第6話 作戦開始
「では──こちらが先に相手を封印すればよい、ということだな?」
ライルのこの言葉に、ローゼスさんはありえないと否定する。
「いや──相手は複数人な上、全員を封印するには規模が大きくなりすぎます。一人ではとても──」
「できる。無用な心配はするな。私はグローリア家の者だぞ?」
彼は半分諦めたように、別の案を示した。
「はは……ではそれをまず試すとして、失敗した時の策を考えましょう……」
────そうして話し込んでいる内に、空は段々と明るくなっていった。
もうすぐ日が登り始めるだろうという頃、作戦会議に一段落ついた私とライルはベッドの上で少し横になっていた。
そんな中、沈黙を破るようにライルが口を開く。
「なあ、継承石を持っていれば、王……人の指導者になれるということだよな?」
厳密には違うと思うが……やる気を出させるために、彼女が期待しているであろう答えを返す。
「──うん、そうだよ」
これに、彼女はニヤリと不器用な笑顔を見せる。
「そうか……!」
これでよし、と安心する私に、今度の彼女は突飛なことを問いかけた。
「それともう一つ聞きたいんだが……何故今回の敵を殺しちゃならんのだ?」
例え戦争であっても人殺しは良くない、という自明の理が人間にはあるが、邪龍にそれは通用しない。
邪龍には倫理よりも論理だ、と判断した私は、答えを用意する。
「それは──目立つからでしょ。もし相手を殺したとしたら、殺人の罪として各国で追われるようになって、私たちは身動きを取りづらくなるんだよ?」
しかし彼女はまだ満足しなかった。
「ふうん……『今回の敵』を殺したらまずいのは分かった」
それ以上は困るから勘弁してくれ、と祈るが……彼女は容赦なく聞いてくる。
「だが……ローゼスが言っていたのはそれだけではなく、人として人を殺してはいけない、という風だったぞ。ではなぜ、人は人を殺しちゃならんのだ?」
「それは…………」
来てしまった。まさか倫理のリの字を知らない邪龍が、突然ここまで踏み込んでくるとは……。
普通の勉強こそ頑張ってきたつもりだが、残念ながら哲学は未履修だ。
いくらかの思案のうち、返す言葉をやっと見つける。
「……じゃあ、もし誰かを殺したとしてさ。そのあと、その人の仲間が自分を殺しにきたらどうする?自分が殺されるのは、嫌でしょう?」
ライルは少し納得したような、でもまだ不満があるような、そんな顔をする。
その直後、また面倒な言葉が返ってきた。
「ならば、やり返されぬよう徹底的に叩き潰せばよかろう!?」
「うーーーん……」
それはあなたが強すぎて全てに勝つ前提があるからでしょ!?……と言いたくなる気持ちを抑える。
(その方向に行かれると、どんな哲学者でも無理でしょ……)
眉間にしわを寄せて頭をかいていると、横からローゼスさんの声がした。
「レイルさん、ライルさん、そろそろ時間です。……本当に大丈夫ですか?」
「あ、ローゼスさん……はい……」
少し眠たげにしながら、私はベッドから降りる。
太陽は顔を出し始め、遠くの騎馬隊を見る私たちの右頬を照らしていた。
ローゼスさんは双眼鏡を覗き、現在の状況を確認する。
「騎馬隊は──馬2頭の馬車が6台で12人。乗り込んでいる戦術隊も、およそ合計12人でしょうか──」
騎馬隊は馬車と馬を流れるように切り離し、手綱を引いていた兵士がそれぞれの馬に跨る。
戦術隊は馬車から降りると、魔法で飛んでこちらへ向かってくる。
ローゼスさんはそれを見て、私たちに大きな声で伝えた。
「騎馬隊停止、魔法戦術隊展開開始しました! こちらも準備を!」
瓦礫が騎馬を阻むと、今度は兵士たちも魔法で飛び、瓦礫を飛び越えてくる。
可能な限り体力を消耗させない、効率的なやり方だ。
「よし……軽くひねってやろう……!」
ライルは立ち上がり、調子に乗ったことを言う。
それを見て、私は小声で忠告を繰り返した。
「くれぐれも、拘束と魔法封印に留めてくださいよ!」
「分かってる分かってる、つまらんけどな……」
そこにローゼスさんが最後の補足を行った。
「いいですか? 魔法戦術隊は、陣形を組んだ後に魔法封印の発動が主目的ですから、それまでが重要ですからね」
「分かっている!」
作戦開始に、まず私はライルに後ろから抱かれるようにしてしっかりとくっつく。
そして共に空へ飛びあがると、彼女は光魔法で私たちを透明にした。
……つまり敵に見つからなければ無問題という、雑な解決方法である(使ってる魔法は高度なんだけど)。
そして宙を舞う兵士たちは、段々とローゼスさんを囲うように近づいてくる。
「頼みますよ……ライルさん!」
ローゼスさんは虚空に向かってそう呟くと、覚悟を決めたように腰の剣を抜き構えた。
まだ敵の囲いは不完全という中──
「目標、ローゼス・ブライト! 総員突撃──!!」
突如敵が急接近し、ローゼスに迫る。
(どこもよくやる白兵戦。数はそれほど多くない──)
兵士たちは彼に次々と剣を振るう。
しかし、その剣先の流れは虚しく空を切り、当たると思ったものは彼の剣で弾かれる。
(これで刺してしまえば楽ですが、そういうわけにはいきませんからね……頼みますよライルさん!)
白兵戦をいなすことは良かったが、問題はこうして稼がれていく時間の方にあった。
次第に戦術隊は展開を進め、やがて剣を振るっていた兵士たちはその場を素早く離脱した。
(来ましたか……!)
周囲を取り囲む魔法戦術隊。杖を構え、いつでも制圧可能だという雰囲気を放っていた。
一方、上空の二人は────
「ライル何してるの!? 早くやってよ!?」
「いいだろうしばらくは。ヒト同士の戦いを見るのも一興だ」
「そうは言ったってもう戦術隊が!!」
ライルはいつもの邪龍しぐさで、戦うローゼスさんたちを眺め、楽しげに笑っていた。
「はあ。まあ、そろそろか──」
そうこうしていると、戦術隊の一人が懐から見慣れないものを取り出す。
「それは……!!」
それを持ったリーダーらしき人物が口を開く。
「流石はローゼスだな、これのことも知っていたか……」
リーダーは話しながら、それを様々な角度から見るように手を動かす。
「封印空間でも使用可能な、魔法に頼らない携行兵器。名前は──『ピストル』だったか?」