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第17話 洞窟へ

 朝。

 日の出より少し早く、私たちは動き始めた。


 まず荷台に乗せた木枝をなるべく遠くへ、分散させて木陰に捨てる。

 次にベッドを荷台に載せ、地面の痕跡を消していく。

 ウサギの死骸は土に埋め、足跡や馬車の轍を足で擦る。


 そして太陽が顔を出した頃、馬車は南東へ向けて走り出した。

 私はローゼスさんに、これからの道のりを確かめる。


「このまま南東へぐるっと回って、森林を抜けて洞窟に……でしたよね」


 彼は気楽そうに答える。


「はい。ここからしばらくは平野で、魔物との戦闘は恐らく無いかと思います。安心してください」


 そうして、一日と半分かけて、馬車に揺られていく。

 途中、ローゼスさんの鼻歌をきっかけに、ライルに人の文化を教えたり……

 鳥の魔物に襲われかけたり……と、まあ色々あったが、無事洞窟に辿り着いた。


(うわあ……教科書の絵で見たのより、ずっと大きく感じる)


 その入り口の大きさはまさに想像以上で、馬車どころか一軒家が丸ごと入りそうなほど。

 しかし沢山の柵がそれを拒むように、真昼の太陽の下で「立ち入り禁止」と主張している。


 そして馬車を降りると、私は二人の後ろにぴったりとくっついて動いた。


「あの……本当に大丈夫なんですよね? 魔物いませんよね?」


 私は執念深く辺りを見回す。

 木々は涼しげに揺られ、そのざわめきの奥、少し遠くには川も見えた。

 ローゼスさんも、辺りを見回しながら答える。


「そうですね……ちょっと、まだ分かりませんね」


 私は怯えながら、ライルの影に隠れる。

 そんな私の様子を見て、彼は無茶を言った。


「私が先に中を見てきます。お二方はここで馬車を見ていてもらえますか?」


「えっ大丈夫なんですか? 全員で、特にライルを連れて行ったほうがいいんじゃ……」


「あなたを巻き込んでしまったら大変でしょう? ……大丈夫です、すぐに戻りますから」


 彼は柵を軽々と飛び越え、魔法の光を手に灯す。

 躊躇せず遠ざかっていくその背を見て、私は心配でおどおどしていた。

 一方でライルは興味深そうに、洞窟の周囲をあちこち見て回っていた。


 ……数分経っただろうか。

 私は馬車の荷台に座って待っていると、ローゼスさんが戻ってきた。


「大丈夫でした! 一旦荷台を中に入れましょう」


 そう言われても心配な私は、一番気にしていることを彼に聞いた。


「あの、奥にいる強い魔物っていうのは……」


 彼は半分笑いながら、冗談混じりに言った。


「それは大丈夫です。最深部の魔物はここまで上がって来られませんし、もしいたら私はもう死んでますよ」


(ほ、本当ならいいけど……?)


 私は半信半疑ながら、彼の指示に従う。

 彼と共に、二頭の馬を川のほとりへ連れてくると、隠すように木々へ繋ぎ止めていく。


「あの、なぜ馬だけここに?」


「あそこの魔素濃度が高すぎるんです。人と魔物以外は適応できないんですよ」


「なるほど……そんなに凄いんですね」


 一方、ライルは荷台を動かし、洞窟奥の平坦なところへ持って行った。


 その後私たちも、彼女の後を追って洞窟に入る。

 内部は、天井の高さをそのままに、緩やかな下り坂になっていた。


(本当に何もいないみたい……でもちょっと気味が悪いなぁ)


 不思議なくらい静かなのは、先程の話通りだろう。しかし、何度も反響する足音を聞いていると、他に誰かいるのでは、と心配になってくる。

 さらに、少しひんやりとした空気からは、何か体に悪そうな雰囲気が漂ってくる。


 縮こまりながら拠点へたどり着くと、ライルが全体に明かりを灯す。日中と同じくらい明るければ、少しはましな気分かもしれない。

 ただ動植物の気配が微塵も無いというのは、やはり不気味だった。


(でも今は、やるべきことをやらなくちゃ)


 私は指示通り、残りの食料を確認し始める。

 ローゼスさんは外へ木材を採りに、ライルは……私の護衛が担当だ。


「それでは行ってきますね」


 私は彼の背を見て返事する。


「分かりました! 気を付けてくださいね」




 そうして二人きりになった私たち。

 私が手を動かしていると、ライルが話しかけてきた。


「レイル、例の弾のことなんだが……ピストルを出せ」


 いつの間にか、弾の形をした石がライルの手の上にあった。

 私は鞄に仕舞ってあったピストルを出し、ライルに渡す。


「はいこれ。もうできたの?」


「ある程度な。確か──こうだったか」


 彼女は石を銃口に落とし、慣れた手つきでレバーを動かす。


「あの時は『引き金を引けばいい』って言ってたけど、なんかしないといけないの? ──というか、なんで知ってるのよ」


「この仕組みは昔にも見たからな。フォルシアのものは、弾が特殊なだけに過ぎん」


「えっ……?」


 昔……つまり、邪龍が封印された300年前よりも、さらに前のことである。

 これを聞いた瞬間、私は不思議に思った。


「なんか、おかしくない? 300年以上経ってるのに、それほど変わってないなんて」


「……確かにな。他の技術と比べても、明らかに進歩が遅い。とはいえ、私に聞かれても知らんぞ。気にはなるがな」


「本当に何も知らないの……?」


「昨晩お前らが寝ていた頃、私は弾丸を作っていた。だが、お前はそれを知らなかっただろう? それと同じだ」


 彼女はそう返事しながら、壁に向かって引き金を引いた。

 だが弾丸が飛ぶことはなく、破裂音と共に零れ出たのは……砂利。


「なんなんだろう……」「なぜうまく行かんのだ……」


 モヤモヤとして、互いに黙り込む。

 私の方は考えても仕方ないのだが、気になって頭から離れなかった。


(──魔法の進歩は、生活の要だから。医療は、魔王との戦争で人がたくさん死んだからでしょ? 長い間戦争をやったなら、武器も強くなっていいはずなのに……。魔法の方が強いから、研究されなかったのかな?)


 私なりにその謎を考えていると、突然ライルが呟く。


「この洞窟の先……やはり気になるな。ちょっと行ってくる」


「ええ⁉ 私のことは⁉」


「安心しろ。私じゃなくてコイツが行く」


 彼女が後ろに親指を向けると、ライルと似た少女がひょっこりと顔を出す。

 でも、なんというか……全体的にカクカクしている。


「え? 分身? ……いや、なんか変じゃない?」


 顔は点2つと曲線しかないし、髪や服も、板が貼り付けられたような見た目だ。

 私の言葉に、カクカクしたライルが自ら答える。


「コイツは人とのやり取りを想定してないからな。遠くから見て、それらしくあればいいだろう」


「いや……というか、洞窟に潜るだけなら、人の形である必要もないんじゃ」


「あ、そうか。でもまあ、動かし慣れてる形だからこれでいい!」


 呆れるような話を終えると、ライルは洞窟の下へパタパタと走っていく。

 その様子はなんだか滑稽で、まるで小さい子供がはしゃいでいるようだ。

 一方、普通のライルの方は地べたに座ると、一言だけ言って静かになった。


「じゃ、何かあったら呼べ。複数同時に動かすのは無理だからな!」


「わ、分かった……」


 そして静かになると、反響した声や自分の足音が耳に残る。

 ……なんだか、置いていかれたような気分だ。


「まあ、自分のことをやるかぁ」


 一人になった私は、残りの食料で何日過ごせるか、計算し始めた……。



 しばらくして──



 作業も終わり、ベッドで横になっていると、いつの間にか夕方になっていた。

 入り口周りは橙に染まり、肌寒くなってくる。


 私はただただ、二人の帰りを待っていた。

 いつ帰って来るのかと心配し始めた頃、突然私の足の方から、ライルの声が威勢よく響いた。


「おい、面白いものを見つけたぞ!」

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