表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/20

第14話 遺産

 地下室の扉の文字には、どこか見覚えがあった。


「これ、お爺さんの字……?」


 まさか祖父がこれを作ったのかと、指で確かめるように扉に触れる。

 すると思いがけず、軽く押しただけで静かに開いた。


「本当に鍵かかってたのかなこれ……」


 一歩踏み込むと、天井の魔道具が起動し、部屋全体を明るく照らす。


 そして目に飛び込んできたのは、壁を埋め尽くす数々の本に、書斎机……

 あと、入ってすぐ横に積み上がった紙屑。


「まったくもう……」


 雑に投げ捨てられたであろうそれは、祖父がこの部屋を作った証拠だった。


 部屋の広さは──思ったより狭い。

 床で寝たら、足先から対面の壁まで手が届きそうなほどだ。


「でもなんで、あんな魔法を……?」


 私しか入れないというこの部屋。

 何かがあると確信して、順に見回すことにした。


 壁にはギチギチに詰まった専門書、戸棚の中は紙でぐちゃぐちゃ。

 そして机の引き出しに、1冊の手帳が仕舞われていることに気づいた。


 革装丁のそれには、表紙に「レイルへ」、裏表紙には「ガウス・グローリア」と焼き印があった。この部屋はやはり祖父のものらしい。

 開いてみると、いきなり調子のおかしい文章が目につく。


「『レイルへ……これを読んでいるということは、恐らくその時が来たのだろう。既に俺は死んでいると思うので、分からないことがあったら自力でこの部屋を調べてください。多分どこかに何か書いてあります。』……はぁ?」


 開幕から雑である。一体何を思ってこれを書いたのか……

 しかも、その後はどうでもいいようなことが長々と書かれており、本題がなんなのか全然分からない。

 私は鼻の横が引きつり、ついぼやきが口を突いて出る。


「あのさあ……」


 祖父は突然何かを忘れたり、思い出したりするような人であった。

 それがこの手記にも表れているのだろうが……


 しばらく読み進めると、やっとこの書斎と手記の意味が見えてきた。


「『ここにある研究は、今の世に出してはならない。まだ人間が扱って良いものではないからだ。世の中はもっと便利になるだろうが、それ以上の混沌が生じるのは必至である。』」


 なんだか意味深な文章に頭をひねっていると、次には頭を抱えた。


「『それは魔法とは異なる技術体系を持ち、俺たちの想像を超えるものである。俺にはまだ分からないことだらけだが、いつかお前が解明することを期待している。そして俺のここまでの成果として、お前にこの部屋と魔道具を授けたい。』……?」


(私、魔道具開発とか知らないし……困るんだけど……)


 魔道具は恐らく、地上で散らばっているあれらのことだろうか?

 そして最後のページには、こう書いてあった。


「『追伸。渡すはずだったやつを上の部屋で紛失したので、なんとか探してください。銀色の立方体っぽいやつ。あとそこの鞄使っていいよ』……はあ⁉」


 あまりのいい加減さに手帳を投げ捨てたくなったが、一応形見なので丁寧に机に置く。

 これでよくもまあ、研究機関と共同開発ができたものだ。


 そして机の椅子の奥を見ると、角ばった大きい肩掛け鞄が置いてあった。

 しかし中身は空っぽで、魔道具が何を指しているのかは分からないまま。


「銀色の立方体なんて、似たようなものばっかりだったじゃない……」


 ただひとつ、この部屋の仰々しさから考えて、明らかに異質なものに思い当たりはあった。


「もしかして、『魔力障壁』の、あれ……? 本当にお爺さんがあれを……?」


 邪龍が「先史の遺産」とも称する、明らかに現代技術と乖離している魔道具。

 それが祖父の言っているものだとしたら、この部屋を隠す理由と手記の内容も、少しだけ見える……ような気がする。


「にしても、ここまでする必要あったのかな……なんか爆発するとか書いてあったし」


 魔力障壁のことなら、むしろ広まった方がいいような気もするが──祖父が言いたいのはそれだけではないのだろう。

 『まだ人間が扱って良いものではない』……その言葉が引っかかる。


 私は他に何かないのかと、机の別の引き出しを見てみる。

 その中に、分厚く綴じられた紙の束が1つだけ見つかった。


「『魔法と似て非なる技術について』……これのこと⁉」


 内容は全て手書きの文字。これも祖父が書いたものだろう。

 しかし内容は計算式やら専門用語だらけで、さっぱりだった。

 魔法ですら研究できるほどではないのに、それ以上のことなど分かるはずもない。


「ライルなら分かるのかな……」


 一瞬そう思いもしたが、流石にこれを外へ出すのはやめた。

 祖父の言葉もそうだし、彼女が「もっと持ってこい!」と荒れかねない。


 結局、私は机の下の鞄だけを持って、その部屋を出た。

 振り返って部屋の中を眺めると、祖父が机で手記を書く様子が目に浮かんでくる。

 そして瞼を閉じて、祈る。


(滅茶苦茶な人だったけど、これは言っておかないとね……お爺さん、私を守ってくれて、ありがとう)


 そしてそっと戸を閉め、一人静かに決意する。


(今はまだ何も分からないけど……これを解き明かすことが、私の生きる意味……なのかな)


 暗い階段を一歩一歩踏みしめ、上がっていく。




 やがて地上へ出ると、息が上がっている私を急かすように、ライルが遠くで呼びかけた。


「おーい! 何があった?」


 私は棒になりかけの足で、彼女に駆け寄る。


「はぁ……はぁ……あの──なんていうか──倉庫? というか……」


「倉庫? 食べ物はなかったのか?」


 私はなんとか隠し通そうと、口を濁して言う。


「食べ物はなかったんだけど、うーん……私には読めない本がたくさんあって……」


 彼女は首をひねる。


「? まあいい、今はそれどころではないからな。ローゼスがさっき起きたところだ」


「えっ? 早くない?」


「物質反応加速をかけっぱなしだったみたいでな、回復もすぐだったぞ! 今はもう解除してあるが」


「そ、そういう使い方もできるんだ……」


 彼女が指す方向を見ると、ローゼスさんが起き上がって缶詰を食べていた。

 そこに彼女は付け加えた。


「それと、『すぐここを離れなければ』とも言っていたな。そこからどうするのかは知らないが」


 私たちは彼の元へ行って、詳しい話を聞いた。


「あの、ローゼスさん。行く当てはあるんですか?」


 彼は缶詰を口から離し、返事する。


「んむ、ああ……ここから東にある、洞窟で潜伏しようと考えています」


 私はその言葉に感づいて、彼に聞き返した。


「その洞窟ってまさか──旧魔王軍、前哨基地跡のことじゃ、ないですよね……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ