第3話 邪龍
邪龍。
今でこそ、私とそっくりな『双子』を演じてくれてはいるが──それも光魔法を使った、ただの幻に過ぎない。
その姿は──全身が黒い鱗で覆われ、体長は人の5倍を優に超える。
大きな翼と長い尾を持ち、さらに鋭い牙と爪、眼のそれぞれがこちらに殺意を向ける──
まさに邪龍という言葉に違わぬ、恐ろしい外見であった。
それがつい昨日、私の住んでいた国──アミリアを襲った。
私は幸か不幸か、偶然生き残ってしまった。
そして邪龍は、そんな私を見つけて不思議なことを言った。
「なぜこの国は弱くなってしまったのか」、と。
「わからない」と答えるしかない中、邪龍は諦めて私を殺そうとする。
私は生き残るための必死な思いで、それの気を引くために質問を返した。
「なぜそれを気にするんですか……?」
邪龍は言った。
「我が国を襲うのは──戦いを楽しんでいるからだ。ただの蹂躙ではない、強い相手との戦いを……」
さらに、不気味な笑顔を浮かべて続ける。
「そして──それを屈服させたときにヒトが見せる、絶望を味わうためにな……!!」
私は納得こそできたが、未だ運命からは逃れられない状況にあった。
そして邪龍の口から高温の光が放たれ、死を直感した次の瞬間──
目の前には青白い半透明の壁ができ、それが死の光を弾いていた。
邪龍は私の側にあった謎の魔道具の山──祖父が遺したものの中から、いくつかを手に取り、興味を示した。
それを見て、ふと祖父の言葉を思い出す……
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「なんで俺がこんなんで仕事を続けられてるかって──?まあ、そうだな。俺ぁ怠けてばっかだし、魔法すら使えねえし。普通に考えりゃ社会のお荷物ったって言われてもおかしくはねえ。」
「でもな・・・・・・俺には "絶対的な価値" がある。俺がどんなに怠けようと、立場が弱かろうと、その価値は揺らがねえ。仕事ってのは、相手にその価値を知らしめられるかってことよ。」
「だからよ・・・・・・どんなに強いやつだって、俺がいなきゃ生きてらんねぇってなら、俺は殺されねえってこったな。ははははは!」
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『俺がいなきゃ生きてらんねぇってなら、俺は殺されねえ』……。
私の『絶対的な価値』を邪龍に示そうと、必死に策を練る。
そして、一つの解を導き出した。
「邪龍さん、私と国を作りませんか!?」
邪龍が望む、これまでにない戦い、そして人の絶望を捧げられる国を。
「邪龍さん──だけじゃない。人にとっても最高の国を作るんです。そしてそれを、あなたの裏切りによって破壊する!」
私は必死に、真剣な眼差しで邪龍へ伝える。
「これを実現するには、邪龍さんだけじゃない。私が必要になる! 人が持つ希望は、あなたよりも人である私の方が理解している!!」
その優位性を示すが如く、言葉を付け加える。
「本当の絶望は、外から与えられるものじゃなくて──信じる者の裏切りから生まれるんです!」
そして、決め言葉を言うように──
「そのためには──邪龍さん、あなたが国の指導者になるんです!!」
邪龍は少し考え込んだ後、大きく笑った。
「ハーッハッハッハッハッハッハ! ……貴様──貴様のような奴は初めてだ……そこまで考えたとはな……」
そしてニヤリと、こちらの目を見て話す。
「いいだろう、その話。乗ってやる。貴様の言う希望と絶望とやらを、我に見せてみろ……!」
しかし、私も決して一枚岩ではない。
邪龍が望む国といっても、決して負けさせはしない。
──本当に彼を殺してしまえる強大な国を作り上げようと、私は考えている。
(……そのためには、空白の歴史、失われた技術を知らないと──)
(邪龍が封印されていた300年──人は何をしたのか?なぜ技術を失ったのか……)
それが今の私の、目指すべき目標だ。
──それからは、まず邪龍が人について知るところから始まった。
その為にフォルシア国に来て、衣、食、住──人の暮らしを学ぶはずだった。
しかし到着した日の晩──謎の男に襲われ、攻撃を避けながらローゼスさんと共に抜け出してきた……というのはここまでの通りである。
敵なんてライルの力で倒せばいいって?
そんなことしたら、殺人か何らかの罪で追われることになるだろう。
一目散に逃げてきたのは、ライルが邪龍であることを隠すために他ならない。
邪龍の存在を隠すことで、私は無実の一般人でいられる。バレたら、共犯者扱いだ。
さらに、国を作ると私が約束したからこそ、邪龍の破壊行動は抑えられている。
私だけが捕まったり、殺されてもいけない。
つまり、誰にも疑われずに、計画を進める必要があるのだ。
私は再び目の前の光景に意識を戻す。
アミリアの全体像が見えてくると、邪龍──ライルが、口を開けた。
「今見えるのがフォルシア方面の逆側だ。そのまま着地するぞ」
すると、ローゼスが一つ頼みを言う。
「国の中央まで行ってもらえますか?」
どうやらそこに用があるらしい。
そっと着地すると、ローゼスは辺りを見回して愕然としていた。
「本当に──本当に、全てが崩壊したのですね……」
その瓦礫の海から音が出ることは一切なく、ただ鼻につく腐臭だけがあたりに立ち込めていた。
そこにライルが再び問いかける。
「おい、質問の続きをするぞ──なぜアミリアに来た?」
「……そうでしたね。ここへ来たのは──フォルシアの目論見を潰すためです」
「元々、アミリアへは『計画』に関する情報を持ち帰るつもりでいたのですが──その直前になって、この崩壊とあなたたちの存在を知ったがために、結果的にこのようになり……」
「御託はいい。目論見とはなんだ?」
「おっと失礼。目論見とは──『王位継承石』の回収です。恐らく、この下に埋まっているかと思うのですが……」
下に目をやるローゼスと、まだ話が掴めない私たち。
ライルが再び問う。
「そのオウイケイショウセキ? とは何だ?」
「王位継承石はその名の通り──所有者が次代の王であることを示す代物です」
「これが作られたのは、かつての戦乱の時代……指揮中枢でもあった王が突然死ぬことも珍しくない中、指揮権の円滑な移行のため──」
ライルは半ばキレ気味にローゼスを遮る。
「ああ長ったらしい! それでフォルシアはなぜそれを回収しようとしているのだ!?」
「……フォルシアが継承石を得ることで、アミリアに偽の王を擁立しようとしているのです」