014 私が師匠と出会った日
少女に教える事早数時間、太陽も大分傾いてきた。これ以上長居すれば、太陽が完全に沈み夜の森の中を帰ることになってしまう。
この辺りの魔物ならば全く問題にはならないが、無用な危険は避けた方が良いだろう。
「…帰るか」
「はぃ〜、ししょぉ〜」
休み休み教えていたとは言え、彼女の体力は限界の様だった。
この数時間、彼女は真剣に俺の教える技術を物にしようとしていた。はっきり言ってかなり筋が良い、教えた事をすぐに吸収して自分の物にしてしまう。
しかし、筋力と体力はすぐには着いてこない。そこだけは地道に鍛えるしかないだろう。
俺たちは荷物、と言っても剣と水筒位しか持ってきていないが、荷物を持って帰路に着く事にした。
歩き始めてすぐに、少女が口を開く。
「ししょ〜、私でも魔物を倒せる様になれるでしょうか?」
少女は、少し不安げにそう聞いてくる。自分でも魔物を倒せる様に、か。
答えは簡単だ。今すぐにでも倒せる、だ。
勿論、手段を選ばなければだが、それを教える事は彼女に良い影響を与えるかも知れない。
「…やって見るか」
「えっ!?今ですか!?」
「…ああ」
「で、でもまだ私はししょーの様に剣を振れませんよ?」
「…剣を振るだけが、力では無い」
俺の言葉を聞いてキョトンと首を傾げる少女。少し遠くだが、魔物の気配を感じる。丁度良い、実戦と行くか。
_______
私がその人と出会ったのは偶然でした。父が死に、お金を稼がなくてはならなくなり、私は冒険者になった。
冒険者になったは良い物の、まともに剣も振えず、薬草摘みでなんとか日銭を稼いで暮らす日々。
私だけならばそれでも良かったけれど、母や弟たちを養うにはそれだけでは足りませんでした。
このままでは駄目だと思い、いつもよりも森の深くに行く事にしました。
恐る恐る、いつも以上に警戒しながら進んだその先で、私は運良く薬草の群生地を見つけました。
薬草を摘んでいると、何処からか風を切る様な音が聞こえてきました。
最初は魔物の物かと思って警戒していましたが、あまりにも規則的に聞こえてくるその音に、気が付けば私は引き寄せられていった。
草木を掻き分けて進んだその先で、私が見たのは剣を振る一人の男性でした。
自身よりも大きな剣を、まるで羽を振るうかの如く軽々と一定のリズムで振るい。それによって生まれた風圧によって舞い上がる木の葉は、まるで妖精の輪舞の様で…
「綺麗…」
美しい過ぎるその剣舞を前に気が付けば、私の口から言葉が漏れていました。
そのこの世の物とは思えぬ程に美しい剣舞に見惚れていると、不意に彼がこちらを向き目が合った。
急な事に私は一瞬思考が飛びましたが、何か言わなければと思い何とか口を動かす。
「えっと、今の剣舞とても、とても綺麗でした…!!」
「…ありがとう」
私は思った事を素直に口にしました。彼から返って来たのは短い感謝の一言だけ。
何とか会話を続けてなければと思い、思考がぐるぐると回って私はなんとか口を動かしました。
「えっと、えっと、それでですね!私にもその剣を教えて下さいませんかっ!?」
幾つもの過程を飛ばしたその台詞に、自分でも驚きながらも、同時にまたと無い機会だと思いました。
「…何?」
あまり男性と話した経験の無い私にとって、彼の端的な返答は少し怖さも有りましたが、それでもこの機会を逃すまいと頑張って言葉を紡いだ。
「あのあの!私、冒険者なんですけど、全然強くなれなくて…ししょーの剣すっごくすごいです!私もししょーみたいな剣を振りたいんです!お願いします!!」
自分でも何を言っているか分からないまま出した言葉でしたが、彼は、師匠は少し考えた後、優しい顔で言いました。
「…分かった」
それを聞いた瞬間に私は嬉しくなって、師匠の手を取りながら飛び跳ねて喜びました。
「…同じ様に振ってみろ」
「はい!ししょー!!」
そう言って師匠は剣を振り始めました。家族の為にも早く強くなりたかった私は、必死に師匠の横で、師匠と同じ様に剣を振りました。
どの位の間剣を振っていたかは分かりませんが、体力が限界にきた私はその場に倒れ込んだ。
「…水も飲んでおけ」
「はぁはぁ…ししょー…ありがと…ございます…」
どうにか肩で息をするしか無い私に、師匠は水を渡してくれました。
「…あまり無理をし過ぎるな」
「はぁはぁ…でも、私早く強くなりたいんです!!」
「…怪我をすれば、振れなくなる…強くなるのが、遅れるぞ」
「はい…」
確かに師匠の言う通りでした。無理をして怪我をすれば、稼げ無くなる。
それでは家族を養う事が出来なくなる。私は初めて自分が焦っている事に気が付いた。
「…もう少し力を抜け」
そんな私を見て、師匠は優しく笑って剣の振り方を改めて説明してくれた。
「!はい!」
その後は体の使い方や、無駄に力が入っている部分などを重点的に、休憩を挟みながら教えてもらいました。
師匠は言葉は少ないけど、優しさに溢れた人なんだと感じた。
「…帰るか」
「はぃ〜、ししょぉ〜」
太陽も大分傾いてきた、確かにこれ以上町の外で訓練するのは危険だろう。
もっともっと師匠の教えを受けたかったけれど、もう体力も限界に近かった。それに明日以降もまた教えてもらえば良いのだ。焦る事はない。
町への帰り道、私は何となく思った事を師匠に聞いてみる事にした。
「ししょ〜、私でも魔物を倒せる様になれるでしょうか?」
勿論、成果を焦り過ぎた発言である事は理解しているが、それでも何となく聞いてみようと思ったのだ。
きっとすぐには無理だと言われるだろう、地道に訓練を重ねればいつかは、そう言われると思っていた私に返って来たのは予想外の言葉だった。
「…やってみるか」
「えっ!?今ですか!?」
まさか出来る出来ないでは無く、やるかやらないかを問われるとは思って居なかった。
「…ああ」
「で、でもまだ私はししょーの様に剣を振れませんよ?」
「…剣を振るだけが、力では無い」
そう言うと師匠は少し道を逸れると、幾つかの草を摘んできた。
「何ですかこれ?」
「…毒草だ」
「毒!?」
驚いた。レンジャー等の斥候を得意とする者が使う事があるとは聞いた事があるが、剣で何でも解決をしそうな師匠から毒と言った単語が出てくるとは思わなかったのだ。
「これをどう使うんです?」
私がそう問うと、師匠は何やら大きな平たい石を見つけて、その上に毒草を置いた。
「…まずはすり潰す」
石と石でゴリゴリと毒草をすり潰し始めた。何やら如何にも毒と言った見た目の液体が出てくる。
「…毒を染み込ませる」
すり潰して出て来た液体を、腰のポーチから取り出した薄い布に染み込ませ始めた。
そして何やら近くに有ったそこそこの太さの木の棒を、先端が尖る様に削るとその先へと布を括り付ける。
「…後は罠にかけるだけだ」
「そんな簡単に出来ます?」
「…問題ない」
そう言うと師匠は、近くの茂みの中に木の棒を幾つか立てた。
「…後はお前が止めを刺すだけだ」
師匠は私のダガーにも毒を仕込み、渡して来た。
「ししょー、本当にこれで倒せるんですか?」
あまりにもシンプルな仕掛けに私は不安になり、師匠に問いかける。
「…問題ない、俺が魔物を追い立てる…罠に掛かったら腹にダガーを突き立てろ」
「は、はい」
「…毒は効くまで時間が掛かる…刺したらすぐに逃げろ」
「分かりました…」
本当に今から魔物を狩ると言う実感が全く無く、私は取り敢えず頷く事しか出来なかった。
「…その木の裏に隠れてろ、罠に掛かったら刺せ」
そう言うと師匠は森の奥へと行ってしまった。
「あっ、ししょー!…行っちゃった…本当に私に出来るのかな?」
師匠が居なくなり、不安になった私の独り言に答える者は居なかった。
兎に角、師匠に言われた通りに木の裏に隠れて待つ事にした。
少しして、大地を強く蹴る音が聞こえてくる。恐らく師匠と魔物の物だろう。
本当に魔物と対峙すると言う実感が湧いて来て、心拍数が上がっているのを感じる。
段々と音が近づいてきて、遂に視覚に捉えられる程までになる。
師匠と、そして師匠よりもデカい、二メートルは有るだろう鹿型の魔物が迫ってくる。
緊張で手が震え始める。本当に自分に出来るだろうか…
遂に師匠と魔物は罠の前まで迫る。茂みに突っ込む寸前で師匠は素早く横に逸れる。だが魔物は勢いそのままに茂みに突っ込み、罠を踏み抜いた。
「キュウゥゥゥウウ!!」
魔物は急に襲い掛かってきた痛みに驚き怒り、鳴き声を上げる。
「今だっ!」
「ッ!はいッ!!」
私は呆然とその光景を見つめて居たが、師匠の言葉で自分のやるべき事を思い出した。
怖いけれど、勇気を出して飛び出し、ダガーを魔物に突き立てる。そして、それは見事に魔物の腹に刺さった。
「や、やった!!」
そして失敗してしまった。師匠に刺したらすぐに離れろと言われていたのに、私は刺せた事に満足してしまいその場に留まってしまったのだ。
「キュウゥウウウィィ!!」
「えっ?」
その結果、痛みによって無差別に暴れ出した鹿型の魔物の角が、私を貫かんと向かってきた。
失敗してしまった。折角師匠がお膳立てをしてくれたのに、言いつけを守れなかったから私は死ぬ事になるんだ。
死を覚悟して恐怖から逃れる様に目を閉じたその時、体がグイと引っ張られる。
引っ張ったのは師匠だった。師匠はそのまま私を抱えると、その場から離れ始める。
「ご、ごめんなさいししょー!わた、私っ!」
失敗をしてしまった罪悪感から涙が溢れてくる。
「…問題ない」
そんな私に、あくまで師匠は優しく話してくれる。
「…最初は失敗をする物だ、その為に俺が居る」
何処までも優しい師匠に私は別の理由で涙が出そうになる。けれどいつまでも泣いては居られない。
また同じ様な失敗をしない為にも、師匠の優しさに応える為にも成長しなくては!
「…見ろ」
心の中で気合を入れていると、師匠が魔物の方を指差した。見てみると、魔物はどんどんと動きを緩慢な物としていき、遂には倒れ込んでしまった。
「凄い…!」
本当にあの方法で倒せてしまうなんて…私はずっと正攻法で、正面から倒す事ばかり考えていた。
けれど、正面から真っ二つに出来る力を持ってる師匠は、搦手で倒せる知識も持っていたのだ。この人は本当に凄い…!
「…神経毒だ、死んではない」
確かによく見てみると、魔物はピクピクと動いて居た。だが、上手く呼吸が出来ていないのか、苦しそうに見える。
「…止めを」
そう言って師匠は魔物の首筋を指差す。そこを斬れと言う事だろう。
「分かりました…!」
二本持っていたダガーの、残りの一つを手に取って私は魔物の首を掻き切った。
ビクンと大きく跳ねて、魔物は生き絶えた。その瞬間、私の中にも様々な感情が駆け巡り、どっと疲労を感じる。
本当に私が魔物を倒せた…
「…良くやったな」
そう言うと師匠は私の頭に手を置いた。死んだ父を思い出して、私はまた涙が出そうになったのでした。