解けない死の術式
エヴァルト・シュトラールは孤独の中にいた。
まだ十代だった。
それでも、自らを魔術の研鑽に追い込んでいた。
机の上には魔導書が積み上がっている。ページは擦り切れ、端は何度もめくられて歪んでいた。紙には幾重にも書き直された魔法陣の跡が残り、消しきれないインクが薄く滲んでいる。
円を描く。
線を引く。
角度を測る。
わずかなズレも許されない。
魔法陣は魔力を増幅する装置だ。
心臓を流れる魔力を、数倍に膨らませる。
それが魔法の真髄だった。
エヴァルトは、それを極めようとしていた。
より正確に。
より効率的に。
より美しく。
感情は必要なかった。
⸻
婚約者との時間すら、無駄に思えた。
「この家から出たいの」
必死な声だった。
だが、エヴァルトは視線を上げなかった。
魔法陣から目を離さない。
「結婚したら、君をこの家から連れ出すよ」
適当に答える。
言葉に意味はなかった。
婚約者は静かに笑う。
⸻
やがて魔法学院に入る。
石造りの廊下。高い天井。静かな空気。
その中で、一人の少女に出会った。
「――本当の愛って、分かりますか?」
唐突だった。
エヴァルトは顔を上げる。
「教科書にも、載っていません」
少女はまっすぐに見ていた。
「ははは」
思わず笑う。
「確かに。愛は載っていない」
少しだけ考える。
「面白いね、君」
魔法陣以外で、興味を惹かれたのは初めてだった。
⸻
それから何度か話すようになった。
短い会話。
それだけで十分だった。
少女は言った。
「私はあなたのことを愛しています」
迷いのない声だった。
「あなたの実験に使ってください」
エヴァルトは言葉を失った。
理解できなかった。
だが、理解しようとした。
その覚悟を。
その歪みを。
その感情を。
気付けば、目で追っていた。
声を探していた。
それが恋だと、後から知った。
⸻
だが現実は変わらない。
婚約者がいる。
侯爵家の末娘。
最も可愛がられている娘。
それを蔑ろにすることは許されない。
逃げ場はなかった。
⸻
二人は、静かに決めた。
「この世で結ばれないなら来世で」
少女が言う。
エヴァルトは首を振った。
「いや」
少しだけ考える。
「来世じゃない」
視線が重なる。
「このまま、残る」
⸻
夜。
魔法陣が床に描かれている。
幾重にも重なった円。
複雑に絡む線。
魔力がわずかに揺らいでいる。
空気が冷える。
水分が集まる。
二人を中心に、空間が歪む。
⸻
少女が笑う。
「綺麗」
エヴァルトは何も言わない。
ただ、手を取る。
指先が触れる。
冷たい。
⸻
水が集まる。
渦を巻く。
柱になる。
透明な壁のように、二人を包む。
息が白くなる。
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その瞬間。
すべてが、凍りつく。
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音が消える。
動きが止まる。
時間が閉じる。
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巨大な氷の中に、二人は閉じ込められていた。
逃げることも、崩れることもない。
完全な状態で。
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この魔法陣は解けない。
エヴァルトが心血を注いで作り上げたものだからだ。
計算され尽くした構造。
誤差のない線。
崩壊の余地はない。
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氷の中で、二人は見つめ合っていた。
手を取り合ったまま。
穏やかに。
静かに。
満たされた表情で。
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まるで、それが完成された答えであるかのように。
解けない死の術式
この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。




