019 誰だっけ
二日間の休養を終えた俺たちは路銀稼ぎを再開する事とした。いつもの様に先に起きていたブレイブに起こされて、宿で朝食を取る。
少し硬いパン、薄く焼かれた塩気の強いベーコン、そして濃い目の野菜スープと言ったいつもと変わらないメニューだった。
ブレイブと二人でのんびりと朝食を摂って居ると、少し遅れてノノも食堂へと入って来た。
そのままいつもの様に三人で食事を摂る。ある程度まで食べ進んだところで、ブレイブが口を開いた。
「さて、予定通り今日からまた魔物の狩りを中心に路銀を稼ごうと思うけど、良いかな?」
そう言って俺とノノを交互に見る。
「…分かった」
「…ああ」
元々そう言った話だったので、何も問題は無い。ブレイブも念の為に確認したと言った所だろう。
「良かった。じゃあ今日は取り敢えず、ギルドに行ってクエストを見ないかい?昨日少し覗いたら割りの良さそうな依頼が幾つか有ってね」
この町に来てからの一週間、俺たちは基本的に先に魔物を狩り、狩った魔物の素材を求めている依頼があれば、それを後から受けていた。
この町に来たばかりで辺りの魔物の分布も知らなかったので、そちらの方が都合が良かったのだ。
だが、この町に来てからの一週間で少なからずそういった生態系も把握出来た。だからここからは先に依頼を見て報酬の高い魔物を狩ろうと言う事だろう。
正直俺には金銭の事は全く分からない。ブレイブがそう言うのであればその方が良いのだろうと言うのが、俺の正直な考えだった。
「…うん、良いと思う」
ノノもそれに意を唱えるつもりは無いようだ。丁度食事を終えた俺たちは準備を整えてギルドへと向かう事とした。
「あっ!ししょー!おはようございます!!」
「…おはよう」
宿を出ると昨日と同じくマリーが待っていた。今日は昨日よりも宿を出る時間が遅かったのだが、まさか昨日と同じ様に朝早くから待っていたのだろうか?
あまり待たせるのも申し訳ないので、次からは部屋まで直接来てもらう事にしよう。
「クロ、君には弟子が居たのかい?」
少し驚いた様な顔でブレイブが問いかけてくる。そう言えばブレイブはまだマリーに会って居なかったか。
なんと説明したものかと少し考えたが、面倒くさいので簡単に答える事にした。
「…ああ」
よし、これで伝わるだろう。肯定とは魔法の言葉だ、『ああ』と一言言うだけで大抵のことは何とかなってしまう。
「驚いたな、一体いつから…?」
…まあ『ああ』だけでは無理な場面もあるか。『はい』か『いいえ』で答えられる質問で無ければ切り抜けられないのが『ああ』の弱点だ。
流石にこれは『ああ』では答えられないな。
「ししょーには一昨日、弟子にしてもらいました!」
そう考えていると、俺の代わりに元気よくマリーが答えてくれた。素晴らしきかな、持つべき物は代わりに答えてくれる弟子と言う訳だ。
村にいる時だって全て妹のティナが代わりに答えてくれて居たのだ。よく考えたらティナを連れてくれば良かったのか、そうすれば俺はもっと素振りだけに集中出来たのかも知れない。
そもそも俺がここに居るのもティナの所為でもあるのだが。
「そうだったのか…失礼、挨拶が遅れたね。俺はブレイブ・グラディウスだ、よろしく」
「私はマリーです!よろしくお願いしますねブレイブさん!」
マリーはブレイブに向かって綺麗に頭を下げる。ブレイブはマリーの無邪気さに少し頬を緩ませる。
顔を上げたマリーは俺たちが装備をしっかりとしている事に気がついたようで、口を開く。
「ししょーたちはこれから何処かに向かわれるんですか?」
「…私たちは、ギルドに依頼を受けに行くの…マリーも一緒に来る?」
「えっ!?良いのでしょうか、お邪魔になりませんか?」
ノノの提案にマリーは申し訳なさそうに俺の方を見ながら返す。まあ、何とかなるんじゃ無いかな。
「…問題ない」
「まあ、クロがそう言うのであれば大丈夫なんだろうね」
ブレイブからの信頼が辛い。別に俺が大丈夫って言えば大丈夫とか無いよ?もう少し自分の意見を持ってくれ。
まあブレイブのこの信頼もきっと長くは続かないだろう。今までは戦闘がメインで、そこそこ戦える俺のことを頼りになるとでも思っているのだろうが、これから一緒に過ごしていれば、俺が剣以外何も取り柄のない無能だと知る事になるだろう。ふふふ、怖いか、俺は本当に何も出来ないぞ。
「し、ししょーがそう言うのであれば…不肖このマリー!本日はご一緒させて頂きます!」
何はともあれ、マリーも一緒にギルドへと向かう事となった。
ギルドに着いたは良いのだが、何やらやけに騒がしい。何かあったのだろうか。
「受付の方がやけに騒がしいね」
「何かあったのでしょうか?」
皆もやはり気になった様だ。ギルドの雰囲気もやけに剣呑としている。ここは何か言って場を和ませるべきだろうか。
「…始まった、か」
「…クロ?」
すいません調子に乗りました。なんか冗談でも言って場を和ませたかっただけなのだが、普段まともに喋ろうとしない所為だろうか、変な事を言ってしまった。
ノノも訝しげに俺を見ている。本当にすまない。始まったってなんだよ、何も始まらねーよ。
「クロ?一体どう言う…」
ブレイブも俺の意味不明の言葉に何かを言おうとしていたが、丁度そのタイミングで俺達に話しかけてくる人物が居た。
「やぁ、また会ったね」
それは人好きのする笑顔をした、長髪の男だった。誰だっけこいつ。俺は正直記憶力が良くない。特に人の名前を覚えるのが苦手だ。
流石に名乗られてすぐとか、毎日会う人物ならば覚えられるが、久しぶりに会う人の名前は出てこない事が多いのだ。
「エノク…さん、でしたよね?俺たちに何か用ですか?」
ブレイブがその青年をエノクと呼んだ。あー、なんかいた気がする、町に来てからの何処かで会った様な気もするけど全く覚えてないや。
「ええ、まあ主にそこの二人にですが…」
そう言ってその長髪男は俺とノノを見る。
「実はちょっと問題が発生しましてね、出来ればそれなりの実力者の方にご助力を願いたいと思っていたのですよ。すると丁度良く貴方たちの姿が目に入ったものですから。どうでしょう私に少し着いてきて貰えませんか?」
それだけ言うと踵を返して何処かへと向かい出した。
「…どうするクロ?」
えっ俺に聞くの?まあ付いて行ってもいいんじゃない?しらんけど。悪い人じゃ無さそうだし。
「…行こう」
「君が言うのであれば」
少し遅れて俺達もその男の跡を付いて行くのだった。