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第16話 小動物

 揺れる低木を睨みつけるライル。

 緊張の中現れたそれの正体に、私は安堵の声を漏らした。


「なんだ、ウサギじゃないですか……もう」


 しかしライルはその白ウサギから目を離すことはなく、前に出ようとする私を腕で制止した。


「違う! こいつはただの小動物ではない! ローゼス、お前も目を離すな!」


「はい!」


 ローゼスさんもいつの間にか剣を抜いており、真剣な眼差しでそれを構えていた。

 まだ状況が分からない私は、ライルに問いかける。


「ねえライル、どういうことなの?」


「こいつは──身体に見合わない大量の魔素を抱えている。それとヤツの目を見ろ!」


 彼女の後ろから少し顔を出してみるが、私にはまだ普通のウサギにしか見えなかった。


「ええ?」


「まだ分からんのか。ヤツは常にローゼスを見ている。そして逃げもせず、ただじっと構えている……つまり、こいつは『狩る』側の存在だ」


「ええ⁉」


 ウサギが、狩る側だって?

 再び顔を覗かせると、それはあくびをし──その瞬間、私は思い出した。


 ウサギらしからぬ、大きく鋭い牙。

 かつて魔物図鑑の隅で見た、微かな記憶。


 そうか、こいつは──


「ヴォーパル・バニー……!!」


 ライルは前を向いたまま、私の呟きに反応する。


「おい、今なんと言った? お前こいつのことを知ってるのか?」


「これは、ヴォーパル・バニー、通称……人狩りウサギ!! 鋭い牙が特徴で、ただのウサギと油断した相手を、一瞬で葬るという……!」


「人狩りウサギ……確かに、納得はできる『中身』だな。ローゼス、お前は知ってるか?」


「名前は聞いたことはありますが……まさかこれがそれだとは」


 その恐ろしい存在を目の前に、皆が一拍遅れて騒然とする。

 そして私は一刻も早い対処を求め、ライルに頼る。


「ねえ、これ倒せないの? 動かないみたいだけど……」


「どうだか……当たればいいが、当たらなかった時のことを考えるべきだな」


 ローゼスさんもそれに口をそろえる。


「ええ。回避されると茂みに入られます。姿が見えなくなってしまうと、突然誰かが死んでもおかしくはありません」


 流石はローゼスさんである。軍での経験故だろうか、初見の相手に対しても戦局の読みが鋭い。

 そんな膠着した状況の中、ライルは私に言った。


「なあ、なんでライルは唐突にこいつの名前を言ったんだ?」


「実は、昔に本で見た記憶が少しあって……」


「そこに対処法とかは書いてなかったのか?」


 私は頭の中を全力で探す。


「う~~~ん、書いてあったはずなんだけど……」


 そもそも私が魔物図鑑を読んでいたのは、対処法を知り、恐れを減らすためだった。

 だが、それを忘れてしまっては元も子もないであろう!

 私は必死に、記憶のページを1枚ずつめくっていく。


 そして再び、ある言葉が頭をよぎった。


「ホーリー、ウォーター、グレネード……そうです! 『ホーリーウォーターグレネード』をぶつけるのが有効策って書いてありました!」


 これにライルが不機嫌そうに叫ぶ。


「はあ? なんだそれは!?」


「えーっと……」


 悲しいことに、そこから先が出て来ない。

 私はローゼスさんに助けを求める。


「ローゼスさん! 何か分かりませんか⁉」


「ええと……その言葉からして、聖水を魔法で爆破しまき散らす、ということでしょうか。そして聖水は……」


 彼は剣を構えたままじっと考え、ゆっくりと口を開いた。


「昔聞いたことがあるのは……『聖水=ポーション説』ですね」


 ポーションとは即ち、「体内魔素回復薬」の俗称である。

 魔法を使うと体内の魔素が抜けてしまうため、それを回復する薬だ。


 これに話の先が読めない私は、つい口を挟む。


「えっ? どういうことですか?」


「聖水は宗教儀式で使われていたものですが、格を持たせる必要があったと。そこで魔素濃度の高い、高級ポーションを使っていたのでは……という、俗説です」


「へえ……」


「しかも聖水は宗教用具として税金を免除されていたので、司祭などがポーションとして転売していた、なんていう黒い噂も、あったりしたそうです」


「へえ~……」


 ──などと感心している場合ではない。

 とにかく今は噂話でもなんでも信じて、その聖水を用意せねばならない。


 しかしこの流れに、ライルは面倒くさくなったのか、ぶっきらぼうに話を投げてくる。


「ああもうくどい話だな! 要は高濃度の魔素を浴びせればいいんだろうが!」


 そう言うと彼女は手を前へ突き出し、光を放つ巨大な檻を目の前に作り出す。


「こいつでまず動きを封じる!」


 突如出現した檻に対しても、やはりヴォーパル・バニーは一瞬で反応した。

 がしかし、飛び上がったそれは檻にぶつかり、あえなく地面に叩きつけられる。

 そして檻は徐々に小さくなっていき、やがてそれは逃げ場を完全に失った。


 ローゼスさんと私はあっけにとられながらも、無茶しようとする彼女に口を挟む。


「「ちょっと待って!」ください!」


 だが彼女の勢いは止まらない。


「ではこう言えばいいのか⁉」


 そして彼女は叫ぶ。


「ホーリーウォーターグレネードォォォォォッ!!」


 辺りが光に包まれる。

 何も見えない中、ただ成功を祈ることしかできない私たち。




 ……やっと眩しさが収まると、ヴォーパル・バニーは横に転がり、目の光を失っていた。


 ローゼスさんは茫然としつつ、「……お見事です」と呟いた。

 一方私は、彼女を咎めに入っていた。


「ちょっとライル! また突飛なことして失敗したらどうするの⁉」


「いや、今回は違う。お前たちがダラダラと喋っている内に分析したからな。ヤツの反応速度でも逃げられぬよう、大きな檻であれば閉じ込められるはずだ、とな」


「そ、そう……ならまあ、いいけど……結局、高濃度の魔素をぶつけるのは有効だったの?」


「その説は正しかったな。ヤツは大量の魔素を持つ一方で、大きく外乱が加わると、体内の魔素調整が追い付かなくなるらしい。それで、内蔵が持たなくなって死ぬようだ」


 そんな話をしている間、ローゼスさんがウサギに何かを施していた。

 解体しているわけでもないようで、気になって聞かない訳にはいかない。


「何してるんですか?」


「これはですね……こうしておくことで……よし!」


 ウサギの足回りは石で囲われ、生きているかのように座らせられていた。

 そして口は牙を見せるように開かれ、中に支えの木の枝が立てられている。

 彼はそこから手を放すと、嬉々として語った。


「強い魔物をこうして見せておくと、他の魔物は下手に近寄って来れないんです。だから今晩は、もうこれで安心! というわけです」


 これを見ていたライルは、不満そうに私を見た。


「おい、私がいるだろ。魔物を防ぐための壁くらい、すぐ作れるのに」


 私は慌てて彼女の機嫌を取る。


「え、あ……じゃあ、それもやってもらっていいかな……? これだけじゃやっぱり心配だから、お願い!」


 実際、ただ死骸が置いてあるだけでは、信頼しきれない。

 私が手を合わせてお願いすると、彼女は少し満足したような顔で、魔法で透明な壁を周囲に作ってくれた。


 それから缶詰飯を済ませると、運んできたベッドを下ろし、ライルと共に横たわった。

 ローゼスさんは……申し訳ないが、地べたで。


 そして私が寝ようとしていると、彼女は唐突に呟く。


「今気づいたが……動きを止めた後なら、別に攻撃方法はなんでも良かったな……」


 これに私はひっそりと微笑んだ。彼女も周りに流されることがあるんだ、と。




 そして、空を見上げて思う。


(今日は疲れたなぁ……ほんと、急に色々起こりすぎ)


 アミリアが邪龍に滅ぼされてから、まだ2日しか経っていない。

 私は瞼を閉じると、ただひとり祈る。


(明日は、もう少し落ち着ける日になると良いな……)


 私たちは沈んでいく夕日を浴びながら、今日に幕を閉じた。

おまけ:レイルが読んでいた本の内容


『魔物図鑑』より

          ☆ヴォーパル・バニーの伝統的対処法☆

    滅多にお目に掛かれないこの魔物。もし出会えたら幸運者だろう!

  そしてこの本を読んでいる君はもっと幸運だ。その武勇伝を皆に報告できるぞ。

     ただし……†ホーリーウォーターグレネード†の用意をお忘れなく!

①ヴォーパル・バニーに睨まれた人は剣などを構え、囮役になる。目を逸らしたらこの人が最初に死ぬぞ。

②他の人が †ホーリーウォーターグレネード† を持ち、ヴォーパル・バニーの後ろに遠くから回り込む。

③†ホーリーウォーターグレネード† の栓を抜き、ヴォーパル・バニーに投げつける!

④ヴォーパル・バニーにとって、水と純粋な魔素でできた †ホウグレ† は、視野外では害意ある攻撃として感知できない。これにより、ヴォーパル・バニーを安全に倒すことができる。

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