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片耳から「ピニャー」って聞こえるけど、俺にしか聞こえない精霊言語だったwww  作者: 康成


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44話「林檎酒と旅立ち」

「久しぶりに帰ってきたねぇ。緊張しているのかい?」

 難しい顔をしていたら兄上が声を掛けてくれる。

 

「いや……何かここを出たときはもう二度と来ることがないだろうなって思ってたんで」

 何か複雑。最初に、6歳の頃に来た時よりも緊張しているのかもしれない。

 アグニスとルミちゃんもここからはお二人でと別れて兄上だけだから、少し気が緩んだのか微妙な心境が顔に出ているっぽい。

 よしよしと撫でてくれる兄上だけど、俺はもう子供じゃあないんだけど。少し、肩の力は抜けた。


「おかえりなさいませ」

 家令も年を取ったなぁ、なんて思いながら案内されたのはヴァルディリア子爵の執務室。

 相変わらず険しい顔で、眉間の皺は深くなったな?

「お久しぶりです、ヴァルディリア子爵」

 まだ復籍はしてないからな。正直、なんて呼べばいいか分かんないんだよ。

「あぁ……」

 相変わらず短い返事しかないしさぁ。


「父上、王家からの通達が届いたのだから何か言うことがあるでしょう?」

「……妻とは離縁することになった。もう実家の伯爵家に帰っている」

 はい?

「……私も、それは聞いていないのですが」

 ほら、兄上も珍しくちょっと困惑したじゃん!いきなり親が離縁ってびっくりするって。

 兄上、大丈夫かな……。お優しいから心を痛めるんじゃないかな。


「詳しく事情をお聞かせいただけますか?」

 兄上がそう尋ねると

「あれは……王家の通達を破ろうとした。家格ももうじき並ぶので遠慮することもなくなった。だから離縁だ」

 淡々と答える子爵。

「……父上、言葉が足りないのですよ。リシアンにも分かるように説明しないと」

「お前から説明してやれ」

 懐中時計を時折開く仕草も相変わらず。そんなに時間が気になんのかよ。

 早く出て行けってこと?


「分かりました」

 そう言った兄上が、子爵から懐中時計を奪い取った。

「レオナリス、返しなさい!」

 慌てる子爵に

「嫌ですよ。父上がちゃんとお話するのであれば別ですが、無理でしょう?」

 そう言って懐中時計を開いて、俺に手渡す兄上。


 懐中時計の内蓋には小さな絵姿があった。

「……俺?」

 そこに描かれていたのは、ヴァルディリア子爵家に来た当初くらいの俺の姿で。

「絵姿とか描いてもらったことも、画家に会ったこともないんですけど。……俺じゃないか」

 もう一人くらい隠し子がいるのかもしれないなと思ったら

「……お前だ。画家に、私の幼少期の絵姿を持って行き髪と瞳の色は変えて描いてもらった」

 項垂れたまま、子爵がボソボソと言った。


「次に会ったときはリシアンと呼ぶと言っていたことをお忘れですか、父上?」

 いつになく兄上が強気だ。父親にたいしてはこんな感じだったんだと意外に思う。

「それはあれが……私のことをヴァルディリア子爵と呼ぶから」

「リシアンに父上と呼んでほしいなら素直にそう仰ってください。分かりにくいんですよ」


 マジで?子爵は俺に興味がないものと思ってたんだけど。てか、兄上と子爵って仲良かったんだ。

 基本的に俺は1人で食事とかも摂ってたし、2人が話している……どころか一緒にいるとこも見たことがなかったからなぁ。

「……リシアン、今まで父親らしいこともできずにすまない。お前が父と呼びたくない気持ちは分かるが」

 全く悪びれた様子もなく、威圧感たっぷりに話しているようみ見えるのはただ緊張しているだけということにやっと気が付く。

 とは言え、あんま話したこともないから父親って感覚も薄いとか言ったらマズいな……。子爵との思い出といえば

「いえ……覚えていますか?馬を与えてくださいましたよね?今でも俺の相棒で、ゴルディアスって言うんですけど……ありがとうございました、父上」


 何かをねだったのはその時の一度だけ。あの日のことはよく覚えている。

「……今日は泊まっていくといい。用意はさせてある。ここまでの旅の疲れもあるだろうから、しばし休め」

 父上がそう短く言って、俺は兄上に促されて退室した。



「あれはねぇ、照れているんだよ」

 部屋を出た兄上がそう言う。

「リシアンの馬を選びに行ったときの話は僕はもう何回も聞いているよ」

「旦那様はお二人が来るのを楽しみに待っていたのですよ」

 家令からそう聞いても……ホント分かりづらいにも程があるだろ。


「そうだ、兄上。継母上とは離縁されると先程」

「いいんだよ、リシアン」

 食い気味に兄上がそう答えるから、黙って頷くしかなかった。

 後で家令から継母上は王命に逆らって、俺を害そうとしたところを父上に見つかって止められたんだって。

 すでに俺へ干渉することや害そうとすることなんかは禁止令が発動しているみたい。

 

「旦那様もたいそうお怒りでしたよ。お二人は心配して話さないでしょうから、この事は内密に」

 真っ先に継母上との離縁のことを話したのは「ここにお前を害するものはもういないから安心してくれ」との意味らしい。

 俺もある程度は返り討ちにしてやれんだけどな。家令が言うには「それでも旦那様とレオナリス様は貴方をいつも心配しているのですよ」と穏やかに微笑んでいた。

 


 さて、子爵家にて食事なんだけど会話が弾まない。これって一緒に食う意味あんのかな?

 兄上も時折、父上に話を振ろうとしていたけれど「あぁ」とか「そうか」くらしか返ってこないし。

「もう私たちは部屋に戻りますからね?いいですね?」

 兄上がそう聞いてから、俺たちは部屋に引き上げてきちゃった。 


 夜も更けてきたところで、何となく喉も乾いたし部屋から出てうろうろしてみる。

 庭とか出てみようかな、懐かしいし。

「おや、リシアン様」

 家令に出くわして、喉が乾いたのと少し庭を散歩したくてと伝える。

「それなら……お酒は嗜まれますか?」

「わりと好きですね」

 まぁ仕事に影響がない程度には飲んだりもするし。王都に来てからはバタバタしてて、そんな余裕はなかったけど。


 そうして家令が案内してくれた先には……どう見ても出来上がっている父上がいた。

「大人になったリシアンが見える」

「そうですね、旦那様。リシアン様とお酒を飲むことを楽しみにしていたでしょう?」

 父上も手招きをしている。そういうキャラじゃなかったよね?安定して目付きが鋭いから不気味なんだけど。

「ごゆっくり」

 そう言い残して家令も立ち去ってしまったし、どうしろと。


 そうして始まった突然の父上と2人の時間。

「リシアンはレオナリスには手紙を書くのに、私には何も来ない」

 まぁ……そうですね。思い付きもしなかったな。

「でもいい。レオナリスが書き写してくれるから。でも、私には来ないのはなぜだ?」

 兄上……俺の手紙、父上にも送って見せてたのか。

「特に書くこともないんで。というか、何を書けばいいんです?」

 酔っ払ってんなぁと思いながら、わりと最近領地の名産となった林檎酒を飲む。


「冒険者ギルドで噂は聞いている。冒険者ギルド長にもリシアンからの手紙が届いていたのに」

 あんた、何してんだよ。冒険者ギルドにまで話を聞きに行ってたりしたわけ?

 酔っ払いゆえにまともな返事もあんま返ってこないしさぁ。

 そのうちに継母上の愚痴も始まった。


「顔が好みだと無理に縁談を持ち込まれたのだ。家格は下だから断れない、分かるだろう?」

 顔が好み。まぁ、好みは分かれるけど父上の顔立ちはそこまで悪くはないよな。目付きが悪いだけで。

 継母上が連れてきた侍女や護衛が幅をきかせて大変だったこと。継母上に似た兄上のことは、侍女たちの妨害と中々触らせてももらえなかったこと。


「私に似た子どもが欲しかったそうなんだ」

 ……継母上は、兄上にそこまで興味を持たなかったらしいこと。二人目を中々授からずに毎日のように継母上から責め立てられたことがきつかったこと。

「あいつのせいなのに……毎日のように責め立ててくるんだ」

「いや、そこはどっちが原因とかないんじゃないですかね?」

 継母上なりに色々悩んでのあの性格だったのかもしれない。


「いや、あいつだ。初夜は勤めだからといって受け入れてくれたが……それ以降は子どもは精霊様が授けてくれると頑なに拒まれたのだ」

 お、おう……。親のそういう話はリアクションに困るな。

 継母上の実家としては、家格がせめて同列か上に嫁いでもらいたかったみたい。

 まぁ可愛い娘のわがままだから渋々、嫁がせたんだってさ。しかし嫁がせはしたが父上のことを受け入れる気はなかったようで。子が出来ないことを理由に離縁させるべく、まともな教育をしなかったという。

 そりゃあそんな感じだったら、出入りの花屋の娘さんに絆されるわけだな……。


「私もリシアンに親父と呼ばれたい」

「どこでそういう情報を仕入れてくるわけ?」

 酔っ払いの話題はコロコロと変わる。生粋の貴族から「親父」呼びなんて聞いたことねぇよ。

「冒険者ギルド。そこでリシアンはもっと口が悪くて元気な子だと知った。私には敬語でしか話してくれない」

 だいぶ呂律も怪しくなってきたな。そろそろ水でも飲ませておこうか。

「市井の親子はもっと親しげだった。あんな感じがいい」

 水を一息に飲み干すと、突っ伏して眠ってしまったようだった。

 子爵領内の冒険者ギルドでは、父上のことを知っている人は多かった。よく視察だと領内各地をまわっている人だったからな。そんな真面目な領主様がまぁ……酔うとよく喋るんだな。家令を呼んで、父上のことは任せた。


 翌朝。俺は辺境へ、兄上もまた王都へと帰る日だ。

「リシアン、少しでもおかしなことがあったらすぐに言うんだよ?体調のこともだし、精霊様とかのことでも何でも変わったことがあれば……些細なことだと放置せずにすぐに知らせるんだよ?」

 前よりずっと念押しされている。

「分かってますって」

「あと新年祭までには僕に敬語はやめてね?……ルナリア嬢には敬語じゃないくせに」

 あれ?兄上、もしかしてずっと気にしてました?拗ねた様子の兄上も珍しい。


「それと!前みたいにレオ兄さんって呼んでね?……ミレアさんはミレア姉さんなのに、僕の方が本当の兄なんだから」

 そちらも……もしかしてずっと気にしたんですか?

「分かりましたよ、レオ兄さん」

 おかしくなってつい笑う。口調は……もうすっかり馴染んでいるから、敬語なしはちょっと難しいかもしれない。


「ほら、父上も見送りに来たんでしょう?」

 ……二日酔いだよな、青褪めてんだけど。

「元気にやっていればそれでいい」

 声もガラッガラじゃん。

「親父も元気でやれよ!あとこれやるから後で飲んで。もう飲み過ぎんなよ、いい歳なんだからさぁ」


 二日酔いに聞く薬を雑に渡してから妙に照れくさいのもあり、そのままゴルディに飛び乗る。

「じゃあ、行ってきます!」


 あの日、無言で出た時には言えなかったこと。

 あの日も今日も俺は振り返らなかったけど、親父は姿が見えなくなるまでじっと……見送ってくれていた。


 

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