34話「それぞれの思惑」
今日はいつものように第三騎士団にお邪魔している。というか、連れ去られただけともいう。
せっかく辺境にはない薬草で比較実験がしたかったのに……。
「第三騎士団に新たに元冒険者が加入してきたから、折角だしリシアンも見学に来いよ」だって。
例の俺が間違われたやつかよ。そういうことならと俺も気になるし同行した。たぶん拒否っても連れて行かれただろうし。
それにしても、何でいつも迎えが必ず5人はいるんだよ。多いから目立つんだよ。「嫌と言われても連れて行くためにな!」じゃねぇんだよ、話し合う気はないのか。
「大体にして元冒険者はプライドが高いからやりにくいんだよ」
そう言う第三騎士団の部隊長。
「だからな、とりあえずそのプライドをぶち折るところから始まるんだ!楽しいぞ?」
……王城務めの騎士様だよな、一応。何で第三騎士団はこんな荒くれ者の集団なんだよ。第一騎士団のアグニスの兄ちゃんとかきちんとしてたよ?
「勉強になります!」
アグニスはアグニスで何を学ぼうとしてんだよ。第五騎士団で市井警備にあたっているアグニスにとっては、魔獣特化の第三騎士団も憧れの対象らしい。
というか、王族警護の第一騎士団が最も優秀だとされているらしい。
で、第二騎士団が対人戦に特化した部隊で他国との諍いとか有事の際には真っ先に出撃するのだとか。
第三騎士団は魔獣特化。だから元冒険者なんかもCランク以上であれば、加入できたりもする。まぁ……すぐに辞めてまた冒険者に戻るやつもいるけど。
辺境冒険者ギルドに元騎士とか言ってえらそーにする冒険者を、大人しくさせるのはそれなりに楽しかったかもしれない。
第四騎士団は国境の哨戒。
「間諜も王家の影もここに在籍してるんだよ!」ってギンさんが言ってたけど、たぶんそれ機密なんじゃないですかね。
そんなわけで、数こそ多いものの国内市井警備の第五騎士団は最も立場が低いらしい。
俺からすれば「騎士は騎士じゃん?」って思うけど、アグニスから「薬師にもランクはあるから分かるだろう?」と言われて……納得した。
4人いる兄たちはそれぞれ第一から第四にいるらしく、早く追い付きたいんだって。
演習場に着いたら……
「何で鍛錬からなんだよ!第三騎士団は魔獣を狩るのが仕事だろ?!」
何となく見覚えがある冒険者がイキってた。
「お前が弱いからなんじゃねぇの?」
「はぁ?!…………って、何でリシアンさんが王城にいるんですか?」
秒で大人しくなった。久しぶりだな、新薬試用依頼契約書の27番。
「え?薬師関係の仕事でだけど」
「いや……ここ、第三騎士団の演習場ですよ。ホント何でいるんですか?」
「呼ばれたから」
27番は「訳わかんねぇ……何で二代目辺境大森林の魔王が王城にまで……」とかブツブツ言ってた。
「おい、その二代目辺境大森林の魔王って呼び名は何なのかを教えろ」
話し合いにより素直に27番は「冒険者の中での呼び名であり、初代はバルドレム殿」と教えてくれた。
師匠が辺境に来た当初、ギルド長も手を焼いていた冒険者たちを徹底的に「街の人に迷惑をかけないよう教育」したんだと。
そのうち討伐依頼のある辺境大森林の魔獣を軒並み狩り、冒険者たちは誰も太刀打ちできなくなったそうだ。
師匠は元々Aランク冒険者だったけど、その功績でついに最高峰のSランクに到達。恐ろしいまでの強さからついた呼び名が「辺境大森林の魔王」だと。
「何で俺がそんな化け物の二代目になってんだよ?!」
「いや……あんた、人のこと言えませんよ?」
納得いかなかったから、とりあえずしばいといた。
とりあえず第三騎士団からは「せっかくの腕試しが台無しに……」「手間が省けた」「やっぱり俺の部隊に来い」など反応は様々だった。部隊への勧誘は断った。
第三騎士団でこの魔法はどうやんのとか雑談していたら、気配に敏いよな。
一斉に臣下の礼を始めたからそれに倣う。
「少し様子を見に来ただけだ。そう畏まらなくともいい」
この声は第一王子殿下かな?と思ったら違った。
見知らぬ護衛騎士を連れたその少年は、第一王子殿下よりも背が高く……プラチナブロンドに紫紺の瞳。ルイシン第二王子殿下だった。
ギンさんから「ルイたんもマジ天使でー」とか聞いてたけど、こっちの天使はでけぇな。第一王子殿下と違って。
顔立ち自体は似てるけど、側妃殿下の色を引き継いだんだな。
「お前がリシアン・フェルネスか?」
いいえ、第二王子殿下。それは元冒険者な27番です。俺はこっち。
「殿下、リシアンはこちらに……」
第三騎士団のやつらが「ドンマイ!」って目で見つめてくる。居た堪れないからやめて。
とりあえず第二王子殿下にはまた頭を下げる。
「……薬師と聞いていたのだが?あぁ、でも確かにヴァルディリア子爵に似ているか」
品定めするような目が落ち着かないんですけど。てか、これ俺って喋っていいもんなの?どうなの?しばらく無言の時間が続く。
「……あぁ、鍛錬を続けてくれ。私ももう戻る」
何しに来たんだ、第二王子殿下。
考えても分かんないから……とりあえず体を動かそうかなと鍛錬には混ぜてもらった。
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「ザファルド、私だ」
ルイシン第二王子殿下の声がしたので招き入れる。
「リシアン・フェルネスに会ってきた」
当然のように椅子に腰掛け、足を組む仕草は堂々としてこの方こそ次期王太子に相応しい。
第一王子は最近は体調が悪く、寝込みがちだ。執務も遅々としている。
「……やつの動きは?」
「読めない男だな。私がわざわざ声を掛けたというのに一言も発しない」
第二王子殿下のお言葉に何も答えないとは……ますます怪しい。誰の指示だ?レオナリスなのか、最近よく行動をともにしているというギンケイ様なのか。
「ただあれは相当な手練れだな。第三騎士団とまともにやり合っていた」
あの魔獣特化の脳筋集団とか……。これは確実に薬師ではない。たかが冒険者と思っていたが、第三騎士団とまともに相手が出来るほどとは……。
「捕縛、できませんか?薬師を名乗るなどとは王国法に触れます」
「いや、王都薬師連合の薬師たちも心酔している。薬師としての腕も確かなようだが?」
そのくらいの情報も知らないのか?と言いたげな目に黙るしかない。
「それなら!リシアン・フェルネスを名乗る別人なのでは?」
「……あれはヴァルディリア子爵によく似ている。他人とは思えぬほどな。ヴァルディリア子爵家からフェルネス男爵家に移籍したという庶子で間違いはなかろう」
どうにかしてやつを早々に処分したいものなのだが……尽く。第二王子殿下の前で、私に恥をかかせるような真似を。
人脈もあるし、資金も潤沢にある。どれだけ些細な情報でもいいから可能な限り集めてくるよう指示した。
これ以上、第二王子殿下に情報で遅れを取るわけにはいかない。たかが辺境の冒険者で薬師如きをいつまでも調子に乗らせるわけにはいかない。
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私室に戻り、やっと1人の時間となる。誰かが付き従うのが常であり、かえって少し落ち着かない。
「ルミス、いるか?」
叔父上が言うには幼馴染みという間柄らしいが、主君と従者だ。ルミスは王家の影だが、その忠誠はすでに私にある。
「……ここに、ルイシン様」
テーブルの陰から音もなくルミスが現れる。闇属性の魔法だ。
陰から影へと渡るその特殊な魔法、影渡りは王家の影特有の魔法でありいつ見ても素晴らしいなと思う。
欠点といえば同じ距離を走った時と同様に疲弊することか。それでも王城内であれば大した欠点ではなく、気にせずに使えるだろう。
「兄上の具合はどうだ?」
「……そろそろ表立って噂になる頃合いじゃないでしょうか。芳しくありません。医官たちの見立てでは持って年内であろうとのことです」
早産だったがゆえに兄となったその人は、正妃様の子で……王族特有の白銀の髪に青い瞳だ。
幼き頃より病弱ながらもその聡明さで王太子にとの声も多い。病がちでなければまず間違いなく王太子に任命されたであろうその人が……持って年内か。
第一王子陣営は一枚岩ではない。陣営の中でも病弱さを不安視する声も聞かれる。そこが、やはりネックとなっている。
こちらはというと……思惑は多々あれど比較的まとまっている。
兄上もここまでなのか……。
私も、幼い頃から兄上と同様に教育を受けてきた。座学においては兄上に遅れを取っているが、それ以外では……剣技や魔法は私の方が上だ。
側妃である母上の悲願である「王太子」……その座が、確かな輪郭を持って近付いてきた気がする。
「兄上……」
もし、貴方が早産でなければどちらが兄になったのだろうか。
一体どこで、私たちの命運は分かれることとなったのだろうか。
……考えても仕方がないことだ。どうなっても、私たち兄弟が王族であることに変わりはなくその務めを果たさなければならないのだから。
「ルミス、お前は……」
言いかけてやめる。
「ルイシン様がどの道を選ばれても、自分はそれに付き従うまでですから」
無表情で何を考えているのか分からないルミスだが、私の言おうとしたことは分かるようだ。
主君と従者だが……私たちは幼馴染みだからな。




