第15話 出発準備
「その洞窟ってまさか──旧魔王軍、前哨基地跡のことじゃ、ないですよね……?」
そこはかつて、「魔王」と人類が戦争をした時に作られたものである。
しかし200年近く経った今もなお、あまりの巨大さ故に埋められていないのだ。
また各国の交易路を妨げるようにいくつもあるので、学校に行けば必ず知ることになる。
私の疑念に、一息ついて話すローゼスさん。
「……流石にご存じでしたか。ですが、それが最善の選択肢なのですよ」
だがこれだけを聞いて、当然納得はできない私。
「まだ強い魔物がいるって聞いたことあるんですけど⁉ そんなとこに行って大丈夫なんですか⁉」
魔物とは──生物や物体に大量の魔素が流れ込んでできる、人を襲うバケモノのことである。
そして「魔王」は、そんな魔物を率いていた存在だ。
知性がないはずの魔物でも十二分に怖いのに、それが統率されていたというのだから、とんでもない話である。
「ええ、ですがその魔物は最深部に閉じ込められているのです。浅い所であれば、危険性は国外の平野と大差ありません。むしろ身を隠しやすい分、魔物から襲われる確率は下がります」
まだ納得できない私は、当然考えられる選択肢について問いただす。
「そもそも、他の国に行くのはダメなんですか?」
「ええ。フォルシアの連絡網が整備されていますから、入国時に即逮捕されるかと。さらに入ることができても、それは自ら網にかかる魚と同じです」
「な、なるほど……」
つまりは出られなくなる、ということだろう。
さらに彼は、私の目をまっすぐ見る。
「そして、単に隠れるだけが目的ではありません。私たちの最終目標は……巻き込んでしまい申し訳ありませんが、フォルシアの計画を阻止することです」
そして目線を落とすと、その先には鎧の破片が積み上がっていた。
「洞窟にある鉱石で、これの修復と強化ができればと」
「そんなことできるんですか?」
「ええ。職人級ではありませんがね」
「う、う~ん……」
彼の論理的な理由に、理性では納得していた。しかし、感性がそれを飲み込み切れない。
(ライルがいるとはいえ……魔物かぁ……)
頭をひねる私に、彼は察してくれた。
「やはり、魔物が問題ですか」
「はい……魔法が使えない上に、この通りですし」
私はワンピースの長い袖や裾を捲る。
その下には、細く、濁りのない白い腕と足──引きこもりの証があった。
彼はこれに苦しそうな顔をする。
「そうですね……ライルさんがいるとはいえ、時間稼ぎも厳しそうでは……」
そこに、ライルが割って入ってくる。
「要は魔物から身を守る術があれば良い、ということだろう? ならこれがあるではないか」
私の胸に押し当てられたそれは、ピストルだった。
さらに彼女は子馬鹿にして言う。
「そのほっそ~い腕でも使えただろう?」
(アンタも私の真似してんだから腕ほっそいでしょうが)
ツッコミはさておき……確かに自衛手段になるかもしれないが、弾は?
そして私の考えと同じことを、ローゼスさんが口に出す。
「なるほど……悪くはないですね。ただ、弾はどうするつもりです?」
「弾は……持っていたやつの死体にはこれしかなかった」
ひしゃげた2発の弾丸。当然これでは、たとえ形を戻せても足りない。
これにライルは、彼女なりの発想で返した。
「だが、その辺の岩石から作ればいいだろう。耐衝撃強化をかければ、発射時に掛かる力にもある程度は耐えられるはずだ。原理自体も、そこまで複雑ではなさそうだしな」
流石は邪龍、と言っていいのだろうか。ただ、できるからと言って、あまり無茶なことを言って怪しまれてほしくはないのだが。
私が心配した一方で、ローゼスさんは納得の表情を見せる。
「岩石ですか……物理強度と魔素容量の均衡を上手く調整できるなら、確かにアリかもしれませんね」
一人置いて行かれそうだった私は、質問を挟んだ。
「物理強度と魔素容量の均衡……ってどういうことですか?」
これにローゼスさんが答える。
「物理強度はそのまま、どれだけの力に耐えられるかということです。一方魔素容量というのは、一つの物体にかけられる魔法の限界です。ここまでは一般初等学校でも習うかと思います」
「はい、分かります」
「そしてこれらの均衡ということですが、ざっくり言うと──魔法をしっかりかけないと弾が飛ばないが、魔法をかけすぎると飛ばす前に岩石が壊れる、という話です」
「ははあ」
「より詳しく言いますと、まず物理的強度を高める魔法と、飛ばすためのベクトル付与、これらを岩石にかける必要があるわけです。この際、強度不足では発射時のベクトル付与の力に耐えられず、ベクトル不足ではまともに飛びません。一方、それらを高めようとして岩石内の魔素が一定量を超えると、飛ばす前に自壊してしまう、ということです」
私は頭を捻った。
「え? えーと……?」
「例えるなら、ボールを投げるために握る必要があるが、握りしめすぎるとダメ、という感じですね」
私の顔はパッと明るくなる。
「ああ~!よく分かりました」
「伝わったようで何よりです。……問題はその難易度ですが、彼女ほどの実力ならば、できる可能性は十分あるでしょう」
説明が終わると、ライルが話をまとめた。
「よし、じゃあ決まりだな! ローゼスは鎧を直す、私が弾を作る。……あと守る」
彼女がニッコニコで話す一方、まだ不安な私。
「ちょ、ちょっと! ピストルがあるからって言ったって……」
しかし彼女はきっぱりと言う。
「はあ? まさかまだ『怖いですぅ~』と言いたいのか? そんなこと言ってたら何も進まんだろうが。お前自身がどうにかしろ! それで魔物を倒せるようにな!」
頭では分かっていた。
だがそれを容易に拭えるほど、私は強くなかったのだ。
そして彼女は、私にビシっと指を差す。
「お前の目標は、ピストルを使いこなせるようになること! いいな!」
方針は固まってしまった。
とはいえ、ずっとここにいても仕方がない。
これからなんとかするしかない、そう思って、出発準備を整える。
荷台には、これでもかというほどの水と保存食。
崩れないか心配だが、ライルが抑えてくれているのだろう。
私とライルは、荷台の後方に一緒になって座る。
頭上では、例の半壊ベッドが屋根のようになっていた。
(確かにあった方が良いけど、これ……)
ライルが無理矢理乗せたため、全体的にどう見ても不安定。
馬も自身の力だけではこれを引けず、彼女が魔法を使ってやっと動き出した。
しかし出発方向は洞窟方面ではなく、私は一瞬疑問に思う。
「あれ、こっち東じゃなくないですか? ──あ、フォルシアの目を欺くためですか」
手綱を握るローゼスさんは、その詳細を語った。
「正解です。まず南西の森林地帯に行く姿をあえて晒し、そちらへ行ったと思わせます。その後、観測範囲外の南側へ大回りし、アミリア東の森林を通って、洞窟まで向かいます」
そんなこんなで無事出発し、順調に馬車は進んでいく。
途中、小動物の魔物に遭遇したりもしたが、馬車の速さに心配はなかった。
そして、南西の森にまで到着した私たち。
太陽はまだ沈むには早かったが、今日はここまでということになった。
馬車を止め、木々に紛れるように枝や木の葉を馬車に乗せる。
そして缶詰を開け、夕食を取ろうとしたその時だった。
ガサガサと低木の揺れる音。
ライルは素早く立ち上がり、その先を睨みつける。
「ローゼス、戦闘態勢を取れ。レイルは……私の後ろに来い!」