第十三街道リデカーム/01*
不意を突かれ何者かに勇者が連れ去られてしまった。カリブルディアが勇者に手を伸ばすも後一歩の所で掴み損ねる。だが悔やむ暇も与えられなく魔物は襲い掛かった。
「おいッ!脳筋剣士!前を見ろ!ディスティーの事は後だ、今は目の前の魔物に集中しろ!!」
魔術師が叱咤するように叫びながら魔物の首を落とす。だが騎乗している為に中々攻撃は当たらない、降りてしまえば良いがそこを突かれて傷を追ってしまう可能性があるため降りる事が出来なかった。そして此処はまだ町に近い。
「このまま直進すれば大きな滝があります!そこに魔物を!!」
魔法治癒師は声を張り上げ、魔法で魔物を撃退しつつ前を指差した。魔術師と剣士は頷き、馬の速度を上げる。殆どの魔物は動きの早いものを襲う習性がある。案の定魔物はそれに食いつき、二人の後を追った。だが女性陣、そしてカリブルディアの方には中級だと思われる魔物が残る。
「マリー。王女様を頼む。」と一言、魔法治癒師に向って王女を放り投げて魔法治癒師の馬の尻を蹴った。悲鳴を上げながら王女を受け止め、走り去った。
その頃。魔術師、剣士の二人は滝の近くまで魔物を引きつけ、目配せし合い同時に二手に分かれた。この魔物らは低級。余り運動神経は良くなく、急には止まれない。例え止まれたとしても二人が魔物の首を切り落とし絶命させた。
「…で、一先ず危機は去ったが。」「危ないです!避けて!轢いちゃう!!」「貴方は馬鹿なの!?手綱を引きなさい、手綱を!!」
混乱して目を瞑る魔法治癒師の頬を叩きながら王女は慌てて手綱を引くが、魔術師は跳ねられ地に伏せた。非戦闘員のモストロは草むらから馬を引きながら現れ、倒れる魔術師と慌てて治癒魔法をかける魔法治癒師を見て溜息を吐いた。そして隠れていて良かったと安堵した。
「危機は去ってなかったか…。」と魔術師の声は小さく、御愁傷様ですとモストロは手を合わせた。
「カリブルディアさんは?」「居るぞ?」
魔法治癒師が答える前にカリブルディアは魔術師らに合流し魔術師を見て、モストロと同様に手を合わせた。
「誰かディスティーを連れ去った奴の姿は見たか?」
痛む背中を摩りながら魔術師は起き上がり問い掛けるが、王女以外の人間は首を横に振った。
「淫魔だと思うわ。他の魔物からも淫魔特有の甘い香りがするもの。」
「……匂いはするが、どうして淫魔がディスティーを?」
「知らないわよ。」と王女は冷たく魔術師を突き放し、魔術師は何故と考えていたが魔法治癒師が恐る恐ると口を開いた。
「カデケームを魔物から防衛する為にある討伐自衛隊というチームがあるんです。…そのチームが昨日、淫魔に襲われたと少し噂に聞きました。それと一日前にも北部方面を守っていたチームが魔物の集団に襲われましたが、旅人或いは冒険者に救われたと…。」
「北部方面にはあの森林がある。」とカリブルディアは魔術師に言い、何が何だか分からないモストロは首を傾げていた。
「…その旅人、冒険者はディスティーの事じゃないか?」
「かもしれませんが、その…討伐自衛隊の方々は……。」
言いづらそうに魔法治癒師は唇を噛み、魔術師は魔法治癒師の様子を見て大体は予想が着いた。謎が謎を呼ぶ。勇者への疑惑が積もっていく。
「…どうやらディスティーは脱出が困難みたいね、だけど自分でどうにか出来るみたい。旅を続けてくれ。…だそうよ。」
「…どういう事だ?」と魔術師は王女に問い掛け、王女は伝言水晶を投げ渡した。
<……のか?>
投げ渡された伝言水晶を受け取った瞬間、勇者の声が頭に響き渡る。
<…ディスティー?> <……ギュシラー?>
両者驚いた声で名前を呼ぶ。魔術師も魔術師で混乱しているようで王女を見るが、王女はただ見ているだけだった。
<…取り敢えず自分で脱出する。ギュシラー達は旅を続けて、王女を王国に届けて置いてくれ。>
<……王国で落ち合うと?>
<そうだ。だから助けは必要無い。>
<…それは王女から聞いた。俺からも聞きたい事がある。>
少し間が空いたが勇者は<何だ?>と唸るような声で反応する。何か起きているのだろうと思い、然程気にせずに魔術師は問い掛けた。
<あの森林の魔物を退治したのはお前か?> <…そうだ。>
<お前を攫ったのは淫魔か?> <…サキュ…サキュバ…。>
<…いや何でもない。さっき聞いた時にどうしてその事を言わなかったんだ。>
<…俺が口を挟む前に剣士と喧嘩をし始めたからだろう。>
<…それは、そうだが……カリブルディアが心当たりは無いかと聞いた時にどうして答えなかったんだ?>
<…魔物は湧き水みたいに何処からともなく現れる。例え狩り尽くしても現れていると思ったからだ。>
<それでもそれは心当たりになるだろ?>
<…まあな、面倒事は嫌いだ。それにカリスも…王女のお使いだと言っていた。……そこで言えば王女がまた何かしてくるからだ、それは避けたかった。>
勇者の声音は恐ろしく低くなり魔術師は背筋が凍る。勇者は王女を苦手としているらしい。
<…王女に何かされてるのか?> <……詳しくは、精霊に聞いてくれ。>
<最後に一つ。推測だが…。…お前はこうなる事を知っていたんじゃないか?> <……知っていたのなら馬鹿みたいに攫われたりしない。>
馬鹿げた推測だと自分でも思ったが改めて言われれば馬鹿だ。
<…そうだよな。すまん。> <……いや大丈夫だ。それと切る前に伝えないといけない事がある。>
<剣士が急に魔術を使えるようになったのは王女が関わっている。ワイバーンから取れる尻尾などを使って何かしたらしい。…そして剣士が魔術を使えなかった理由は、塞がっていたから。>
<……王女を信用するな。王国でまた会おう。>
勇者との通信が途切れる。魔術師は最後に受け取った貴重な情報に愕然としていた。
「スティ…ディスティーはどうだった?」
「旅を続けて王国で落ち合う予定だ。」と魔術師は静かに言った。
勇者を救出しに行くと暴れる剣士を無理矢理宥めさせ、向かうはミルターニャ王国最後の第十三の町トレーカキム。勇者が不在の今。誰も会話しようとはしなかった。魔法治癒師は何とか場を盛り上げようと頑張っていたがその頑張りも燃え尽き黙り込んだ。
「……何処まで行くつもり?此処を越えたら、その先は湿地帯で寝る場所なんて無いわよ。」
気づけば既に日没しており辺りは暗く見通しが悪い。王女の言う通りパーティの面々は馬を止めて各自色々と辺りの様子を伺いながら野宿する体勢に入る。岩に寄り掛かり魔術師は剣士の様子を横目で確認する。まだ納得がいっていないようで頻りに拳に力を込めて震えていた。納得いってない反面、勇者の力になれない事を悔んで非力な自分を責めているのだろう。
お前らの力は必要無いと言われたも当然だ。得体の知れない者に捕まっていても他人の力を借りるまでもない。それ程に勇者は強いと言う事だ。パーティの人間達はこれが勇者が企てた計画だとは知らずに勇者の力を過大に評価していく。
沈み込む暗い重たい空気はとある人物の音で掻き消される。魔法治癒師の腹が鳴ったのだ。魔法治癒師の腹の音を聞き、そういえばと魔術師は思った。何故腹が鳴るのか、それは何故か炊事当番になってしまった勇者が不在だからだ。男であり、そして勇者に炊事を押し付けるなんて自分を含め全く駄目な奴らだったなと魔術師は苦笑した。真面目に旅をしていたのは勇者、ディスティーだけだったのかもしれない。
「……シンギ、少し話があるの。」と精霊は現れ、魔術師の耳元で囁いた。パーティから離れる為に魔術師は立ち上がり、近くに流れる川までやってきた。川は音色を響かせ、ゆったりと流れる。
「……一体どうした?」「ディスティーに関わる事なの。」
精霊は何かを調べるように川に手を浸からせ、魔術師に人除けの結界、音を遮断する結界をかけろと言った。
「……あの王女に聞かれる可能性があったから、あの王女は水の妖精…水があるところなら何処でも盗み聞き出来るわ。」
「…成る程。お前もか。」と魔術師は呟き、精霊は首を傾げた。伝言水晶でディスティーとの会話の内容を精霊に告げ、何か考えるような素振りを見せて、精霊は一定の快音を響かせ指笛を吹く。何処から音も無く白銀の体格の良い鳥が精霊の肩に舞い降り、宝石を嵌め込んだような鋭い瞳が月明かりによりいっそう輝き、魔術師を射抜いた。
「ヴェスト。お前が見た事を明確に短く説明して。」
「カンタンに言うな。ワタシが見たのは…主人にカンシを任されていたとき、サキュバスのリリル・エレストラ・セヴィリアールがディスティーとセッショクした。パーティから離れるセイトウな理由がヒツヨウと言っていた。」
むず痒いのかヴェストという鳥は羽を嘴で掻き、そして何度か羽ばたく。
「……ディスティーと淫魔は手を組んでいた。…という事になるんだが。そこまでしてパーティを離れる理由は何だ…?」
「なら本人に聞くのが早いわ。上手く発動すれば良いんだけど…。」
ヴェストの抜けた羽根を精霊は拾い上げて、精霊は地面に魔法陣を描いた。そして手甲をその上に置く。魔法陣に魔力を流し込み、魔法陣を発動させる。
「どう──」「あっちに声が聞こえちゃうから黙って。」
精霊は魔術師を黙らせ、耳を済ませる。聞こえるのは剣と剣が交わる金属音、そして呻き声。
<私の問いに答えよ、何故貴方が此処に居るッッ!?>
魔術師は魔法陣から聞こえる声に身を乗り出すが精霊に止められ、ただ魔法陣を見ている事しか出来なかった。
<…知らんッ!座標が何とか言っていたが、俺にはさっぱり分からん。召喚されただけだ。騎士こそ何で此処に!?>
珍しく声を荒げる勇者に問いを投げかける騎士ドゥム。どうしてこの二人が同じ場所で戦っているのか。状況が把握出来ない。
<貴方にはッ…関係の無い事だ!!> <俺は質問に答えた!お前も質問に答えるのが妥当だろうがッ!!>
激しい金属音を響かせながら問答を繰り返す二人。それを聞きながら魔術師は口論する二人の姿を想像するが、どうにも難しい。
「……フィロ、ディスティーの居場所を探れるか?」
「ん…、地下…に魔物…かな?…魔物の気配とは違う…何かの異形の群れ。…座標から見て、セヘプテムタに居るみたい。」
魔法陣を撫でながら眉間に皺を寄せて、困ったような唸ったような声で答えた。セヘプテムタという町の名を聞き、魔術師は頭を抱えた。地下に異形の群れにセヘプテムタとくれば勇者の居場所は絞られた。
「……フィロ。この状態を保ったまま王国まで行けるか?」
「少しやってみるわ。」と魔法陣の近くで何かをし始め、その様子を見ながら魔術師は考え始める。モストロを救出する際に対峙した騎士団、そして兄のドゥム。あの時は他の事に気を取られ、騎士団が何故オルクストーデンに居た理由など考えてもいなかった。それと何故モストロも彼処に居た事も。一応は聞いてみたがホリィという先生を捜していたら捕まったとしか言わなかった。最初の町で聞いた呪術師の名前に瓜二つだが発音が違う。だが騎士団はそのホーリーを追っている、そしてホリィを捜すモストロを捕まえた。双方の発音が違うだけで本当は同じ人物、それにラバーンド宿屋の二人の父親である老人は呪術を奇跡と言った。奇跡の代行者であるホリィ、呪術師であるホーリー。きっとそうに違いない。
「出来た。…少し聞き取り難いと思う、それと四六時中あっちの会話や音が聞こえてくるから。もう私の魔力はカラッカラよ…。」
魔法陣が刻まれた腕輪、そして勇者の手甲を放り投げて精霊は小さく息を吐いた。
「念の為に…ヴェストを置いていくわ。ヴェストを通して色々と見たり聞いたり、便利だからね。」
そう言った精霊は消えていき、残ったのは魔術師の肩に止まる鳥のみ。魔術師は結界を解き、パーティへと戻って行った。
──
火番は相変わらずカリブルディアで、この男はちゃんと睡眠を取っているのかと心配になるが眠そうな素振りは一つも見せない。火番をしながら空を見上げる彼の横顔は何処と無く、夜になると毎度空を眺める勇者に似ていた。
「…お、やっと戻って来たか。長い便所だな!」
いつの間にか魔術師に気づいたカリブルディアは冗談を言いながら魔術師に声をかけた。慌てて否定する魔術師を見て、彼は笑い飛ばす。
「このパーティで一番苦労してるのはギュシラーだよなあ。」
「…いや、ディスティーだと思うぞ。」
何気無いカリブルディアの一言で二人は会話し始める。他のパーティの面々は寝ているため、声を小さめに。今思えば戦闘時や切羽詰まった時以外に彼とは話した事は無かったなと魔術師は思った。
「どうしてそう思うんだ?」
「…何気に食事を作ってる。それに精霊や……王女によくちょっかいをかけられているようだし…、戦闘面ではディスティーに頼りっきりだ。」
「……人に頼るより自分でやった方が良い。もしくは頼り方が分からない。俺にはそう感じるぜ?」
勇者にディスティーに頼られた事は無いに等しい。信用されてないと言われたも当然だ。話せば話す程に魔術師は背中は丸くなり、頭を抱えた。
「まあそんな落ち込むなって、旅を始めて一ヶ月程度だろう?」
丸くなった魔術師の背中を摩りながらカリブルディアは笑いながらフォローを入れるが魔術師の反応は無い。
「んー…、まあ…魔王を討伐する為だけに組まされたパーティだろう?目的は魔王を倒す事。あまり気にしない方がいいぜ。無理に仲良くしないで旅した方が気が楽じゃねえか?」
「……コンビネーションとか、力を合わせて戦わなきゃ負けるだろ。」
「…魔王に勝てると思ってるのか?」
妙に静かな声音に違和感を感じたが魔術師は頷いた。だがカリブルディアの返答は無い。微かな光が瞬く空の下、静寂な夜に響く木が燃える柔和な音が嫌に耳に媚びりつく。ゆっくりと顔を上げれば魔術師は彼の目に恐怖する。
「まあ…倒すために作られたパーティなんだから、それくらい思っとかなきゃな。」
彼が目蓋を閉じ、次に開いた時にはカリブルディアは元に戻っていた。
「もう寝ろ。明日に響くぞ?」と頭を撫でられた手は死人の様に冷たかった。
夜が明けて太陽が世界を照らす。昨夜の一件で魔術師は眠れなかった。それを隠すようにフードを深く被り、ヴェストを馬の頭に乗せて馬に跨がる。
「……どうするんだ?」
先程まで今日は何処まで行くのかと揉めていた剣士と魔法治癒師に向かって呆れたようにモストロは問い掛けるが二人は一斉に振り向き同時に違う場所の名を言った。珍しい組み合わせの喧嘩だなとモストロは思いつつ、助けを求めるように魔術師を見れば何やら鳥と会話しており真面な人間が一人減ってしまったとモストロは顔を手で覆った。
「何を考えているんですか、ガーストさんは!余りにも危険です!!今日一日で峠まで向かって、そして峠を越えるなんて…無謀過ぎます!!」
「…王国に既に勇者様が居るかもしれないだろう!もし居なかったら…助けに…!!!」
「…埒があかないわ。勇者をどうしても助けに行きたいのなら魔術で一気に王国に飛べばいいじゃない。腕の立つ魔術師も居る事だし。」
その言葉に魔術師に視線が集まるが当の本人は全く話を聞いていなく気づいていない。鳥に頭を突かられ漸くその事に気づいたが状況を理解していなかった。鳥が魔術師に耳打ちし、状況を飲み込むが無理だと首を振った。
「俺の魔力じゃ足りない。それに俺の扱う魔術は基本攻撃系だ。使った事は無いがやり方は分かる、だがその分野は苦手に近い。」
魔術師の言葉に剣士は意気消沈するがモストロは開いた本を見せ、魔術師は唸った。
「…お前、これ何処で…。」
「先生から使いを頼まれた時に貰ったんだ。だけどこれは一人用の転移魔術だ、応用すれば何とかなるんじゃないか?」
基本的に転移魔術と言うものは一人用だが、それを応用し多人数を移動させる転移魔術も存在する。だが一つの魔術から新たな魔術を作り出すのは禁止されている。
「……貴方なら禁止も何も無いんじゃない?」
王女は微笑むがその微笑みは見下したような嘲笑に等しい。クソがと内心王女に罵倒を浴びさせ「…体の一部が無くなっても責任は取らない。」と転移魔術を模した魔術を展開させる。自分の魔力では足りない為、他人から魔力を奪う魔術を組み入れながら魔術師は魔術を発動させた。