ければ、扉の横に座っていたのか青年は扉の隙間から顔を出した。

「何だよお前!何だよ!その顔!」

「…何だって普通の顔をしている筈だが、どうして此処に居るんだ。」

青年は立ち上がり少年の頭を撫でつけ、礼を言うのはまだ早いなと顔に痣を作った先程壊した筈のサルヴァンが立ち塞がる姿を睨みつけた。

「不細工な物に頼り戦う者は脳味噌が劣っており、実に扱い易い。だが害虫を引き連れて現れたのは想定外だ。…まあお前のような塵が現れようが私の計画は狂わない。」

青年の顔を見て満足気に笑い、少年に向かって何かを唱え始めた。詠唱の利点は威力が跳ね上がる事、だが反対に隙が出来る。お前こそ劣っているじゃないかと青年は思ったが此処で手を出せば何かを仕掛けてくる事は馬鹿でも分かる。少年を抱えて青年はサルヴァンの横を抜けた。

「出口は何処だ。」「真っ直ぐ。壁があっても真っ直ぐ行って。此処は空間魔術で空間がおかしいんだ。」

もう抱えられるのにも不満を抱かなくなったのか少年は走る振動に揺られながら青年にしがみついていた。慣れたと言うよりも何処か嬉しそうだった。

一方青年はあの地下牢屋での事を思い出していた。擦り剥いた頬の傷はもう既に癒えており、壁に追突した記憶があるのは本人とブラドしか居ない。また壁に顔面を打ち付けるのは嫌だと思いつつも青年は壁に向かって走る。壁に激突してしまうのかと目を瞑るも痛みは無く、青年はほっとした。ほっとした束の間、目の前に繰り広げられる戦闘に目を細めるが二人は此方には気づいてはいない。人間を超越する者達の戦い。思わず圧倒されてしまい見惚れてしまったが後ろから影は迫っている。青年は少年を降ろして「先に行ってろ。」と剣を押し付け、茂みの中へと突き飛ばした。

「…で、お前は何が目的だ。サルヴァン。」

剣先をサルヴァンの首筋に突き付け、青年は面倒臭そうにさっさと終わらせたいという表情で睨みつけた。

「目的?ははは愚かな問いだ。目的なぞ既に達している。そのお前の言う目的こそがお前なのだ。」

鬱陶しそうな前髪を掻き上げサルヴァンは真っ白な歯を剥き出してにんまりと笑った。さっぱり分からない。自分の頭の悪さに笑えて来てしまう。人間を直接的に殺すのは初めてだが低級魔物と同じような手段でも殺せるのだろうか。どっちみち首を吹き飛ばせば良い事だ。青年は剣を横に滑らせサルヴァンの首を落とした。だが手応えは全く無い。

「何故愚か者は話を最後まで聞かないのだ。…嗚呼、不愉快だ。だが私の計画は寸分狂わず進むには仕方が無い事だ。」

転がる頭部は語り始め、胴体はそれを拾う。初めてカリスと会った時と同じような感じだ。まさかこの男は魔物の部類に入るのか。

「アルサ。もうよい。サルヴァンの監視に戻れ。こんな害虫を駆除出来ないなどお前は本当に使えない人形だな。」

男の声によって動きを止めた人形はブラドに関節共に腕が吹き飛ばされ、そんな事を気にせずに扉の向こうに戻って行った。…青年は眉を顰めた。こいつの名前はサルヴァンではないのかと。

「去るが良い。…まだ相交わる時ではない。何れお前はまた此処に訪れるだろう…。」

存在自体が不気味な己の頭部を抱えた男は笑い、扉が閉まるまで青年を見ていた。この道のりで魔王に辿り着けるのだろうか。フェンが待つグリアーロスにも行かなければならない。フェンの事だ、気長に待っているだろう。なるべく早く行くようにするよ、フェン。

此処には居ない友人に青年は語りかけた。

戦闘後で疲労が蓄積しているような素振りも見せずに黙って青年を見つめる。怪我はしていないが、怪我よりも酷い状況に青年は陥っていた。だが当の本人はその状況には気づいておらず、気づいているのはブラドのみだった。少年は何か異変を感じていたが魔術についての教養は無い。先程までは無かった物が青年の顔に奇妙に浮き上がっているという認識のみだった。「…呪い、では無いな。」とブラドか発した言葉は青年等には届いておらず、一方的に擦りつく少年をどう相手しようか悩む青年の様子を伺っていたが何も変わりは無い。

「一先ず学校へ戻ろう。」

何処から話して良いかと思考を巡らせながらブラドは言った。


学校に戻るなりフィラーリネに少年は拳骨を落とされ、そして頭を撫でられていた。青紫色に変色した手の甲に治癒魔法をかけようとしていたがフィラーリネの手が止まる。どうやら治癒魔法が効かないらしく何かの魔法がそれを阻害していると言う。魔術師や魔法使いという者は魔法でしか傷を治した事しかないのか、手が止まったままだった。魔法が効かない理由を考えているのかは分からないがこのままでは駄目だと青年は少年の手の甲に布を巻き、その上から濡らし凍らした布を患部に起き、またその上から布を巻いた。

「ブラド、トレースを寮まで姿を消して連れて行ってくれ。」

「了解した。」と言ったブラドだったが青年の短外套の裾を掴む少年の姿を見て、フィラーリネに視線を戻した。彼も彼で少年の変わりように喜ばしい反面、これほどまで異常に懐くなど思ってもいなかったようで悩んでいるようだった。

「……また会えるだろ。さっさと戻れ。」

青年は少年の頬を伸ばし、間抜けな顔に思わず昔の事を思い出して笑ってしまいそうになったが堪えた。抓った箇所はほんのりと赤くなり、少年は「絶対だぞ。」と若干青年を睨みながらブラドと共に寮へと戻って行った。

「ディスティー、失礼。」

顔に浮き上がった黒い印に触れ、フィラーリネは目を細める。自分の身に何か起きているんだろうと薄々は分かっていたが自分の顔が見れないため状況がよく分かっていなかった。

「…妙な魔法をかけられたようですね。魔法を解くには問題は無いが数日はかかる。この魔法が解かれるまで魔術の類いは使ってはいけない。術者へ君が使用した魔術が吸い取られていく…、簡単に言えばディスティーが使用した魔術を術者も使えるようになってしまう。希少な魔術、空間魔術は使わない方が良い。」

頬から手を離し、本棚へ向かう。片手に本を持ちながら詠唱し、黒い印の周りに新たに印が刻まれる。どんな魔法なのかは分からないがこれでかけられたものは消え去る。

「他に何もされていないか?」

そう問われるが心当たりは無い。関係は無いが腕に刻まれる紋様について何か聞いてみようと青年は思い、短外套を捲り上げて防具を取り外し、魔石を使用する度に紋様が進む腕を露出させた。紋様はもう既に肘を超えて、肩へ範囲を広げようとしていた。

「…この件には関係は無いがこの事について何か知っている事はないか?」

あの時のブラドの言葉がずっと引っ掛かっていた。魔石ではない。魔石ではないのならこれは一体何なのだろうと。そして何故ブラドは短外套、防具の上からこの紋様の事を気づけたのか。

「突然浮かび上がったものだとしたら何かの呪いだろう。だけど呪い特有のものは見られない。…申し訳ない、力にはなれなさそうだ。」

会話を打ち切ると同時に現れたブラドは青年の腕を見て目を細める。フィラーリネに少年を無事に送り届けたと伝え、そして大事な今後に関わる話があると言った。

「…まずは私が牢屋に囚われた経緯を簡単に話そう。私の元主が行っていた実験を知ってしまったからだ。…本来此処は魔術などを教える学校だが、学校を隠れ蓑とし色々とこの世の為と言いつつ悪事を行っている。

実験を行っている事を知った事には元主も寛大に許して下さったが私はそれなのにも関わらずその実験を調べ、実験内容を知ってしまい、そしてその資料を持ち出した。それに元主が怒り狂った。それで牢屋にぶち込まれたということだ。」

「その実験とは?」「貴方には言えない。」

何か言いたそうな顔をしているが自分は学校側の人間だったなとフィラーリネは思い、自分の立場を弁え「ならば自分で調べよう。」と言った。

「フィラーリネ様に聞きたい事がある。私を最初に行方不明だと言った人間を知りたい。」

「剣術科講師ヘアリダーデ・スキアー。トレースの所属する組を受け持っているヘアリダーデだ。」

その名を聞いて何かを考える様子で、今度は青年の方へと向いた。今まで眠そうに聞いていた青年は何を聞かれるのかと身構えたがお前と召喚された魔物に会いたいと言った。

「…何処に居るのか知らない。ガーディアンと居るのは確かだが。」

「職員専用談話室に居るよ。」

フィラーリネは二人に手を振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ