第22話 眼差し
私は恐怖を抱え、尻餅をついたままゆっくりと後ずさりする。
冷たい地面の感覚が、手を伝わって全身を冷やす。
「こ、こんなの、どうすればいいのよ……!!」
ライルの魔法も、ローゼスさんの剣も効かない、無敵の巨人。
その紅い眼差しが、私たちに畏怖を植え付けた。
ライルは歯を食いしばり、苛立ちを露わにする。
「クソが……こんなことになろうとは……」
一瞬顔を暗くしていたローゼスさんは、鋭い眼差しに変わり巨人に剣を構える。
しかし、彼の剣先は小さく震えていた。
そこに再び、巨人の拳が降りかかる。
彼は難なく回避はするが、それが今の限界であった。
私たちの戦いは、どうにもできずに膠着状態に陥る。
ライルとローゼスさんが交互に前へ出て攻撃を誘い、それを回避する──その繰り返し。
ローゼスさんは体を動かしながら、自分自身に言い聞かせるように言葉を発する。
「何か……何かあるはずだ! 弱点は、必ずどこかに……!」
彼の様子に、私は気づかされる。
(そうだ……こんなところで、諦めてちゃいけない! 私も、できることを……!)
私は鞄の紐を肩から外して立ち上がると、頭をフル稼働させる。
(こういう時、まず情報が必要……敵のあの目は何?)
(そもそも、暗い中で私たちに攻撃できたのはどうして?)
記憶と目の前の光景を照らし合わせ、巨人の動きを分析していく。
(五感以外の……何か情報を得る手段。まずはあの目の動きを見るんだ……!)
その時、ライルが敵の目に向けて光線を放った。
「ここが弱点でなければ他にあるものかッ⁉」
だが巨人は振り下ろした腕を素早く持ち上げ、その腕が光線を弾く。
ライルは驚きながら、再び光線を放つ。
「!! コイツ、攻撃を読んだのか⁉」
今度の攻撃は、腕の防御が間に合うものではない。
先ほど防御した腕は慣性で大きく外へ開き、もう一方の腕はローゼスさんに向かって振り下ろされている途中だった。
しかし瞳に直撃することはなかった。
光線は僅かに横へ逸れた……いや、巨人が胴をひねったのだ。
ライルは驚きと喜び混じりの表情で、ローゼスさんに話す。
「コイツ、目への攻撃を確実に避けやがった! しかも私らの動きを読んでいやがる!」
彼は巨人の拳を横へ避けつつ、呼吸を挟みながら返した。
「やはり、目が弱点というのは、確実ですかッ! ならばそれを砕ければ……ッ!」
私もこの様子に、一つの光明を見出し始めた。
(こっちの攻撃を読んでる……⁉ でもどうやって?)
(ライルが光線を撃った時、巨人の目はローゼスさんの方を向いていたのに……)
その違和感を掴んだ私は、敵の反応の共通点を探る。
(初めの攻撃のことも考えると……)
(──!!)
私は一つの考えに辿り着くと、それを確かめるためにライルに向かって叫んだ。
「ライル、聞いて! 分かったかもしれない!」
「はあ⁉」
「多分、魔法の発動を読み取っているの!」
横穴から出ようと浮遊魔法を使ったとき、暗闇の中で先制攻撃されたこと。
目の動きとは無関係に、ライルの攻撃に反応したこと。
(これらを実現できる情報源があるとしたら──きっと魔素だ!)
「敵の最初の攻撃も、さっきの防御も! 魔法を使おうとした時に反応してる! だから、周囲の魔素の変化を読み取っているんじゃない⁉」
しかしライルは、それに文句を言う。
「ああ、なるほどな! それで⁉ それが分かったところでどうする⁉」
「だからつまり、魔法を介さない──」
私がそう言いかけると同時に、ローゼスさんが巨人に向かって再び突撃していく。
「物理攻撃は読まれない、ということですか!!」
彼は大きく飛び上がり、巨人の目に向けて再度剣を振り下ろす。
瞳と剣は、真正面から相対しようとしていた。
ところが、巨人はそれを見て体をのけぞり、剣は空を切る。
さらに巨人は片腕を持ち上げ、浮いた彼の体に向けて横から拳を振るった。
ローゼスさんは、それを空中で後ろへと滑るように避ける。
そして彼は地面を摺りながら着地すると、私の考察を補完した。
「これは……基本的な敵の動きは目で捉え、視野の外は魔素から読んでいる、といった所でしょうか」
この進展に私はつい、明るく声を上げる。
「そういうことです! きっと!」
そこにライルは、さらに考えを付け加えた。
「ローゼスが攻撃した時、ヤツは僅かに動きを止めていた。ならば、このまま攻撃を続ければ──何か分かるかもしれん!」
彼女は光線を乱れ撃ち、ローゼスさんから敵の注目を奪う。
ローゼスさんも剣を構え直し、私たちを鼓舞するように言った。
「ええ! このまま攻撃と考察を重ねていけば、勝機はきっとあります!」
そして先ほどの膠着状態は、目を集中攻撃する動きへと変わっていく。
ライルが光線で腕の動きと視線を誘導し、隙を狙ってローゼスさんが剣を振るう。
その全てが命中するわけではなかったが、二人は着実に攻撃を積み重ねていった。
私も再び、敵を観察しながら頭を回転させる。
(他に分かることは何? 魔物図鑑を思い出せ……!)
魔物なら、図鑑からヒントを得られるかもしれないと、記憶を探っていく。
(あの見た目、魔物としての形質は岩石系? なら、核があるはず……)
(あの眼球が核の役割も兼ねているなら、防御したり回避しようとするのもうなずけるか)
だがそんなことを考えたところで、すぐに何かが分かるわけではなかった。
一方、ライルは状況の悪化に気づき、声を上げる。
「こいつ、動きが洗練されてきている! もはや目に当てることなど──」
そこに突如、ローゼスさんの苦悶の声が響く。
「ぐああっ!!」
同時に彼は洞窟の壁へと叩きつけられ、土ぼこりが立ち上る。
彼は、巨人の振り払う腕に当たってしまっていたのだった。