後日談「国王陛下と不治の病」
「陛下、お待たせいたしました」
国王陛下の執務室。重厚な黒檀の机に手を付いて、窓辺から外を眺めていたその人が振り返った。
目の下には濃い隈があることからも、王国の守護者としての責務に日々追われているのであろう。深く刻まれた目尻の皺からは柔和な陛下のお人柄がみえる。
「よく来てくれた、レオナリス。……ギンケイには黙って来てくれたか?」
「はい、お約束の通り。ギンケイ様は本日は王都の教会へ出向なさっているので大丈夫ですよ」
副医官総長を任じられてから、陛下とは個人的にも親交がある。
王族の方々には僕に前世の記憶があることはどうやら気付かれていたようで、医療面においてのことはお話している。
その他のことは……覚えてはいるが、まだこの世界には必要のない知識だろうと「覚えておりません」とだけ。
リシアンに僕も前世の記憶があることは決して話さないでいてほしいと頼み、代わりにこの世界にあった医療改革を進めている。
解剖学はまだ早い。異端だと決して受け入れられはしないだろう。まずは、公衆衛生から少しずつ普及していっている。
手洗い、うがいに殺菌・消毒。これだけでも随分と助かる命は増える。薬師との連携は取れてきたが、教会については今後の課題。
それはさておき陛下の御用命は何だろうか?
「陛下、お掛けにならないのですか?」
じっと難しい顔をして立っているので気になる。
「出来ぬ。レオナリスよ、今回のことはどうかギンケイには内密にして診てくれ」
「陛下の仰せのままに……」
どこか、相当に悪い自覚があるのだろう。
診察の依頼とのことなので、執務室の奥にある寝所へ向かう。
最低限の護衛騎士と陛下だけになる。
「レオナリス……このような些事で呼び出して恥ずかしいのだが。そなたが診るべき者は多いというのに」
そう言って顔を顰める陛下こそ、最も御身を守られるべき存在である。
「病に大きい小さいなどございません。誰であれ感じた苦痛とは、他と比べるものではないのですよ」
僕の理念だ。決してその苦痛を比べることなく、大したことではないと侮ることなく……目の前のその人を診ること。
「陛下、どのような症状でお困りですか?」
「いや、その……やはりこのような相談は恥ずかしくて出来ぬ」
言い淀む陛下に
「陛下、恥ずべき病などございません。一番の恥はどこかが悪いと思いながら、放置すること。このことが最も恥ずべき行為でございます」
つい、少しだけ口調が強くなってしまった。大したことがないと放置している間に、悪化してしまうことこそ避けるべき事態だ。医官として見過ごせない。
「……が……りが、痛むのだ」
陛下の声はか細くて、聞き取れない。
「陛下?恐れながらもう一度、どこが痛むか仰ってください」
「……尻が!尻が痛むのだ!!火を吹くかのごとく」
自棄になったかのようだったが、どこが悪いのかは理解した。
「臀部ですね。痛む箇所を具体的にお伺いしても?」
火を吹くようにだから、熱感のある鋭い痛みなのだろう。
大体、ここだろうなとは思うが見られるよりは話す方がまだ精神的に楽だろう。そして、先程から頑なに座りたがらないのは痛みがあるからか。
……陛下には患部も見せてもらうが、段階を踏まねば。
「……穴が、出血したのでもう恐ろしくて見れぬ」
出血か……どれくらい切れているか次第で治療は変わってくるなぁ。
「患部を確認させていただいてもいいですか?陛下からこちらが見えぬように致します。治療のためにもお願い出来ませんか?」
無言で、こくりと頷かれて陛下は下半身を残し寝具のたれ布を上手く使って隠れた。
「……うん、切れ痔ですね。ご安心ください、軽度なので軟膏としばらくの内服薬ですぐによくなりますよ。とりあえず患部の洗浄と痛み止めの軟膏を塗りますね」
緊張だろうか、震える陛下に声を掛けながら処置を進める。治癒魔法もかけてとりあえず切れていた患部は修復は出来たが、痛みはしばらく残るだろう。
あと少しの拍子でまた切れるだろうから、しばらくは軟膏を塗っていただかないと。
「陛下、どうですか?」
「さすがだな、レオナリスよ!これで執務も捗る」
大変うれしそうだが、そうはいかない。
「……陛下、こちらの病は座っている時間が長い方が多く発症するのですよ?」
そう言うと、痛みを思い出したのか陛下の動きがピタリと止まる。
「お飲み物は適宜補給をされていますか?水分が足りないと排泄物は固くなり、それによっても悪化するのですが?」
思い当たることがあるだろう陛下はそっと目を逸らす。
「執務は大切です。その大切な執務のためにはまず、陛下の御身から大切にしないことには始まりません」
食生活や生活内容も変えていかねば、それは不治の病となる。
「今回は患部が切れていましたが、これをそのまま放置して……悪化すると瘻孔といい穴が開くのですよ。そうなると今回のように軟膏だけでの治療は出来ませんからね。……この段階で教えていただけて本当によかったです」
「レオナリスに相談してよかった……それにしても恐ろしい病なのだな、悪化すると穴が……」
想像したであろう陛下の顔色が悪い。
「ギンケイ様にもこの病のことは揶揄すべきものではないと言い含めておきますので」
あの人、たまに小学生男子みたいなノリがあるからなぁ。なるべく瘻孔についてを詳しく解説しておこうと思う。
しばらくの後。リシアンから陛下宛に贈り物が届いた。
「兄貴がついに痔主に?!」とこういう時だけやたら勘のいいギンケイ様が陛下や宰相含む……座っての仕事が多い文官一同から吊るし上げられた後のことだ。
ギンケイ様からリシアンに話がいったのだろう。
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レオ兄さんへ
ギンさんから王城の文官たちが大変だと聞きました。なので、まずは陛下からこのクッションを試してください。
陛下に合わせて王家の家紋をイメージした柄で作りました。型紙も同封しておくので、必要そうな人がいたら同じのも作れます。
兄さんは大丈夫ですか?もし困ったことがあれば改良版を送りますね!
リシアンより
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……また幻蚕の繭から織り込んだ布だね?
中央に穴の空いた円座型のクッションは確かにやさしいだろうけども。そしてまたえらく緻密に刺繍を……これに座るのは恐ろしいんですが。
あとこのやたら性能がよさそうな低反発を実現しているクッションの中身がすごく気になる。
気になるけれど……リシアン絡みだと知らないままでいたほうが胃にやさしいことが多い。
あとお兄ちゃんは無事です。頼むからこれ以上の物は送って来ないで。
陛下に献上したら大いに喜ばれた。円座型クッションは陛下愛用の品ということで「王座」と名付けられた。
そして文官を中心にこの型のクッションは一気に広まった。
流行に敏い王都の商会では「王様のクッション」としてやはり同型の商品の販売が始まった。
グラティア王国でクッションと言えばこの形が主流となるのは……今より少し未来の話。




