第9話 死闘
ライルのその言葉に、私は覚悟を決める。
(私の意思……!)
「私は……ローゼスさんを救います!」
「分かった。では──」
そう言ってライルは私から手を離し、透明化を解除する。
私の体は浮かせたまま、彼女はローゼスさんの元へ向かおうとした。
「待って!」
「なんだ? 自分の命が惜しくなったか?」
「違います。私は──ローゼスさんも、自分のことも守ります!」
「……ほう? 何か策があると──」
私は頭を回し、まず可能な手段を探る。
「──ライル、魔法封印は?」
「ダメだ。アイツは外部の魔素を介さず、内側からの自己強化で動いている」
「自己強化魔法で!? あの速度は風魔法抜きなの!?」
「ああ……だが、ローゼスの方に強化をかけてやることはできる」
「じゃあ今すぐそれやって!」
「分かった。できる限りの全部乗せでな!」
彼女は何やら、呪文のように言葉を並べていく。
「──『衝撃分散』、『空気抵抗無視』、『物質反応加速』、『重心調整』…………それと念のため、奴に教えてやるか……」
──地上では、ローゼスさんと大男が対峙していた。
「ボクさ……ずっと退屈だったんだぁ……」
大男は頬に手を当て、恍惚とした表情で頬を紅く染める。
「……みんな、すぐ死んじゃうからさ……ボクは、色々できるはずなのに……」
(なんだこの異質さは……!?)
ローゼスはその吐息混じりの声に警戒を強め、両手で剣を握り締める。
「だから、今──キミみたいな人と会えて……とっても嬉しいんだァ……」
大男は口角を鋭く上げ、不気味な笑みを浮かべる。
目を閉じ、頬を撫で、艶めかしく体を揺らす。
(相手は隙だらけのはず──なのに、体が動かない……!)
ローゼスが鋭い目つきで構えていると、突如耳元でつんざくような音がした。
「おい! 聞こえるか──」
彼はつい耳を抑え、顔をしかめる。
それはここにはいないはずの、ライルの声だった。
「音が大きすぎたか──だが、そんなことより今の状況だ」
「今、お前に身体強化を施した。一部はお前の自己強化と重複しているが、それ以上の出力が出ている」
彼はそれを確かめようと、少し足に力を入れる。
力は格段に増し、踏み直した足の下の瓦礫は粉砕された。
(これは──!)
腕は軽く、剣が自身の体の一部になったかのような、安定感と動きの滑らかさを感じ取る。
「──ねェ、なにしてんの?」
ふと気づくと、大男が耳元で囁いていた。
ローゼスは素早く距離を取り、正面に大男を捉え直す。
途中転びそうになる──が、自身の筋肉の動きに反し、体勢は崩れずに構えを取っていた。
(……これは想像以上ですね)
彼はその力に感動すると共に、これならばという自信を手にする。
大男は、黙ったままの彼に低い声で話した。
「ねえ、ずっと黙ってるけどさァ……ボクのこと嫌い?」
そして飛び上がり、再びローゼスと相対する。
大男は興奮して、裏返ったような声を出す。
「ボクは……キミのことが好きなんだけどナァ!!」
拳と剣は正面からぶつかり合い、その衝撃がローゼスの肩を震わせた。
しかし──やはりと言うべきか、その刃は通らない。
「……ッ! ぐッ……!」
それを受け止めようと、全身に力を掛ける。
だが相手は余裕そうに、ニタニタとこちらを見て話す。
「……ねえ、キミちょっと変わった? 変わったよねェ!?」
押し合いの中、剣は震え、鎧は擦れ合う音を上げる。
(ッ……!?)
それまでの自信から一転……刃が徐々に押されていることに気づくと、冷や汗が流れる。
すると再び、耳元でライルの声が響いた。
「ローゼス、少しの間持ちこたえろ!」
(少しの間って……無茶言ってくれますね!)
大男は体を震わせるローゼスを見て、いきなり真顔になる。
そしてこれは違う、と言うように、剣を横に弾いた。
「……ちがう。キミはもっと──」
そして仕切り直しとでも言うように、飛び上がって距離を離す。
ローゼスはこの隙に息を整え、考える。
(例えこれだけの強化でも、力押しでは勝てない──)
(この力を、有効に使うには……!)
彼は自己強化をいくつか解除し、再設定する。
大男はあたかもそれを待っていたかのように、再び不気味な笑顔で彼を襲う。
「それじゃあ……もう一回行くよォ!?」
しかし今度の彼は、拳を受け止めるのではなく横へ流すように剣を当てた。
横移動と合わせ、水の流れのように攻撃を捌くローゼス。
(物理的強度や反発力ではなく、剣の面方向へのベクトル付与──これで『流す』!)
この様子に、大男は目を見開きニタニタする。
振り返ってローゼスにその顔を見せたと思うと、間髪入れずに両腕の拳を連続で打ち込んでいく。
剣と拳がぶつかり、鈍い音が辺りに何度も響く。
踏み込む互いの足が瓦礫を砕き、振動と共に踏み平していく。
時折、拳はローゼスの顔を狙って飛んでくるが、それも潜り抜けるように素早く回避する。
(これなら……!)
さらにローゼスは、戦いの中で動きを最適化していった。
基本は回避に徹し、致命的な攻撃は剣で受け流す──この戦法により、反撃の余裕も見えてくるほどだった。
(このままライルさんの援護まで──)
しかし──彼が拳を回避したと思ったある時、大男の蹴りが炸裂した。
男の足裏が胴に直撃し、ローゼスは後方へ吹き飛ばされる。
(────!? ぐあッ……! ガッ……!)
彼は転がっていくと、やがて大きな瓦礫の塊にぶつかり停止した。
大男はゆっくりと足を地につけ、余裕そうに無邪気に話す。
「……まだこれからだってのにさァ……もう終わりじゃないよね? ネ?」
ローゼスに傷はなく、意識はあった──が、鎧は粉砕され、剣は彼の手から離れていた。
「ぐぅっ……クソッ……」
ローゼスは地面に手を付き、ゆっくりと体を起こす。
そして目の前に落ちている剣を見て、一歩踏み出し手を伸ばした。
しかし、あと少しのところで、大男がそれを蹴飛ばしてしまった。
飛んだ剣はどこかへ落ちると、虚しく軽い金属音が辺りに響く。
「もういいよ。キミはもうおしまい」
その平坦な声に、ローゼスは拾う姿勢のまま顔を上げる。
大男はこれまでの態度から一変し、こちらを蔑むような、冷酷な顔をしていた。
「でも、頑張ってくれたから──ボクもとっておきを見せてあげる……」
慈悲を与えるような、柔らかな声。
男の瞳が紅い光を灯す。
その瞬間、辺りの空気が凍り付く。
ローゼスは全身に突き刺さる殺気を感じた。
指先は震え、口は開いたまま動かない。
立ち上がることは愚か、瞬きひとつできない。
もはや逃れる術などないと、本能で理解したように────
「それじゃ、バイバイ──」