パンテラオ王国/01*
視界に広がるのは赤煉瓦の活気に溢れた豊かな町並みではない。人の手が入っていないだろう植物達の楽園。共に旅をする馬はその植物達を美味しそうに味わっていた。色々と状況が飲み込めない中で、どうして口が無いのに草を食えるんだろうかと片側の長い前髪が頬と触れて痒い箇所をモストロは掻いた。周囲には先程まで一緒に居た人間達は居ない。となればギュシラーの転移魔術は失敗に終わった事になるが心なしか魔力がかなり減っていた。魔術を行使した記憶は無いが魔力が足りないから無理だと言っていた彼だから転移魔術に何かしらの魔術を組み込んで発動させたのだろう。一応この身は騎士団に追われている。この状況で出くわせば十中八九、力を使って逃走すれば確実に騎士達は死ぬ。どうにか加減を出来ないものかと自分を責め立ててみるが制御出来ない。力をコントロール出来なければ使ってはいけないとホリィ先生から教わった。いっそ聖遺物の力を…。なんて考えてみたが神の力は人間では無理な話だ。いつの時代もそうだった。
「どうするかなあ…。ねえ、馬くん?」
自分の使役し召喚した馬に問い掛けてみるが黒い艶のある尻尾を振るだけで返答は無かった。夜になったら話すくせに何故昼間は話さないのかと自分の召喚獣は謎だ。そして自分の力も謎だ。
どうして鎧で隠されている首無しの馬、人並み以上に知能を持つ烏を召喚出来るのか。自分が望めば太古に滅びたドラゴンも召喚出来るのではないか。一度挑戦してみたいものだと思ったが踏み潰されて死ぬなとモストロは諦めた。
「知恵を貸してくれ。烏くん。」
これ以上現実逃避を続ければ元々異常のある頭が更に可笑しくなりそうだ。この状況を打破するには認めたくないが自分より頭の良い召喚獣の一匹、烏に知恵を貸してもらう事に決めたモストロは烏を喚び出した。
「腹減ったぞ。飯くれ。何かくれ。」
召喚した途端に烏はモストロの肩に乗り、モストロの前髪を貪る。この烏は召喚すれば食事を要求する。何故だ。
「その前に俺を助けてくれ。」「腹が減っては頭は働かぬだ。寄越せ。」
何を訳の分からない事を言いながら前髪で隠れる目を狙って烏は突つく。下手すれば目が抉られる。懐から巾着を取り出し木の実を何個か食わせてやる。満足そうに噯気を出した。
「さて俺様を喚び出した理由を聞こう!」
「この状況を打破する手を考えて欲しいんだ。」
「打破する?頭大丈夫か?この方向で降りて行けば赤い町があるぞ。」
烏は飛び上がり誘導するように飛んで行き、馬もその後を着いて行った。置いていかれると慌ててモストロは召喚獣達の後を追った。
森を抜けて視界に広がるのは青空に映える燃えるような赤煉瓦の町並み。パンテラオ王国だ。
「もしかしてこのためだけに俺様喚び出されたの?御主人…幾ら魔力が沢山あるからって馬鹿みたいに喚び出さないでくれよ。世話の妬ける御主人だなあ…。」
頭上で呆れたように溜息を吐き、モストロの頭皮を突つく。
「此処に来たのは俺だけじゃないんだよ。色々と保護されてる身でね、他の人も此処に落ちたと思うんだけど…。」
「む、確かに…人の気配はあるな。何人居るの?」
五人と手で表せば不思議そうな目をしながら馬の蔵に移動した。
「え、五人も居るの?人間は一人。人間に何か混ざってるのが二人。妖精みたいな魔女みたいのが一人だけだぞ?四人しか気配は感じれないんだが…。」
「……普通の人間一人しか居ないの?それにあと一人何処に行った?」
このパーティには普通な人間は少ないと思っていたがこれ程までに居ないかとモストロは愕然とした。二人の話を聞いていた馬は主人の様子を見て、小馬鹿にしたような鼻息を出して笑った。
「取り敢えず待ってれば良いんじゃない?だって御主人が動いたら迷子になるの確実でしょ。その人達が来るまで御主人のスカスカの頭に知恵を詰め込まないとね。」
烏は笑うように目を細めて、羽を羽ばたかせた。
「してもさー、御主人の記憶まだ戻らないの?俺様烏くんって呼ばれるの嫌だよ。」
モストロは烏の問いには答えられず、馬の隣にモストロは腰を降ろした。馬の尻尾を三つ編みしてやろうと編み始め、無心になろうとするが烏の問い掛けが頭から離れない。自分は一体何者なのか。モストロという名前はホリィ先生に名付けられた名前だ。先生はどうも人や物に名前を付けるのが好きらしい。名前の由来は何処かの国の言葉で化物という意味らしい。魔力が化物並みという意味でつけたと言っていた。どうも納得が行かないが古語では才能を持つ人という意味もあるらしい。先生が言うには化物並みの才能を持つ人。嬉しさ半分、微妙な気持ち半分と言ったところだろう。
「烏くんって呼ばれるのが嫌なら名前教えろよ。」
「嫌だよ。俺様は甘やかさない派だから。自分で思い出さない限り教えてあげない。」
「名前で思い出したんだけどさ。一回騎士団に捕まって助けてくれた時にさ…顔には余り入って無かったけど全身に刺青が入った異常に上半身の露出が多い鎧を身につけてる変態が俺の事をハルファスって呼んだんだよ。」
「無駄に長い説明は記憶が無くても変わらない御主人だね…。長い説明で分かったけど御主人とよく酒飲んでた友人様だよ。名前は教えてあげないけど変態であってるからね。」
「……変態が友人とか嫌だな。」
モストロは顔を手で覆った。馬はまた鼻で笑い、最近主人は顔を手で覆う事が多くなったなと呆れたように草を貪った。
「む?人間に何か混ざってるのが二人、普通の一人がこっちに近づいてるみたい。御主人、気配分かる?これぐらいの距離で分からなかったら記憶が戻っても御主人の能力的に駄目だよ。」
「何か居そうな雰囲気は分かる。」と言ってみたは良いが何となく周囲に集中してみるが気配など感じられる筈が無かった。
「嘘こけ!」と頭に烏が舞い降り、頭皮を突ついた。モストロは少々落ち込むが、分からないのは当然なんだよなあと烏は一匹で頷く。微かな希望を持って言ってみたが主人が慕う先生とやらが全ての元凶だ。だがその事に主人は知らない。
「…モストロ?」
不意に声を掛けられ肩が跳ねさせつつも振り向けば、人間のようなちっぽけな存在など一飲みで胃に入れてしまいそうな大きな口。口が大きければ体躯もさぞ大きかろう。
「烏くん。記憶が戻る前に此処で終わりだと思う。」
安全そうな馬の下に潜り込みもモストロは大きな口の持ち主である狼の視界から逃れようと逃走を図った。
「…御主人。ちゃんと隣も見なよ。」
烏に言われ馬の脚影から覗けば、特徴のある褐色肌に映える銀髪のような白髪で、後髪を軽く結って丸めて飛び跳ねた髪先。間違いないギュシラーだった。そしてその隣には馬が三頭。馬の上には銀の鎧が見えた。その後ろにマリーが居たがモストロの位置からでは見えなかった。
「何だよ。驚かせるなよ。」
安堵した表情で息をつけば、ギュシラーは何か言いたそうな顔をしていたが一言、すまんと謝った。
「俺様戻って良い?食われそう。」
モストロのフードの中に隠れる烏は魔術師の隣に居る巨大な狼を見ながら翼で顔を隠した。
「もう少し堪能してけよ。暇なんだから。」
「今暇って言える状況だと思うの?何処まで御主人の頭は馬鹿になったのさ!」
怪訝そうに烏を見つめるギュシラーに気づかずモストロは彼にあの主従はどうしたを聞けば、ギュシラーは知らないと言うように首を横に振った。
「取り敢えずは此処で待ってれば良いんじゃないか?」
「…お前は少し危機感を持ったらどうだ。普通はこの狼について聞くと思うんだが…。」
召喚獣かと狼を見るが、それらしい品は無い。なら此処の山に住み着く動物の類いだろうか。だが此処の山には動物や魔物は見かけなかった。狼を見つめるが狼は答えそうにない。
「ほら御主人が前に話してた噂の生物じゃない?ほらほらカエルムエィスで聞いた噂だよ!思い出して!」
噂を聞いたのは数年前。ホリィ先生と共に旅をしていた頃の話だ。何処かのとある山を守護する生物が居るという噂話だ。その噂話には様々な憶測が飛び交い、膨大に虚実で膨れた作り話だと思っていた。その守護する生物は神話から抜け出して来た神の生物。魔王へ着いていたが離反し人間に味方する魔獣。もしくは色付き魔術師、錬金術師が作り上げた合成生物。などその噂話に出てくる生物には様々な噂が飛び交う、到底信じられない話だった。
「その噂の生物らしいが人を待つ為に此処に住み着いたら何も寄って来なくなっただけみたいだ。…全く噂は当てにならないな。」
ギュシラーは肩に乗る鳥ヴェストの冠羽を撫でながら溜息を吐いた。
山の麓で主従を待つ四人と四頭、そして二羽。狼は何も言わず山の中腹に戻って行き、それから数十分。漸く現れた主従に魔術師は違う場所に飛ばされていない事に胸を撫で下ろした。どうしてこうなってしまったのか。剣士の様子を見る限り組み込んだ魔術は発動した事になる。なら十分に魔力は足りていた筈だ、そして座標はパンテラオ王国に設定した。だが何故王国に移動出来なかったのか。第三者に此処に誘引した可能性が高いだろう。なら一体誰がという事になってしまう。堂々と目の前に現れた逞しく威厳に満ちた体躯を持つ巨大な狼を思い浮かべたが、あれはただ人を待っているだけだ。
「迎えが来たみたいよ。また窮屈な生活に戻るなんて面倒だわ。」
王女が見た先には幾つもの死闘を潜り抜けたような強く鋭い瞳を持つ雄々しい一人の戦士が居た。
「王女様、貴方は一体何処をほっつき歩いて居たんですか。貴方が一言『アーサーに会いに行く。』とだけ部屋に手紙が残されていた時には俺の首が跳ぶなと涙を流しましたよ!慌てて王に告げれば『何故じゃじゃ馬に育ってしまった…。育て方を間違ったか…?』と女王と共にしょんぼりと肩を落としてしまいました。父君、母君に多大な心配をかけて貴方はいつも反省しない!それに貴方が消えた日は男爵殿との食事会が予定されていたのをお忘れですか?男爵殿も苦笑されていましたよ。それと貴方はいつ婚儀を上げるのですか!王も心配されていますよ。この調子で行けば婚期を逃してしまい、父君母君にお孫様の顔を見せられなくなってしまいます。それに…──」
「セレム、説教は城に着いてからにしてくれ。パーティの人間が戸惑ってる。…こんな執事みたいな事を言う人間が先陣を切る戦士だと思われたら、王国は終わりだぞ。」
王女を迎えに来た戦士は口を開いたと思えば唐突に説教をし始めた。カリブルディアが止めに入らなければ戦士は明日、いや明後日まで説教をし続けていただろう。それ程までの勢いだった。
「見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。…そして勇者は何方でしょうか、一度手合わせ願いたい。」
戦士は頭を深々と下げて勇者の事を聞く。だがこの場には勇者は居ない。居場所を知っているのは勇者の状況が頭の中で四六時中響く魔術師のみだ。
「勇者は別件で動いている。…少し手こずっているようだから此処に到着するまで一週間程度かかるかもしれない。」
魔術師の言葉に戦士は目を細めた。歴代の勇者の中に旅の途中で逃げた者も居たため、戦士が訝しむ様な反応をするのも無理はない。
「別件とは?」
「…無闇に人の過去に足を踏み入れるのは本人も不愉快だろうから、詳しくは分からないが…きっと勇者の過去に関わる事だろう。……到着した時に深く詮索しないでやってほしい。」
眉間に力を入れ、慎重に言葉を選びながら魔術師は話す。どうやら何か戦士にも感じた節が有ったのか顔に暗い影を落とし、魔術師の言葉巧みな嘘を完全に信じたようだった。
「…城にご案内致しましょう。」とパーティの面々に振り向き、そして王女に幾つか小言を言う戦士と共に一行はパンテラオ王国の地に足を踏み入れた。
──
パンテラオ王国第一王女ヴァリエンテ・レオ。だが彼女は王女であるが正体は高貴な魔法使い、魔女と呼ばれる水の妖精ニヴィアン。何故そのような存在である彼女が飯事のような真似事をしているのかは不明だ。彼女の性格から見ればただ単に遊んでいるのか、或いは何かを仕出かそうと企んでいるのか。妖精や精霊は善と悪に別れるがニヴィアン達は例外で両方に属している。精霊ペリドートに話を聞けば彼らの中でニヴィアンは珍しく最も思考が人間に近く、自分が楽しければそれで良いといった危ない考えを持っていると聞いた。だから此処に怪しまれる事なく王女として存在しているのだ。
パンテラオ王国に到着し滞在して数日が経つが勇者は一向に姿を現さない。頭の中で響く勇者の状況は危機を脱したらしいが兄ドゥムととはまだ一緒に行動している。声がよく聞こえるが勇者と手を組む淫魔の声は聞こえない。精霊も言っていたが腕輪に刻んだ魔法陣は圧縮した為に音が聞こえづらい。だが途切れる事は無いと言っていた。途切れる時は第三者が意図的に魔術を発動させ会話を聞かせないようにしている可能性が高い。ならば淫魔の声が聞こえないのは音が途切れた時に会話している、原因は淫魔という事になる。
「ヴェスト。フィロと変わって欲しいんだが。」
王国が用意した一室。魔術師が当てがわれた一室は中庭を見下ろせる場所に位置していた。中庭には噴水が設置しており水飛沫が太陽の光によって小さな虹を作り出していた。念の為に音を遮断する結界を張り、盗み聞きをしようと企む奴らを排除する。
「ヴェストは夜以外出て来ないわ。…それでディスティーの様子は?」
「進展は無しだが危機は抜け出せたみたいだ。…ドゥムと共に行動しているようで、それと淫魔が音を一時的に聞こえないように何かやっているらしい。途中途中切れて状況が把握出来ない。」
ヴェストの姿を借りる精霊は嵌めた腕輪を凝視し、音を遮断する淫魔の何かを探るが発見出来ずに魔術師の肩にまた乗った。魔法陣を発動させた精霊が分からなければ自分では分からないだろう。
「ねえ君さ色付きでしょ?」
突然の訪問者に扉の方に振り向くがそこには誰も居ず、反対方向にある窓から烏が話しかけていたのだ。この烏はモストロのフードの中に隠れていたモストロの使役する召喚獣だろう。
「どうしてフェネクス様が契約する気になったの?あの方は人間嫌いで有名なのに。」
「契約したのは五年前だ。覚えてる訳が無いだろう。…あっちが勝手に俺を契約者に仕立て上げたんだよ、成り行きだ。」
「契約しなきゃ駄目な状況で契約するなら、その状況を打破した後に契約を破棄すると思うんだけど。もしかして気に入られたの?…フェネクス様ならあり得そうだなあ。」
当時はそう思っていたが烏の言う通り、何故かあの変態に気に入られてしまった。そのお陰で強制退学という形で家や町共々追い出されてしまったが。苦々しい過去だ。
「本当にお気に入りなら乗っ取られる事は無いと思うけど飽きられたら終わりだよ。」
「ご忠告どうも。どうしてあいつの真名を知ってる?…モストロはハルファスに乗っ取られた人間なのか?」
「真名?フェネクス様は人間に追われる特殊な悪魔の方だから名前を隠してるのか。名前を知ってるのは面識があるからだよ。御主人の事は教えて上げない。」
烏は魔術師を睨みつけ、窓から飛び去った。御主人と慕うモストロの所へ戻ったのだろう。このパーティは自分を含め普通の人間は居ない。どうしたものかと魔術師は頭を抱え、ベッドに顔を埋めた。
「ギュシラーさん!ちょっとこっちに来て下さい!」
魔術師の悩みの種は減る事は無い。積もるばかりである。能天気な雰囲気を全身から醸し出す魔法治癒師に強引に腕を引かれ、あの時の勇者もこんな気持ちだったのかと顔を歪まさせた。
「あ、来た。道中二人はよく喧嘩してたから仲直りの試合をしようとマリーが提案したんだ。取り敢えず戦ってくれ。」
モストロが指差す相手は魔術師と同じく嫌そうに顔を歪ませるカリブルディアの脇に抱えられた剣士。大量に消費した魔力はここ数日安静にして元に戻ったそうだ。
「どうして戦わないといけないんですか。…魔術師と剣士だと魔術師が圧倒的に不利でしょうに。」
「自惚れるな脳筋剣士。対して剣も魔術も使えないお前の方が圧倒的に不利だろうが。」
「ま、まあ…二人とも!どっちが強いのか認識してからも物を言いましょうね!ほ、ほほら弱い奴程良く吠えると言いますし!」
顔を合わせるなり早々に口論に発展する二人の間に入り、止める魔法治癒師の言葉により口論は止まるが睨み合いは続く。仲直りする為の試合であるはずなのだが、力比べになっていないかとモストロは心内で魔法治癒師に突っ込みを入れた。モストロが想像していたのはお前も中々やるなと手と手を取り合う二人だったがそんな想像は崩れ、自分があの睨み合いの間に挟まれてしまったらゾッとするだろうと案外度胸のある魔法治癒師に拍手を送った。
「さっ、試合しましょう!死なない程度に!」
回りに被害が及ばぬように魔術師は防御結界を張ろうとしたが既に強固な結界が張られていた。彼処に佇み、試合を観戦しようとする中性的な顔の人間が張ったのだろうと推測する。魔力を押さえ込んでいる辺り、あの人間の魔力は人並み異常だろう。魔術師は精霊ペリドートの他に契約する精霊を召喚し試合に望む。
「あらユカト久しぶり。」「ペリドートこそ久しぶり!」
一言二言精霊達は言葉を交わし、剣となり魔術師の手に収まった。試合開始の合図である鐘が辺りに響き渡り、先に仕掛けたのは剣士。だが剣士の攻撃は魔術では初歩的なもので剣に炎を纏わせるものだった。剣の腕では剣士が格上、魔術の腕では魔術師が格上。
「そんなんで倒せると思ってんのか。」と精霊ペリドートにユカトと呼ばれた方の精霊ユカナイトの剣で剣士の剣を受ける。精霊ユカナイトは火の精霊。火で作られた攻撃などは効かない。ユカナイトは剣士の炎を吸収し、剣士が驚き目を見開いた隙にペリドートの剣で斬りつけた。だが剣士は素早く後ろに下がり攻撃を避けた。
隙を与えない剣捌きに剣士は驚きつつも魔術師の剣を受ける。殆どの魔術師は近距離は苦手とし後方支援に徹する。だがギュシラーは違う。主に攻撃系魔術を行使するが魔術師でも様々な武器を扱う近距離を得意とする魔術師。彼の魔術はこの戦闘を見る限り、名家の出ではない。殆どが世界に普及する魔術だ。主な攻撃は精霊の形を武器へと変えて、その武器で戦う。彼のような魔術師は見た事が無かった。
「魔術師にしては剣の扱い方が上手過ぎる。」
本能的に避けるも剣士の頬に矢が掠った。前からの攻撃では無い後ろからだ。魔術師の剣は一本。先程までは二本だった筈だ。咄嗟に背後に炎の玉を作り出し、矢を迎撃する。後ろの事に気を取られ剣士は迫り来る槍を気づくのが遅れ、手甲で槍の軌道を逸らす。これで魔術師の武器は消えた。
「そりゃあ最初は剣士や騎士を目指してたからな。」
世の中には魔術師を目指すも剣の方が向いている人間や、剣士を目指すも魔術に向いている人間が多数存在する。かく言う剣士も魔剣士を目指していたが魔力孔が塞がっていて諦めていた。会話を交わしながら剣士は異変に気づく。こじ開けた魔力孔が妙な熱を持ち、魔力を使うたびその熱は酷くなっていった。いつの間にか魔術師の手には剣が戻っており、魔術師の剣は精霊だったなと剣士は再認識する。
「カリ、カリル…カリブルディアさん。ガーストの様子、何か可笑しいと思いません?」
二人の試合を観戦し、噛みながらカリブルディアに問い掛ければ「カリスで良いぞ。」とカリブルディアは苦笑した。
「特におかしいと思うところは無いが…。」
「アルモニー、あんたさ一応魔剣士のクセに分からないの?魔力が暴走してるだろう。」
噴水の横にある花壇の前で佇んでいた中性的な顔の持ち主の人間は掠れた声でカリブルディアを叱りつけながらモストロの問いに答えた。だが気づいたとしても、もう遅い。