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俺と嫉妬と少女の料理



「くたばれぇぇぇーーーーーー!!」


 そう言って血眼になって走る男子生徒たち。それらを背後に感じながら、俺は全力で叫んだ。


「だから、俺を殺そうとするなよっ!?」


 全力のナンバ走りでクラスメイトたちから逃げる。しかし、あまりに執念深く追いかけるその姿に俺は勘弁してくれと言いたくなった。

 この原因は一時間ほど時間を遡る。








「「「え、調理実習……?」」」


 クラス全員の声が見事にハモる。その様子に苦笑するように唇を歪めて、教官は語りかけるように言った。


「浄魔士は、屋外で野宿するような事態も想定しなくてはならない。その際、食料を用意できても、調理できなくては意味が無い。そのための授業だ。ちなみに明日は軽食をテーマとする」


 翌日、エプロン、三角巾などを用意してくるようにとお達しがあり、教官は教室を後にした。

 後に残された生徒たちは、そわそわと騒ぎ始める。もう本日の訓練は終了し、すでに放課後となっている。調理実習を話題にしながら友人と帰る者もいれば、教室に残ったまま駄弁る者もいる。そして、男子生徒たちは明日のために行動を開始した。

 クラス内で人気のある女子生徒に話しかける。なんとか交渉して、その手料理を食べさせてもらおうという魂胆である。


「……なるほどなぁ。手料理か」

「ハッ。たかが料理で何を色めきだってんだか」

「そう言いながらハンス。おまえ今カナンの方を見てただろ」

「…………テメェこそ、あの二人の方を見てただろうが」

「ぎくっ」


 ハンスとそんなたわいのないことを話しながら、教室の光景をのんびりと見る。すると、肩をちょんちょんと突付く感触が。

 振り向くと、そこにはアミナがいた。


「どした?」


 そう問いかけると、アミナははにかんだ。彼女のその笑顔はかなり可愛いと思う。


「…………調理実習、食べて、くれる?」

「……いいの?」


 思わず聞いてしまった質問に、アミナは頷く。そのうれしい申し出に俺は快く答えた。


「ありがとう。ぜひ食べさせてくれ」

「…………うん」


 嬉しそうに再びはにかむアミナ。それを見て頭を撫でてあげたい衝動に駆られるも、なんとか堪える。そのときフロルとリンも近づいてきた。


「……」

「なんだかいい雰囲気だねー!」


 フロルは冷たい視線、リンはいつも通りの明るい声で内心を表す。俺はなるだけフロルの方を気にしないようにして反応した。


「よ、二人とも。今日は喫茶店に寄るか?」

「寄ろう寄ろう! 調理実習のメニューを相談したいし。いいよね、フロルちゃん」

「うん、寄ろっか」


 フロルの冷たい視線に冷や汗を流しながら、俺はそれに頷いておく。ハンスもその隣のカナンも賛成の意を示した。


「よし、それじゃ、行――」


 言いかけた口をそのままの形に、俺は思わず固まった。


「どしたの?」


 いち早く様子の変化に気づいたフロルが尋ねるが、それに反応できない。俺は身体中に緊張を張り巡らせながら、筋肉をすばやく収縮させる。

 自分の周りをいつの間にか取り囲むように存在している殺気に気づいたのだ。


「……テメェも大変だな」


 殺気に敏いハンスは気づいたようで、唇の端で笑いながら呆れたように言う。同様にカナンもはは……と引きつった笑いを浮かべる。

 カナンに(まがりなりにも)微笑みかけられたことがキッカケか、周囲の殺気も膨れ上がる。そして、


「っ!? さらばっ!」

「「「待ちやがれぇぇーーーー!!」」」






 ということである。


「おめえがいなくなれば、アイヤネンさん、スピノラちゃん、クエスティという美少女三人の手料理が食えるんだよッ!」

「知るか、んなもんッ! 確かにアミナのは俺が食うが、あと二人はそんな約束してねぇ! 自分で交渉しやがれッ!」


 ナンバ走りする余裕もなく、完全に全力逃走となる。ときどき魔力も使っているのだが……まったく、呆れた執念である。

 渡り廊下を渡り、隣の管理棟へ。職員室などがあれば追跡の手も弱まるかと考えたが……甘かった。俺は階段と曲がり道を多用しなんとか振り切ろうとするものの、しつこい。泣きたくなった。


 と、そこで名案。


「そういえばハンスがフロルとリンの手料理を狙ってるって言ってたー!」

「「「っ!?」」」


 追っ手内に明らかな動揺が伝わる。それはそうだろう。あのクール系のハンサムルックスは、男子の敵だ。

 これで追いかけるのをやめてくれるだろうと安堵しかけた時、俺は驚愕することとなる。


「追いかけている内の右三分の一はハンス阻止へと向かえ! それとパルメル妹に声をかけろ、戦力になる! それ以外は引き続きレヴァン潰しにかかれっ!」

「「「応っ!!」」」


 なんて奴らだ。こんな時だけベテラン浄魔士並みの連携を築いてやがる。

 仕方が無いので、


「それではみなさん、さよーならー」


 そう言って、近くの窓べりに足をかけ、外に向かって跳んだ。ちなみに言うとここは三階だ。


「「「なにぃっ!?」」」


 そんな言葉に手を振りながら、身体中の魔力を微調整し、肉体活性。難なく地面に着地する。ここは中庭か。


「仕方ない。さらにチームを分割する! 奴を追い詰めるぞ!」


 そんな声が頭上から聞こえてきて、背筋を震わせる。やはり、連携というのは怖い。俺は囲まれないうちに、学校の敷地内から出ることにした。


「あいつら、もう喫茶店行ってるかな」


 行ってるな、と自分のなかで結論づけ、俺は校門に向かってダッシュするのだった。



  ◇◆◇◆



 そして当日。


「調理実習か……リン」

「ん、なに? くださいって言うならあげないことも――」

「いや、その、なんだ……手加減よろしく」

「どゆことっ!?」


 リンが詰め寄ってきてぽかぽか叩いてくる。結構痛い。俺は内心を正直に話すことにした。


「なんだか、爆発でも起こしそうな気がして……」

「アタシどういうふうに思われてんのっ!」

「いや、おまえなら、あるいは……」

「悲しいっ! アタシは今猛烈に悲しいよ!」


 騒がしいリンを何とかなだめてから、俺は管理棟の方へと向かう準備をする。そこに調理実習室があるのだ。

 首をすくめながら教室を出る。男子生徒たちの視線が厳しいのだ。と、そこで俺は昨日から考えていた対策案を実行してみることにした。


「フロル」

「? なに?」


 エプロンと三角巾、材料を抱えたフロルが答える。目の前で小首をかしげたそいつに、俺は一つ提案をした。


「おまえ、料理渡す人もう決めてるのか?」


 男子生徒たちの目がギラリと光る。それに気づいた様子もなく、フロルは首を横に振って否定した。


「ううん。なんで?」

「作った料理をみんなに振舞ったらどうだ?」


 フロルは期待が外れたというような顔をなぜかする。しかし「それもいいね」と快く頷いてくれた。


「あ、でも食材が無駄にならないように、男子の分だけな。あいつらものすごい腹減ってるみたいだし。な?」


 そう言って教室内の男子に確認すると、応、と答えが帰ってきた。彼らの目には「レヴァン……おまえ良い奴だな」と書いてあった。ふ、ちょろいぜ。

 そうして危機を何とか回避して特別教室へと向かおうとした時、カナンがそっと小声で耳打ちしてきた。


「いいんです? フロルさんの手料理を食べなくても」

「まあ、そのうち分かると思うよ」


 そんな彼女に苦笑を返す。わけがわからないという表情をしている彼女のそばに、どうやら意味を察したのかハンスが呆れた顔で現れる。

 とりあえず行くかと、ファミグリアの面々は実習室に向かった。







「た、謀ったな……ッ!?」


 そう口にした男子生徒が、膝を付く。その生徒は苦しげなうめき声を上げると、その場に倒れた。口からは泡を吹いている。

 それを同情の視線で見て、俺は悲しく笑った。


「美少女の料理が、全て美味いと思うなよ」


 作業台の上にあるオムレツ。色も形も平均以上のその料理は、実は殺人的な味を持っていた。

 その料理人は、少し離れた場所でリンと会話に花を咲かしている。自分が今、十数人の男子を葬ったことに気づいている様子はない。


「……なるほどです」


 カナンが恐怖に打ち震えながら納得した。ハンスもこれにはさすがに頬を引きつらせている。そんなハンスはカナンが作った野菜炒めを無理矢理食べさせられている。味は美味しいようだ。そしてハンスの作った簡単な肉焼きも二人で食べていた。

 俺は、倒れた最後の男子を他の男子生徒と同じように部屋の端へ引きずって移動させた。フロルの料理を口にした彼らに、そっと冥福を祈る。

 これでもう俺に被害は及ばないかな。

 そんなことを思って、安堵した。

 フロルの料理はとにかくヤバイ。口にした瞬間は普通の味付けにもかかわらず、数秒後には牙を剥く代物なのだ。

 自分も昔に食べさせられた時のことを思い出して、俺は身震いした。

 俺がそうやって日々の美味しい食事と今ある生命に感謝していると、つんつんと肩をつつかれた。振り向くと、そこには上目遣いのアミナ。


「…………食べて」


 そう言って差し出したのはオムレツ。一瞬背筋が凍った自分が嫌になった。


「これがアミナの?」


 うん、と頷く彼女の手から皿を受け取り、俺は頬を緩めた。今は邪魔をする男子(ハンター)どもはいない。


「それじゃ、いただくよ」


 近くにある椅子を引き寄せ、座る。フォークを手に取り、一口大に切り分け、口に運ぶ。瞬間、俺は目を回しそうになった。


「…………どう?」

「はは……なかなか。おいしいよ」


 ……甘い。とにかく甘い。まるで塩の代わりに砂糖を入れ、その後にハチミツとフルーツを加えたかのような最強の甘み。それが口の中に広がっていく。


「でも、俺は少し甘みを減らして欲しいかな」

「? …………甘みなんて、入れてない」


 無自覚か。俺は心のなかで驚愕した。

 ああ、やはり美少女の料理は必ず美味いわけではない。俺はその場で愛想笑いをして乗り切るしか、方法を知らなかった。


「……ごちそうさま」


 そう言って皿を洗おうとすると、アミナに横から奪われた。そのまま彼女は皿を近くの水道で洗い始める。その顔は花が綻ぶような笑顔だった。料理の腕はともかく、将来いいお嫁さんになるだろう。

 そんな風に観察していると、横から名前を呼ばれる。そこにはリンが立っていた。


「みんな食べてー。なんだか一人で消費するの寂しくてさー」


 そう、声をかけてファミグリアを集めるリン。その隣には先程まで話していたフロルもいる。そして、リンの手には少し多めの食事が乗っていた。


「なにこれ?」

「クリームパスタさっ」


 リンがえへんと胸を張る。しかし、俺たちは即座に互いにアイコンタクトを取った。


 ――どうする?これは食えるのか?おまえが行けよ。死にたくねぇカナンおまえ行け。さっきのフロルさんを見るとそれは……。どうするじゃんけんでもするか。


 それぞれの思いを交換した所で、俺とパルメル兄妹は拳を前に差し出した。アミナにさせるのは気が引けるので、参加はさせない。


「「「じゃんけん、ぽん!」」」


 グー。グー。チョキ。

 俺の、完敗だった。


「……失礼だね、みんな」


 呆れたようにリンが言うが、警戒心というものは大事なものだと、俺は思っている。

 仕方なく、俺はフォークを手に持った。パスタを巻き、それを眺める。黄金色のクリームは見事なもので、見ているだけならヨダレものだ。しかし、フロルという前例もある。


「……いただきます」


 みんなの視線に後押しされる感じで、俺は意を決して口に入れた。


「……」

「味は、どうかな……?」


 リンが不安そうに尋ねてくる。俺はそれににっこりと笑いかけた。


「……すげー美味しい」


 瞬間、リンの顔が華やぐ。本当かよ、とハンスがひょいと食べ、そして止まらなくなった。何も口にしなかったが、美味しいと思っているのは間違っていないだろう。


「ハンスくんが感想も口にしないなんて……」


 すごく驚いているのか、普段と違う呼び方でハンスを呼ぶカナン。彼女もまたリンの料理を食べ、舌鼓を打っていた。

 続けてフロルとアミナも食べる。


「わ、なにこれ! すごく美味しい!」

「…………至高の味」


 二人もご満悦のようだ。

 俺はなんだか感動して、その食事を食べ続けた。目に見えて料理が減っていく。


「すごいな……リン、料理上手かったのか。悪いな、爆発させそうなんて言って」

「いいよ。美味しいって言ってくれたし」


 リンも上機嫌に料理を口に運び、そのままファミグリアでの食事が進んだ。







 全員でごちそうさまと唱和して、片付けをする。リンの食事に感動して、全員の機嫌は良かった。


「ところで」


 片付けもほぼ終わったところで、フロルが口を開いた。その視線は俺に注がれている。どうかしたかと促すと、フロルは尋ねてきた。


「レヴァンの料理は……誰かに渡すの?」

「あ、それアタシも気になった。決まってないんだったらちょーだい」


 リンが同調する。アミナも興味津々なようで、俺は三人の勢いに若干引きながら答えた。


「一応作ってはいるけど……食べるか?」


 ぜひ、と今度はカナンも入れて力強く答えるものだから、俺は思わず笑ってしまった。


「それじゃ、少し待っててくれ」







 俺は冷蔵庫から取り出したものをファミグリア全員分持って、戻った。


「おまえら、腹はもう膨れてるかなと思って……デザートを作ったんだ」


 そう言ってから、机の上に置いていく。置かれたものを見て、女性陣がおぉっと驚嘆を示した。

 オレンジの汁を搾って入れたシャーベットに、小さなきつね色のパンケーキ。シロップがかけられたその姿はとても美しい。

 見事なデザートセットだった。


「「「……ゴクリ」」」


 食べる前から唾を飲み込み、涎でもたらしかねないその様子に、仕方ないなと俺は全員にスプーンを差し出した。

 いただきます、とみんなが言うのにあわせて自分も少しだけ食べる。パンケーキ生地はフワフワ過ぎず、しっとりとした食感。自然な甘みとほのかな塩味。今回はうまく出来たかなと少し自分を褒めた。


「お、美味しい……」

「レヴァっち、恐るべし」

「頬が落ちそうです……」

「……まあまあだな」


 フロル、リン、カナン、ハンスが感想を言う。それに対してお礼を言うと共に、何も口にしないアミナが気になって、俺はアミナの方を向いた。

 すると、彼女は真面目な顔で俺に言った。


「…………レヴァン、お嫁さんになって」

「なぜに嫁なんだっ!?」


 あはは、と和やかにその場の全員が笑う。

 しかし、それを邪魔する存在があった。


「レヴァン・グラフェルト……恨めしい……」


 地を這ってこちらにゆっくりと近づいてくる気絶したはずの男子生徒が一人。その存在はまだ俺しか気づいていないだろう。俺は武器を持ってそいつに近づいた。


「……かくなる上は、貴様に更なる苦痛を――」

「ほれ(フロルのオムレツを食わせる)」

「――ぎゃぱっ!?」


 男子生徒が白目を剥いて倒れる。相変わらず恐ろしい威力である。


「レヴァン、どこ行ってるの?」

「ん、もう戻るよ」


 フロルが声をかけてくる。俺は足元の死体を足で通路の脇に寄せて、みんなが待つ机へ戻った。


「……ん? どうした?」


 ハンスとカナンが微妙な顔をしていたのを見て、俺は尋ねる。しかし答えない二人を見て、俺は首を傾げるにとどまった。

 机に座ると、シャーベットが溶けかけだ。急いで食べる。そしてパンケーキの残りをすべて口に入れると、ふうっと一息ついた。

 すると、横からすっとグラスが差し出された。


「レヴァン。はい、飲み物」

「お、ありがとう」


 フロルが差し出した飲み物を受け取る。その色は透き通るように鮮やかな紫色。


「グレープジュースか。美味しそう、いただきます」


 そうしてグビグビと口に流し込んだ時だった。


「え? 違うよ、それ私とアミナで作った特製ジュース」


 耳を疑う台詞。そして激痛。


「……っ!?」


 口に剣山を入れたような壮絶な痛みに、俺はバタンバタンと机の上でのたうち回る。


「……哀れな奴だ」

「……ごめんなさい。忠告できませんでした」


 パルメル兄妹のそんなセリフが聞こえてきたかと思うと。


「ふふ、そんなに嬉しかった?」

「…………別の種類も、ある」


 可愛い姿をした悪魔二人の言葉を聞いて、俺はプツリと意識を途絶えさせた。







 後日聞いたところによると、俺はあの後、意識もないまま突然歩き出して階段を転がり落ちていったらしい。

 俺はやはり強く思った。



 美少女の料理が、必ず美味しいとは思うなよ……っ。



 今回は日常的なものにしました。ファミグリア内の関係をこれで少しでも理解してもらえたらなと思います。

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