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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Revenant Landler
17/44

バ・リーゼ砂漠地帯/01

宿屋に戻る予定が魔物によって大幅に遅れ、宿屋に着いたのはまた一日が始まった頃だった。此処を出発する前までスリロスの疲労は取れるだろうか。心配なのはそれだけだ。

「あら遅かったじゃない。」と青年に充てがわれた筈の部屋には王女がソファに座り、読書を嗜んでいた。

「……ああ。」

彼女が考えるの事はよく分からない。もう考えるのは止めようと諦め半分に返事をする。さっさと風呂に入って明日に備えて寝ようと部屋に備え付けられている風呂場に向かうが王女に腕を掴まれ阻止される。

「聞かないの?」「…何をだ?」「質問を質問で返すのは卑怯よ。」

むくれ気味なのか腕を掴む手に力が篭る。彼女を黙らせ手っ取り早く風呂に入る方法は、と青年は手段を考えるが中々思いつかない。

「……構って欲しいのか?」

王女の頬を撫で、耳元で色めいた声音で囁く。考えるのが面倒になった青年は少し試してみる事に決めた。それは王女を怒らす事、そうすれば少しは黙るのではないかと至った。だがそれは逆の方向に働き、王女を喜ばせてしまう。

「あら…何処で覚えたのかしら。意外ね、ディスティー…。」

求めるような目で王女は青年を見つめるが青年は気づいておらず、やってしまったと自分の行動を恨めしく思っていた。

「…さあな。」とまた頬を撫で、王女から離れて風呂場に向かう。何とか回避出来たが、この手はもう二度と王女に使わないと青年は決めた。その姿を見て、王女は口を手に当て小さく笑った。乱入してあげようかしらと悪戯心が生まれたが流石にディスティーも怒るだろうと王女は止め、大人しく上がってくるのを待った。

この旅で未だに慣れない物が一つ。シャワーという物だ。此処を入れて宿屋は二回目だが勇者選定の儀後数日宿泊した城でも、どうにもシャワーという物は慣れなかった。何故水を沸かさないで湯が出来る。魔術や魔法より不思議で理解不能だった。いやもしかしたら魔法の類いかもしれない。しかも丁度良い具合の湯が出るという優れものだ。素晴らしい。考え事をしていた為、いつもより長風呂になってしまい手がふやけている。皺々だ。

水気をしっかりと取り、下だけ履いて風呂場から出れば、忘れていた。王女が居る事を。

「…部屋に戻ったらどうだ。」と呆れ気味に王女に問い掛ければ返事は無く、王女が座るソファの方向に顔を向ければ眠りに落ちていた。カリスを呼ぼうかと一瞬思ったが時計が目に入り、時間的にももう眠っている頃だろう。起こすわけにはいかない。そして王女も。起こさぬようそっと抱き上げベッドに向かうが、もしかしたら魔術師が戻って来る可能性もあったため自分のベッドに寝かせる。それと同時に青年の寝る場所は無くなり、仕方なくソファに寝る事にした青年は眠りに着いた。

青年は地べたに直接寝る事が多かった為、難なくソファで熟睡出来ていたが体がいつも通りに起きてしまい、寝れたのは約五時間程度。丁度いい睡眠時間だ。空いているベッドを見て、もしや王女は魔術師と部屋を交換したのではないかと思ったが、新たに旅に加わる人間と何かしているんだろうと至る。まあいいと考えるのを止め、出発予定時刻は九時。それまで少しばかり暇な時間がある。また町に探索をと思ったが道中魔物に出会う確率は高い、なら剣の手入れをしよう。

青年は剣を取り出し、鞘から剣を抜く。剣は使われていないと思う程に刀身には傷など一つも着いておらず、反射し、青年の顔を写す。相変わらず嫌な目をしている。

これなら手入れをする必要は無いなと思いつつ、嵌め込まれた魔石を撫でる。撫でた指先に妙に熱が宿り、魔石は僅かに赤みを増す。魔石から紋様に指を滑らせ、ゾクリと背筋に何かが走る。この町でカリスに稽古をつけて貰い、少しは使い熟せるようになった筈だ。試してみたいと衝動に駆られるが、此処にはその対象物は無い。ホリィと再会した山で出会った魔物は一番最初に倒した魔物と同じような魔物で目玉を突き刺せば一撃で終わってしまった。呆気なかった、詰まらなかった。

「…、……ス…。」

体躯にそぐわない声でとある名を呟く。あの時、この力を持っていればフェンも彼女も死ななかった。悔やんでも悲しんでも、もう終わった事だと自分に言い聞かせ、剣を静かに鞘に仕舞った。

「……"何も考えるな、意思を持つな、夢を見るな、現実を見ろ。"」

嫌でも体に染み付いている、師バルサーの言葉。今だから言えるが彼のやり方は嫌いだった。所詮金で雇われた何の力も才能も無い何処にでも居る男だ。

「"お前はただ黙って戦えばいい。"」

あの男の言葉を呪文のように呟き、自分に言い聞かせた。


太陽が照りつける青空の下、青年ら一行は砂漠地帯を横断していた。最短ルートでも次の町まで二日掛かる。だが青年とカリス、そして新しく加入したモストロを除くパーティの人間の馬は砂漠地帯には適していない。砂漠地帯に適する馬ならば二日で行けるが、適していない馬では五日掛かってしまう。

途中にあるオアシスと呼ばれる緑が唯一生える場所で一度休憩し水を補給する。青年はパーティの面々の顔を見て、主従を除き皆暑さにやられていた。マントを脱げば少しは暑さは和らぐが脱いでしまえば太陽の光で肌がやられてしまう。白銀の王が用意した衣服は暑さや寒さなど多少逃れれるらしいが、それでも暑い。暑さから逃れる為、青年は微量な魔力で冷気を作り体を覆わせ、少ない防具も外した。この先もこのようなオアシスはあるだろうか。もしかしたら無いかもしれない。その可能性も踏まえ村を出る前に猪の胃袋で作った水筒に水を入れ、凍らし、ストックを作り、今飲む分だけ腰に着け、他は異空間に放り入れる。

「……お前、暑くないのか?」

この暑さで喋る者は居ないと思っていたが予想外な事にモストロと言う人間は青年に話し掛け、青年は若干驚きながらも答える。

「…魔術で冷気を作って体を覆っているから、多少は暑くない。」

青年の答えにモストロは凄いなと感嘆の声を漏らし、俺にも出来るかなとモストロは考え込んだが呪術にはそんなようなものは無い。

「…お前らって仲悪いのか?」

モストロがまた青年に問い掛ける。

「……剣士と魔法治癒師は仲は良い、と思う。それと彼処の主従も。…魔術師は知らない。」

モストロは中々話しやすいかもしれない。問いを投げ掛けられているだけだが。フードで見え隠れするモストロの顔をまじまじと見て、もしかしたらリリィから聞いた弟子がモストロなのかもしれない。血が染み込むガーゼを頬に年中貼り付け、片目は髪に隠されている。リリィが言った弟子の風貌にそっくりだった。

「リ……、ホリィの弟子だろう?」

何となく問い掛ければモストロは此方を向き、力無く頷き小声でまた問い掛ける。

「どうして先生のちゃんとした名前を?ホリィなのにホーリーって呼ばれてるのに。」

「…会った時からホリィだって何回も言ってたから。まあ、ホリィと言えなくてリリィと呼んでるが…。苗字もよく間違えられてるだろう?」

「あ、ああ…。俺はよく間違えるから逆にホーリーって呼べと言われてる。…ところで今、先生が何処に居るのか知ってるか?先生に頼まれてた物を届けに行きたいんだが…。」

「…聖遺物か?」と焼き鳥屋でカリスと話した内容を確かめようと聞けば、その聖遺物を手に入れた事により騎士団に追われているらしく魔術師と剣士に助けられ保護された。だから此処のパーティに加入させて貰った、という話だ。魔術師の意図は分からないがきっと兄である騎士ドゥムに関係するんだろう。このパーティにモストロが居る限り、何れノックス騎士団とは戦闘になる。

「リリィはクィーペンクェタの近くのノドゥス(ざん)の洞窟に居る。それと何処かの町でランプ屋を営んでる。その洞窟とランプ屋は繋がってるからわざわざ戻らなくともランプ屋を探せば会えると思う。」

「ランプ屋か…、先生の考える事はよく分からないな。」

モストロは小さく笑いながら呆れ気味に頬を掻いた。


砂漠は昼と夜の温度差が激しいと聞いたが予想以上だ。これからもこういう事が何度もあるのだろうと億劫だが慣れてしまえばこんなものなんてことはない。慣れたもん勝ちだ。

空を見上げれば見た事ない星々が視界に沢山広がり青年の頬を緩ませた。いっそのこと砂漠に住んでしまいたいと思う程、星は綺麗だった。

「楽しそうだな、スティア。」と様子を見ていたカリスは青年の頭を撫でる。星を見ている時だけディスティーは年相応の目をするなとカリスは何とも言えない感情を覚えながら密かに思った。

「ディスティーにとって"星"は何だ?」

「…過去、かな。」

あの星の光は過去の光。父親との思い出。あの少女の事。あの時に見た背景に広がる星空は見てきた中で一番綺麗だった。この砂漠の星空も綺麗だが、あの星空には敵わない。

「……星は父親との思い出だから。それだけだよ。」

表情は変わらないが目が変わった。過去と聞いた瞬間に何かが変わった。カリスにも色々とあったんだろうと思い、青年は父親との思い出だと付け足す。だが変わらなかった。

「…じゃあカリスは?」

「……唯一の娯楽だった。まあ今は娯楽と言うより、癒しだな。」

目の保養にもなるだろう?と冗談混じりに笑い、また青年の頭を撫でる。

「ほら話は終わりだ、明日に響くぞ、寝ろ寝ろっ。」

フードを被せられ強制的に寝に入らさせられた青年は目蓋を閉じた。

──

砂漠地帯にも魔物が居ると聞いていたが全く姿を現さず砂漠横断三日目に突入していた。町との距離が狭まる程、砂砂漠から岩砂漠に変わりこれはもうオアシスは無いなと青年は思いストックを確認するが水は後一日間に合うか危なく、食糧はまだ保ちそうだった。

「…ちゃんと私達は町に向かっているんですかね?」

魔法治癒師はか細い声で剣士に尋ねるが剣士は聞こえなかったようで誤魔化すように笑った。

「……お前ら本当に喋らないんだな。」

「…暑いから、とかじゃないか?」

「にしても喋らなさ過ぎだろ。…いや俺の基準が──」

青年はモストロの口を塞ぎ、微かに聞こえる地響きに耳を澄ました。何にかが此方に近づいてくる。スリロスや他の馬達も気づいたらしく鼻息を荒くし、その様子に他も気づき王女は魔法を使い馬と岩を繋ぐ綱を解き、馬を自由にさせた。馬達は危機から逃れるように走り去る。

「っ、おい…!」とモストロに睨まれ口を塞ぐのを止め、青年は剣を取り出す。土煙は上がっていない、だが地響きは確かに此方に近づいて来ている。なら答えは一つ。

「荷物を持て。魔物が近づいて来てる。」

魔術師の声で魔法治癒師は慌てて荷物を背負う。だがもう遅い。地響きが止まる。止まったと認識した時には体は空中に投げ出されていた。魔物の耳障りな鳴き声が鼓膜を刺激する。体を捻らせ魔物を視界に入れる。魔物の形状はワーム。歯が鋭く尖っており口は大型生物でも簡単に丸呑みにしてしまう程の大きさだ。取り敢えず近くに放り出されていたモストロを捕まえ、他に近くに居ないかと見渡すが重い鎧を身につけた剣士が横を通り過ぎ魔物の口へと落ちていく。剣を構えていたのを確認し、剣士は大丈夫だろうと、また辺りを見渡し崩れた絶崖の近くに馬達を見つけ、空間魔術を駆使し移る。

「…生きてるか?」

顔面から着地したモストロを横目に青年は魔力を消費した事を感じながら口に入った砂を吐き出した。程なくして王女を片手で抱き上げ、もう片方の手には魔法治癒師の首根を掴んだカリスが現れる。魔術師、落ちて行った剣士は居ない。魔物の方を見れば地中に戻ったらしく姿が見えない。

「ふふ…ディスティー、力を試すなら今が好機じゃないかしら。」

王女の言葉に内心笑みを浮かべ、魔物が開けた大穴の近くへ移る。微妙に移る地点を間違えたが青年目掛けて魔物が砂煙を上げてまた現れた。剣を鞘から抜き魔物の口に体が近づく、柄に力が篭る。魔物の牙が青年に近づく。この速度なら腹まで斬り裂ける。青年は剣に魔力を流し込み、魔石から逆流して来た魔力を取り込みながら魔物の口を斬り下げた。刀身に当たった魔物の牙は砕け、魔物の体は容易く斬り裂かれる。

そして腹の中から爆発したように炎が傷口から噴き出し、魔物は斬り裂かれた痛みと炎によって肉が焼けていく二つの痛みに体をくねらせ叫び声を上げる。青年に炎が迫る。此処は空中、避けようにも避けれない。空間魔術を二度使用した為、魔力消費が激しい。さてどうするかと呑気に考えていれば片腕を引かれ、引かれた方向を見れば空中に浮かぶ魔術師。

「…助かった。ありがとう。」

剣に魔力を流し込むのを止めるが魔石から逆流する魔力は止まらない。そのお陰で消耗した魔力は回復しているが、魔石から体に流れる魔力はいつ止まるのだろうかと疑問に思っていた。

「いや礼はいい…少し聞きたい事があるんだが、今の爆発はディスティーか?」

「…違う、俺は斬っただけだ。」

魔物だった物を見下ろしながら一つの影が魔物の口から現れる。案の定あの時に魔物の口に落ちて行った剣士だった。魔術師は剣士を拾う為、一旦地上に降りる。二人は何か言葉を交わし何となく二人を見つめていた青年だったが突如、剣を持つ方の腕に熱しられた鉄を浴びせられたような痛みが走り青年は剣を落とした。腕を見て見れば手の甲から手首辺りに紋様が刻まれていた。

「…ディスティー、剣。」と青年の様子を姿を消して伺っていた精霊は剣を浮かび上がらせ青年に渡す。一瞬青年は此間口論になった事を思い出したがどうでもいいと消し去り、素直に妙な紋様が刻まれていない方の腕で剣を受け取り鞘へと仕舞い込む。だが精霊は紋様の事に気づいているようでその腕を掴もうと手を伸ばした。腕に刻まれた紋様に触れようと精霊の指先が伸びる。だが触れたと同時にパァンと拒絶するよう指先に電撃が走り、精霊は指を引っ込めた。

「どうした?」と精霊を通じて何かを感じ取った魔術師は剣士を連れて近寄る。紋様を隠すようにマントの中に腕を戻した。何でもないと精霊は首を横に振ったが訝しんだ視線を魔術師は送っている。その間、剣士は虚ろな目で(くう)を見ていた。その様子を見ていたのは青年だけだったが青年に言わせて見れば自分の力にうっとりとしただらしのない顔だ。

「…まあ、後で聞く。さっさと戻ろう。」

魔術師の声で剣士は元に戻り、青年も剣士から目を逸らした。

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