後日談「結婚式と琥珀色」
冬の澄んだ青空。小さく、淡く光る精霊たちは色とりどりでいつにも増して楽しそうに飛び回っている。
少し離れたところで、友人や同僚と話している兄上を眺める。彼等にはこんな風に笑うんだなと、それを眩しい気持ちで眺める。
その兄上を俺と同じように見つめているのはミレア姉さん。兄上が支えるように軽く添えた手。薄いヴェールから透けて見える瞳は幸せそのもので、二人の間に確かな信頼と愛情を感じる。
あぁ、綺麗だな――……。
俺に気が付いた兄上の同僚……顔見知りの王城医官に手招かれて、軽く表情を整えてから駆け寄る。
「兄上、姉上!改めておめでとうございます!」
◇──◇──◇──◇──◇
二人から結婚すると聞いたときはそうなるだろうなと思った。
純粋に尊敬しているレオ兄さんとミレア姉さんの結婚。嬉しくないわけがない。
二人が手紙でやり取りをしていたことも知っているし、何ならもっと前からその予感はしていた。
あの新年祭の日にレオ兄さんの手を取って踊るミレア姉さんは、それまでで一番綺麗だった。
同じ頃の俺はというと、何が楽しくてギンさんと踊らないといけなかったかという謎が、いまだに残っているけど。
話も合うだろうし、二人とも穏やかでやさしい。いつかそうなればいいなとは思った。
ただ、実際にそれを聞いたときは「思ったより早かったな」という感想だった。
何とも言えない感情が気持ち悪かった。それが何なのかも分からずにいた。……今日までは。
それまではよく分からないままのことには蓋をして、ただ簡単に表に出せる感情だけで喜んでいた。
純粋に結婚式はいつするのか楽しみだったし、贈り物は何にしようかとか色々。
花嫁の生家が用意するウエディングヴェール。師匠の養子となったミレア姉さんだけど、きっと遠慮するだろう。
少しだけ……ホントに少しだけそれで師匠と揉めたんだよな。どっちが用意するかで。
まぁ、他にも必要な物はあるわけでヴェールは師匠が折れてくれた。
ウエディングヴェールの作成には幻蚕の繭がやっぱり綺麗だし、王族も衣装に使っていると聞いていたからすぐ加工できると思った。
中々上手くいかなくて、慰めているのかこの頃はやたら精霊たちが俺に甘かった。
いや、困ってないから。ヴェール作成が難航しているだけで、他のことは自分で出来るからな?
助けてくれたのはスノウモスルァーだった。
見知らぬバカでかい蜘蛛には最初は驚いたけど……すごかった。謎の織物職人な蜘蛛だった。
そこから織物関係ならこの座布団と呼んでいる蜘蛛に色々と頼んでいる。
後に玄蜘蛛と判明したときは「嘘だろ、おい」と思ったし、今も本当にそうなのかは疑っている。
ちなみにヴェールを贈った後も一悶着あった。まずミレア姉さんからめっちゃ怒られた。
それで「王族にはもっといっぱい贈った実績」があればいいだろうと思ったのもまずかった。
まさかあのギンさんから「やりすぎ」と言われる日が来るとは思わなかった。
急ぎレオ兄さんがわざわざ辺境に来たのもびっくりしたよね。
「リシアン。辺境伯が授けられるよ」
「そうなんですか?おめでとうございます」
突然の兄上大出世かと思ったら違った。俺が辺境伯位を授けられるらしい。
「お蚕さんたちの繭ならいつでも献上するんで、それはちょっと……いらないです」
断ろうとしたらダメらしい。
レオ兄さんが持参した幻蚕の繭の貨幣価値、その効果や使用される医療品や道具の数々の資料を暗記するまで読む羽目になった。
そして幻蚕の群れにボス個体であろう玄蜘蛛……これは過剰戦力だそうだ。
「今だから言うけど……ザファルドの契約精霊簒奪魔法を反射したのはリシアンだからね?」
兄上、突然の爆弾発言はやめてください。心臓に悪いです。
「あの時の、ですか?あれは王族の守護魔法……」
「じゃないんだよ。あの後、セイラン様とお話してね……王族の守護魔法とは異なる力だそうだよ」
そしてトントンと胸元を示す兄上。
今もそこにあるのはネックレスで……さっき勉強したばかりだけど、お蚕さんたちの繭の価値は半端ない。
そして資料には載っていなかった……この、スノウモスルァーから貰った魔石らしきものって……。
「その魔石の効果だったんだよ、リシアン。魔法攻撃を無効化ではなく反射する。……陛下たちも、あの場で即座に王族の守護魔法と言い放ったリシアンの忠義にはいたく感動しておられてね?」
嫌な、汗をかくんですけど。
「救世の英雄だと宰相様からもそれはもう多大なお褒めの言葉を頂いてね?」
ヤバい、確実にヤバい。ふぅとため息をつく兄上の顔は見れない。
「辺境伯、断ったらどうなるのかはリシアンなら理解ってくれるよね?」
「はい。謹んでお受けしますとお伝え下さい、兄上」
圧に負けた……。あと断ったらもっとヤバいことになると理解した。
俺の性質を理解しているギンさんが、けっこう調整してくれたみたいで特に爵位はあってもやる事は変わらなそうだった。
最後に「いい加減に兄上呼びは卒業してね」と言い残して、いつもの穏やかな笑みでレオ兄さんは王都へ帰った。
新年祭で辺境伯を命じられるといった想定外はあったけれど、これが終わったらレオ兄さんたちの結婚式と思って頑張った。
◇──◇──◇──◇──◇
そして今日……二人は一年の婚約期間を経て夫婦となる。
なるべく少人数でとのことで、ヴァルディリア伯爵家とトピリア侯爵家の当主。
それとレオ兄さんとミレア姉さんの学生時代の友人と、フェルネス男爵家が招待されている。
ルナリアは花嫁のヴェールを持つ役となって、喜んでいる。
控室には親父と師匠、ルナリアと俺がいる。
「おめでとうございます、先生。ミレア様とてもお綺麗です……」
うっとりとミレア姉さんのことを見つめている。
「ありがとうございます、ルナリア嬢」
微笑ましい二人を見守っていたら騒がしいのが来た。
『リシアーン!お祝いなんでしょ?』
『皆でお祝ーい』
『あとリシアンが心細いと思ったからサプライズゲスト!……ちょっと待っててねぇー』
おい、待て。嫌な予感しかしない。
止めようとしたら、精霊たちが発動した魔法はやたらパチパチと光が弾けて……
勢いよく白い何かが俺の腹目掛けて突っ込んできた。
『『大成功ー!』』
見なくても分かる。このもふもふは触れば分かるやつ。
「……スノウモスルァー?」
ご機嫌で擦り寄ってくるスノウモスルァーがいた。
あとお前らマジで何をどうしたらこうなるんだよ……転移か?あの転移魔法を完成させたのか?
『お前ら……生体の転移魔法は禁止だっつってんだろ?』
そこの火の精霊、お前が戦犯か。
『あぁ、リシアンの部屋にあった古本の?あれはダメだよー。ちゃんと友達に聞いたもん、どこが間違ってるか』
『あとスノウモスルァーだから成功したもん。リシアンは……頑張って歩いてね!』
歩き以外にも移動手段はある。いや、今はそういうことではない。控室がやたら静かなことに気が付く。
最初に目があったのはルナリアだった。
「リシアン兄様!この子がスノウモスルァーさんですか?」
目を輝かせて近付いて来る。だいぶ……ルナリアには手紙で絵を送ったりしていたからなぁ。
「そうだよ」と答えると
「兄様が送ってくれた絵姿とそっくりですね。ルナリア・フェルネスと申します。よろしくお願いしますね」
……珍しく、スノウモスルァーから撫でられにいってる。
「リシアン!」
「はい!」
師匠に呼ばれて反射的に返事をする。
「幻蚕か?あれは……あの……」
「見りゃあ分かんだろ、ジジイ。耄碌したのかよ?」
当然、ゲンコツが落ちた。
だけどそれを見たスノウモスルァーがふいっと顔を反らして……その日、決して師匠が触ることは許されなかった。何ならちょっと威嚇されてた。
式の間、スノウモスルァーは「よく出来た守護獣様のぬいぐるみ」と言うことにして大人しくルナリアに抱かれていた。俺の友達と妹がかわいい。
精霊たちがやたら面白がって魔法を使うから、賑やかにずっとたくさんの光が降り注いでいた。
最後に……桜の花吹雪のような魔法は、さすがの俺もびっくりした……。
ゆるりゆるりと落ちた花びらは最後に淡く光って消えた。
桜かぁ……ルナリアのリボンを染めているときに少し思い出した花。
懐かしいなぁ、最近はほとんど新しいことも思い出せないけれど。
感傷的になったのは桜のようなものを見たせいか、少し頭を冷やそうと外に出る。
冬の、冷たい空気はきゅっと喉を締めて少し息苦しい。澄んだ青空が広がっている。
いい式だったなぁ、と思う。
離れて見るレオ兄さんはすっきりとした、出会った頃の体格に戻ってちょっと別人みたい。
前もそうだったけど、今はさらに二人並ぶと絵画のようだなと思う。
この、何とも言えない気持ちはどこから来たんだろう。
幸せそうに笑うミレア姉さんを見て、やっと腑に落ちる。
あぁ、この顔をさせたかったな。俺が――……。
気が付いて咄嗟に口を押さえる。目は、離せないまま。
落ち着け、兄上はきっと気が付いていない。兄上は……俺が慕う人に気が付いていながら、その人と結婚出来るような方ではない。
ミレア姉さんからも完全に「弟」としか見られてない、絶対。だから……大丈夫。
レオ兄さんの同僚がこちらに気が付いて、手招きをしている。あれは前に会ったことがある人!
表情を整えて、駆ける。
「兄上、姉上!改めておめでとうございます!」
俺はこれからもずっと二人の弟でいたいから、そう言って笑う。
二人を祝う気持ちにも、嘘はないから。少しだけ、飲んだ林檎酒は甘いはずなのに苦かった。
◇──◇──◇──◇──◇
「知っている」
「知っていましたよ」
同時に、言わなくてもいいと思う。二次会は式に来なかったアグニスとルミちゃんと飲んでる。
「何で?」
そこ、目を合わせてそれだけで分かり合うのはよくない。
「……俺は知らなかったんだよ」
また、香りのいいそのお酒をちびちび飲む。これ、度数高いから!ゆっくり飲まないといけないやつだし。
ほとんど溶けていない氷を残して、グラスは空になる。
「お代わり!」
そしてまた注がれる琥珀色は先程より少なくて不満。俺、けっこう酒には強いんだけど。二日酔いとかなったこともないし。
「大体な、リシアン。姉さん呼びの時点でもう対象外だ。残念ながら……」
「だって、ミレア姉さんあの頃はめっちゃ怖がってた。だから、あんま男っぽくない感じだと安心すると思った」
師匠から紹介され初めてミレア姉さんは、俺を見てすぐに少し力が入ったのは……見たら分かった。
あれ、野生の兎とかが怯えたときと一緒だったから。冒険者の目はごまかせない。
「野生の兎と一緒にするのはどうかと思いますが、悪くはないやり方だったと思いますよ。問題はそれを続けただけで」
「完全に身内扱いだからなぁ……まぁ、今日は飲むといい」
やさしいのかやさしくないのか分からないけど、注がれたら飲む。
「……何、笑っているんです?」
「ん?さっき兄上も友達と話してて、俺はそういう学生時代の友達?とかなかったからいいなぁと思ってたけどおんなじだなーと思って」
楽しい。表情が緩んでへらりと笑う。
「リシアン……!」
「何?アグニス泣き上戸なわけ?ウケる!」
何杯飲んで、何を話していたか……翌日の昼過ぎに起きた俺は半分も覚えていない。
そして、初めて二日酔いというものを経験した。
頭は鈍く痛いし、込み上げる吐き気は断続的にくるしで散々だけど。
……手製の二日酔いの丸薬は苦くて、それでも何かすっきりした。




