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【現代】ショートショート

父のオムレツと母のオムレツ

作者: 夏灯みかん
掲載日:2026/10/24

 大学の昼休み。

 学食を食べる友達の横でお弁当箱を開けると、友達が「えらーい!」と覗き込んできた。


「自分で作ったの? 偉すぎる!」


「学食も値上がりしたからさあ。一人暮らしだし、ちょっと節約しないと思って」


 そう言って頭を掻くと、友達はお弁当の中身を見て、呟いた。


「……てか、卵焼き? でかっ」


「卵焼きじゃなくて、オムレツなんだけど」


 お弁当箱の中には、ご飯と、横にどどんと大きなオムレツが二つ並んでいる。


「卵焼きとオムレツの違いって何?」


「卵焼きって、卵だけじゃん。オムレツは中にチーズとかいろいろ入れるよね」


「へえ。そうなんだ」


「知らんけど」


「――中に何か入ってるの?」


 私は友達にちょっと得意になって説明した。


「いろいろ入れてるよ。チーズに、ミックスベジタブルに、ほうれん草とあとツナ! 完全栄養食でしょ」


「まあ、確かに」


 そう言う友達の横で、私は「でしょ」と言って箸でオムレツをはさんだ。

 まずは上のオムレツ……こっちは少し塩辛い。

 で、次は下のオムレツ……こっちはちょっと甘い。


同じオムレツに見えて、二つのオムレツは実は味が違うのだ。

私は塩辛いオムレツを「お父さんのオムレツ」、甘いオムレツを「お母さんのオムレツ」と呼んでいる。


◇◇◇


 私の母は私が小学校四年生のときに、病気で死んでしまった。

 母はよくオムレツを作ってくれていた。母が作ってくれるオムレツは甘かった。

 私はそのオムレツが大好きで、お弁当のときはいつも入れてもらってたし、朝ごはんにも週に数回は作ってもらっていた。


 母がいなくなってからは、父がオムレツを作ってくれるようになった。

 でも、父のオムレツは母のより塩辛かった。


「お父さん! これ、砂糖入ってないでしょ!」


 オムレツの感想を聞かれてそう不機嫌に答えると、父は菜箸を持ったまま、少し黙った。


「塩を入れてみたんだ」


「お母さんのは甘かったよ」


「うん」


「甘いほうがいい」


 父はフライパンに目を落とした。


「うちはこれから、この味でいこう」


 勝手に決めないで、と思った。

 母の服も、化粧品も、父は母がいなくなるとすぐに片付けてしまった。

オムレツの味くらい、残してくれたっていいのに。

 

 ――けれど、いくら甘くしてと言っても、父のオムレツはずっとしょっぱかった。


形は最初、ぼろぼろでところどころ焦げていた。

けれどそのうち形が整って、焦げ目はなくなり、綺麗な丸いオムレツになった。

でも、味だけは一向に甘くしてくれなかった。

 私はそれを、遠足の日にも、部活の試合の日にも、受験の日にも食べた。


 ――それから時が過ぎ、大学進学で家を出るため、私は荷物の整理をしていた。

 一人暮らしの家に持っていく食器を見繕うため、キッチンで食器棚をあさっていた私は、引き出しの中に一冊のノートを見つけた。


『お父さんへ レシピ』と、懐かしい母の字で書いてあった。

 

 めくると、一ページ目が、オムレツのレシピだった。

 ――闘病中の母が、料理のできなかった父のために書き残したレシピのようだった。


 材料:卵二個、ミックスベジタブル、ツナ缶、ピザ用チーズ(具材はあるもの適当に入れても大丈夫!)、塩小さじ半分、粉末だし小さじ半分


「……?」


 私は目を細めた。

「砂糖大さじ二」のところだけ、二重線で消されていた。

しかも、そのあたりの文字は、ところどころ滲んでいる。


「――お母さんのレシピあったんじゃん」


 私は呟くと、冷蔵庫を開けた。

 母の甘いオムレツを再現したくなったからだ。


 ミックスベジタブルもチーズも、材料は冷蔵庫に入っていた。

 朝ごはんに父が焼いてくれるからだ。

 

 母のレシピ通りに砂糖を大さじ二入れて作ってみる。


「――できた!」


 できあがった黄金色のオムレツをぱくっと一口食べて、私は頬をおさえた。

 それは紛れもなく、小さい頃食べた母のオムレツの味だった。


「おお、料理してんのか?」


 二階から降りてきた父が、キッチンに立つ私を物珍しそうに見た。


「お父さん! お母さんのレシピあったんじゃん!」


 私は言うと、オムレツと母のレシピが書かれたノートを父に見せた。

 父は一瞬黙って呟いた。

 

「――ああ、それ、見つけたのか……」


「ほら! お母さんの味になったよ!」


 私は菜箸でオムレツの端を切り取ると、小皿に乗せて父に渡した。

 父は無言でそれを食べ――そして、口を押さえて俯いた。


「え!? 何? どうしたの!?」


 異物でもうっかり入っていたかと驚いて父を見ると、父は――泣いていた。


「悪いな……、ちょっと、その味食べると、父さん、いまだに泣いちゃって……」


 父は堪えるようにそう言って、私に背中を向けた。


 ――その瞬間、私は理解した。

 母のレシピノートの文字が滲んでいた理由も、『砂糖大さじ二』が消されていた理由も。


 父は冷蔵庫から麦茶を出して、コップに入れ一気に飲むと、息を吐いて私を見た。


「やっぱり、あいつの味のが美味しいよなあ」


 私は黙った。

 父はオムレツを甘くしてくれなかったのではなく、できなかったのかもしれない。

 朝から私に泣き顔を見せるわけにはいかなかったから――


「お父さん」


 私は父の肩をたたいた。


「私、お父さんの塩辛いオムレツも大好きだよ」


 父は小さく笑った。


「一人暮らしになっても、料理はしろよ」


◇◇◇


 私はお弁当箱の中のオムレツを頬張った。

 最初に塩辛いお父さんのオムレツを食べて、それから甘いお母さんのオムレツを食べる。

 塩辛い、甘いを繰り返し食べていると、いくらでもご飯が食べられそうだった。



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