第四街道ドゥジオ/02
物は試しだと言われても青年はよくこの剣の使い方がわからなかった。ただ斬れば良いと思っていた物。嵌め込まれているこの赤い魔石を使わなければ、剣は折られ、命を落とす。試しに適当に剣を振ってみるが何も変わらない。こんな悠長に考えている時間は無い、もうすぐそこまで足音は迫っていた。
青年は地を蹴り、駆け出す。硬い殻の隙間にねじ込むように氷を飛ばす。その瞬間、剣を持つ右腕が脈打つ。
氷は隙間に入り込み、魔物の動きを鈍らす。氷は魔物の体の水分を奪い、凍った面積を徐々に広げていく。柄を強く握り、凍りついた場所を目掛けて刃を滑らす。だが浅い。
青年に魔物の爪が襲う。青年は横に飛び、回避する。空間魔術で魔物の口の近くに移動すれば、また剣を持つ右腕が脈打つ。成る程と青年は剣に魔力を流し込み、魔物の顎を斬り上げる。甲高い悲鳴を上げながら、滅茶苦茶な動きで腕を振る。青年は魔物の下に滑り込み、硬い殻に覆われた腹を斬り開いた。運悪く青年が開いた場所は人間で言う子宮で、何とこの魔物は子を孕んでいた。醜い出来損ないの魔物の子供が肉片となり粘着音を立て、傷口からぼとりと落ちる。青年は魔物の上に移動し、頭部を斬り裂く。魔物は断末魔も上げず、ゆっくりと地に倒れた。
「…使い方はこれであってるか?」
魔術師の顔は若干青ざめていたが然程気にせず青年は男に話しかけ、頬に付着した肉片を摘み取る。頬に付着しているのなら剣にも付着しているはずだと剣を見れば、剣は綺麗なままだった。刃先を見れば血が垂れていたので、血は地面に垂れ落ちたんだろう。それほどこの剣は上物なのかと青年は考え、鞘に刀身を収めた。
「全然!」と男は言い、青年は肩を落とす。そんな青年を励ますように笑いかけ、ぐしゃりと頭を撫でた。
「俺が教えてやるぞ!パンテラオ王国までは町を三つ、峠を一つを越えるんだぜ。時間はたっぷりある!
ヴァリエンテ様も言ってたように無償で同行させてもらうのは気が引けるからな。」
「カリスがディスティーに教えるなら、私は魔術師に教えようかしら。ふふ…王女に、妖精に教えられるのは中々に無いことよ。光栄に思いなさい。」
魔術師は嫌そうに顔を歪めるが、王女は気にもせず男の腕に抱きついていた。
「ああ…忘れてたわ。」と唐突に王女はあの小瓶を地面に叩きつけ粉々に砕く。砕かれたと同時に剣士と魔法治癒師が現れ、何が起きたのか理解していないようだった。
王女らを加えた一行は休憩を終える。第五の町クィーペンクェタに向かうが途中で日没を迎えてしまったので、野宿することになった。そして夕食作りだが女である魔法治癒師は壊滅的に料理が駄目らしく、男のみで作ることになった。
「…この中で料理作れるのって居るのか?」
魔術師は腕組みし、眉間に皺を寄せる。
「わ、私は肉料理しか…。」
肉料理は肉を焼けば終わる簡単な料理だ、よって剣士は論外。
「…主食はパンだ。」
魔術師も論外。残ったのは青年と男。二人は顔を見合わせる。青年は異空間から調理器具と食材を取り出す。
「…やるか。」「そうだな。」と男達は料理を作り始めた。青年は干し肉の筋に沿って細切りにし柄のついた鍋に入れる。その間、男は野菜を女でも食べやすいような大きさに切り、干し肉の入った鍋に入れた。
「…スープ作るんで、炒めといてください。調味料もあるので。」
男に調味料を渡し、卵も乾燥海藻もあるので卵スープで良いかと青年はスープ作りに取り掛かる。鍋に水を入れ煮え立つのを待つ間に卵を溶き、乾燥海藻を水につけ元に戻す。
煮え立ったところに塩胡椒や醤油で味を整え、元に戻した乾燥海藻を入れる。横目で男の料理の進行具合を見ながら、円を描くように溶き卵を入れてスープが出来上がった。そして人数分均等に器にスープを入れ、異空間からパンを取り出しスープと共に配る。男も野菜炒めを配り終え、王女の隣に座った。
「わあ!美味しいですっ。」と能天気そうに頬を緩ませ、魔法治癒師は作った料理を食べる。料理さえ出来ないこの女は荷物しかならないなと青年は思いつつ、料理を口に運んだ。
食事も後片付けも終わり、就寝する時間になったが青年を除くパーティの面々は当然野宿する為の道具は持っていない。
物欲しそうに見ている魔法治癒師はさておき、幾ら妖精と言っても王族の人間に地面に寝かせるにはいかないと考えて青年は「どうぞ。」と寝具を王女に渡した。
「優しいのね、ディスティー。ふふ…嫌いじゃないわ、優しい人。」
王女は青年に微笑み、庶民の物を拒むことなく素直に寝具を使い、寝に入った。面々も寝に入り、残ったのは青年と魔術師と男。
「火番は俺がやるから寝て良いぞ。」
「…それは有難いが、昼間みたいに魔物に襲われるのは御免だ。一応、防御結界を張っとく。」
魔術師はそう言い、自分の腕を枕代わりにして眠った。
「ディスティーは寝ないのか?」
「…まだ眠くないんで。」
「眠くなったらちゃんと寝ないと駄目だぞ。」
青年は頷き、前にもそんなような事を言われたなと思いつつペンを取る。青年が日記を書いている中、男は星を見上げていた。
「今見ている星は過去の光なんて思えないよなあ。実はあの星はもう居なくて、まだ空で輝いている星。そんな星も存在してるんだ。不思議だよな。そう思わないか?」
「…不思議って思いますよ。星は一つ一つ距離が違うのに同じように見える、だけど同じように見えてもその星達にはちゃんと意味がある。」
「ディスティーは星が好きなんだな。」
最初で最後の両親との思い出。両親の顔は思い出せないが、あの思い出だけは唯一覚えていた。記憶に刻まれた大切な出来事。これからも忘れることは無いだろう。
「おらっ、火番は俺に任せといて寝ろ。」
男は笑いながら青年の頭を力強く撫でた。まだ眠くはなかったが急に青年は眠気に襲われ、大人しく横になる。男の手には眠気に襲われる魔法でもかかっているのかと青年は考えながら眠りに着いた。
──
昇りかけの太陽は空に色を着け、地上を照らす。薄っすら届いた日差しに青年は目を覚まし、起き上がった。辺りを見渡すが誰も居ない。火番をしていた男さえも。
完全に覚め切ってない頭で状況を理解しようと必死に働かせるが、それは無意味だった。
「此処は何処だと思う。」と声が波紋のように青年の頭に広がった。頬を抓るが、痛みは襲ってこない。
「夢では無い。現実だ、大馬鹿者め。」
声がする方へ振り向けば、そこには懐かしいものが居た。左後肢は木の棒、千切れた右耳、鋭く尖った犬歯。
「フェン!」とそう呼べば巨大な狼は青年に近づき、頬を舐める。
「フェン…お前、喋れるようになったんだな!」
あの時と変わらない柔らかい毛に頬擦りすれば、フェンは青年の項に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。
「スティアよ。勘違いしているようだが私はお前と過ごした私ではない。」
愛称で呼ばれるのは何年振りだろうか。そう呼ぶものは居なくなってしまった。
「俺を庇って死んだ、…わかってるさ。これが夢じゃないとしたらお前は何で此処に居るんだ?」
「転生したのだ。魔物、魔獣にな。…私が魔物に転生するとは全く不思議だ。嫌悪感すら覚える。」
哀愁漂う狼に青年は顔を埋める。何も言えなかった。
「お前は何も言わぬのか。お前は魔物を憎んでるのではないのか。」
「…俺が魔物の縄張りに入ったから、起こったことだ。フェンが助けてくれなかったら俺は此処に居ない。」
あの魔物達は悪くない。あれは正しい判断だ。単なる自己防衛に過ぎない。
「やはりお前は大馬鹿者だ。…まあ、良い。もう時間が無い、用件だけ伝えよう。私はお前の"味方"だ。」
そう言えば青年に酷い鈍痛が襲い、そんな青年にフェンは頬擦りする。
「また会える。」と狼の声が響き、青年は意識を手離した。
目蓋を開ければ、顔を覗き込んでいるパーティの人間が居た。見慣れない天井、野宿していたはずなのに何故と青年は眉間に皺を寄せる。
「勇者様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫なはずがないでしょう。魔術で攻撃されてたのよ。」
剣士が心配そうに言えば、王女は怒気を含んだ眼差しで睨みつける。
「雑魚…いえ貴方達は外に出なさい。邪魔よ。」
王女は男の名を呼び、剣士と魔法治癒師は男に背中を押され強制的に部屋から追い出される。
「さて話して貰いましょうか、ディスティー。」
王女は青年に詰め寄る。魔術師を見れば、ソファで腕組みし俯いていた。
「…何をだ?」
「あの魔術は精神に入り込むもの、あれを使うのは魔族ぐらいよ。」
「…お前は魔王には敵わない、会った魔物にそう言われたよ。」
「お節介な魔物も居るのね…。」
「……取り敢えず此処は何処だ?」
青年は体を起こし、考え込む王女に問い掛けた。
「第五の町、クィーペンクェタ、ギュシラーと私の魔術で移動したのよ。」
まあ彼は魔力の消耗で疲れて寝てるけどね、と一言付けたし王女は魔術師を見る。
「二人の体調を考えてクィーペンクェタには一週間滞在するわ。急ぐ旅でもないでしょう?ここ最近は魔王は活動していないから、大丈夫なはずよ。」
「…そうか。」と青年は頭を掻き、窓に目をやる。太陽の具合を見るとまだ昼前だった。青年はベッドから下りながら、気づかれないように剣に手を伸ばし異空間に飛ばす。
「何処に行くつもり?」
「…少し探索に。」
本当は鍛錬だが、そんなことを言えば王女に止められ面倒な事になるのは目に見えている。
「俺が案内してやるぜ。それなら文句は無いですよね、ヴァリエンテ様。」
「…ええ、良いわよ。カリス…くれぐれも無理させないように、私が言いたいのはこれだけよ。」
そう言いつつも、何か文句を言いたそうな顔をしている王女だったが、「さ、行くぞ。」と男は青年の腕を引っ張り部屋を出て行く。
「ふふ…精々頑張りなさい、」
王女は愉快そうに小さく笑った。