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20歳の高校二年生。隣の席は校則違反の金髪娘。

掲載日:2026/05/31

静かな廊下で俺は指を戸の引き手にかける。戸はスーっと開いていく。

誰もいないと思われた教室に、女の子が一人立っていた。

2年D組の窓際の一番後ろ。腰まで伸びた長髪は根元から先端までが金色に染まり、キラキラと輝いている。

この学院は染髪禁止。加えて長すぎる髪も生徒指導の的だ。


しばらく様子を見ていたが、戸を閉めても俺に気付く様子はない。

入室してからこちらに背を向けたままだ。

俺は考えもなしにぼーっと女生徒へと近づいていった。外人さんってわけじゃなさそうだ。

彼女は開いた窓から外を見つめている。見えるのは位置的に講堂だろうか。


「何が見えるんだ?今、講堂じゃ絶賛始業式中だろ」

互いの顔がしっかり確認できる位置まで近づいていた。

「わ!」

俺の存在に気付いた彼女は大袈裟にバックステップで距離をとりながら驚いてみせた。器用なもんだ。


「……」

まあ、こちらもビックリはした。

「えっとぉ……始業式、終わったんですか?」

「いや、たぶんまだやってる」

「サボり、ですか?」

「まー、結果的にそうなった」

「私もです」

「だろうね」


金髪娘は仲間がいたことが嬉しかったのだろうか「あはは」と笑ってみせた。

なぜだか俺もつられてしまった。

互いに笑いあった。


「――ま、笑える話じゃないけどな」

俺はやれやれと窓際最後尾の席に腰を落ち着ける。

「あ、あの!」

金髪娘は何か言いたそうだ。

「いいの、いいの。学院長のトークは割と面白いし、含蓄があるけど、毎回同じこと言ってるから」

だからといってサボリはいけないが。


「あ、そうですよね、いつも就職氷河期の話で――っていや違うんですよ!ちょっと待って下さい!」

金髪娘は眉間を押さえ、目をとじてポーズをとる。

「うん。待つよ。暇だしな」

頬杖をつきながら言葉を返す。

「そうじゃなくて、バッグ!私の!」

そう言って、俺の座った席に置かれたバッグを指さした。

「ああ君のか」

はい。とバッグを渡す。

「はい、コレ私ので――って、そうじゃなくって!」

バッグを受け取った金髪娘は俺の隣の席――最後列窓際から2番目の席に座り、向き直って言った。

「そこ、私の席なんですけど!」


俺が座っている席を指して、金髪娘は主張してきた。

「え?もう席って決まってるの?五十音順?」

思わず頬杖を外した。

「決まってません!」

力強く言い放った。

「決まってないんだ」

ザ・オウム返し。

「でも。まぁ二年生の一学期なんて早いもの、取ったもの勝ちなんですよ」

金髪娘は人差し指をチッチッチと左右に揺らすアクションをとった。

俺は身体を最大限まで椅子に預け、だらけきった姿勢で応じる。

「なるほど、せっかく早めに来たから良い席を取ろうと。窓際の最後列が一番良い席だ、と」

「はい」

初めは顔だけをこちらの方へ向けていた金髪娘だったが、今は身体の向きを変えてしっかりと俺を見据えている。

「分かりませんか?」

無駄に圧迫感のある問いだった。


だらけた身体を起こす。椅子の足を竹馬のように器用に動かして、二人が向かい合う形をとった。

「分かる」

距離も縮めたために頭と頭の距離が近い。

「分かってくれますか」

その問いに対して、少しだけ間合いを取った。

このまま、この一風変わった女の子のペースになりそうだったからだ。それは嫌。

「後ろであることにこしたことはないし、端だと色々と動きやすいしね」

「でしょう」

「ああ」


「それにイメージです」

声のトーンを落としてきた。

「同じ端でも廊下側最後列とでは言葉の持つイメージに雲泥の差があるんです!」

「……」

突拍子もない意見に言葉に詰まってしまう。

「あれ?」

相手は肩透かしをくらったようだ。

「まぁ、そーかもねぇ」

なぁなぁで雑な言葉を返す。

「えー、そこはしっかり肯定してくださいよォ」

金髪娘がすがってくるが、俺は机に向き直る。

そうすることで、この席取り議論を終わらせてしまいたかった。


「どっちにしろ、まぁアレだ。ここは俺の机だから」

そう言って机に上半身をあずけ、突っ伏す。

いつまでも食い下がる金髪娘に対してマーキングをしてみせた。

「ああ!ズルいですって、ズル!反則!」

俺は顔だけを横に向けて、ワァワァとわめきたてる金髪娘へ後頭部を向ける。無視無視。


彼女のささやかな抵抗を切り裂いたのは後方からのざわめきだった。

窓の外だ。

講堂から出てきた生徒の声。どうやら始業式が終わったらしい。


「おいおい!やったよ!姫と同じクラス!」

「あーあ、ウチの担任マッスルだよ」

「F組って教室遠すぎぃ~」

講堂の外で教室分けのプリントが配布されているのであろう。先ほどまでの静けさは瞬時に崩れていった。

彼らはもうすぐ割り当てられた教室へと流れ込んでくる。


「急がないと!」そう席論議をせかすかと思われた金髪娘は、さっきまでの勢いはどこかへ行ってしまったようで、席を立って、窓から下の方をボーっと眺めている。

ここからでは、外の声は聞こえども講堂から出てくる生徒は角度的に見えない。一体何を気にしているのだろうか。

「なぁ――」

俺の些細な疑問は戸が開くガラリという音に打ち消された。


入室者はこのクラスの担任教師だ。

複学手続きの際に顔を合わせている。

立派な顎鬚をたくわえているが、まだ三十半ばだったはず。


先生は教室に入るなり俺たちに声をかけた。

「よー、おはよう、お二人さん!なんだお前ら、もう席を決めちまったのか?まったく、人気のありそうな席をとりおって」

やれやれという表情を作っている。

「しかし、まぁ。お前たちがバラけるのも面倒になりそうだ。そこでひっついていろ」

どうやら納得がいったようだ。


「オハヨーございます、先生。席の件、了解しました」

このチャンスにここぞとばかりに応じた。

一方で金髪娘はそうはいかない模様。

「えー、ちょっと待ってくださいよぉ、先生!あと、おはようございます」

挨拶がしっかりできる子だった。


「うん?何か問題あるのか?その席で――」

疑問を投げかけかけた先生だったが、その声は始業式を終えて教室に入ってきた生徒たちに飲み込まれてしまった。

「オース、先生!一年間よろしく」

「担任ガチャは、まぁまぁってとこかな」

「うんうん、結構見晴らしが良いね、この教室」

先生のいる教壇の周りにあっという間にクラスメイトの人だかりができる。

ピカピカの二年生だ。


その中で一人の女子生徒がピョコンと手を挙げた。

「先生!席順はどうなるんですか?もう決まってる?」

それを皮切りにまた大盛り上がり、「自由席?」「番号順?」「やだ自由がいい」と、女子を中心に先生に詰め寄る。

「おいおい、そこまで慌てるな。せかす奴は教壇前に指定するぞ」

と生徒をなだめる担任教師。


「まだ決まってはいない。そして番号順でもない。うむ、できるだけ自由にさせたいものだが……」

妙にもったいぶる。

「だが完全に自由というわけにもいかん。窓際から男女男女と列ごとに座ってくれ。ま、普通だな」

そうして先生はこちらを指す。

「あんな感じに分かれてくれ。因みにあの二人の席はすでに決定済みだ。その他の席で自由に組んでくれたまえ」


――新二年生たちの視線が初めて俺たちに向けられる。

いや正確には窓際で外を眺めていた金髪娘へ。

一気に注目を集めた金髪娘は無表情のまま、淡々と窓際から移動して俺の右隣の席へ座った。


「ほらほら、席は早いもの勝ちだぞ、早く決めろ」

先生が促したおかげで、2-Dの面々は一瞬の停止から動き始めた。

さっきまでとは少し種類の違うざわめきをみせて順次席を決めていっている。人気枠のはずの俺の周辺にイマイチ人が集まらないのは気になる。


バタバタと周りが動き回る中、俺と金髪娘だけは早めに決めた自分の席にどっしりと腰を据えていた。

「なー」 「あの」

しばらく沈黙を守り続けた二人は同時に口を開いた。

「俺からでいい?」 「やっぱり何でもないです」

再び同時。無いようなら、こちらからいかせてもらいましょう。


「いやさ、席のコト。結局俺が強引に決めた感じになって悪かったな」

席決めが始まって以降、固い表情のままだった金髪娘は顔を崩して笑った。

「ホントですよ、もう」

その言葉に、抗議の気配はもう感じられなかった。


人気の薄かった俺たちの周辺も席が埋まり、10分ほどで2―D全ての席順が決まった。

「よーし、お前ら少し落ち着け」

教室全体に大きな声が響く。新しい環境にはしゃいでいる新二年生の視線が担任教師へと注がれる。

「どうやら決まったようだから、席順の確認をする。ついでに自己紹介でもしてもらおうか」

「ええー」と嬉しいのか嫌なのか、よく分からない声が教室の各所から聞こえてくる。

確かに新しいクラスでの自己紹介は彼らにとって一大イベントなのだろう。


クラスメイトの歓声の中で、先生と目が合ってしまった。

「あー、それでは」

先生は視線を外さずに続ける。

「最初は窓際最後列に陣取った、小早川。お前からにしよう」

ハッハッハッと笑って言ってのけたが、生徒の反応は少し重め。なんだよ、やりにくいじゃないか。


俺はのそりと立ち上がり教室全体を見渡した。

「小早川涼です。えーー、色んな事情が重なって三年ぶりに学院に復帰することとなりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

スマートとはいかないまでも、まあまあの挨拶だったと自負したのだが、やはり周りからの視線は痛い。

しかもなぜか右隣の席から強烈なものを感じる。


というか金髪娘は俺と入れ替わりで立っていた。

順番でいけば次は俺の前の席だ。先に立たれた男子生徒は戸惑っている。それは先生ですら同じだった。

そんな外野の挙動をよそに金髪娘は自己紹介を始めた。


「北条飛鳥です。二年連続二回目の二年生になります」



城ヶ崎高等学院の正門前には、短い横断歩道がひかれている。

車の通りが普段から極端に少ないため、登校時はほとんどの生徒が信号を無視して渡る。

その正門を前にして、俺は律儀に信号待ちをしていた。


左前腕を上げて時刻を確認。既に九時を回っている。完全なる遅刻。

今頃、2―D内では一時限目の英語の授業が中盤にさしかかっているところだろう。

二日目にして堂々たる遅刻をやってのけてしまった。


気がつけば、いつの間にやら信号は青になっていた。しかし未だ前に進まない足。

「渡らないんですか?」

ぴょこんと顔をのぞきこまれた。

「う、わ!びっくりした!……おはよう」

その人物は金髪一留娘、北条飛鳥だった。


俺は失礼なほどに身体をのけぞらせて反応した。

いつの間に隣にいたんだよ。

「おはようございます。あは、驚いてる。昨日とは逆になりましたね」

ずいぶんと落ち着いた口調で話す。

遅刻してなおこの余裕。俺と同じく、学校離れがもたらしたものなのか?


「しかし、今日は二人揃って遅刻ですか。良くないことです」

北条は腕を組んで困った顔をつくっている。

あまり深刻には見えない。

「なーんか余裕じゃん。もう遅刻確定だから?」

「そりゃあ仕方ないですよ。この時間ですし、ゆっくりいきましょう。」



用務員室で遅刻届を受け取った俺たちは、その場で記入を済ませ、職員室へと向かった。

三年生校舎の2階。ピロティーに面して職員室は存在する。

ほぼ全面がガラス張りで中に誰がいるのかすぐ分かるのが利点である。

しかし、それぞれの机の上は書類で乱雑にまみれ、各種書籍が高く詰みあがっており、まあ見苦しい光景だ。


「どうやら我が担任は、授業中みたいですね」

外から職員室の文系エリアを確認した北条がつぶやく。

遅刻届は基本、担任教師に提出するものだそうだ。

「どうする?机の上にでも置いておく?」

「九時十分」と記入された遅刻届をひらひらさせて聞いてみた。

「いえ、大丈夫です。生徒指導の先生がいますから」

そう言うと、北条は職員室のドアを開けた。


「「失礼します」」

二人は並んで息の合った礼をして見せた。

全くおかしくない所作だったが、しかし、それでも、二人の留年生徒の侵入に職員室が妙な緊張感に覆われた。

チラチラと様々な角度から飛んでくる視線がむずがゆい。


「先生!」

その空気を打ち壊すかのように、北条は職員室の奥へグイグイと入っていった。

他人のことなど全く気にしない子なのか?とりあえず非常に頼もしい。

さすが、金髪ロングを押し通すだけはある。

そこへ俺も続いていく。

生徒指導の先生は初老の女性教師だった。


先生は遅刻届を預かり、後ほど処理してくれるとのこと。

俺は礼を言って、その場を立ち去ろうとしたが、

「待って、北条さん」

と声がかかった。

北条は一度俺と目を合わせてから先生のもとへ戻った。

俺は外へ出ようか一瞬迷ったが――その場で突っ立っていることを選択した。


北条たちのやり取りは、小声ながらも届いてくる。

生徒指導の先生は少し長めの間をおいてから、絞り出すように話しだした。

「その、あなたの髪、髪の毛ね。少し色がキツいと思うの、少しね。個人的には嫌いじゃないわ。でもほら、ここは学校だから、ね。他の生徒もいるでしょう。もちろん、貴女には貴女の――」

「先生!」

回りくどすぎて、グダグダになっていた校則違反の指摘を、北条はスパッと切りあげた。

「この髪、いずれは文句の出ないようにするんで」

そういって直角に頭を下げた。

バサっと長い金髪が跳ねまわる。


「それじゃ。失礼しました」

困惑気味の生徒指導の先生を置き去りに、北条は逃げるようにこっちに戻ってきた。

「さささ、教室へ行きましょう」

せかされた俺は何かを言うこともなく、職員室から撤退することとなった。



授業の終わりまであと十分ほどある。

俺たちは話し合いの結果、一限は完全に放棄して二限から参加しようということになった。

イマイチこの北条という女の子が真面目なのか、不真面目なのかが掴めない。

今は2―D教室前で二人並んで窓際の壁に背をあずけている。授業終了のチャイムを待っているのだ。


「……」

「……」

こうして静かにしていると教室内の声がよく聞こえる。

長文読解の解説をしている。初回から面倒なことだ。

「なー、北条」

「はい、なんでしょう?」

お互いに姿勢を崩さず、目の前の教室を見たまま会話を始めた。


「昨日さ、自己紹介あったじゃん?どーして急に立ち上がっちゃったの?みんなビビってたよ。俺もビビった」

「あー、あれ。あれは違うんですよー」

北条は恥ずかしいのか足をバタつかせた。視線は教室へ向けたままだ。

「あれはセンパイが突拍子もない発言するから……。うん、それで、ちょっとバグっちゃったんですよぉ」

「うん?突拍子もないことなんて言ったっけ?俺の中では多少緊張したこと以外は満点だったんだけどな」

「いやいや。三年ぶりとか言われたらびっくりしますよ、フツーは。でもって私も似たような経歴ですし、つい乗っかってしまったんですよ」


「ふーん、そんなもんかね……いや待て!」

北条の方に顔だけを向ける。

「はい、なんでしょ」

北条も同じアクションをとる。

「そのセンパイっての。そこ。それは止めよう」

「えぇ?センパイは先輩じゃないですか」

北条は壁から背中をはがし、こちらに向き直る。

「同学年だし、だめだめ。小早川でいーよ」

「年が違います」

「そんなこと言ったらこのクラス、みんな三個下じゃん。そこで君がセンパイ呼びしたら、俺はクラスメイト全員からセンパイ呼ばわりされちゃうじゃん。」

俺は背中を壁に付けたままズルズルと腰を落としながら言った。


「それは……確実にそうなりますね。」

「な?間違ってはいないけど、ちょっと嫌だろそれは」

「ふーーむ」

「待て待て。そんなに悩むところか?」

完全に廊下に座りこんだ俺は北条を見上げる

「分かりました!センパイは取り下げます」

「グッド」

「よろしくお願いします、小早川さん」

北条はそう言って俺に手を差し出す。

「なるほどね。ま、構わない」

俺はその手を取り立ち上がる。


「そうそう、俺は北条って呼ぶけど大丈夫?不快感とかない?」

「あはは!不快感ですか?ないですよ。呼び捨てでもいいですし、飛鳥ちゃんでもオーケーです!」

北条がケラケラと笑いながら承諾する。

「飛鳥ちゃんか!良い名前だね。しかし、まあ、しばらくは北条を使わせてもらうよ」

俺も笑いだした、そこへ――

「オホォン!あと少しでいいから静かにできないかな、小早川さんに飛鳥ちゃん」

2―Dから出てきた英語教師からお叱りを受けた。

「「す、すいません」」

二人は口をふさぐアクションをして謝った。

ピシャリと戸が閉まり英語教師が教室に戻った後――北条はこみ上げる笑いを必死で押さえていた。



六限目終了から数十秒のタイムラグの後、校舎にチャイムが鳴り響く。

「はー。やっと一日終わった。三時までが長い長い」

椅子の上で大袈裟に身体を反らしてみる。

「久しぶりに授業フルタイムで受けましたからね」

北条もそれに同調するが、

「フルタイムじゃないですって。二人とも一限目いなかったじゃないですか!」

短髪の女生徒が笑いながらツッコんできた。

タダミナこと多田美波。

現国のグループワークで一緒になったクラスメイト。

年上の俺たち相手に最初はぎこちなかったが、今はこんな感じ。社交性のある子だ。


「まぁ。そういうなよ。俺たちの中では、遅れてきて帰らなかっただけ殊勲賞ものなんだから」

「ちょとー。一緒にしないでくださいよぉ」

なぜか北条は不満気だった。

「え?そこって引っかかるトコロ?同じ遅刻した同志じゃないか。ってゆーか、俺の方が早くに遅刻したし」

「何の自慢ですか、それ!」

北条に肩をはたかれた。

「あはは。それじゃあ北条さんに小早川さん、また明日、お会いしましょう」

タダミナはこれからバスケ部での活動がある。

「おうよ。じゃあな」

「頑張ってね!二年のホープ!」

礼義正しくお辞儀をしてタダミナは退室していった。

やはり体育会系はいい。


「放課後って、もっとワイワイしてたと思ってたんだが、ずいぶん人が減ったな」

「みんな部活とか忙しいんですよ、新歓の時期ですしね」

教室に残っているのは三分の一程度である。さらに俺たちのように席に残っているのは数える程だ。

「北条はどっか入らないの?」

「入らないです。なんかそんなバイタリティーないです。だから部活入ってる人はそれだけで尊敬です。」

北条は机の上のバッグに顔をうずめたグッタリ状態で応じる。

「去年はどっか入ってた?」

「帰宅部です」

さらに深くバッグに顔を埋めていく北条。

「そういう小早川さんは、どっかに所属していたんですか?」

「してたよ。部じゃなくて同好会だったけれど。キックボクシング同好会」

「きっくぼくしんぐ?」

「そう。その名の通り、ボクシングにキックを足したコンバットスポーツ」

「こんばっとすぽーつ?」

北条がばっと顔を上げた。


「そうそう。簡単に言えば格闘技だね」

「え?えーと……じゃ簡単に言わないと何ですか?」

「なんだよその質問。つまりは、あれだ。マーシャルアーツってことだ」

「ますます良く分からないんですけど。専門用語はナシでお願いします」

注文が多い。

「まあ、ケンカだね。ルールのあるケンカみたいなもの」

「へええええ。小早川さんってケンカするんですね」

「うん。でも君が思ってるほどバイオレンスじゃあないよ」


「蹴るんですか?」

「うん、蹴るよ」

「殴ったりします?」

「基本的には、殴るね」

「格闘技?」

「イエス」


北条は再びバッグに顔を伏せて、そしてすぐまた顔を上げた。長い金髪が暴れる。

「いやいや、バイオレンス極まりないでしょう、それ」

これは良くない流れだ。バッサリと断とう。


「いいんだよ、俺のことは。それより君はどっかの部に心動かされたりしないわけ」

「今も昔も変わりません。一貫して帰宅部です」

「なーんだ、つまらない青春だな」

俺の言葉に北条はダメージを負ったようだ。顔にほんのりとした赤み。

「つ……つまらないって何ですか!言っておきますけどね私だって人並みにバレーや演劇に情熱を捧げたいっていう気持ちはあったんですよ」

荒ぶる北条。

「じゃあ、捧げてくれよ、その情熱をどっかに」

「それがそうもいかないんです。だから困っているんです」


「うん?」

「小早川さん。今疲れていますか?」

「そーだね。だいぶ疲れてるよ。5限と6限は特にヤバかった」

「でしょう?かく言う私も同じです。私たちって1日のバイタリティを授業だけで使ってしまう派なんですよ!」


「3年前は毎日放課後に練習していたけど……」

「昔の話です。もう歳ってことですよ。疲れが抜けなくなっているんです」

「分かるような、失礼極まりないような」

まあいいと言わんばかりに話を切り替える。

「それじゃあさ、もっとユルい同好会に入ってみれば?」

「うーん。さすがに今からはかなりの決断力がいるというか……。フツー入れませんよ」

「グループだのなんだのが、もう構成されちゃってるから?」

「その通りです!乙女系女子の私にはちょー-っとハードルが高いですね」

「自分で言っても虚しいだけだな、それ」


「ああ!そうだ!」

人の話を聞かない子だ。

「なに?どんなしょーもないこと思いついたの?」

「ちょっ……何ですかそのテンションの低さは!」

顔に力が入る北条。

「いや、ある程度予想がついたから」

「え?」

「アレだろ。自分たちで部を作ろうってことだろう」

「お……大当たり!さすが小早川さん!伊達に二十歳で高校生活送ってないです」

なんだこの舐めた称賛は。

「そりゃ分かるよ。その部には入部条件があるわけだ。それは俺や北条のようにブランクを持つ生徒であること。名付けて……」

「「留年部」」

テンションの高い声と低い声が絶妙なハーモニーを織りなした。


「……」

「……」

教室内に残るグループの楽しそうな声が聞こえてくる。

一方で2人の間では数秒、会話が止まった。

「北条さぁ」

沈黙を破る俺。

「はい、なんでしょうか」

さっきまで散々はしゃいでいた北条の横顔が妙に静かに見えた。

「やっぱり帰宅部が一番だよな」

「ですよね」

「帰るか」

「はい、帰りましょう」

北条はスクールバッグを持って立ち上がった。



15時19分 ――帰宅部のひとつの基準となる時間である、この時間に西武新宿行の急行列車がやってくる。これより前の急行は15:04である。学院から駅まで徒歩10分の通学路を考えれば現実的でない。故にこの15:19の急行が西武新宿方面への帰宅組の一番乗りの時間となる。


カンカンカンと靴音をたてて北条がホームに降りた。

「ちょっと焦りましたけど、ヨユーですよ。余裕。後四分もあります」

「だから言ったじゃん。しかもアウトでも次の急行で構わないし」

まだ階段をゆっくり降りている俺。

「なるほど、確かに構いません。そのまた次だっていいんですよ」

北条がクルっと回ってみせた。スカートヒラヒラ、金髪キラキラ。


「いや、そのまた次はよくねーだろ」

「いいんです。私としては小早川さんが同じ方向ってだけで満足ですから」

「え。どういうこと?」

「……」

「……」


「――って、やめやめ!これは違うから!そういう沈黙じゃないですから!」

北条がわめきたてる。

「はい、小早川さん、見てください」

線路を越えた向かい側のホームを指す。

「見たよ。逆方向だとあっちのホームってことだろ」

「そーです。ホームからして分断されるのです。電車を待つ時間も手持ちぶさたになってしまうんですよ!」

「なるほど……」


ぼんやりとした俺のリアクションに対して、北条がガーっと両の拳を天に突き上げる。

「小早川さんと同じ帰り道でハッピー!ラッキー!超ウレシー!!どーですかこれで!満足ですか?ええ!?」

天高く吠える女子高生。

「何でキレるんだよ」

理不尽な怒りは、電車到着のアナウンスさえもかき消した。

15時19分の急行、無事ゲット。



二人はわりとすいている車両に乗り合わせたが、並んで立つことを選んだ。今日の朝見た景色が逆走していく。

「なー」

「はい?」

「北条ってJR?」

「はい。小早川さんもですか?」

――ガタンゴトン。


「いや、俺は地下鉄」

「そうですか。じゃあ乗り換えでバイバイですね」

「バイバイだなー。しかし光るね」

「え?」

――ガタンゴトン。


「髪の毛。電車だと色んな角度から光が差すからさ」

「キラッキラ?」

「そういうこと。いいな、俺も染めようかな」

「んー。止めた方が良いと思いますよ」

――ガタンゴトン。


「似合わない?」

「似合いませんねー。あと」

「あと?」

「校則違反ですよ」

――ガタンゴトンガタンゴトン。


他愛のない会話をしているうちに、電車は高田馬場へと到着した。

「ってわけで、一緒の帰り道はココまでだ」

降車して、すぐに俺は宣言した。

「はい。それでは、また明日!」

元気に手を振る北条は笑顔。

「じゃーな」

俺は手を挙げて応じ、クルリと背を向け階下へ進んだ。


以来、ここまでの流れは小早川・北条の帰宅部基本ルートとなった。



4限目のチャイムが鳴り、教師は授業を切り上げ、級長が号令をとった。

普段ならば、この後は登校時に買ってきたパンを自分の机で食すのだが、たまたま今日は買い忘れた。そのことに今気がついたのである。

隣の北条の様子をうかがう。

北条は基本弁当派である。

だから普段は二人並んでパンと弁当を食べている。

タイミングの良いことに今日は北条も弁当を持ってきていないようだった。


「なー、北条。今日、学食?」

「はい、今日は学食です。あれあれ、小早川さんもですか。ってか小早川さん今年度初学食ですか?いいですよぉ。あったかいゴハン、おいしいですよ!」

北条は瞬時に事態を把握して、嬉々として学食へ誘ってくる。


「あ!はーい!いくいく、私も行きまーす!さっきから、チョーはらぺこですし!もうすでに混み始めてるでしょうから早く行きましょう!」

タダミナが参加表明。

追い立てるようにして学食へと促す。本当に腹が減っているようだった。


学食は三年校舎と裏グラウンドの間に位置する。

なかなか大きな施設なのだか生徒数もかなりなものなので、昼食時はどうしても混雑してしまう。


入って今日のランチを確認してから、すぐに戦略を練った。

「それじゃ俺はBランチ。すぐ列に並ぶから食券買っておいてくれ」

「おっけーです。私Aランチ、タダミナはBで持っていきます」

あまりに混んでいるため、分業して動く。

券売機に並んで、配膳列に並んで、空きテーブルを探しているのでは昼休みが足らないのだ。


「はい。Aランチひとつ、Bランチふたつお願いします」

長蛇の列に横から北条が近づいてきた。

「お、間に合った。タダミナは?」

食券を受け取りながら尋ねる。

「うん。3人席をしっかり確保」

北条は券売機の後方にあるテーブルエリアを指すが、混んでいていよく分からなかった。

とりあえず万事が無事に進んでいるようだ。

「おーけー。それじゃあ後は俺が受け取るだけだな」

「はい、よろしくお願いします」


北条が去った後しばらくして、それぞれの食券をランチセットに引き換える。

「さてと」

俺は学食を見渡してみる。

発見。運が良かったのか、入口付近のテーブルの端がとれていたようだ。

北条の金髪が良い目印となっている。

慣れてしまったから忘れていたが、彼女の見てくれは学院一、目を惹くものだろう。

今も食堂にいる生徒から無数の視線を浴びている。

しかもあまり好意的にはとられてないだろう。

勝手に「金髪娘」などと命名されてそうだ。


「では、姿勢を正して……!」

俺は三人が席に落ち着くと同時に号令をかけた。

不意を突かれた北条とタダミナであったがとりあえず背筋を伸ばしてみていた。

「いただきます!」

「「いただきます!」」

声はきれいに揃った。



三人の中で最後、北条がAランチを食べ終えたのは、5限開始の十分前ほどで、まだだいぶ余裕があった。ただ、未だに席を探している生徒もチラホラいるので、俺たちは手早く食器を重ねて返却口へと向かった。

俺たちが座っていた席は、立ち去った瞬間に埋まっていった。

俺は「ごちそうさまでーす」と返却口へトレイを押し込む。

少し先に待っている二人に小走りに追いつき、並んだところで、北条に質問をする。

「次、五限目ってなんだっけ?」

「体育ですよ、体育。だからこの時間でもそうダラダラできませんよ」


その時、横を抜けた女子グループのうち一人がこちらを振り返った。

「えっ?ちょっと飛鳥?」

自信の無さの表れか、非常にか細い声だったが、北条には届いた。

「えええ!キョーコ!」

北条も振り返った。

「やっぱり!」

確信したためか声は大きくなっている。

「どしたの、どしたの、飛鳥!?この髪!真っキンキンじゃん!超声かけずらかったよ!ていうか、なに留年してんのコノヤロー!」

一気にまくしたてる。

キョーコなる子の制服のリボンは赤い。三年生の色だ。彼女は言葉を出し切って、勢いそのままに北条にハグをした。

「うおう!」

受け止める北条。

「いやいや、そんな一気に言われてもね。うそ、コレ怖い?かなりカワイイと思うんだけどなー」

キョーコは北条から身体をバッと離してハグを解除した。

「そりゃ街で見たらね。カワイーよ。読モにしちゃいたいよ。でもさ」

キョーコちゃんは今度は北条の両肩に手を置き前後に揺さぶった。

「ここ学校じゃん!着てるの制服じゃん!ヤンキーじゃん、レディースじゃん!」

「まー、たしかにジャンジャン言われちゃうかも。先生たちにもチクチク言われてるしね」

「チクチクかよ――」

続けて何かを言おうとしたキョーコだったが、北条の肩越しに俺とタダミナを見た。

「ってかゴメン。飛鳥のツレ、放ったらかしにしちゃってるけど、いいの?」

パチン。

と音を立てて北条が手の平を合わせ、ゴメンナサイのポーズをとっていた。

「ごめんね、キョーコ。私たちこれから体育なのよ」

本当に申し訳なさそうに北条は言う。

「そりゃ仕方ない。もっとゆっくり話していたいけど……。後でLINE送るよ。連絡先、変わってないんでしょ?」

「うん、変わってない」

その返事を聞いてキョーコは少し声を低めて問う。

「だったらさ、去年の二学期以降もLINE届いてた、よね?」

北条はただ黙っている

「まっ、次は返してよ!」

そう明るく言うとキョーコは放置していた自分のグループに「ごめんごめん」と戻っていった。



俺はヒザに怪我を負っているので、体育は見学である。

点呼を取り終えるとグラウンドの隅へ行き、それから授業が終わるまで、ずーっと見ているだけである。

5限目は裏グラウンドの東側を2―Cと2―Dの男子がサッカーで、西側を2―Cと2―Dの女子がソフトバレーで使っている。

俺は男子ゾーンと女子ゾーンの境界線となるラインの端に座っていた。最初はパス練をしている男子サッカーを見ていたが、単調で飽きてしまったので女子のバレーを見ることにした。

すでに試合方式で授業が進んでいるらしく、それぞれのコートが不格好にラリーをつないでいる。

そんな景色の中に金髪の子を探そうとしたが見当たらない。


「小早川さん、ガン見しすぎぃー」

ふと声があった先を見上げると、タダミナが隣に立っていた。

「おわ!びっくりさせんなよ……集中し過ぎて全く気付かなかった」

あたふたする俺。

「いやいや、集中力を発揮してまで女子バレー見ちゃだめですって」

「うっさいなー。だいたいタダミナは何やってんの、ノコノコこっち側に来てさ」

「小早川さんに会いに」

ニヤニヤとタダミナが表情を崩す。

「やめろって、気持ち悪い。バレーやれバレー」

「残念でした。ウチのチームは今審判中なの」

「じゃあ、審判やれって」

「ちょっと数が余ってね。今フリーってわけ。もうすぐ交替しにいかないと、だけれども」

「そうか。……なあ。じゃ、戻る前にさー」

「何です!?北条さんのコトですか?そーでしょ?ていうか、ずっと北条さん探してましたよね!?」

図星を突かれた俺は反抗を試みる。

「違うっての。あれだよ、アレ。女子高生を見てたの!」

「は!?」

「だ・か・ら。体育着で躍動する生女子高生をしっかりと眼に焼きつけようと思っていたの。そういえばタダミナも女子高生だったな」

俺はタダミナを多少オーバーに上から下まで見回してみせた。

「はい、ダウト」

タダミナはピシャリとはねのけた。

「人の体育着姿を恥ずかしさの誤魔化しに使わないでください」

「む、すまん。その通りだ。タダミナの体育着には全く興味がないんだ」

「そこまで否定されてもショックなんですけれど。ま、いいでしょう。北条さんのコトを探していたことを認めますね?」

「……はい。認めます。いないようなんだけれども」

素直に折れて、しおらしく聞いた。

「はい。了解いたしました」

対してタダミナは満足気だった。だが次の一声は少しトーンを落とした。

「北条さんは点呼の時からいなかったです。この授業は欠課扱いになります」

「なるほど」

俺はぼんやりとバレーエリアを眺めた。

「小早川さん。あの、私グラウンドをウロチョロしながら考えたんですけど……」

タダミナが言うべきコトを頭でまとめている。

「考えなくていいから。バレーに戻りなって」

そう言ってからグラウンドの端の段差にかけていた腰を上げる。

「次は俺がウロチョロしてくる番だね」

立ちあがった俺に対して、タダミナは姿勢を正す。

「お願いします!」

きれいな礼だ。やはり体育会系は違う。


結果として俺のウロチョロは無駄に終わった。

「どうでした!?」

6限終了直後、タダミナが進捗状況を聞いてきた。

「収穫は無しだ」

「あー……どうしよう」

北条は5限に続き6限も授業に戻らなかった。

そして俺は6限をサボって北条を探しに、学校中をウロチョロ歩き回っていた。


机を見ると北条のバッグはまだ残っている。学食へ行く前に出したと思われるジャージも、机の上に置かれたままだ。

「どうしたもんかねぇ」

俺は北条の赤いラインのジャージをバフバフと叩いてみる。

「やっぱりアレですかね。学食で会った三年生が絡んでるんでしょうか」

「かもね」

タダミナは心寂しいトーンだ。俺はごく短い返事をした。

俺は自分の席に座る。

机の上には6限目に使ったと思われるプリントが置かれていた。

「タダミナは部活だろ。早く行けって」

「でもぉ……小早川さんはどうするんですか?」

すがるような声を出す。

「俺はもう少し待つ、ここでね。もう帰宅しちまったかもしれない。待って成果を得られる可能性は低いだろうけど」

「そんな」

タダミナが困惑の色を浮かべる。

「ていうかね。いくらなんでも悲観的になりすぎだから。涙流して飛び出したんじゃないから。知らないうちにいなくなってただけだから。2コマ欠課を出しただけ」

「大丈夫。大したことじゃあない」


強引にタダミナを部活へ追いやったのは一時間ほど前だ。

教室には今、自分の席に座っている俺しかいない。

帰宅部は帰り終え、部活組は練習に励んでいる今、この時間――午後四時過ぎ。

教室から人がいなくなる、隙間のような時間帯。

窓からはハンドボール部の練習風景を見える。

随分と至近距離でシュートを打つもんだなと感心を――

カラ……。

小さな、最小限の音を立てて後ろの戸が開いた。

夕焼けの日を受けた金髪はきれいなオレンジ色に見えた。


そこには北条が立っていた。

「小早川さん……どうしたんですか、こんな時間に」

質問には答えなかった。

「まぁ……座れよ。とりあえず」

「はい」

北条が黙って隣に座る。

夕日が気まずく並んだ二人の留年生を照らす。

ハンドボール部の掛け声が聞こえてくる。長めのホイッスルと共に、それが止んだ



「あ、あの……」

北条が恐る恐る口火を切ろうとする。

「だめ。質問は俺から。ここまで待ったんだから、当然だろう」

「あっ!ずるい!勝手に待っていたのに!」

北条は子供のように足をパタパタさせてみせた。

「ずるくない。あと、年功序列な」

強引に押し切って、最初の質問権を得た。


いくつかの選択肢があったが、ひとまず無難なところから聞いて、それから話を広げる方向でいくことにした。

「とりあえず、そうだな。今までどこ行ってたの?結構探したんだよ。保健室とか屋上とかさ、あと体育館の裏とかよ」

多少ながら疲労感をみせた俺の問いに、北条は驚きで応えた。

「えっ!屋上って入れたんですか!?」

うーむ、そこに乗ってくるか。

「知らなかった?3Fから屋上に出る分厚いドアがあるだろ?あれってカギかかってないんだよ。重いけどさ。なるほど、見た目で諦める奴は多そうだ」

「へー。今度はそっちに逃げるのもアリですね」

随分感心したように北条は頷く。

「それは勘弁してくれ。全学年の校舎調べるのは相当骨折れるんだから」

「さすがに他学年の校舎にはいきませんよ?あれ、もしかして小早川さん、今日は一年校舎にも、三年校舎にも行きました?」

北条は他人事のように心配する。

「行った、行った。さすがに生徒がいるとウザいからさ、授業中にササっとね。そしたら途中で先生に見つかって――」

話が脱線気味だ。強引に戻さないと。

「で、今日はどこに居たの?」

グラウンドの方で再びホイッスルが鳴り、教室から静けさが消えていった。


北条はハンドボール部の掛け声をしばらく聞いてから、ゆっくりと口を開いた。

「図書室です。昼休みの終わりから。ずーっと」

北条は俺の方へ向き直りきっぱりと言った。

「本当?図書室も見て回ったけどな、見落としたか。信じらんねーな、その髪を見落とすなんて」

北条は首を振って、さらにその金髪を強調してみせた。

「ま、良しとしよう。しかし長々とよく居れるもんだな」

「本読んでないですからね。PC借りてネットサーフィンです」

北条はキーボードをタッチする動作をしてみせる。

「む。そういえばPCエリアは寄ってなかった気がする」

なるほど、と納得した俺の顔を覗き込んで北条が言う。

「Q・どこに居た A・図書室 でOKでしょうか?」

「……OKだ」

納得するほかない。 


「次は私の質問、で良いですよね?」

「……どーぞ」

攻守交代。

「えーと、さっきまでいた図書館で、わたし暇で暇でしょうがなかったんですよー」

「じゃ、早く帰ってこいよ。授業を受けなさい。」

へへへ、と照れ笑いをして北条は続ける。

「で、暇だとよくやるじゃないですか、自分の名前を検索して時間を潰すのって……」

話の先が見えた。見えたが、黙って聞き続けた。

「で、始めは自分の北条飛鳥を検索していたんですよ。あっそうそう、私の同姓同名で東大の西洋史の教授がいたんですよ……」

「……」

黙ったまま続きを待つ。


「……その、なんというか、出来心というか、なんとなく、小早川さんの名前検索したんですよ。小早川涼って」

やはりそうきたか。

北条はおずおずと話を続ける。

「格闘技の大会……?の関連サイトがたくさんヒットしたんですよ。その中の、何とかチャレンジ……?のRyoって……あれって小早川さんですよね?」

これが北条からの質問。今度は俺がグラウンドの声に耳を傾ける番だった。

どうやらミニゲームでシュートがきまったらしい。

再びボールを中央に入れるよう指示が飛ぶ。

「それは……World Fighting Championshipだな。ライト級のRyo Kobayakawa。確かに俺だよ」

抑揚のない声で答えた。

「…………」

「……何で黙るんだよ」

北条を先へと急かしてみる。

「えっと。そのあとYouTubeで試合も拝見しました……」

「へぇ!どうよ!?面白かったでしょう!?」

俺は思わず机に身を乗り出して、北条の顔をのぞきこんだ。

「いえ……その……」

急にテンションが上がった俺とは対照的に北条の返事は重かった。ほんの少し、息をのむ気配がした。


「すっごい殴られてて、血もいっぱい出てて。死んじゃうんじゃないかって……」

先ほど見た映像を、頭でリプレイしているようだ。言葉を一度止めて、そしてぽつりと言った。

「怖かったです」

俺は乗り出した体を戻した。

参ったな。こんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。

「……そうか、それはたぶん最後の試合だな。確かに死にそうだったねー。大きな怪我もした。結局あの試合で俺は引退したからねぇ」

俺に勝った対戦相手は、ものすごい早さで人気ファイターになっていった。だからアイツとの試合が検索候補で上位にくるのは悲しいかな仕方のないことだ。もう少し、YouTubeを漁れば俺が派手にKOするカッコイイ試合なんかもあるのだが……残念。



俺は言葉選びに困っていた。

「それで、その……」

北条はおずおずと尋ねてくる。

「もう一個、聞いていいですか?」

「いや、ダメだろ」

ピシャリと断る。

「なっ……いいじゃないですかぁ!けちー!」

再び子供のように、足をパタパタさせる。

「なんでだよ、正当なラリーだろーが」

俺は譲らない。

北条はやむなしといった感じで折れる。

「私に質問する気ですか?」

「君に質問する気だ」

「何について?」

「留年について、だ」

「……」

「……」

しばしの沈黙。

北条は席を立った。

そうしてまっすぐ黒板の方へ歩き、教壇へ着いた。

俺は一連の動作を黙って見ていた。


「さて」

教師の真似事のように、教壇に両手を置いて北条は話し始めた。

視線を教壇に落とした。緊張した面構えだ。

「質問の答えですが……出席日数が足りなかったからです。三か月分ほど」

北条は顔を上げて、こちらの出方を伺っていた。

「……」

俺は微動だにしない。何も言わない。

ただただ北条を見つめている。

北条は「ふー」っと小さな溜息をついて続ける。

「不満そうですね。ま、少し突っ込むと二年の一学期に両親が離婚したんです。因みに、私は父方に引き取られています」

教室が空の所為か北条の講義はよく響いた。

「離婚のショックで身体を崩したってわけじゃないんです。むしろ離婚前の方が大変で大変で。私が一年の時はそりゃあもう超ストレスの中で生活していました。よくあんな状態で学校行けたなって自分のことながら驚いちゃいますね」

フーっと北条は大きく息を吐いてみせた。

「で、その緊張の糸が、離婚が成立したことで切れたんでしょうね。そこから少しづつ学校休むようになったんですよ。身体の調子が少しでも悪いと行かない、宿題やってないから行かない、雨が降ってるから行かない。って感じです」

北条はくるりと向きを変えて黒板と向き合った。

「でもね、不思議なんですよ。休んでも休んでも、ちっとも文句言って来ないんです。父も学校も」

北条は背を向けたまま講義を続けている。


カツカツカツとチョークで黒板を叩く音が聞こえる

字ではない。何か絵を描いているようだ。

「今は繊細な時期だからとか、刺激を与えない方がいいとか。まぁ、向こうにも色々と思うところはあったんでしょうね。客観的にはそう見えたのかなぁ?実は燃え尽き症候群になってダラダラしていただけなんですが」

北条は可愛くデフォルメされた猫の絵を黒板の真ん中に描き終えた。チョークを置き、こちらに振り返った。

「結局、準ヒッキーになってました。ある程度社会性に縛られないと――親からも先生からも何も言われないと――案外来られないもんですね、学校って」

北条が教壇を離れ戻ってくる。

「そうなるともう、友達からの連絡も返さなくって……。キョーコ。さっき学食で会った子ですけれども。去年のクラスメイトで結構仲良かったのにLINEも電話も無視しちゃってたなぁ」

北条は席に着いた。


二人の留年生が再び横に並ぶ。

「でも、たぶんですけれど、よくあることだと思います。留年理由として、とりたてて変わったことでもないです」

北条は真正面の黒板を見たまま言った。

「そうかもな」

俺も北条を見ることなく答えた。

「それじゃあ」

北条の顔から緊張の度合いが抜ける。

「次は私の質問です!それで最後です!」

「えっ?」

「そりゃそうですよ。小早川さんが先行だったから、私で終わらせるのは当然でしょう」

「いや、それは分かるけれども、まだ2ラリー目じゃん?もうこれで手仕舞いってこと?」

「はい。そろそろ日も落ちますし、部活組が教室に返ってきてもいろいろと面倒じゃないですか」

「ん。まぁ、そうか……」

夕日の反射を受けた天井を見上げて、渋々了承した。

「で。俺に聞きたいコトその2は何かな?どーんと聞いてもらって構わないよ」

俺は軽口を叩いてみた。


「どうして……」

そう呟いた北条に視線を戻す。

「どうして、学校に戻ってこようと思ったんですか?」

目が合う。

なぜだか気恥しくなり俺は席を立った。

そうして先ほど北条がしたように教壇で教師の真似事をした。


「そんなに話すこともないんだけどな。俺は去年、大きな怪我をしてしまってね。キックボクシング……さっき北条が観たような競技を引退することになったんだ」

俺もチョークを手に取った。そして黒板には北条が描いた猫がいる。

「そこで……まあ正直迷ったな。だって、何をしたらいいか分からない。同級生は卒業してるしな。働くことも考えた」

淡々喋りながら黒板にお絵描きをする。北条は何も言ってこないので話を続ける。


「高校に戻ったのは親が学校に籍を残してくれたからだ。籍を置くだけでも金はかかる。せっかくだからってトコかな」

俺は先ほどの北条の猫の周りに花を咲かせた。

「あの……!」

ガタリと北条は席を立ち上がった。

「引退することに関しては何もなかったんですか?!だって、あれだけのことをして、その……」

「葛藤みたいなもの?そりゃあったよ。一生捧げるつもりだったしね。やり残したことだらけだ。夢はかなくも破れたり、とはこのことだね」

ああ、いかんいかん。自分で口にしていながら切ない気分になる。


「でもよ。一般社会と違って、分かりやすく勝者と敗者が決する世界に俺は身を置いていた。そのこと自体は、なんていうかな……誇りでもある」

少し言い淀んでから、立ちつくす北条を見た。

「特別なことじゃないんだ」

北条は何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。

俺はその沈黙を尊重した。

「……さっき君が言ったように、誰にでもあるんだよ、こういうことは。俺の場合、それが凄く分かりやすい形だっただけ。見ただろ?俺がハイキックで吹っ飛ばされるところ。分かりやすく散っただろ?けど、人知れず夢破れていった人間は往々にしているさ。特別なことじゃない」

猫の頭の上に太陽を描いてからチョークを置いた。

「さて、もう結構な時間だ。部活組も帰ってくる」

そう言って、もう一度合作の猫の絵を眺めた。

「帰ろう」

北条は小さく頷いた。

その横顔が、なんだかひどく印象的だった。



帰り道、二人はよく喋った。

話の内容は主に俺の海外経験についてだった。

チームメイトのこと、食事のこと、試合のこと、合宿のこと。

俺は基本的には質問に答えを返すだけで、北条が会話を元気よく引っ張っていた。


構内放送が電車の到着が間もないことをホームに立つ二人に告げる。

「あそこにコンビニがあるじゃないですか」

突然、北条が指をさして言った。

確かにある。

駅と学院の間にある唯一のコンビニだ。

通学路に面しているからさっきも横を通ってきた。

「ああ、あるね」

話の核心が掴めない。

「私。あそこに居たんです」

「うん?いつ?」

「始業式の次の日です。授業初日の朝です」

「その日って、たしか……」

記憶を巡らせる。

「二人揃って遅刻した日?」

「はい。でも実は私、駅には定刻についていたんです」

俺は黙って北条を見る。

北条はホームの向こうのコンビニを見たままだ。

「でも、なんだか、その、登校する意志が急になくなって、あそこのコンビニで時間つぶしていたんです」

「……」

「何だか妙に不安になって……一日目は上手くやれたのに」

北条の気持ちは分からないでもなかった。

「それで気付いたら一限始まってて。帰ろうと思ったわけですよ。またヒッキーになっちゃうのかなーって思ってました」

「……」

電車が近づいてくる音が聞こえる。

「そう思ってたら、目の前の通学路を小早川さんが歩いていたんです」

急行の電車が停車した。

「もう三十分も遅れてるのに、悠々と登校してましたから、笑っちゃいましたよ」

“笑っちゃう”という言葉とは裏腹に北条は悲しそうな顔をしていた。

俺は何か言おうとしたが、すぐには考えがまとまらなかった。

ドアが開き、二人は乗車した。

車内はいつもの下校時間とは違い、混んでいた。

乗客に埋もれた二人は高田馬場で降りるまで、一言も口をきかなかった。


二人は押し出されるようにホームへ出て、流されるように改札口へ向かった。

先に口を開いたのは北条だった。

「今日、実はショックだったんです」

「学食であった子のコト?」

ホームの階段はこれまた軽くラッシュしており、すぐに乗り換えられそうにない。

「はい。キョーコに会った瞬間、それまで覆っていた色々なメッキが剥がれていって、前の自分に戻ったような気がしたんです。それまでは自由人ぶっていたんですよ、コレでも」

「いいじゃねぇか、昔の北条飛鳥で」

軽く流す俺の言葉に、不満そうな視線を返された。

「あと、小早川さんの話にもショック受けました」

「俺の?」

「小早川さんは本物の自由人だったからです」

「……それって、褒めてんの?」

「当然です」

北条は語気を強めて言った。

「でも私はエセだった。それがショックでした」

そう言ったところで二人は改札を抜ける。地下鉄とJRの別れ道に出た。

「それじゃあ、また明日」

「いや」

俺は北条の肩を掴んで引きとめた。

「今日は向こうの入り口から降りる。すこし遠回りになるけど、もう少し話そう」

「えー」

北条は困った顔をして笑った。

「お前の話は急にピークを迎えすぎた。考える時間をくれ」

そう言って追いすがる。

「駄目です。ここまでです」

きっぱりと断られた。

「じゃあね、小早川さん!」

北条は俺の手をすり抜け反対側へと駆け出していった。


1秒後。 ゴォン という金属の響く音が構内に大きく鳴り響いた。

俺のバックキックが駅の鉄柱に打ちつけた音。

その場にいる学生やサラリーマンの視線を一気に集めた。

その視線の中には北条のものもあった。

「俺はこの蹴りをあの野郎のアゴに叩き込むはずだった!」

俺は遠くに目視できる北条に最大限の声量で語りだした。

「けど、当たらなかった……!」

蹴り足をようやくひっこめる。

「かわされて、逆に派手に一発貰った!負けたんだ!すべて持っていかれた!未来を失った!」

十数メートル先の北条の驚いた表情が見える。

「無念っていうのはそういうことなんだよ!だから俺がショックを受けることには何の問題もない!だが、北条!おめーは駄目だ!」

静寂が訪れる。

サラリーマンが見ている。

OLが見ている。学生が見ている。

そして北条が俺を見ていた。

そこへ駅員が駆け寄ってきた。

「何をやっている」などと言い、人込みをかき分けてやってくる。

俺は立ち尽くす北条をしり目に地下鉄へと逃げていった。



予鈴と同時、ギリギリに登校すると、タダミナが待ち構えていた。

「お早うございます。小早川さん。昨日あれからどうなりました?体育着は片付いているようなんですけれども……」

詰めるように質問する新田を制して、俺は自分の席へ着く。

「落ち着けって。昨日の夕方、君が部活やってる時間に戻ってきたよ。まぁ、待った甲斐はあったかな」

そうして隣の空席を見る。

普段なら既に着いているであろう席は空である。

「でも、今日来るかは分からないね」

「えっ、えっ?なんですか、それ?何かあったんですか?」

タダミナが迫ってくる。

「あったといえば、あったんだけどさ。色々と入り組んでいて説明のしようがないな」

俺はのんびりとした口調で続ける。

「ま、しばらく待ってみようぜ。前みたいに大遅刻かもしれないしな」

そう言ったところで、1限の数学教師が入ってきたので、タダミナも消化不良のまま教壇へ向き直った。


4限終了のチャイムが鳴った。教師は退室し、俺はバッグからいつもの昼食パンを取り出した。

隣の席は空いたままだ。

くるりと後ろを向いたタダミナに声をかける

「お疲れ様。今日はパンなんだよ俺。教室ランチだ」

タダミナは能天気な言葉に憮然と応じる。

「私はお弁当なので教室ランチをご一緒に……ってそんなこと言ってる場合ですか?結局北条さん来てませんよ?」

そう言いながらも、タダミナは椅子の方向を逆にして北条の机に弁当箱を置いた。

その時、新しい提案が挙げられた。

「今日はせっかくいい天気だから、屋上に行ってみない?」

声をかけてきたのはショートカットの女子。

キリっとした眉が黒髪よく似合っている。

こんな生徒、見たことがない。

しかしその声は――

「北条!」

俺はかなり大きな声を出していた。

「驚いた?」

黒髪娘はどーだと言わんばかりにその場を不器用に一回転してみせた。

「驚きました!どーしたんですか!?」

タダミナも大声をあげた。

クラスメイトもざわつき始める。

「え、ウチのクラスの子?」「ほらほら、金髪だった」「北条さん?うそー。全然変わったー」

俺とタダミナの大声が注目を集めてしまったようだ。

北条はクラス中の視線を浴びていた。落ち着きがないのは良くない。

俺は右手にパン、左手に北条の手首を持ちながら言った。

「とりあえず、行くぞ!」


屋上はさすがに人が使ってないだけあって殺風景だった。しかし広くて、他の生徒は見当たらない。なかなかの優良物件だ。

「うおー、すごいー」

「うわー、すごいー」

女子二人がフェンスに張り付いて騒ぐ騒ぐ。

「おーい、あんまりはしゃぐなよ。先生に見つかったら、もしかして面倒なことになるかもよ」

とはいえ二人の気持ちも分かる。

空は青一色で非常に気持ちの良い光景だった。


比較的汚れが少ないフェンスの基礎ブロックに腰をおろして昼食をとることにした。

元々人が入ることを想定してないので仕方のないことだが、食事には向いていない場所だ。

次はこっそり椅子でも搬入しようかと考えた。

昼食の準備が整った俺を二人が見つめる。

「では。姿勢を正して……いただきます!」

「「いただきます!!!」」

号令の直後、

「二つあります!」

タダミナがVサインを掲げて宣言した。

「何?二つって?出しぬけに。」

俺はパンを食べながら尋ねた。

「質問の数です。って、小早川さんにではなく、北条さんに聞いてるんです!」

タダミナは隣に位置する北条を向く。

「でもまぁ、一つ目、昨日のサボリことは良しとしましょう。とりあえず今日は見送りです」

横目で俺を捕えながらタダミナは付け足す。

「一番心配していた小早川さんが納得しているようなので、はい」


「どーぞ。何でも答えるよー」

北条は妙に明るく、そして軽く返事をする。

対するタダミナは怒涛の勢いだ。

「髪ですよ、髪の毛!どーしちゃったんですか?一瞬、全く分からなかったですよ!」

「似合ってるでしょ?清純系っぽくて」

「イヤイヤ。イメチェンしすぎですって!まっキンキンの超ロングだったじゃないですか!」

「校則違反だったけどねー」

北条は言葉を繋ぐ。

「今日の午前中に黒くしたのよ」

どう?と言わんばかりに自分の頭をなでる。

「ますます分かんない!ってか授業中に髪切るのも校則違反だし!」

吠え終わったのか、タダミナは声のトーンを落とした。

「分からないなー。なんでそんなに急ぐ必要あったんですか?今日の帰りとかでもいいじゃないですか」 

うーんと言葉を選んでから北条は答えた。

「時間的に急ぐ必要はなかったけれど……決意表明?って感じかな。男の子が頭を丸めるみたいな」

「決意ってなんの決意ですか?」

困惑気味なタダミナの声。

俺は黙々とパンを食べながら聞いていた。

「んー」

北条はパックジュースを手の中で遊ばせていたが、すぐに話し始めた。

「私の金髪ね、ほとんどの先生に怒られなかったの。たまに指導されても“どうにかならないか”っていう程度だった。先生たちはね家庭のドロドロした事情で留年した私に遠慮していたんだよね。素行不良・学力下位でダブったわけじゃないからね」

ジュースを一口飲んで話を続ける。

「でも、私はそれに気づかなかったの。自分はイレギュラーで自由な存在という認識をしていてね。それを分かりやすく確認するために金髪にしていたの。今考えれば一人相撲もいいとこよ」

北条は一息つき、俺を見る。視線が合う。

「でも昨日、気づいちゃったの。甘えてるだけの自由って分かっちゃったから、もう終わり。どっかの誰かさんにもカッコつけたいしね!」

言い終えた北条は空を見上げた。変わらず青い。ただただ青い。

「えっと。その誰かさんって……」

タダミナが俺と北条を交互に見比べる。

「ほら。小早川さんも!なんか言って下さいよ!」

言葉を促された俺はパンを十分に飲み込んでから言った。

「北条……」

今一度、考えを巡らせた後、口を開いた。

「黒、似合ってるな」

「えっ!」

中空を見上げていた北条の視線が弾かれるように俺に向けられた。

「そ、そうかなー?」

顔面をめいっぱい赤くして言葉をつまらせる。

「いやいやいやいや!!」

タダミナが割って入って思い切り叫ぶ。

「そーいうの、今いらないからーー!!」


荒ぶるツッコミが果てのない青空に響き渡った。

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