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第21話 バケモノ

 紅い光が、暗闇をうっすらと照らす。

 私はより一層鞄を強く抱きしめ、その脅威が去ることをただ祈り続ける。


 だが、それが易々と去ることはなく、近くでずっと大きな振動音を立てていた。


 やがて、微かな光で目の前が見えるほどになるまで時間が経つと、私の腕は疲れ始めた。

 その時。


 カチャ──。


 鞄の中の瓶が小さく鳴り、空気を震わせてしまう。

 息が止まり、腕に力が入る。動けば、すべてが終わる気がした。


(まずい……!)


 そして今度は焦って──せめて楽な姿勢を取ろうと、足を置き直そうとして、足元の砂利が擦れて音が出た。


 私は完全にパニックになり、震える腕でさらに瓶を揺らしてしまう。


(あっ、あっ……)


 顔を上げると、ローゼスさんとライルがこちらを見ているのに気づく。

 私はいつ襲われるのかと緊張で息を切らしながら、入り口に目を向けた。

 だがそれを待ったところで、なぜか敵の様子は変わらない。

 

(敵の足音に紛れた……とか? でも、洞窟にはっきり響いてたし……)


 他の二人に目を向けると、この奇妙な状況に警戒しつつ、それぞれが何かを考えているようだった。

 その時、いきなりライルが入り口に向けて叫ぶ。


「アーーーッ!」


 私は驚きと怯えで、何も声が出なかった。


(そんな⁉ 音を立てちゃ──)


 ローゼスさんも口を半分開け、驚きの顔で彼女を見ていた。

 しかし彼女は、何か知っているようなそぶりで口を動かす。


「まだ分からんのか? ヤツには音が聞こえんのだ」


(えっ……?)


「ヤツはずっとここで待ち伏せるようにしているが、そのくせ足音は立てっぱなしだ」


 確かに、敵は休むことなく地面を揺らし続けていた。

 私がハッとすると、彼女は付け加える。


「その上こちらが音を立ててもなお、動きを止めようとすらしない。こうして話をしてもな! 聴覚が無い、明らかな証拠だ」


 彼女が堂々と語る姿は、少し頼もしく思えてくる。

 私は少し安心し、鞄を抱え直した。


 そして次にローゼスさんが口を開く。


「なるほど。では、ここからどう抜け出しましょうか」


 ライルは顎に指を置き、考えながら話を進める。


「私らの存在自体は認識しているはずだ。だが何らかの理由で、見つけることまではできないらしい……」


 そこから急に彼女は黙ってしまった。この沈黙に耐えかねて、今度は私が口を挟む。


「……目も見えていない、とか? こういう暗闇にいる生物って、目が見えないのはよくあることじゃない?」


「ふむ。ならば、どのようにしてこちらを認識できたのかが問題だ」


「……嗅覚?」


「違うな。この近距離で特定できないのはおかしい。何だ……?」


 私たちの言葉は再び途切れる。

 それに対しローゼスさんは、冷静に指揮を執る。


「もはや考えるよりも、行動すべきでしょう。ここから出ないことには、何も変わりません」


 ライルは顔を上げると、それに賛同する。


「……その通りだな。考えたところで、そもそも情報が足らんからな」


 そして彼女は私の腕を掴み、引っ張りながら言った。


「飛んで一気に出る。全員私に寄れ」


 ローゼスさんは剣を収め、私は鞄を抱えて、ライルに体をくっつける。

 こうして私たちは一つの塊になると、ライルが号令をかけた。


「準備はいいか。いくぞ……」


 私たちの身体は地面から少し浮き、脇道から素早く外へ出た──その瞬間。

 ライルが何かに気づいたように、声を上げる。


「あ゛ァッ⁉」


 浮いていた私たちの体は、突如右へ急加速し、そのまま地面へ投げ出された。

 その一瞬うっすらと、何か巨大な塊が目の前に落ちてきたように見えた。


 そして同時に、凄まじい衝撃音が洞窟内に響き渡る。


 ズドォォォォォォン!!


「うわっ!」「チィッ!」「ぐっ!」


 私は地面を転がり、数回転したところで手をついて止まった。


「痛っ! ッ~~~!」


 耳鳴りが残り、土埃の匂いが辺りに立ち込める。

 私は頭を押さえながら、体を起こした。


(うっ……一体何が?)


 すると、前方からライルの声が聞こえた。


「クソがッ! 最悪だ!」


 その言葉と共に、洞窟内は光に包まれる。恐らくはライルの魔法だろう。

 私は目元を腕で覆い、細めた目を少しずつ開いていく。


 そうして、私の前に立つライルの向こうで──「ヤツ」がとうとう姿を現した。


 白く半透明に輝く、結晶のような体躯。

 柱のような四本の脚が、人の胸板のような胴体を支えている。

 首や頭は無く、胸の中央に半分埋まった球体……紅く光る一つの瞳が、こちらを睨んでいた。


 そして右腕の拳は、先程私たちがいた横穴の前で、斜めに突き刺さっている。


(そうか、さっきの衝撃はあれが……それを、ライルが回避してくれたのね)


 敵は地面に刺さった大きな拳を持ち上げながら、もう一方の腕を正面に立つライルへと振り降ろした。

 彼女は素早い身のこなしで避け、間髪を容れず反撃を加える。

 その手から白い光線が放たれると、巨人の瞳へ真っすぐ突き刺さる。


「死ねェーーーッ!!」


 しかし光線は反射され、洞窟の天井を黒く焦がしただけだった。

 さらに巨人は怯むどころか、交互に腕を振るって彼女を襲う。

 彼女は苛立ちながら、回避と攻撃を続ける。

 だが彼女がどこに攻撃を当てようとそれは反射され、巨人が動きを止めることはなかった。

 

「クソがッ! ()()()効かんのか!!」


 巨人の拳は地面を抉り、それが引き上げられると崩れた岩屑がパラパラと落ちる。


 これを食らえば、確実に死ぬ。

 その恐怖が、私の頭を支配し始める。

 私は必死にライルへ呼びかけた。


「に、逃げようよ! 死んじゃうよ!!」


 だが彼女の返事は、絶望的なものだった。


「逃げる⁉ 出口はコイツの向こう側だぞ!」


「そ、そんな……⁉ どこか、どこか抜けられないの⁉」


 いくら巨人の周りを見ても、逃げるには僅かな隙間しかない。

 もし失敗すれば、潰されてしまう。そのリスクとリターンは、到底見合うものではない。


 さらにライルは、おどおどする私を叱るように言った。


「もう今更逃げられん! さっさと下がれ!」


 そこに今度は、ローゼスさんの声が左から響いてくる。


「ぐっ……お二人とも大丈夫ですか⁉」


 彼はフラフラと立ち上がりながら、剣を構える。

 どこかを負傷したのか、その腕は少し震えていた。

 しかしそれを打ち破るがごとく、彼は大声を上げて巨人へと立ち向かっていく。


「うおおおおおおおッ!!」


 巨人がライルに向けて拳を打ち込んだ直後、彼はその隙間を縫って駆け抜けた。

 そして剣が巨人の脚に命中すると、高い金属音が響く。


 ──が、剣は弾かれてしまった。

 さらに二度、三度と剣を振るうが、巨人の身体にはヒビはおろか、傷一つつかない。

 彼は腕を止め、肩を上下させ息をする。


「そんな……⁉」


 巨人はローゼスさんに瞳を向けると、今度はそちらへ拳を振り下ろした。

 彼は下がって回避し、体勢を整えながら言う。


「ライルさん! 私に身体強化を!!」


 ライルは苛立ちを隠せない表情で、声を荒げながら返事する。


「ああ⁉ ()()()効かんがな!!」


 そしてローゼスさんは剣を握り直すと、再び突進していった。


「この力ならば──!!」


 彼は飛び上がり、今度は紅い瞳へと剣を振り下ろす。


「目が弱点というのが相場、だろッ──!!」


 私は彼の様子を見て、勝利を願った。

 金属が擦れ、耳をつんざく。

 光る剣に、散る火花。

 巨人の動きは固まり、先ほどと違い効いているように思えた。




 ……音が消え、ローゼスさんは膝を突いて後方に着地する。


 だが彼の顔を見た瞬間、私は血の気が急に引いていった。

 彼は絶望を露わにし、息を切らしながら呟く。


「そんな……これで、傷一つつかないだと……⁉」

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