一通の手紙
聖杯。それは神の力が宿ると言われる神器の一種。聖杯は願いを何でも叶えることが出来る。例えば世界征服と言う願いも簡単に成就させる。願いを叶えるだけでなく"聖杯の加護"も与えられる。"聖杯の加護"とは所持者に大いなる力を与えること。それは神話にしか綴られていない。
だがその神話を信じ、聖杯を求める者が居た。その者は自分の運命を呪い、そして世界を呪った。自分が生まれ落ちたこの世界を。
──
プラット村。プラット村は世界の中心から遠く離れた小さな村。
その村には勇者になるべく幼少期から鍛え上げられた青年が居た。
その青年の名はディスティー。両親は幼少期に他界し故に天涯孤独だ。親しい友人はもう居ない。青年と好んで話す村人は居なかった。その所為か青年は人と関わることが苦手になり、口を閉ざした。
青年は朝から釣りをしていた。バケツには魚が大量に山積みされており、青年は流石に釣り過ぎかと釣りを止めた。予め用意していた小枝に火を着け、焚き火をし始める。
釣った魚を枝で串刺しにし、塩をかけて火に炙り始めた。数本作り、地面に突き刺す。香ばしい匂いに食欲が楚々られ、青年はにやける。早く食いたい気持ちを抑え焼けるのを待った。
数分後、油が滴る焼き魚を頬張っていた。魚は焼き魚に限ると青年は満足気に笑う。
食事が終わり、火を消した。魚の入ったバケツを持って森の奥へと青年は向かった。この森の奥には狼の群れが寝床にしている住処がある。一頭が草陰から顔を出し、魚を見せてやれば近くにやってくる。数匹やれば俺も俺もと言うように何頭も現れた。狼達は満足したような顔で青年の頬を舐める。何頭にも舐められ、顔は狼の唾液まみれだ。
青年は帰り道にある川で顔を洗った。小屋に帰れば日陰にて瞑想を始める。
太陽が真上を通過する時、一人の男が青年の元にやってきた。
「ディスティー。」と青年を呼ぶ低い嗄れた声。青年は瞑想を止め、顔を上げた。
その低い嗄れた声を発したのは青年の師匠に当たる村外からやってきたバルサーという男だ。
「ミルターニャの王から手紙だ。…大体は読まずともわかるだろう。」
男は青年に手紙を渡した。手紙を開封し封蝋は砕け散った。
<ディスティー殿。この手紙を持ち、王宮に来なさい。>
「王国に着くまで馬車でも四日はかかるだろう。出発は明日の朝だ、それまでに荷物を纏めとけ。」
「わかりました。」
青年は男が出て行った後、荷物を纏め始めた。纏めると言っても鞄に入れるのは衣類と食糧だけだ。ほんの数分で終わってしまった。
青年の小屋には小さい箪笥と机、敷布団のみだ。箪笥の中には衣類は残っておらず空だ。日記を持って行くかどうか迷ったが、結局持って行くことにする。これが唯一の娯楽だからだ。
時間が余った。日が落ちるのにも時間がある。なんせまだ正午だ。当たり前だろう。青年は木剣を持ち、外へ出た。
一振りずつ丁寧に。一振りずつ思いを込めて。
小屋の裏で空を切る音が一定のリズムで聞こえる。その音は日が落ちるまで続いていた。
夜がやってきた。蝋燭に火を灯す。干し肉を頬張り、夜空を見上げた。村の明かりの所為で星の輝きは鈍るが星は瞬いていた。もうプラット村から星を見るのはこれで最後だ。
初めて星を見た時は鳥肌が立った。大中小それぞれの星が広がり、その星の一つ一つには意味がある。それは両親から教えて貰った最初で最後の思い出。両親との思い出はそれしか青年にはなかった。
食事が終わり机に向かう。青年の日記にはこう書かれていた。
<今朝の釣りは大漁だった。だが釣り過ぎて残念だったが少し余ってしまった。森に住む狼に余った魚を与えれば、頬を舐められた。
彼らはありがとうと言いたかったのだろうか、頬だけでなく顔が唾液だらけになり川で顔を洗わせて貰った。すまん、耐えられなかったんだ。
昼間に師匠がやってきた。昨日「お前には教えることはもうない。」と言われたばかりだったが何の用かは大体わかった。
遂に来てしまったミルターニャの王からの手紙。正直言って俺は魔王盗伐に興味ない。面倒事は嫌いだ。
サクッと勇者を決める戦いに負ければ良いと思っている。勝っても負けてもプラット村の星空はもう見れないだろうから。>