表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ego Noise  作者: 東条ハルク
Revenant Landler
13/44

第五の町クィーペンクェタ/03

魔術師達が烏の主を救出している頃、青年達は焼き鳥屋を出て宿屋に戻る道を歩いていた。男は財布の中身の事を思い、自然と肩が下がる。それを見た青年は少しだが罪悪感が湧き、今度また外食を共にする時は自分が奢ろうと思った。

「…カリス、先に宿屋に戻ってて来れないか。少し寄りたい所があるんだ。」

青年の目に入ったのは町の外観に合わない古びた店。店の名はJack。何の変哲もないありふれた名前だが、何故か青年はその店に惹かれた。

「宿屋の場所はちゃんと把握してるか?」

「…真っ直ぐ行けば辿り着くと思うので。」

「行方不明にでもなったら俺が怒られちまうだろうが。」

男に迷惑掛ける事をするこは余り気が進まない、先程の事もある為余計にだ。方向音痴とまでは行かないが青年は地図を読む事などの地理系については不得意な方だ。

店を指差せば男は「店の前で待ってるからよ、ゆっくり見てきな。」と歯を見せて笑う。青年は男の言葉に甘え、店の扉を開けた。

店内に足を踏み入れば店は案外広く、陳列している商品も幅広い。幅広いと言ったが殆どは魔術関係である。青年が使用しそうな物は殆ど無さそうだ。少し店内を見回せば店員の姿は見えない。だが無人では無い筈だ。

「お兄さんが嵌めてるバングル…、とっても不思議ね…。」

反射的に声が発せられた方向に顔を向ければ、棚から此方を覗く一人の女性の顔。顔から下が見えないので一見生首の様に見えるが、ちゃんと体はあるようで棚を通り抜け青年の前に現れた。現れたと思えば青年の腕を掴み、目を細めて食い入るようにバングルを見る。そして誰が彫金したのかを問われ青年は答える事が出来なかった。名前を聞きそびれた少女の顔しか頭に浮かばなかった。

「…そう、残念。少しだけ彫金に興味があってね、それだけよ。」

女性はそう言うと口を閉ざし、また棚の中へと戻って行った。普通の人間ならば物体を通り抜ける事は出来ない。そうなると彼女は魔術関係の人間なのだろうか。いや深く詮索するのはよそうと青年は頭からその考えを消し去り、古びた貴重そうな本が並ぶ本棚へと視線を移した。

ふと一冊の本へと視線が止まり、手に取り目次を開く。だが青年は本を閉じ、元の場所へと戻した。その本は青年が扱う言語ではなく古代語で書かれており、古代語を読めるのは極一部の考古学者ぐらいだろう。青年が読めないのは当然だ。

「あら…その本の翻訳版は上から二番目の段、右から四番目よ。」

姿は見えないが礼を言い、青年は翻訳版を手に取る。目次を見てみるとこの本の大体の内容は世界の宗教、そして触り程度に歴史についても書かれている。立ち読みするにも些かマナーが悪いかと思い、青年はこの本を購入する事に決める。

「おっと…硬貨での支払いは此処ではエヌジーだ。」

本棚から現れたのは先程の女性と瓜二つの男性。この店は双子で営んでいるのだろうか。

「俺らの事は気にしないでくれ。さて品物を買うにあたって此処では硬貨の代わりに情報を(いただ)く。」

自分が持っている情報とは殆ど無いに等しい。この本を諦めるしか無いのかと青年が悩んでいれば、その様子を見ている男性は笑った。

「勘違いしているようだな。徒花のような情報なんざ、世界に五万とある。俺らが求めるのはこの世に一つしかない情報。」

男性は青年の胸を指差し「お客さん。君の情報だよ。」と言葉を続けた。

「お客さん、君は何故此処に来店したのか。…惹かれたという言葉しか出て来ないだろう。」

目で青年に問い掛け、男性は目をゆっくりと細める。ああ、この男だったのか。彼が言っていた男は。

「…レコとジャック。」

「ああ、俺がレコだよ。…で、どうしますか?お客さん。」

「…買うよ。」

そう言った青年はカウンターに本を置いた。


この世には色々な人間が居る。それは重々理解していた事だが、此処までの変人は初めて見る。変人自体初めて見たのだが、それは置いて置くとしよう。

「毎度あり。袋は居るかい?」と問われ、青年は本を異空間に収納し首を横に振る。その行動に驚いた様子も特には見せず青年を見送る。

「また会えた時には彼の話で華を咲かせようか。」

まさかこの青年が彼が言っていた少年とは思わなかった。その彼はレコにとって大事な顧客であり友人である。昔からよく聞かされたものだと染み染み思えば、それと同時に湧き上がるとある感情。

「…俺がわざわざ此処に来なくても、レコが好きな時に話し掛ければ良い。」

「勇者の仕事でディスティーは忙しいだろ?そんな野暮な事はしないさ。…また会おう、ディスティー。」

扉を開けてレコは青年の背中を押し送り出す。世界を託された運命に囚われた少年の背中を。

「運命は時に残酷だ。それを忘れるな 片割れ。」

押した背中に囁き、レコは扉を閉じた。

──

昔とある人間に問われた。願い事が何でも叶えてくれる物が目の前に合ったらどうすると。少年はその問いには答えられなかった。少年には願いが無かったのだ。ずっとこの生活が続くと思っていた。空虚な生活が。

「お前はまだ幼い。私と同じような歳になれば願いも見つかるだろう。果てしない叶う事の無い願いが。」

その言葉に少年は首を傾げた。言葉の意味が分からなかった。叶わないから願う必要なんて無い。そう少年は思ったのだ。


青年は目蓋を開き、額に手の甲を当てる。「夢か…。」と小さく呟き、体を起こした。

後々聞いた話。少年に問いを投げかけた人間は勇者ストム・グァンガン。そして魔王を倒すべく魔王が住む城へと乗り込み戦死したと。だがそれは表向きの話。

本当は町娘と恋に落ち、逃避行を行った。だがその町娘は人の形をした魔王が放っていた魔物だった。それを知らない人間は婚儀を交わし、その夜食われ死んだ。

幼少期に出会った勇者。それに自分がなるとは思いもしなかった。それはディスティーが自分に吐いた嘘、本当は知っていた。ずっと知らない振りをしていた。周りの大人はこう思っていただろう。

「…愚かな疫病神。」

そう呟く。昔の事を思い出すのを止め青年は頭を掻いた。ふと横列するベッドを見れば魔術師の姿は無い。そう言えば宿屋に戻った時も姿は見えなかった。まあ魔術師は魔術師で何か行っているんだろう。青年はそう思いつつ部屋を後にした。


今日は生憎の曇りで空は星は厚い雲に覆い隠されていた。まあ雲が無くとも此処では星は拝めない。今だに賑わう町の中央部を見ながら青年は干し肉を頬張る。これまでの道中には美味しい干し肉になりそうな動物は居なかった。魔物が全て食い殺していると聞く。魔物を恨んだのは初めてだ。俺の趣味を邪魔する者は誰であろうが許さない。そう思いながら青年は立ち上がるが急な頭痛に襲われ体がぐらつき、屋根から落ちそうになり青年は座り込んだ。そして頭痛に始まり体が鉛のように重くなる。


──…スティアよ、私はグリアーロスで待っている…。──


低い唸るような声が青年の頭に響く。この声はフェンだ。近くにフェンが居るのかと辺りを見回せばそのような影は見当たらない。

グリアーロス。その名前には聞き覚えがある。王女を国まで送り届ける際に通らなければならない峠の名前。そこにフェンが居る。フェンに会える。だが今のフェンは魔物、魔獣だ。会いに行く時は一人でないといけない。追われても駄目だ。問題は精霊ペリドート。あの精霊は何か妙な違和感を感じる。自分への態度が他の人間に対して何か妙だ。思い過ごしかもしれないが。

頭痛と戦いながら考えを巡らすが痛みに負け、上手く考えが纏まらない。体を襲っていた重みは消えているがこの頭痛は中々消えそうにない。ただ単に夜風に当たり過ぎたかもしれない。そう思い屋根から飛び降りようと立ち上がるが、突如現れる気配を察知し屋根の下に視線を移す。

「結構神経質そうだと思ったが案外乱暴というか…。」

精霊に抱えられた見知らぬ人間が言葉を発する。街灯が無いため暗くよく見えないが血が染み込んだと思われるガーゼを押さえている。取り敢えず敵ではなさそうだ。

「シンギ…、ギュシラーは適当な時は適当だから。一々気にしてたら切りが無いわ。」

少しだけ警戒心を緩めるがまた違う気配が現れる。だがその姿を見て青年の警戒心は消えた。

「…ギュシラーさん。この方の事は勇者様にどう説明を?」

尻餅を着いている剣士は立ち上がり手甲を外しながら少々疑問に思っていた事を口に出した。

「…説明?説明する必要があるか?」

青年は屋根から飛び降りようと思ったが、これは様子を見た方が良いと踏み止まる。

「…お前ら仲悪いのか?」とモストロは精霊に囁き、「互いに干渉しようとしないからよ。……特に勇者が。」と精霊は答えた。

「……まあ新しくパーティに加入する人間とでも言っておけば何とかなるんじゃないか?」

「…そんな簡単で良いんですか。」

「一々気にしない方が良いわよ。それに宿屋の前で長く話していたら奇妙な目で見られるわ。」

早く入りましょうと言うように精霊は二人に視線を送る。入るかどうか分からない二人を放って置き精霊は宿屋に入って行った。そして魔術師も宿屋に入り、魔術師の後を追うように剣士も入って行った。

漸く魔術師らが居なくなった所で青年は屋根から飛び降りる。さてどうしたものか。まだ痛む頭を摩りながら青年は考える。このまま宿屋に入っても鉢合わせし色々と面倒事に巻き込まれるのも、それはそれで嫌だ。


そう考えた青年は昼間に鍛錬したあの場所に向かった。相変わらず人気は無く、さらにはベンチまである。読書には最適な場所だ。レコの店で買った本を取り出し、青年は読み始めた。

この本は中々興味深い。歴史など生まれてから一度も触れた事が無かった。あの店には歴史書も置いてあったのだろうか、だがあの店は本当に必要な物がある時のみその人間の前に現れるものらしい。そういう事ならばこの本は青年にとって必要になってくる。しかし青年にはどうもこの本が自分が必要としているとは思えない。まあ読後はどう変化するのかはわからないが。


この本によると宗教は大まかに三つに分かれるらしく、その内の一つは救世主を待つ一神教。その信者が信仰する神の名はゲーテ。この宗教は名は無くゲーテを崇拝しているためゲーテ教と呼ばれている。ゲーテ教を国教としている国はカエルムエィス王国のみ。

カエルムエィス王国は魔王が住み着く土地と隣接しており魔王による侵略が着々と進みつつあり不思議な事に大きな被害は出ておらず、そして国民は信仰する神が我らを守護して下さっていると言っているらしい。

青年は首を傾げる。神と言うものは漠然としたもので星に宿るとそう聞かされた。どうも理解出来ない。神とは一体何なのか、信仰する人間は神に一体何を求めるのか。残念ながらこの本には記されてはいない。自分で見つけろと言う事なのか。

青年は本を膝に置き、空を見上げた。何も見えない。ただの闇だ。この闇は何処かあの魔王に似ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ