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片耳から「ピニャー」って聞こえるけど、俺にしか聞こえない精霊言語だったwww  作者: 康成


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後日談「選別」

※注意とお願い

今話には火災の描写や負傷者・死亡者のシーンが含まれます。シリアスな展開や、このような描写が苦手な方は今話に限っては閲覧を控えることをおすすめいたします。

 その日、王都に非常事態を知らせる赤い魔法弾が夜空に浮かんだ。

 派手な音とともに、三発の魔法弾が残した赤い煙を最後まで確認することなく準備に走る。

 赤色は火災発生、三発の打ち上がりは……規模が大きい。ここ、グラティア王国において火事は身近にある脅威の一つ。魔法が発達した世界とはいえ、規模の大きな火災を消し止めることは容易いことではない。


 想定されるのはまず熱傷、次に倒壊した物へ巻き込まれての裂傷や打ち身、逃げる際に転倒もあり得るだろう。

 専用の保管庫にある「人工皮膚」をあるだけ持っていくようにと指示をする。出し惜しみせずに済むのは、リシアンが定期的に支援物資として医官部にも幻蚕の繭を送ってくるから。

 

 棚の「湿潤療法皮膚保護貼付剤」も同様に指示する。

 これが出来たのはリシアンの偶然だったなぁと少しだけ表情が緩む。

 リシアンは知らない。これからそれが多くの王都の人を救うことを――……。

 

 最後に……

「これを使うことが来ないことを願うばかりだけれど」

 黒く塗られた長方形の木箱を、自らの上着に忍ばせた。


 ◇──◇──◇──◇──◇



 王都古劇場火災。古びた劇場火災は度々あったが、後にこの日の火災を指す事となる。

 王城からも程近いその劇場は、古い木造の伝統がある劇場としてかつては人気があった。

 最近では老朽化が進み、演目も限られたものとなっていたが改修を目前としたことで人気が再燃していた。

 

 

 医官総長であるギンケイ様とともに現場に辿り着いたが、少し離れたところからも焦げた臭いが充満していて視界も悪い。

 すでに相当、燃え広がったようだ。付近の住民も避難していて辺りには妙な静けさがある。

 第二騎士団は消火班と、近くの広場にて天幕の展開とに分かれている。


「レオナリスくん……」

「ええ、想定していた中でもこれは……」

 先に脱出したであろう観客たちは呆然として劇場を見つめている。身なりの良い者が多く、彼らの多くは貴族か裕福な平民だろう。その数は劇場の規模にしては少なく、観客数はこの程度のわけがない。まだ中には多くの人がいる。


「最大観客動員数は250名、舞台関係者は多く見積もって100名。総長、トリアージの実施が必要かと思われます」

 事前に、打ち合わせはしていた。

 もしも王都で災害が起きたら僕たちはどう行動すべきかを。


 異世界の、日本の記憶を持つ僕たちにしか出来ないことがあるとの思いで対策を練っていた。

 要らなければそれでいい。ただ、もしそれが起きたときに……何もしなかった後悔をしたくなかった。


「医官は担当の旗のもとで待機。搬送された患者の治療に各自あたるように。薬師連合が到着の後、緑班の医官は状況を見て黄・赤へ移動!」


 劇場から少し離れた広場の天幕には、すでに四色の旗が準備されている。重症度を色分けした旗の意味は決まっている。

 一番多いのは緑色の軽症者。次いで黄色の中等症、赤色の重症者と続く。

 そして……周りから隠されるよう少し離れて設営された黒色の救命不可の天幕の旗だけが、静かに揺れていた。


 こうなった場合の医官の構成もすでに完了している。

 王都薬師連合とも連携を取っているので、このような有事の際には軽症者の応急処置は任せる手筈となっていてあとは……。重みが増したような、体温で生温くなった黒塗りの木箱を取り出す。

「レオナリス」

 肩に置かれた手に肩が少し跳ねる。


「落ち着け。私は、レオナリスほど日本の医療知識も医学的な知見もない。代わってやることは出来ない。レオナリスことを信じているが、もし違うと思ったならその時は私の判断において覆す。このことは絶対だと約束する。一人でやると思うな、最終判断をするのは私だ。いいな?……そろそろ来るぞ」


 落ち着いて、息を吐く。信頼を寄せてくれたこの御方へ、今の僕が出来ることの全てを。

 緊張で冷えた手先が動くよう何度か手を握っては開く。

「……行きます」

 もう、迷いはない。


 最初は、緑色ばかりだった。ただ気管支を火傷した可能性もあるので、広場の天幕では待機してもらう。四色の組紐のうち一つを選び、淡々とギンケイ様に手渡す。



 途中から身体の一部に熱傷や、口を押さえて出て来る人が増えてくる。

「早く!貴方、私の顔に傷が残ったらどう責任を取るというの?」

 甲高い女性の声がする。


「私の義兄様(おにいさま)がいるはずだから、早く連れて来なさい!レオナリス・ヴァルディリアを呼べと言っているのよ」

 名前を呼ばれて少し、反応してしまう。鮮やかな真紅のドレスを纏う彼女は……ミレアさんの妹か。彼女の生家が、かつての婚家がした仕打ちは到底許せるものではない。

 誰が……どの口が義兄だと言っている。

 

「レオナリスはここで続きを。持ち場を離れるな。決して、彼の邪魔をする者がいないよう守れ」

 近くの騎士に一言告げてから、箱からいくつか組紐も手に取ってギンケイ様が場を離れる。

 

「誰かと思えばオルタリアン伯爵子息婦人では?」

 場にそぐわない快活なギンケイ様の声が響く。

「なるほど、お優しい婦人はそこの侍女のために声を張り上げていたのか!うん、婦人は喉もやられていないし軽度の熱傷だから緑。そこの侍女は……おい、早く運んでやれ!黄色だ」


「王弟殿下、私は伯爵家の者ですわ?この侍女は子爵家の者です。まずは私を治療の場へ運んでくださいませ」

「侍女のために声を張り上げるお優しい夫人のままいたくないのか?それを持ち出すと……私は王家の者だが、お嬢さん」

 

 何事もなかったかのようにギンケイ様は戻って来た。

「申し訳ございませんでした……」

「何が?ミレア夫人はトピリア侯爵家の娘で今はレオナリスくんのお嫁さんでしょ?あちらのお嬢さんはね、もう関係ない人だよ」



 そんな事よりも……「ここからが山場だ」との言葉通りの凄惨さがそれから待っていた。


 自力で歩けない人の姿も増えた。先程の侍女は貴族ということもあり、あれでも優先的に避難してきたのだろう。

 一部の崩れた木材で負傷や、負った熱傷の程度と範囲も広くなっている。

 

「こちらの御婦人を!」

 そう言ってやって来たのは騎士でもない、劇場関係者の青年だった。

「……りがとう、……なたもここに」

 か細く言う身なりのいい夫人の手を握りしめてから

「俺はまだ仕事が残っているので!」

 そう言って駆け出す彼を止めることは出来なかった。

 

「赤です」

 一人でも多く、救いたい。この一心で続ける。

 本当なら今すぐこの場で治癒魔法を使いたい。けれど、それをする時間がない。

 絶え間なく来る負傷者に対してこちらのリソースは限られている。


「増援の要請を!」

「第五騎士団六班、間もなく到着」

 誰もが必死だったが……その時はきた。


 それはどう見ても助からない命。この場で治癒魔法をかけても……もう間に合わない。

 喘ぐよう苦しげな呼吸は不規則。白くなったその腕には黒い組紐が巻かれ……間もなくその呼吸は止まった。


「黄色」「赤」

 淡々と自分の口から紡がれる色の名。運ばれてくる人の数は次第に減った。

「総員、撤退!これ以上は危険だ」

 懸命な救出活動を続けていた騎士団も引き上げてくる。


「全員いるか?5分ほどしか持たないが発動次第、再突入せよ!」

 ギンケイ様が発動した氷の魔法の効果は絶大で、崩れかけた屋根さえそのままの形で固まった。

 キシキシと小さく鳴る音は、急速に冷凍されたがゆえの脆さだ。


「いいな?5分だからな!決して深追いはしてはならない。5分以内に第二騎士団はこの場に戻るように。危険を感じたら5分経っていなくとも必ずその場で引き返せ!」

 ギンケイ様が最後にそれだけ命じて、ともに広場へ治療へ向かう。



 天幕は思ったよりも混乱していた。

「レオナリスは赤旗の天幕へ」

 怒号を掻き分けて指示された赤旗の……最も重症者が多い天幕へ急ぐ。

「こっちだ!妻を助けてくれ」

「何でそっちが先なの?!こんなに血が!止まらないのに!」


 ……順番が、混乱している原因はあれか。通り抜けた何の旗もない天幕からは真紅のドレスの裾がチラリと見えた。


 教会の神官が、貴族優先で治療をしている。


「静粛に……」

 張り上げた訳でもないのに、ギンケイ様の低いお声は一帯に響く。

 ポツポツと聞こえるのは医官たちが指示をする声、薬師の負傷者を励ます声。痛みに苦しむうめき声だけが残る。

 

「医官総長ともなれば……お忙しかったのですか?混乱しておりましたゆえ、先に治療を始めておりました」

 深々と頭を下げる神官。


「神官はさっき来たばっかりじゃねぇか!医官様たちの決めた順番を無視しやがって」

「混乱させたのは誰と思ってるんですか?」


 それまで軽症者の手当をしていた薬師から威勢のいい声が聞こえ、こんな時だけど少しリシアンのことを思い出して気持ちが落ち着く。


「グランティスの名において命じる。この場においての権限は私、ギンケイ・グランティスにある。優先すべきは命だ。以上、各自治療にあたれ!」


 グランティスの名において……それは王命だ。この国で最上の命令が下されたことに、ほんの一瞬だけその場から音が消えた。

 貴族でも平民でも……この場において優先されるのはその命。この世界ではあり得ない命令に、震えた。何の雑念もなく、ただ目の前の命を救う。

 久しぶりのその感覚に集中する。


「さて、待たせたね!ここからは俺も参戦するから、安心してくれ」

 先程までの威厳が消えた、いつものギンケイ様が戻って来た。張り詰めていた医官たちの空気感が少し落ち着いたのが分かる。


「いやー、神官のやつら何なの?陛下からの勅書をとか言われてもそんなもんないよ!あとで兄貴にさらっと一筆書いてもらうけど」

 文句を言いながらもその手は止まらないし、勅書なしだったのか……よく言っている「王族の嗜み」とやらであの場を乗り切ったんですね。



 ギンケイ様が来たことで、赤旗の天幕も落ち着いて黄色、緑も……全員の治療終わったのは夜明けも近い頃だった。

 まだ予断を許さない者と、安静が必要な者は医療院や患者の宿泊設備を持つ薬店へと運ばれて行った。

 あちこちに積まれた、赤く滲む担架と千切れた衣類が現場の状況を物語る。風に乗ってまだ煤けた臭いもする。

 

「……広場は閉鎖して、あとで浄化魔法の依頼もしないとね」

 いつもなら今すぐと言うはずのギンケイ様がそう言う。これはもう魔力をほとんど使い果たしているのだろう。

「ええ……お疲れ様です」

「いや、あと一仕事ある。レオナリスくんも来る?」




 そう誘われて、僕たちは……劇場だった場所へと再びやって来た。

 三階建てだったその荘厳な建物は見る影もなく……白かったはずの隣接した建物の壁は煤けている。この中に、誰も取り残されはしなかったことを知るのはもう少し後のこと。

 この時は、焼け残った建物が墓石にも似た何かに見えた。

 

 片膝を付き、祈るような姿勢のギンケイ様。劇場の前に真白い小さな石碑が14並ぶ。

「レオナリスくん、あの組紐ってまだ残ってる?」

 ……この状態でまた魔法を使うから、立ち上がろうとしてふらついたギンケイ様を支える。

 

「ありますよ」

 ごっそりと減っているのは緑。次に少ないのは黄色と赤。そしてほとんど減っていない……黒色。


 黒の組紐を小さな石碑に結びつける仕草は厳かで。しんとした肌寒くなった秋の朝日に白銀の髪が輝く。


 14……今回の火災で、僕が選んだ命の数。


 彼らに、その家族や友人に……かけられる言葉は一つだって持ち合わせていない。

 ただ、祈ることしか出来ない。


 


 ◇──◇──◇──◇──◇

 


 白い空を眺めて、ぼんやりと家に帰るまでの間に何を考えていたかはもう覚えていない。

 扉を開けると、帰りを待っていたであろうミレアさんが出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

 いつもの、穏やかな笑顔でそう告げられてその言葉の重さに潰れそうになる。


 あの14名の方にはもう二度と聞こえない言葉。

 声を詰まらせる僕に小さな声が聞こえた。

 まだ「あー」とも「うー」とも聞こえる意味をなさない言葉を発しながら、ミレアさんの胸元でもぞもぞと身動(みじろ)ぐ小さな手。

 僕の手を探り当てて……きゅっと指を包み込む。

 

「ただいま」

 最愛の妻子を抱きしめて、その温かさに触れて……現実離れした世界からやっと帰って来た気がした。




□――□――□――□――□


【王都古劇場火災】

 グラティア王国の歴史に残る火災。

 この際、初めて実施されたトリアージはその後においても賛否両論であり現在も議論されている。

 同規模の火災に比べ、非常に被害者の人数が少ないことから有効な策であったとして評価されている。

 火災の原因は老朽化した魔石が原因による装置の故障。木造建築の脆さもこれにより顕在化した。

 また、観客が舞台演出と誤認したことも初動避難が遅れた一因となり舞台関係者の被害が大きくなった。この火災以降、非常時の避難誘導が大型集客施設では義務付けられた。


【観客・舞台関係者の被害状況】


特別席(50人)

無傷:42人

軽症:6人

中等症:2人

重症・救命不可:0人


一般席(198人)

無傷:82人

軽症:89人

中等症:17人

重症:9人

救命不可:1人


舞台関係者(93人)

無傷:6人

軽症:14人

中等症:29人

重症:31人

救命不可:13人

 

【熱傷治療における医療品・薬品(人工皮膚・湿潤療法皮膚保護貼付剤)】

 

 医官レオナリス・ヴァルディリア伯爵の発明品である人工皮膚により重症、中等症から一人の死者も出なかった。予後も良好であった。

 またヴァルディリア伯爵の弟、リシアン・ヴァルディリア辺境伯発明の湿潤療法皮膚保護貼付剤で軽症者の治療は薬師が実施することで医官は中等・重症者への治療へ専念できたことも被害拡大を防いだ。

 薬師であるヴァルディリア辺境伯は、医療素材となる幻蚕の繭を王城医官部へ寄贈する支援も続けていた。


 このように医官・薬師は治癒魔法と医療品・薬品を併用して治療を行った。

 これに対し、神官は治癒魔法のみで治療を行った。そのため治療精度は劣り、後遺症が残る者が出るといった差が生じた。


【その後の慣習】

 

 当時の王弟ギンケイ・グランティスが被害者を悼み、劇場跡に石碑を建立。その際、黒色の紐を蝶型に結い祈る姿があったことから「黒色」が死者への安寧とその冥福を祈る色として定着した。

 


 

このエピソードは本編からおよそ5年後。

兄上34歳です。

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