28話「兄上、ついに王都ですね」
「ここが王都なんですね!」
舗装された道路。同じ色合いで統一された街並み。
奥に見える一際高い白い建物、あれが王城か!
「すっげぇ、迷いそうですね!あ、でも王城を目印にしたらいける……?」
うーん……と思いながら眺めていたら
「リシアン、口調。気を付けて?」
「はーい」
兄上から注意された。そして目を合わせて頷きあったアグニスとルミちゃんにより、兄上と同じ馬車の中に大人しくいるようにと言い渡された。
馬車の中で兄上から王都の街についての解説を聞く。同じような色合いでも掲げられた旗の模様を見ればそれぞれが何の店か分かるということ。
王都は一区画ずつきちんと区切られているので迷うことはないということ。ここはまだ外れの方だから人はこれでも少ないらしい。
え、王都の中心部ってもっと人がいるの?
一応、王城が近くになると、そこからは貴族街でそこまで人通りは多くないようでホッとした。
俺たちが向かうのはその貴族街の中にあるトピリア侯爵邸。師匠の家でもある。あのジジイ、しょっちゅう研究だとかいって不在だけど。
師匠の弟さんが代官として、ほとんどの領地運営や邸内の管理などを一手に引き受けているらしい。
そんなトピリア侯爵邸にしばらくお世話になる。
王都に入る前に貴族仕様な服に着替えたからなんかそわそわする。クラバットを弛めていたら、兄上に「ちゃんとしなさい」ってきゅっと締められた。……辺境に帰りたい。
マジで兄上の上司のやつ、面倒なことに巻き込みやがって許さねぇと決意を新たにした。
「着きましたよ。自分は第一王子殿下と王弟殿下へご報告に行くので。報告が終わったらまた来ます」
そう言ってルミちゃんは街中へ行き……すっと消えたかのようだった。あれは魔法なのかな?
まじまじとしばらくルミちゃんが消えた先を眺めていた。
「ほら、リシアン行くぞ?トピリア侯の代官がお待ちだ」
アグニスに呼ばれて向かったのは……ここも城なの?ってくらいデカいお邸だった。えぇー……ヴァルディリア子爵家と全然違う。
アグニスは平然としてるし、高位貴族ってこれがフツーなわけ?
門の前にいるのは私兵だろうか、アグニスが声を掛けると話は通っているようで中に案内された。
ちなみに邸内は馬車で移動だった。俺は王都半端ねぇなと思って、ただボーッと外を眺めていた。
家令に案内されて客間で待つ。その客間も豪奢で……すごい居心地が悪い。
いや、趣味のいい誂えっていうことは分かるんだけど。色味も落ち着いてて……でもひたすら落ち着かない。
「借りてきた猫だねぇ」
と兄上が笑っている。
だって!見たこともないけど分かるレベルの、明らかな高級品に囲まれた空間に放り込まれたら俺だって戸惑うよ?!
「緊張することもあるんだな?」
アグニスも意外そうに言うけどさぁ。貧乏子爵家と辺境しか知らない俺に無茶を言うな。
拗ねながらも、とりあえず目の前に置かれたクッキーを摘む。何これ、うっま。
兄上から「マナーとして全て食べてはいけないよ」とは言われたから、全部の味を制覇しとくだけにした。
紅茶で喉を潤していたら、トピリア侯爵家の代官がやって来た。
長身痩躯にモノクルが似合う知的な老紳士って感じの人。これが……あの師匠の弟だと?全っ然違うじゃん!と思いつつ、高位貴族に対する礼をする。
「皆様、顔を上げて気楽にしてください。兄よりお話は伺っております。代官を務めておりますエヴァンハルト・トピリアと申します」
穏やかな口調のその人はマジでジジイと似てねぇな……なんてぼんやり考えていたら、アグニスと兄上が続いて挨拶をしたから俺の番か!とハッとする。
「バルドレム候……師には大変お世話になっております。辺境で薬師をしているリシアン・フェルネスと申します。以後、よろしくお願いいたします」
これでいいかな?とちらりと兄上を見ると、微笑んで頷いてくれた。
「兄からは元気な青年を弟子に取ったとは聞いていましたが……落ち着いた青年ですね。家名だとややこしいでしょうから、私のことはエヴァンハルトとお呼びください」
「はい、ありがとうございます」
師匠より断然やさしそうだし、すごい品のある老紳士だな。師匠の弟っていうから、めっちゃ緊張していたけどホッとした。
「あ、これ辺境で採取したディフレイアです。トピリア侯爵家で研究用として使ってもらえたら幸いです」
アグニスの何か言いたげな目は無視して、鉢植えのそれを手渡す。
透明な花弁はまだ生き生きとしている。
「これは……!兄から聞き及んでいましたが現物は初めて見ます。毒の万能薬のディフレイアですか……。花弁の透明度といい実に素晴らしい状態ですね」
エヴァンハルト様もまた薬草学に長けた方で、思いの外盛り上がった。温室でこれも大事に育てるって言ってくれた。
トピリア侯爵家は代々、薬草学においては第一人者で温室もかなりの広さがあるらしい。後で案内してくれるみたいで、めっちゃ楽しみ!
そして親切にも俺たちが使っていいという客間まで、エヴァンハルト様自らが案内してくれた。
「リシアン様はこちらを」
そう言ってくれた部屋の扉を開けると
『リシアーン』
『来ちゃったぁ!遅いよー』
『ねぇ、あのおじいちゃん何?!すっごい怖かったぁー』
いつもの精霊たちがいた。
『何でお前らがここに先にいるんだよ?!来んなって言ったじゃん』
『一緒には行かないって言っただけだもーん』
『別行動ならいいんでしょー?』
誰だ、こいつらにこんな悪知恵を入れたやつは。
『リシアンならこうすると思ってー』
そう言いながら、ケラケラ笑っている。俺の影響かよ!
精霊たちと言い合っていたけど、ハッとする。
ヤバい、エヴァンハルト様もまだ……いる?
振り返ると目を白黒させたエヴァンハルト様がいた。
「……リシアン」
兄上は肩を落とし、アグニスはもう真顔で突っ立っている。ごめんて。エヴァンハルト様はすぐに落ち着きを取り戻していた。
「いやはや……兄から聞いてはいたのですが、これが精霊言語というものなのですね。長生きはしてみるものですね、いいものを見せていただきました」
……何て言ってたかは、バレていないからセーフ?
えーっと、とりあえず客間でしばらく休ませてもらうことになった。
「リシアン、少しお兄ちゃんと話をしようか?」
にっこり笑っているけれど……
「はい」
セーフじゃなかった。素直に怒られることにした。
人前では決して精霊たちと喋ってはいけない。精霊言語だろうが、こちらの言葉だろうが話してはいけない。
やむを得ない状態の時と、兄上の許しがあった場面でのみ会話してもよいとのこと。
何か、俺が思っているより精霊言語ってヤバいのかもしれない。とにかくザファルドとその一派が王城内のどこにいるか分かんないから、絶対に話さないようにと厳命された。
ザファルド・アルケイン伯爵だっけ……記憶を辿ってみるけど。あの痩せて陰気そうなオッサンがねぇ……そんなヤベーやつなのか。
とりあえず兄上の敵は俺の敵。
兄上から開放された後、まずは精霊たちに何で来たのかを聞く俺。
「てか、お前ら店は?見てくれるんじゃなかったの?」
『残ってる子もいるよー?』
『それより!あのおじいちゃん何?!びっくりしたよー』
『ムッキムキのクマみたいで怖かったぁー』
……そういえば何日か前から、こいつらのうち何体かはいたよな。服屋で俺を見て笑ってたよな?
口々に話す精霊たちを眺めながら考える。
「あの熊は俺の師匠だよ。でもって今いるこの広い邸の主だよ」
『えぇ?!貴族ー?』
『僕は知ってたよ!リシアンを薬師にした人だもん』
風乃が何か得意気だな。
『僕、不審者かと思っていっぱいお水かけちゃったー』
『蔦でねー、捕まえようと思ったらブチブチーって引き千切ったのー!』
怖かったとか言ってるけどお前ら……何してんの。
『リシアンの仕業か?って聞かれたからぁー』
『うんって言って逃げてきちゃったぁー!』
……マジか。何やってくれてんの?
「……とりあえず、この中でジジイに何かしたやつは挙手」
そう聞くとその場にいた精霊たちの手が一斉に挙がった。5、6、7、8……俺は数えるのをやめた。
何かしたやつは全員こっちに来たらしい。とりあえず辺境に戻ったら……どうすっかな。
帰りたくねぇ、シンプルにそう思った。




