第4話 私とライル
ローゼスさんは続ける。
「今でこそ王は指揮権を持たない立場ではありますが──国民の精神を左右する重要な要素になり得ます」
彼は目を閉じ、思索するように話す。
「アミリアが崩壊した今、それを利用して都合の良い王を仕立て上げ──アミリアを第二のフォルシアにしようとしている……と、私は考えています」
これにライルがツッコむ。
「ただのお前の考えかそれは!?」
「とはいえ、十分にあり得るからこそ行動しているのです。お二方もアミリア国民ならば、王の人望はご存じでしょう」
ライルは目をローゼスさんから逸らし、私に向ける。
私は「えっ」と思いながら、彼女の代弁をした。
「は、はい……確かに、今では王の権力はありませんけど、復興の象徴としては強い力になると……」
ライルは分かったような素振りで、軽い頷きを繰り返した。
そして、早速それを探そうと提案する。
「──で、その石は? この下とか言ったか?」
「はい。国の中央に位置する王室兼、行政所──その地下に、継承石は保管されていると聞きます」
「……それ以外にアテは無いのか」
「いえ──探す方法として、継承石の魔力を読み取れれば、すぐに見つかるはずです」
「魔力?」
「はい。継承石はその複製や破壊を防ぐため、魔法で保護されているのですが……あまりに強力な保護魔法は、周囲の魔素の流れを歪ませる、と聞いています」
魔素とは、魔法を使うために必要なエネルギー体のことである。
どこにでもあるが、はっきりと目に見える訳ではない。
魔法を使える人であれば、魔素の流れを感覚的に認識できて、その速さや動きが分かるらしいけど……
まあ、私とは無縁な話である。
「なるほどな……じゃ、簡単だな」
ライルは瓦礫の隙間に手を突っ込む。
「ちょっと待ってください! あなたほどの強い魔法使いでは──」
そう言い切る間もなく、ライルはニヤッとローゼスさんに顔を向ける。
彼は忠告を続けたが、その言葉の勢いはすぐに弱くなっていった。
「保護魔法の仕組み上、周囲の魔素が……急激に変動すると、自壊して……」
ライルが抜いた手の中には、赤く光る宝石が握られていた。
「コイツだろ?」
「……はい。あなたは──私の想像を超えていたみたいですね」
手渡されたローゼスさんは、月の光で照らすように上へ向けた。
「……赤く、内部に立体刻印の入った宝石。周囲の魔素の流れを歪ませる──これです!」
顔を明るくするローゼスさんだったが、すぐにこちらを疑うような表情に変わった。
「いやまさか、こんなにもすぐに見つけ出すとは……あなたは一体──そうだ、お二方の名前をお聞きしても?」
「私はライルだ」
「……私は、レイル──レイル・グローリアです」
その名前を聞くと、ハッとして納得した表情を見せるローゼス。
「なるほど、グローリア家の方でしたか──ならば、あの魔法の技術も理解できます」
私はその家名を聞かされると、嫌な顔をしそうになった。
実は私の家系は、魔法使いの名家なのである。
ライルの強さを隠すには丁度良かったかも知れないが──
そんな家柄の下に生まれた私が、魔法を使えないことでどんな扱いを受けてきたかは……もはや言うまでもない。
「で、その石はどうする? フォルシアから守れと?」
ライルは話を戻す。
「はい。ですが、私が持っているよりも、ライルさんが持っている方が確実でしょう」
そう言って、ライルに継承石を返すローゼスさん。
しかし彼女はそれを拒否し、私の胸元に押し付けた。
「え、ええ? 私?」
「そうだ。この小さいのをいちいち気にしながら魔法を操るのは面倒だからな。お前全体を守る方がまだいい」
私はなんとなく察しがついた。
この邪龍、私の姿を真似て幻を作った時に言っていたのだが──
「生物の、しかも見た目だけではない幻をやるのは、例え我でも面倒がすぎる! 体温、質感、外界の影響──とにかく再現に必要な要素が多い!!」
──恐らくは、幻を構成する魔素を継承石が乱すのだろう。
……ちなみにライルの髪が短い理由も、「髪の動きを再現するのが大変だから」である。
「わ、分かった。でもこれどうしよ、私の服ポケットとか無いし──」
それを聞くと、ローゼスさんが腰につけているポーチを一つ外した。
「ではこれを。元より大したものは入ってませんし、気兼ねなく使ってください」
紐を伸ばすと、私にとっては丁度肩掛け鞄のようにポーチが収まった。
「さて、次の問題は……ここにフォルシア軍が来るだろう、ということですね」
「ふん、そんなもの全員返り討ちにしてやるわ」
ライルが鼻で笑いながらそう言う。
しかし、私はこの発言の怪しさを見逃さなかった。
「……ねえ、返り討ちって──全員殺そうとしてないよね?」
「は? それ以外に何がある?」
私は頭を抱える。
いくら見た目が人でも、中身は邪龍そのまま。
何かがあれば力で解決しようとするし、人を殺すことにも一切の躊躇がない。
「あのね──いくら敵だからって言っても、穏便にやる方法ってのがあるのよ……」
この様子を見てローゼスさんが苦笑いを浮かべた。
「ふふ。お二方は何かこう──微笑ましいものがありますね」
「もう……ローゼスさんも何か言ってやってください」
「そうですね……殺すと言っても相手は人ですから、殺された人の家族が悲しむでしょう? そして、その悲しみはいつか巡り巡って、自分の下に帰って来るものなのですよ」
まだライルは何か不満そうな顔をする。
私はそれを取り繕うように、咄嗟に想像で補完した。
「強い魔法の試し撃ちがしたいのは分かるけど、それは今はダメ──ってこと」
ライルは諦めたように呟く。
「レイルが言うなら、仕方ないな……」
今後もこういうことがあるのかと思うと、私は胃が痛くなりそうだった……