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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Revenant Landler
12/44

第五の町クィーペンクェタ/02*

第七の町、セヘプテムタ。セヘプテムタは魔術の町と王国全土知られるほど魔術の技術が高度であり最先端を行っている町である。

その理由は此処に王国が設立管理している魔術専門学校オルクストーデンがあるからだ。

「あの烏は確か地下に居ると言ってましたが…、何処を探せば…。」

「心当たりはあるが…警備の目を掻い潜るのは難しい。ましてや二人となるとな。」

魔術師はフードを被った。策は一応あるが余り使いたくはない方法だ。そこらに落ちている枝を拾い、魔術師は地面に陣を描く。その陣は精霊ペリドートを召喚した陣とは全く系統が異なる魔法陣だった。

「離れてろ、贄に巻き込まれたくなければな。」

二人は魔術師から離れた。そして魔術師は袖を捲り上げ、贄用ナイフを取り出した。

「何してッ…──」「起きろ、焼き鳥が。」

魔術師は何の躊躇も無く腕を切り落とした。耳に異様に媚びりつく音を立てながら、陣の中央へと魔術師の腕が落ちる。その光景に剣士は小さく悲鳴を上げるが、精霊はただ冷めた目で魔法陣を見ていた。

陣は光を放ちその光を追って泥が溢れ出す。腕は泥に呑み込まれ、泥は人間の形へと形成されていく。

「……久々の食事がお前の腕だとはな、嬉しいぜ。」

泥の男は魔術師に近づき、腕の切断からしたり落ちる血を舐め取る。この世のものとは思えない白さを持ち、均等に整えられ鍛えられた体。

こいつは精霊ペリドートが魔術師と契約する前から契約している男だ。だがその契約は精霊のとは少し違っている。それは魔術師に信用されている精霊にも明かされてはいない、契約者同士しか知らないものだった。

「それしか用意出来なかったんでな、さっさと服を作って着ろ。」

「腹が減ってしゃあねえんだよ。」

また陣から泥が溢れ出し泥の男の体に纏わりつき、泥は段々と服へと形成される。

「…ねえ、いつまでシンギの血を吸ってるつもり?」

「…ねえ、いつまでシンギの精霊のつもり?」

泥の男は口角を上げながら魔術師の腕を治し横目で精霊を見る。表情の変わらない精霊に泥の男はつまらなそうに口を尖らせた。

「これで準備は整った、さっさと助け出して帰るぞ。」と魔術師は言い、目的地へと向かう。

魔術師達が向かったのは町の中心部に位置するあのオルクストーデン。だがオルクストーデンは至る所に魔術や魔法など、全てが張り巡らされている。

その理由はただ一つ。他国の侵入を防ぐこと。ミルターニャは今は平和だが、昔は戦争が絶えない国だった。だが今もその戦争の火種は彼方此方に埋れている。その火種の一つがオルクストーデンだ。

「ゾーマ。人の気配はあるか?」

泥の男ゾーマは一旦は首を横に振るが地面を指差し、首を縦に振る。

「…そんなことよりよ、あの餓鬼何処行ったんだ?」

ゾーマの言葉と同時に扉が開かれる。一瞬身構えるが扉を開けた人物の顔を見た瞬間、手と溜息が出た。

「何やってんだ、お前。」

魔術師に殴られた剣士は「開いちゃったんです。」と困った様に笑う。火種を抱えるオルクストーデンがこんな物で良いのだろうか。いや駄目だ。

「魔力が高い人間…魔術師や魔導師用みたいね、この結界。それに…中から開ければ解ける仕組みになってるわ。」

精霊は内側に貼られた札を撫でながら「お手柄ね。」と言うように剣士に視線を送った。


暗闇の校内に光が点滅する。それはゾーマが点けた煙草の火であった。そして魔術師達の足音とは違う、もう一つの足音。ゾーマの煙草に誘導されるように近づく足音。だが煙草は床に落ち、そして響く嫌な粘着音。

ゾーマの食事にはいつまで経っても慣れる気がしないと魔術師はそう思い、地下へと続く階段へと降りて行く。揺らめく火の前には二人の騎士。生憎魔術師達には気がついていないようで、他愛ない会話を交わしている。

「…俺が行きます。二人ぐらいなら倒せます。」

そう言った剣士は音も無く飛び出して行き、奇襲をかける。「フィロ」と小さく精霊を呼び、万が一の時に備えて剣を握った。

だがその心配は無駄だったらしく剣士の足元には騎士らの首と手首が転がっていた。そして顔を上げた剣士は目を見開き叫んだ。それと同時に響く金属音。

「……いつも言ってただろう。お前は一手二手と読むが、三手目は読まない。それが悪い癖だ。」

魔術師を後ろから襲い掛かったのは兄ドゥム。顔に影がかかりドゥムの表情は見えないが、きっと顔を歪ませ笑っているだろう。

「お前は俺より魔術に長けているが俺より剣術は劣る。残念だったなあ、ギュシラー。」

次の瞬間、剣が天井へと突き刺さる。愉快そうに言ったドゥムだったが、天井に突き刺さったそれはドゥムの剣だった。

「注意力散漫。笑えるぜ、お前の兄貴。」

天井へと剣が突き刺さったのはゾーマがドゥムの剣を蹴り上げたからであった。そしてドゥムと距離を取るように魔術師を抱えて後方へ跳ぶ。分が悪いと悟ったのかドゥムは闇に紛れ消える。

「…あの人が戻ってくる前に、さっさと助け出しましょう?」

精霊は剣から元の姿へと戻り、そしてその言葉に剣士は扉を開く。

「結構…早かった、な。」

鉄格子の中で横たわる黒い影は笑った。顔を床に擦り付けながら腹筋の力のみで起き上がり魔術師達の方へ顔を向ける。右頬はガーゼに覆われているが血が染み込み、その重みで剥がれかけだ。

「ハルファスじゃねえか!」とその顔を見るなりゾーマは笑い出し、鉄格子に手をかける。ハルファスと呼ばれた男は眉を寄せ、何を言っているのか分からないと言った表情でゾーマに視線を移す。

「俺はハルファスじゃない。…知人なら悪いが今の俺にはお前の事は分からない。」

「話している途中で悪いけど、さっさと連れ出して戻りましょう。余り長居しない方が良い、そして出来る限り戦闘は避けた方が良い。魔力の消費が激しいから。」

精霊の言う通りだと言うように魔術師は頷き、そして辺りを見回すが横に居たはずの剣士の姿が見えない。剣士の実力ならある程度の人間になら負ける筈が無いが、揉み合ったのなら魔術師達が気づくはず。だがそんなような事は無く、連れ去られたという痕跡も無い。消えてしまったと言った方が合っているだろう。

「連れ去ったのは人間じゃねえぞ、俺らと同じ類の種族の奴だ。」

甲高い音を立てて鉄が溶け落ちる。ゾーマの鼻は良く利く。異臭が部屋を充満させる中でもだ。

「…そう察知出来たのなら食い止めるとか出来なかったのかしら。」

余計な面倒事が増えたわ。と言葉を続け、溜息を吐く。

「嫌味だけは達者だな、低級精霊サン。あの餓鬼は殺される事は無いと思うぜ、人質みたいなもんよ。返して欲しければハルファスを渡せとか言ってきそうなんじゃねーの。」

ゾーマは男を抱き上げながら精霊に向かって歯を見せて笑う。投げやりな話し方に精霊は苛立ちを覚えるが此処で口喧嘩をしている暇は無いと怒りを押し殺した。

──

古びたシャンデリア。だが散りばめられた宝石の輝きは衰える事を知らない。懐かしいと思える程、私は歳を取ってしまったのかと騎士ドゥムは思い、目を細めた。

我が弟。魔術師ギュシラーは仲間を見捨てる事などしない、出来ないのだ。そう植え付けたのはこの私であり、この俺が起こした事件の所為だ。

「……名はガーストと言ったか。お前等は何故呪術師ホーリー・セイクリッドを捜す?」

両肩を二人の騎士に抑えられ拘束される剣士にドゥムは問い掛ける。床に頬を擦り付け、剣士は答えようとしなかった。

「答えられないと…、もしくは何も知らないと言う事か。君は百単位の人間の中から選び抜かれた剣士なのだろう?相当な実力を持っているのにも関わらず随分とパーティの人間には信用されていないようだね。」

心臓を抉られたような痛みが脳を支配する。同時に締め付けられる胸の苦しみ。苦悶の表情を浮かべ、自然と眉間に皺が寄る。

「信用…少し誤りがあるな。頼りにされていないの間違えだったか。」

その言葉に剣士は顔を上げてしまい、ドゥムはやはりなと言うようにゆっくりと口の端を吊り上げる。

「…確かに私は、私の力はッ…頼りにならないッ!だが──」

「だがとは何だ。」と間髪入れずにドゥムは問い掛けるが剣士は唇を噛み、床に視線を落とした。

「頼りにならなければ、力が無ければ…囮や壁になるしかお前は戦えない。役に立たない。庇って死ぬしか役に立たないのだよ。

…ああ、ガースト君が所属する魔王討伐パーティにはそれは必要無いか。何せ…歴代の勇者の中で異彩を放つ、異常で異端者のディスティー君が居るからね。」

「貴様ッ!勇者様を…ッ!」「馬鹿にするのは止めろとでも言いたいのだろう?」

騎士ドゥムは口巧者だ。口の上手さでは右に出るものは居ない。反対に剣士ガーストは口下手かつ真面目だ。真面目過ぎて扱いに困るタイプだ。そんな二人が言い争いに発展すれば、勝つのは当然ドゥム。

「ガースト君。お前は何も知らない、あの勇者の事を。生い立ちや過去、そして本性を。何も知らないからそんな事を言える。

もし勇者ディスティー・バシレウスの全てを知ってしまえば、お前はどう思うか。私には分からない。」

乱暴に剣士の顎を掴み、無理矢理視線を合わせる。剣士の目には怒気を含んでおり、そして怒気の後ろで見え隠れする困惑の色。

「君は勇者の事をどう思う。…これは単なる質問だ、深い意味は無い。」

「…勇者様は強い、私には到底敵わない、追いつく事が出来ない方だ。必ず魔王を倒してくれると信じている。」

「私が聞きたいのはそうではない。本心だよ、本心。」

期待外れだと言うような呆れた表情でドゥムは溜息を吐き、剣士を冷めた目で見下ろした。だが質問の意図が分からず、剣士は何度か瞬きをする。

「…まあ機会があれば、また聞くとしよう。」

ホールに響いた何とも耳障りな蝶番の軋む音を聞きながらドゥムはそう言い、唯一の肉親の姿を見た。

扉が開いたと同時に風がホール内に吹き荒れ、何かによって椅子が薙ぎ倒される。黒い影だ。黒い影が椅子を薙ぎ倒し、一気に騎士達との距離を詰めた。ドゥムはその事に気づくが、時既に遅し。甲冑は紙の様に裂かれ、騎士の首は跳ぶ。次の獲物へと黒い影は体を揺らめかせ振り向くが、ドゥムによりそれは止められた。

「お前の兄貴は魔術は使えないってのは嘘か。」

黒い影の正体はゾーマ。ゾーマはドゥムの手から伸びる鎖に体を力を拘束され、膝から崩れ落ち床に体を打ち付けた。だが魔術師は焦る様な素振りを見せない。

「嘘じゃない、本当だ。…もう用は済んだ帰るぞ。」

ゾーマはその言葉に笑い「また呼べよ。」と言葉を残し、あの黒い泥となり腐り落ちた。拘束する対象物が居なくなった鎖は音も無く消え、辺りには異臭が立ち込める。まさかと剣士が居た場所に視線を移せば剣士は居ない。

あの男は囮であって、剣士を救出したのはあの精霊だった。魔術師の隣には精霊は居なかった。

「お前は俺より剣術に長けているが俺より魔術は劣る。残念だったな、ドゥム。」

ドゥムの唇に血が滲む。兄より優れている弟が存在する筈が無い。怒気と憎悪が混成する目で魔術師達が居た筈の場所を睨みつけた。

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