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第12話 ショク

 大穴から顔を覗かせていたのは、非常用食料庫。


 ライルに頼み、私はゆっくりと中に降ろしてもらう。

 そこには水入り瓶が並び、漬物、大きな酒樽に……初めて見る缶詰もあった。


「やった! これで当面の食料問題は解決する!」


 一方、後から降りてきたライルは疑問に思っているようだった。


「これが『ショク』なのか? フォルシアで見たものとはまるで違うが……」


 彼女が初めてまともな食事を見たのは、昨晩のフォルシアでのことだ。

 その時は軍部に迎え入れられたこともあり、スープや野菜、分厚い肉が美しく盛り付けられ……豪華絢爛なものであった。

 私はそんな「食」しか知らないライルに、丁寧に説明する。


「これは『保存食』って言って……昨日のとは違うの。普通の『食』は、放置するとすぐ腐って食べられなくなっちゃうんだけど……これは長い間保管できる、そういう加工がされたものなの」


「ヒトも面倒なものだな。そんなものを毎日摂取する必要があるとは……」


 私はライルに話をしながら、瓶や缶に記された使用期限を確かめていた。


「うん、使用期限は……どれも大丈夫そう。……ん?」


 色々と見ていると、何か奇妙な点に気づく。


「これ、あれも……これも、それも……全部『生産国:フォルシア』!?」


 なんと、食料庫にあるありとあらゆるものが、みなフォルシア製だった。

 そう──私の知らぬところで、フォルシアによる侵食は、既に始まっていたのである。


 私は事態の深刻さを改めて認めると、身震いした。

 しかし、今は怖気付いている場合ではない。


 私はライルと共に、いくつかの食料を外へ運び出した。


 そして今朝のベッドを持ってきて、ローゼスさんをそこに寝かせると、ライルにあることを頼んだ。


「ライル、これの中身を細かくして、胃に直接入れられる?」


 私はトマト缶や野菜の酢漬けをライルに見せ、ローゼスさんのお腹を指差す。

 彼女は缶を受け取ると、じっくりと全体を見回す。


「これを? この鉄の塊みたいなものをか?」


「えっと……これの中に食べ物が入ってるの。まず缶のここに切り込みを入れて……」


 私はナイフを突き立てる仕草をしながら、丁寧に開け方を教える。


 ……ふと、缶の側面に印刷された、「開封方法」という絵が目についた。

 「魔力を込め、指先で蓋の周りをなぞってください」……

 突然黙る私に、ライルが呼びかける。


「おい、急にどうした」


「あ……なんでもない」


 私の視線に気づいたのか、彼女は缶を回してその絵を見る。


「ふむ、これで開封できるのか」


 しかしライルはそれを無視し、蓋に爪を立てて切り込みを入れた。

 私は驚いて、つい声を出す。


「えっ?」


 ライルは不愛想な口ぶりで、私に言い放った。


「こんなものを気にする必要はない。重要なのは結果だけだ」


 彼女なりの励ましなのか、その釣り目を泳がせるライル。

 私は意外な邪龍の一面を見て、心が揺れ動く。

 そして私も目を泳がせながら、ひっそりと言った。


「あ、ありがとう……」


「ふん。さっさと次を開けるぞ」


 そんなことを話しながら、ライルは次々と缶や瓶を開けていく。


 次はそれらの中身を、魔法で細かく切り、潰し……泥状になったそれを水入り瓶に入れる。

 途中、これを食べさせるのは申し訳ないな……とは思ったが、いくら揺らしても起きないので仕方ない。


 一通りの食材を混ぜ込むと、私はライルに再び頼んだ。


「これを魔法で直接胃の中まで入れられる? 少しずつね!」


「簡単だ。これを流すだけだろう?」


 しかし、まだ人の体について詳しく知らないライルは、それを一気に流し込もうとする。


「イ? がどれに当たるのか知らんが、ここから流せばその内入るのだろう?」


「ちょっ、ちょっと待って! そんな入れ方したらむせちゃうから」


「ムセチャウ?」


「そう。胃じゃなくて、肺に入っちゃうの。間違えたら危ないから、そうね……これが胃で、こっちが肺で──」


 私は近くの地面に絵を描き、口から胃へと矢印を引く。

 ライルは絵とローゼスさんを交互ににらめっこし、ゆっくりと栄養の泥を流していく。

 やがて瓶を空にした後、彼の胸の上下、呼吸音……それら全てを確かめて、私はほっと息をついた。


「よし。……ありがとう、うまく入ったみたい」


「こんなもので本当に回復するのか?」


「人間ってそういうものだから! 疲れたら何か食べて寝れば、大体は解決するもんよ」


 そして彼の目覚めを待つ間、私も朝食を取ることにした。

 ただカトラリーはないので、乾燥パンにつけていただく。


「う~ん、やっぱり缶詰って微妙ね。味が濃すぎるか、薄すぎるかで極端、って感じ」


 そう言いながら私だけ食べ進めていると、いつの間にかライルが他所を向き、胡坐をかいていることに気づく。

 その背中は、何か考えているような様子だった。

 気になった私は、声をかけてみる。


「ライル? もしかして、さっきのこと──」


「うるさい……!」


「ご、ごめん……」


 先程までの会話では普通に見せていても、やはり作戦の失敗を引きずっているようだった。

 彼女は溜息を吐き、首をあっちこっち動かしている。


 その失敗に対し、これまで声を荒げていた彼女。

 しかし次の瞬間──そんな彼女はしょんぼりとして、驚きの言葉を発した。


「こういう時……人はなんと言うんだ」

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