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あとがき

ここまで辛抱して読み進めてくださった方は、このうえ、無益な後書きなど御覧ごらんになる気も失せておられると思いますが…

いや、もちろん、読み飛ばしていただいて一向に差し支えないのですが、ただ、いささか忘備のため、少し長めの後記めいたものを――言わばおまけとして――ここに残しておこうと思い立った次第です。


そもそも本作は、書き出した当初、怪談のつもりでした。

長屋に独り住まいする女がいて、その住まいは見るも無残なゴミ屋敷。

そこへ不逞浪士ふていろうしが逃げ込み、新選組が踏み込む、という筋立てです。

怪談たる所以ゆえんは、その女が何やら得体の知れぬホラーな存在で……

と、この辺りは今となってはどうでもよい話ですが。


さて、その主人公を誰にしようとなったときに、話の都合上、最後はその男が女の部屋に入ったきり行方知れずになる。

あまり名の知れた隊士では具合が悪く、かといって架空の人物では、せっかく手に入れた隊士名鑑が宝の持ち腐れになる。

そこで、入隊して間もなく姿を消した者など、話を膨らませるには好都合ではないか――そう考えて白羽の矢が立ったのが、白井なる人物でした。


ところがこの白井という人、ネットを調べてみても、ほとんど記録がない。

ただ、北海道行政文書館の目録に、「青森県士族あおもりけんしぞく白井鷹之進しらいたかのしん開拓使奉職中かいたくしほうしょくちゅう官金焼捨かんきんやきすてノ件」という、やけに物騒ぶっそうな公文書の題名が残っているだけ。

肝心の文書そのものは閲覧えつらんできず、いったい何をやらかした人物なのかも分からない。

それでも、この題名だけで十分にそそられるものがあり、何かに使えそうだ、と思ったのが始まりでした。

ところが思案を重ねるうち、並行して書いていた別の未完の話と、筋立てが妙に似通ってきてしまい、怪談案はひとまず棚上げにすることにしたのです。


しかし、あの公文書の題名がどうにも忘れがたく、このまま放置するのは惜しい。

そう思ってあれこれいじくり回しているうちに、気がつけば、最終的にこのような話へと姿を変えていました。


ちなみにこの話には、白井の他にも新選組に関わった人の名前があちこちに出てきますので、興味のある方は探してみてください。


さらに蛇足。

作中では、朝ドラで知られる五代友厚を、黒田清隆と結託けったくした政商として描いていますが、史実に関して一言ひとこと付け加えておきます。

五代は当時、新聞で弁明しようとしたものの政府に止められ、結果的に沈黙を余儀なくされた人物でした。

近年では、黒田の申し出そのものを五代が断っていた可能性を示す資料も出ており、五代の潔白はかなり信憑性しんぴょうせいが高いとされています。

本作での描写は、あくまで物語上の便宜べんぎによるものです。


もう一つ。

白井を追い詰める鍵となった「大逆たいぎゃく」という言葉について。

これは、幕末最大のミステリーの一つ、「孝明天皇毒殺説」を念頭に置いています。

このうわさは、戦前まで不敬のタブーとして公には語られなかったものの、人々の間では密かに語り継がれてきました。

噂が生まれた理由は、いくつかあります。

孝明天皇は、三十五歳という若さで、天然痘てんねんとう発症から二週間足らずで急逝きゅうせいしました。

回復のきざしを見せた直後に急変し、九つの穴から出血して亡くなった、という医師の記録は、急性ヒ素中毒の症状と似ている、と指摘されてきました。

また、天皇は強硬な攘夷派じょういはで、公武合体こうぶがったいを望んでおり、倒幕を急ぐ薩長や岩倉具視いわくらともみにとっては障壁でもありました。

事実、天皇の崩御ほうぎょを境に、倒幕運動は一気に加速します。


こうした状況証拠が重なり、黒い噂が広まった、というわけ。

明治期には、イギリス外交官アーネスト・サトウが「天皇は毒殺されたと日本人は信じている」と記しています。


もっとも、

・致死率の高い紫斑性天然痘しはんせいてんねんとうの経過と考えれば、症状は医学的に説明可能であること

・厳重な警護下にあった御所で、毒が盛られた具体的経路が証明されていないこと

などから、現在では病死説をくつがえす決定的証拠はない、というのが定説とのことです。



――以上、まことに他愛たあいもない後日談、でした。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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