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Ego Noise  作者: 東条ハルク
Revenant Landler
11/44

第五の町クィーペンクェタ/01

白い石が敷き詰められた庭園には花壇には赤や青の小さな花が咲いており、噴水の飛沫を浴びて薄っすらと濡れている。風がそよげば花弁についた水滴の重みで花は御辞儀する。

「そう言えば自己紹介してなかったな、俺はカリブルディア・アルモニー。ヴァリエンテ様が名付けてくれたんだぜ。まあ…長いからカリスって呼んでくれ。」

「俺はディスティー……。」

自分の苗字は一体何だったのか、どうやら青年は忘れてしまったらしい。若干覚えているが、それがあっている確証は無い。

「どうした?」

「…苗字は何だったかなと思って。」

青年は勇者になる前は人と殆ど関わらないで生きてきた。会話すると言えば師匠にあたるあの男ぐらいだったので名前も苗字も殆ど名乗ったことは無い。

「俺も元の名前を忘れそうになる時があるし大丈夫だ。まあ、気にすんな!」

男は両手で青年の頭を撫で回した。最近撫でられることが多くなったなとぐらぐら揺れる頭の中で思った。

「さあ、鍛錬するか!」

青年の考えはお見通しだったようで、青年は剣を取り出した。その様子に男は頬を緩ませ、青年と同じように自分の剣を取り出す。青年は目を丸め、男の剣を凝視するように見つめた。

「驚いたか?俺も空間魔術が使えるんだぜ。」

「…誰にそれを?」

「ん、それは秘密だ。俺が怒られちまうからな。」

男は口に人差し指を当て、横一文字にし口を噤んだ。

「まあ、後々話すことになるさ。今は…強くなることだけ考えろ。魔王の為にな。」

男は青年の頭を撫でた。


鍛錬を開始してから数時間。青年は地に伏しており、男は楽しそうに豪快に笑い声を上げていた。だが男の右腕は肩から消えていた。

「スティア!病み上がりなのに頑張ったな!」

鍛錬中、男が青年の名前を呼ぶ際に余りにも噛むので、男が付けた渾名だ。偶然にも幼少期に呼ばれていた愛称でもあり、青年は内心とても喜んでいた。

「ヴァリエンテ様には内緒で飯食いに行くか!腹減っただろ?頑張った御褒美に俺が奢るぜ。」

だが男の声は青年には届いておらず、青年の目蓋は閉じている。その様子に男は頭を掻き、そして右腕を元の場所へとくっつけた。うつ伏せだった青年を転がし仰向けにさせるが、残念ながら青年には意識は無い。そんな青年の頬を叩き起こす。

「……強過ぎ。」

溜息混じりに青年は呟き、桁が違い過ぎると服に付着した土をほろった。

「まあ、長く生きてるからな!さ、飯食いに行くぞ!」

半ば引き摺られるように青年は腕を引かれ、二人は賑わう町の中心へと歩き始める。


モーウヌスノとは違い、日が暮れても町は活気に溢れていた。町の中心にある広場は祭りが行われており、踊り子達が舞を披露している。中年男達が鼻の下を伸ばして見ていることは見なかったことにしよう。

「…賑わってますね。」「おう…。」

その祭りの中に手を繋ぎ仲良く歩く剣士と魔法治癒師を見て、俺らは男二人で何をやってるのだろうかと男は思った。青年の方は剣士の事を哀れだなと思いつつ、人混みに消える二人の背中を見ていた。

青年は哀愁漂う男の背中を押すように「ご飯食べに行きましょう。」と言葉をかけた。


夕飯にと焼き鳥屋に入った二人はオーダーを頼み、焼き鳥と酒が来るのを待っていた。

(あん)ちゃん達よ。お前らアレだろ、あの噂のパーティの人間だろ?」

無精髭を生やした中年男が青年らに話しかける。

「噂って?」と男が問いかければ中年男は大声でげらげらと笑い出し、酒を口にした。

「奇跡の代行者ホーリーを討伐するパーティさ!」

そう中年男がまた大声で言えば、周囲の視線が青年らに集まる。

「奇跡の代行者ホーリー?」

「何だ、人違いだったがあ!んま、話してやっよ。奇跡の代行者ホーリーって言うのはな、"奇跡を(もたら)す"って意味でつけられた二つ名よ!」

奇跡という言葉に青年はあの兄妹と老人の事を思い出す。兄妹に呪いをかけたのは奇跡の代行者と同じ名前の呪術師。そして老人は奇跡という言葉を口にしていた。

「何でそんな人を討伐するって噂が流れてるんだ?」

頼んだ焼き鳥と酒が運ばれ男は焼き鳥を口にしながら、また問いかけた。

「連合の会議で決まったんだってよ。確かラジオでは…カエルムエィスって言う王国がその話を会議に持ち出したって話だ!」

酒を飲み干した中年男は怒りながら、ジョッキをテーブルに置き「全く嫌な世界だぜ!」と中年男は店員に金を渡し、店を出て行った。

「スティアはどう考える?」

黙々と焼き鳥を食べていた青年は焼き鳥を持ちながら、男に目を向ける。ホーリーは二人居る、青年はそう考えていた。だが男はモーウヌスノでの出来事は知らない。

「…奇跡の代行者、か。その奇跡の許容範囲はどれくらいかなって考えるよ。」

話せば長くなると青年はあの考えは話さなかったが、今のは単純に思ったことだった。その様子に男は「スティアは奇跡を願うのか?」と問いかける。

「奇跡と願望は合間見えない。それが合致するものは無いと思うよ。魔法は万能じゃないから。」

「ん、そうか…。その奇跡を起こす力はスティアは魔法って考えるのか?」

「…そんなところかな。」

「俺は違うと思うぜ。奇跡を起こす魔法なんて存在しない。存在するとしたら対価が伴うはずだからな。俺は聖遺物の力だと思うぞ。奇跡は神が行使する力だと考えてるからな。」

「聖遺物?」

聞いたことのない言葉に青年は首を傾げる。

「簡単に言えば神の力の片鱗だ。例を、有名な聖遺物と言えば聖杯だな。有名って言っても存在するかどうかは曖昧だがな。」

「聖杯は存在する…。」

無意識に出てしまったらしく口を塞ぐように青年は焼き鳥を口にする。ああ、塩が効いてて美味い。

「本に書いてたことだ。…絵本だけど。」

「信じることは良いことだぞ!」

男は酒を飲みながら、青年の頭を撫でる。酒が入っているので力加減が滅茶苦茶になっており、青年は食べていた焼き鳥の串が頬に刺さる。これは男の奢りなので満腹になるまで食べてやろう。口の中に広がる血の味を感じながら、青年は焼き鳥をまた口に運んだ。

──

男が焼き鳥屋で泣きを見ている頃、剣士と魔法治癒師は宿屋に戻り王女と話をしていた。雰囲気は最悪、数分前に起きた魔術師は狸寝入りをし胃が痛くなるような会話に耳を傾けていた。

「本来の仕事を放って置いて男とお遊びとは…ふふ、間抜けなものね。」

王女は優雅に紅茶を啜る。上品な香りを漂わせ、微笑む王女はとても絵になるがその微笑みの裏は読めない。

「いきなりどうされたんですか?」

訳がわからないと言った表情で魔法治癒師は首を傾げる。

魅惑(チャーム)でしか男を振り向かせることが出来ないなんて無様ね。ふふ…、ねえギュシラー。貴方もそう思わないかしら?」

狸寝入りなんてお見通しよ。と言うように王女は魔術師に話しかけ、ティーカップを置いた。

「俺に振らないでくれないか…。」

それは魔術師の本音だった。目蓋を開かず、魔術師は本音を零した。

「貴方に振らなかったら誰に振れば良いと言うのかしら。ふふ、師匠の問い掛けにはちゃんと答えなさい。」

「師匠…、師匠!?」と剣士は声を上げ、驚愕の色を隠せなかった。

「ふふ、そうよ。自国まで同行させてもらう代わりにギュシラーに魔学の基礎を教えてあげるのよ、ふふ…戦闘における魔術や魔法もね。」

剣士は目を見開き、固まった。

「驚き過ぎよ。タダで同行させてもらおうと最初から思ってなかったわ。まあ…カリスがディスティーに教えると言い出したから、ふふ…私も教えてあげようと…ね。」

「勇者様にも…!?」

剣士は愕然とした。今まで自分は一体何をしていたんだろうと考えるほどに。だがその思考は大きな物音によって頭の片隅へと追いやられた。窓を開けた音だった。物音がする方向に視線をやれば、窓枠に止まる烏。烏は鳥の中では知能は高い方だが、窓を開けれるほどの知能は持っていない。

「奇跡の代行者ホリィを知っているか。」と烏は言葉を発して、そして窓を閉めた。

「使い魔はそのホリィに何の用事かしら?」

王女は紅茶を啜り、烏に視線を移す。

「言えばホリィについて教えてくれるのか。」

「貴方が求めれば私が知っている事は話すわ、貴方が求めれば…ね。」

王女の言葉に烏は羽を広げ、テーブルへと降り立つ。

「そうしたいのは山々なんだが、何せ捕まっているんだ。使い魔が気づかれるのは時間の問題だ。」

「助けてくれ…と言いたいのかしら?ふふ…、私には無理よ。教会の連中とは余り関わりたくないの。」

教会の連中。教会の連中が探しているのは呪術師ホーリー。こいつはそのホーリーに関係する人間のはずだ。

「騎士団に捕まってるんだろ?その中に金髪の男は居るか?」

烏は魔術師の方を向き、小さく頷いたが「もう時間が無い…。俺はセヘプテムタの地下に──」と溶け始め、残ったのは小さな骨とゼリー状の赤い物体。

「セヘプテムタって確か…地図上で言ったら第七の町。途中に砂漠があるので此処から三日四日かかりますよ!」

「誰が行くと言ったのかしら…。」

王女はティーカップに紅茶を注ぎながら魔法治癒師を見て、視線を魔術師へと移す。

「俺は行くぞ。…色々と聞きたい事もあるしな。」

ドゥム。魔術師は心の中で兄の名を呼んだ。たった一人の兄であり、たった一人の家族であった。

「なら…私も行かせて下さい。」

それは意外にも剣士の口から発せられた言葉だった。

剣士の眼光は炯炯とし、魔術師はどうやら勘違いしていたらしいと目を細めた。このパーティの中で足手まといな人間だと思っていたが比較対象が勇者ならば皆、能力は劣っているように見えるだろう。ガーストは大勢の人間が参加した剣士選定の試練を突破し、魔王討伐パーティに加わることを王国に認められた剣士だ。だが魔術には疎く、魅惑(チャーム)で半ば洗脳された形で旅をしている。

「行かせて下さい。」「勝手にしろ。」

魔術師は目を輝かせた剣士を放って置き、烏だった小さな骨とゼリー状の赤い物体を小瓶に入れた。懐から布を取り出してテーブルの上に敷き、指輪をその上に置いた。

「随分と…特殊な魔法召喚陣(ソルセルリーサムン)ね。」

魔術師は一体何の事かと思いながら、精霊を召喚する。

「ふふ…教える事が山程ありそうね……。さっさと終わらせてきなさい、ギュシラー。」

王女は小瓶のコルクを抜き、二人に水をかける。あの時と同じように魔術師と剣士は忽然と姿を消した。


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