後日談「刺盛り〜尾頭付きで〜」
事件は新年祭の夜会、二日目のことだ。
いや、別に事件ってほどのことではないんだけど。
「少しは社交も学んで来い!」と師匠に放り出されたのだが、前日にギンさんと話していたことがおそらくはよくなかった。
「せっかく醤油があるなら刺し身を食べたい」とは言った。
「二代目、こっちこっちー!」
そう呼ぶギンさんのもとへ向かう。
そして、色とりどりに盛り付けられた軽食の数々の中に……異彩を放つ尾頭付きの刺盛りがそこにはあった。
王族ハンパねぇ。昨日の今日でこれかよ。
スピード感がおかしい。
「いっやー、大変だったんだよ!料理人を説き伏せるのが」
でしょうね、とは思ったけど口にはしなかった。生魚を使った料理はこちらの世界では見たことがないし。
この透き通る白身の魚は何だろうか、などと思いながら……盛り付けられた魚と目が合う。
まだ透明感もあるし鮮度がいいのだろう。
「はい、二代目の甘醤油はこっちね」
「甘醤油って言うのやめてもらえます?」
醤油はそういうもんだから。甘いとかないし。
「なんと今回は箸も用意したよ!」
「……それは使いにくそうなんでパスで」
何の木材を使ったのか、やたら高級そうな艷やかな箸を使いこなす自信はなかった。
というか、正直そこまで覚えてない。
「フォークで刺身なんて邪道!ほら、持ち方なら教えてあげるからこっちにしなさい」
めっちゃグイグイ押し付けてくるじゃん。マジで親戚のオジサン感すげぇな、この人。
箸の持ち方をレクチャーされながら、刺身を食う。
「うっま」
程よく脂ものっててうまい。何の魚かは分かんないけど。
「これ食ってたらアレを思い出しますね、スシ?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
急に叫びだすギンさん。何?!びっくりするし、一緒にいるこっちも見られて恥ずかしいからやめて?
「リシアンくん。寿司に必須の食材と言えば何か分かるかな?」
「え?魚と……」
やっべ。地雷踏んだわ。あれじゃん、スシにも米ってありましたね。
ギンさんが長年に渡り、探して止まない米ですね。
そこからは延々と米の魅力とそれを探したかつての旅(ついでに他国との外交)の話を聞かされた。
ダル絡みにも程があるが、地雷を踏んだのは自分だから仕方がない。
最終的に「試しにこっちの甘いっていう醤油で食ってみてよ」と言ったら、思いの外お気に召したようでピタッと黙った。
刺身には甘めの醤油が合うことで合意した。
そんなこんなで夜会も終わり、帰途についてから気が付いた。やべぇ、今日ギンさんとしか話してねぇなと。
いや、あれでも我が国の王弟だ。相手は王族。社交を学ぶには、むしろよかったのではないかなと思った。
そして翌日、師匠からめちゃくちゃ怒られた。
いわく「一人の相手……それも王族とずっと話し続けるとは何事だ」だの「王弟と見知らぬ貴族が異形の何かを食べていて恐ろしかった」との噂がすでに広まっているだの。
ただの魚料理だと言ったら黙ったけど。
ただし生だということがバレてからは、さらに怒られた。夜会最終日まで謹慎の上で、生魚の危険性について勉強する羽目になった。
いやいや、ギンさんが魔法でそのへんは衛生上の安全は確保してるっての!
そして夜会最終日、まだたんこぶが出来て痛む頭を抱えて、師匠とともに登城する。7日に渡る王城の新年祭も今日で終わりだ。
国王陛下にご挨拶に行ったけれど、師匠と陛下が貴族的言い回しで「うちのバカがすみません」と言い合っていることは理解した。
「……二代目、その後は大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない。しこたま師匠に怒られたし、まだ頭が痛い……何なの、絶対アレ人体の硬さじゃないよね」
こそこそと会話をする俺達。
「あぁ、バルドレム氏のゲンコツは健在か……」
この口ぶりはたぶん食らったことがあるな、確実に。
「俺も兄貴に怒られてさ……やっぱ刺身は刺激が強すぎたみたい」
「尾頭付きがよくなかったんじゃないですかね?」
あれは見た目のインパクトが大きかった。
さすがにドン引きされても仕方がない。
「もうちょい洋風?なオシャレ料理から始めるべきじゃないですか?」
刺身は箸、醤油といったハードルも高い。もう少し異世界に寄せたやつじゃないと。
「あぁ、カルパッチョとか?」
あ、何か聞いたことある。オシャレ料理ってイメージくらいだけどあれも魚。
「サーモン、でしたっけ?それなら辺境大森林に
紅鱗鮭っていうめっちゃ美味い魚がいるんで、今度持ってきますよ!」
秋から冬に湖でたまーーーに採れるやつ。普段は焼いて食べてるけど、ギンさんがいるなら生でも大丈夫だろう。
「マジ?!……あ、でも移動があるから」
「そこは生け捕りにして来るんで」
まぁ、やってやれないことはないだろう。
「コラ、何をいつまでも話している?」
話がまとまったところで師匠に捕まった。
「ただの前回の反省会だって!」
「口調!」
いつにも増してジジイが厳しいので大人しく返事をする。
翌年、さらに盛大に怒られることをこの時の俺たちは知らない。
そして「お前ら2人は揃うとたちが悪い!」とギンさんも一緒に師匠に怒鳴られることになる。




