36話「兄上、助けてください」
「民間の治療法というのも見てみたかったんですよ」
「これは……薬学医官ともまた異なった感じなのですね」
……医官たちに囲まれて非常に居心地の悪い俺。高位貴族育ちが多いからか、悪意なく人を下に見てくる感じがまた堪えるんだけど。
あの薬師軍団の質問攻めのがマシだったわ。同業やりにくいなって思ったけど、医官の中に入るより断然マシだった。
しかもギンさん直属の部下がいる班に放り込まれたから、下手に怒鳴ることもできず余所行きの微笑みも追加でホントきつい。
「俺の班は皆治癒魔法に頼らず医療を進展させることに賛成な一派だから!」
じゃねぇよ。ただの新しいもの好き集団なだけじゃねぇの。
「今のセイランの体力では治癒魔法ではかえって消耗してしまう……新しい薬をこの薬師とともに作ろうではないか!」
……涙ながらに語ってるけど、何でこういうのだけ役者なんだよ。普段の調子はどうした。
あと治癒魔法は受ける側の体力を消耗するから、マジで万能ではない。
「腹芸は王族の嗜みだから☆」
と舌を出してウィンクするギンさんに無性にイラッときた俺は悪くないと思う。
それにしても話せば話すほどに育ちの違いを感じる。彼らが消耗品として扱うものも、俺たち薬師にとっちゃあ繰り返し使う物だったりとかな。
例えば薬瓶だとか包帯なんかがそんな感じ。
あとやたら、希少なものほど効果が高いみたいな価値観だったりするところ。
ちなみに「あの誤診のレオナリス医官の弟なんだってな?」と別班のやつがわざわざ様子を見に来て言い放ってから、空気は最悪。
ギンさんの取り成しがなかったら、たぶん追い出されたと思う。
ちなみに今回、ディフレイアなしで毒の万能薬となり得る解毒剤は作れないかの開発をすることになってる。
ちょっとずつ配合を変えながら作業してるけど、終わりが見えない。
まぁ、でもそんなのが作れたら便利だしやれるだけやってみるけど。
黙々と作業を続けながら、医官たちからは普段使うことのない薬草についてを説明を求められたら話す程度。
そんな感じで朝から晩まで研究は続く。
数日もすればギンさん班の面子とはすっかり顔馴染みで、昼食なんかも一緒に摂ったりする仲になった。
「レオナリス医官の弟君だよね?お兄さんは元気?」
「誤診だと騒動になっていたけれど、彼ならまた復帰できると思うから気を落とさないんだよ」
ギンさんが俺を連れてきて揉めそうな空気のときに取り成してくれたことから、誤診は疑惑という雰囲気に傾きつつある。
マジで初日はきつかったけど、黙々と作業を続ける俺に皆優しくなってきた。
「最初は意地悪を言ってごめんね。お兄さんのためにと言う気持ちも分かるけど、ご飯くらい食べなさい」
「そうだよ?研究には体も資本だから休憩は取らないといけないよ」
口数が少なく、淡々と作業をしているのはボロを出さないためで……なぜか日に日に皆から世話を焼かれる。
「天性の弟体質かよ」
ってギンさんはそれを見て笑ってた。おい、高位貴族に囲まれて困っている俺を助けろよ。
「俺も弟がほしかった!」とか言ってる場合じゃねぇんだよ。
ギンさんはセイラン殿下のところに行き、班の皆からも帰るように言われても……もうちょいで何とか出来そうでやめられず1人研究を続けたけど。
……今日はここまでかなぁ。お腹が空いて集中力切れたし。兄上に相談したいけど、ここ数日は会えないしさぁ。
「まだいたんですか?」
声を掛けてきたのは初日、俺が兄上の弟ってわざわざ言いにきた嫌なヤツ。
「あ、もう帰ります」
さっさと帰ろうとしたけど
「先日は申し訳ありません」
深々と頭を下げる彼を見て……気まずい。
「お詫びといっては何ですが、王弟殿下よりいただいたコーヒー豆というものがあるんです。珍しい飲み物でもいかがです?」
何か色々育ててたもんな。珈琲まであるんだ。久しぶりに紅茶とか薬草茶以外の飲み物もいいかもと思って一杯だけなら、と誘いに乗ることにした。
ふわりと香る珈琲は何だか少し懐かしくて、いい香りがする。
「中々苦味があるのですが、慣れると美味しいのですよ」
そう言って、彼は美味しそうに飲んでいたから俺も……。
何かすげぇ雑味があんだけど。まだ淹れ方とかもいまいちなのかな。今度、俺もギンさんに珈琲豆もらって試してみよ。
渋い顔をしていたら
「ミルクと砂糖も用意していますのでよければ……」
そう差し出してくれたから足して飲む。こうしたらまぁ飲めなくもないかも?
珈琲を飲みながら話していたけど、中々話が終わんねぇな。お代わりは断ったんだけど。
珍しい物をご馳走してくれたんだよなと思うと、帰りにくい……あれ?何で俺、いつもならすぐかえるのに。
めっちゃねむい。あとぼーっとする。おかしい。
「すみません、俺そろそろ」
立ち上がろうとしても、足元がぐらぐらする。力が抜けて床に座り込んで、椅子に上体を凭れる。やべぇな、マジで。頭は冴えてきたけど、抗えない眠気。
『風乃、今すぐ兄上のところへ行け』
なるべく小さな声で伝える。眠気でもごもご言ってるようにしか聞こえないはず。
心配して離れようとしない風乃に
『命令だ。兄上のとこに行って異常を伝えろ。助けを連れて来てほしい、頼む』
名残惜しむように小さな光の粒を残して風乃が消えた。これでとりあえずは、よしとするか……。もう瞼が重たくて上がんない。
「やっと落ちたか、この……」
こいつ何か盛りやがったな。絶対許さねぇと思いながら、聞こえたのはここまで。
起きたのは自分が咳き込んだからだった。冷たく固い石の床に横たわっていた。
頭もガンガンするし最悪。咳き込んだことでまた、地面の埃やらカビを吸い込んだのか止まんないんだけど。
とりあえず起きようとしたら……ご丁寧に手も拘束されてるしさぁ。足は何か鎖で繋がれてるしマジ何なの。鎖はご丁寧に壁に繋がっていて出られそうもない。
頭は痛いけど、横たわるよりマシなはずと何とか壁に凭れかかるように座る。起きたら更に頭痛は酷いけどそのうちに慣れるだろう。
「ヒュー」と喉の奥から聞いたことのある音がするし、息苦しい。また兄さんに心配かけちゃうな……。
兄さんって何だよ。兄上だし、こんな息苦しいことなかったし……まだボーッとしてんのかな。
とりあえず考えるのは呼吸が落ち着いてからにしよ。
暗さにも目が慣れてきたから、じっと辺りを観察してみる。何だろ、牢屋なわけ?
それにしては寝具もあるし、何だかちぐはぐだな。木は腐って凹んでるし、とても寝れるような代物じゃなさそうだし何ここ。
全体的にボロいってか、放置されてだいぶ経ちましたーみたいな感じ。
とりあえず暗いから魔法を……と思ったけど精霊がいない。風乃は兄上のところに向かわせたけど、いつもいるやつらも皆揃っていない。
試しに精霊がいなくても出来る簡単な……自分の魔力で軽く魔法を発動させようと思ったら、手枷から激痛が走る。
「痛っ!!」
……マジ何なの、この状況。
「起きるなり暴れるとは野犬ですか、貴方は」
胡散臭い笑顔の小太りのオッサンが現れた。誰だよ。こいつ。
「…………」
全く見覚えがないんだけど?
「……誰?てか、俺を捕まえてどうすんだよ。人違いじゃねぇの」
あちこち痛いしさぁ。これで人違いだったらどうするわけなの。
「リシアン・フェルネス、貴方の知っていることを全て話せば……多少はどうにかしますよ」
「はぁ?」
圧倒的に情報が足りねぇ。どこの誰で目的は何なのかを言ってくれ。
「レオナリスの差し向けた間諜ということは調べはついています。答えないと……」
パァンと手にした鞭は乾いた石の床によく響く。
兄上が俺を間諜にって聞いたことないんだけど。分からん。何一つ分からないけど、どうすりゃいいの?
「……どのことを知りたいんです?」
素直に分からないとか言ったらしばかれるとみた。とりあえずテキトーに話を合わせてみよう。
時間さえ稼げば風乃が兄上に助けを求めて、何とかなるはず。




