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片耳から「ピニャー」って聞こえるけど、俺にしか聞こえない精霊言語だったwww  作者: 康成


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24話「結局のところレオナリス様が一番すごい」

 リシアンは私と同い年だというのに、しっかりとしている。レオナリス様から聞いた話によると、ろくな貴族教育も受けていなかったという。

 15歳から子爵領内で冒険者登録をし、成人した18歳からは薬師見習いとして辺境の地で働いている。22歳で正式に薬師になり、一店舗を任されている。その上、Bランクの冒険者という実力者だ。


 私はというと、他の兄弟からも末子ということでかわいがられて育ったと思う。

 他家との交流も子供の頃からあり、庶子といえども軽く扱われないよう育てられてきた。

 15歳で貴族学院に行き、18歳からは騎士見習いとして登用された。

 22歳で正式な騎士として任命されたが、配属先は市井警備の第五騎士団。花形の王族警護の第一騎士団や、実力が物を言う第二騎士団からは声がかからなかった。


 第五騎士団でも実績を積めば、他の騎士団へ転属となることもある。それでも今の私の立ち位置と、リシアンの立ち位置とを比べてみると……どこでこんな差がついたのだろうと思う。

 彼はずいぶんと早い頃から、独り立ちしている。堂々としたその姿が、羨ましく思える。


 そして今、彼とともに辺境大森林の中層部にいる。

 熊を狩りたいそうだ。大牙熊ではなく、動物の熊でもいいからはぐれ個体を発見次第駆除と素材採取としたいとのこと。

 

「とりあえずどんくらい戦えんのか見たいから、俺は手は出さない。ヤバそうだったら止めるけど、王都の騎士様ってそんなレベル低くないでしょ?」

 簡単に言ってくれるなぁ。野生の熊とはいえ、一対一で出くわすものではない。対魔獣特化の第三騎士団でもなければ、王都の騎士で熊と戦った経験がある者なんていない。

 実習での対魔獣戦はあっても、パーティーを組んでの討伐で安全性も確保されている。


「……今日は運がいいな。近くにいるよ。俺は見えるとこで待機してるから、よろしく」

 

 そう言ってリシアンは近くの木に音も立てずに登っていく。残された私は剣を構える。

 間もなく茂みが揺れ始め、痩せた黒い獣がその姿を現す。


「……灼刃よ、我が手に応えよ――紅蓮穿っ」


 炎を纏った剣で熊を斬り裂く。魔法の炎はあっという間に熊を包み込み……


「何してんだ、てめぇっ!」


 リシアンの怒声とともに、大量の水が降り注いだ。びしょ濡れになる私。

 魔法の炎はより強い魔法ではないと打ち消せないはずなのだが。


「……うっわ、もうコレ使えねぇじゃん。こんな中まで黒焦げにしてさー?」

 まずは熊の状態をチェックするリシアン。私もびしょ濡れなのですが。

「魔法の炎が対象以外は燃やさないからってやり過ぎ。てか、熊は素材として使うって言ったよね?何で火魔法なわけ?」


「すまない……火属性が得意ゆえに咄嗟に使ってしまった」

 話しながらもリシアンは土属性の魔法で周辺に深い穴を掘り、そこに焦げた熊を落とし高火力な火属性魔法で炭にしてから埋めている。

 最後に水と木属性の魔法とで、その場に一株の白い鈴なりの花が咲いた。

 無詠唱で、複数の属性の魔法を次々に披露されて呆然とする。


「とりあえずお前も熊に謝れ。無駄にしやがって……」

 言われるがままに頭を下げるが、辺境大森林で熊はそこまで珍しくない生き物のはずだ。

 釈然としない様子を見てとったのか

「あのな、ここで狩れる熊はさっきのみたく縄張り争いに負けたはぐれ個体なわけ。縄張り争いに負けたから痩せてるし、見境なく襲ってくる好戦的なやつだから駆除の対象になる」

 リシアンがそう淡々と説明してくれる。


「熊なら何でもいいってわけじゃないの。熊が減ると鹿が増えて……森のバランスが崩れる」

 師匠から教わったことだけど、そう最後に付け足して「俺も昔はそれで怒られた」なんて言ってくれる……何て気遣いのできるやさしい人なんだろうか。


「てか……魔法を使う前のあの言葉何なわけ?厨二病?」

 呆れたように言われた。

「いやいやっ、詠唱は魔法を発動するのに必要なもので貴族学院でもそう教わるじゃないか!」

 言ってからハッとする。彼は貴族学院には行っていない。そしてチュウニ病とは何なのか。何の病だ?


「はぁ?んなもん言ってる隙にやられるに決まってんだろ。精霊って願えば魔法の発動に力を貸してくれるもんなのに、貴族学院って何を教えてんの?」

 なおも「何を言っているんだ?」という目を向けてくるが、私からすれば君のほうが何を言っているのかを聞きたい。


「詠唱で精霊様にこちらの意図をより正確に伝えるんだ。それにより同じ魔法の発動が可能となるのだが……」

 威力は各々の魔力量や、慣れで変わるものだが……私は別におかしなことを言っているわけではない。


「ふーん。貴族って大変なのな」

 その一言で片付けられた。無詠唱魔法の連続発動のほうが大変だということを、リシアンは知らないのだろうか。

 それができるのは一部の……魔法に長けた貴族や精霊契約をした者だけだということを。


「平民とか冒険者は無詠唱が基本だからな」

 さらっとそう付け加えるけれど、大したことがないよう言うのはやめてほしい……。

 

 平民の魔法は火を灯したり、少しの水を出したりと「生活魔法」と呼ばれるもので高威力な魔法発動とは別の話だ。これは全ての貴族も発動できる基本の魔法であり、詠唱が必要ではない。

 冒険者にしても威力のある魔法を使える者なんて、かなり限られた者だけではないのか。無詠唱で安定した威力の魔法発動だなんて異常だ。

 ただ……それを問う気力が残っていなかった。



 

 ❖――❖――❖――❖――❖


 リシアンと熊を狩りに行ったアグニスが疲れた顔をして帰ってきた。失敗したのか、熊が出なかったのだろう。

 2人を名前で呼び捨てることにはまだ慣れないが、冒険者の体で動くため必要なことだと割り切る。


「もうマジ、こいつ全っ然ダメ!焦がすし、のんびり詠唱とかするしさぁー」

 その砕けた口調はいつ聞いてもレオナリス様のご兄弟だったとは思えない。

 彼の育ちからすると、そのようにしなければ生きていけなかったから身につけた術なのだろう。


「ちょっと昼からはルミちゃんが一緒に森に来て手伝ってよ?ルミちゃんなら詠唱とかしないタイプなんじゃねーの?」

「ルミちゃんと呼ぶのはやめてください。詠唱は必要ないです」

 

「さっすが、影ー!」

 なんて言って笑っているが……これは必要にせまられて身につけた術なのか、自然体でこうなのか判断がつかない。

「ルミちゃーん!」……そう、同じように呼んでくるやたらテンションの高い王弟殿下の姿が頭をよぎった。

 この2人は会わせてはいけない気がする。


 リシアンと愛馬のゴルディアスは森の歩き方にも慣れており、着いていくのは少し苦労した。

「ルミちゃん、深層部まで行けそ?」

「はい、行けます」

 ……これはきっと、王弟殿下と同じ人種だ。ルミちゃん呼びは諦めることにした。

 それにしても、こんなに精霊たちが集まってくる人間も珍しい。どこの国とも分からないその言葉が精霊言語なのだろう。

 精霊から何かを聞いてハッとした顔をするリシアン。


「お蚕さんたちが大牙熊と戦おうとしてるんだって!ルミちゃんもゴルディに乗って、急ぐから!」

 彼の言うお蚕さんとは幻蚕のはずでは……急ぐ必要とはと思いつつもゴルディアスに跨る。


 精霊たちの案内で辿り着いたところは……三方から大牙熊を取り囲むようにフォーメーションを組んだ幻蚕だった。

 妖しく光る目は攻撃しようとしているのではないだろうか。


「お蚕さんたち、大丈夫?みんな無事?」

 リシアンがそう声を掛けると幻蚕たちは妖しく光っていた目が黒く戻り、ぽてんと地面に転がるとリシアンの足元に擦り寄っていく……。

 ぷるぷると震える個体を抱き上げて「怖かったなぁー」なんて言っているが、自分から見ればわざとらしいのだが……。


「よーし、風乃。あの熊をやるぞー」

 そう言いながら、すっと構えた手首には何かの装置が付いているのだろうか。

 微かな音とともに発射された……あれは針か。大牙熊の目に刺さると同時に、風魔法が寸分違わぬ軌道で突き抜けていく。

 声を上げることもなく大牙熊は倒れた。魔法により目から頭部を突き抜けてできた傷は凍っている。


「もう大丈夫だからなー。群れのところに帰ろうな?」

 よしよしと幻蚕たちを撫でるリシアンの後ろでは、精霊たちがせっせと伏せたゴルディアスに大牙熊をくくりつけるように乗せている。

 ……自分は、何を見せられているんだろうか。

 あの幻蚕一体でも勝てるかどうか分からない。無傷でもすまないだろうその個体を当然のように抱きかかえ、撫で回している。いっそ怖い。


 久しく感じることのなかった恐怖の中

「群れのとこルミちゃんも来てみる?スノウモスルァーもいると思うし」

 事もなげに言うリシアン。そして「リシアンが誘っているのに、断るわけないよな?」という幻蚕たちの圧に負けて同行した。


 少し開けたその場所は、結界で隠されており……リシアンに招かれると入れた。

 数十の幻蚕が舞い、多種多様な植物が季節関係なく咲き誇る。

「いやー、いつ来ても綺麗だよなー。スノウモスルァーたちの縄張りみたいでどんどん広くなってくの」

 そう言って笑うリシアンだが、ここは縄張りというより――


 一際大きな幻蚕がリシアンの元にやって来る。

「スノウモスルァー!」

 慣れた手付きで従魔である幻蚕を抱えるリシアン。

「ごめんな。スノウモスルァー、俺しばらく王都に行くからしばらく来れない」

 リシアンの腕に抱きつくその様子は自分も連れて行けと言っているように見える。


「さみしいかー、ごめんな?でも王都は危ないから連れて行けないんだよ。幻蚕って超珍しいみたいだから狙われちゃう……」

 ……王都より、辺境大森林の深層部のほうが余程危険地帯なのだが。狙われはするだろうが、その幻蚕に敵うものなど早々いない。

 ボス個体のその従魔は、他の幻蚕より相当に強い。


「ちゃんと帰ってくるし、ここを出る前までにまた来るから、な?ちゃんと群れを守って強く育てるんだぞ?」

 ……そして群れにも強さを求めるのか。従魔の幻蚕も頷いている……この個体はやはり言葉を理解しているのだろう。


 麓に戻って来たときには疲れ果てていた。主に精神的に。

 リシアンからは「解体所に熊を届けてくるから先に薬店に戻って休んどいて!」とのことだった。あの体力のあるアグニスが疲れた様子で戻ってきた理由が分かった。


「ルミス……お疲れ様。リシアンとはどうだったか?」

 いまだに疲労の残る目でアグニスがそう尋ねてくる。

「あの人は……」

 無茶苦茶だし、得体が知れないし、何を考えているかも分からない。悪意はないことは分かるが……それ以外はその行動の理由も何もかも理解できない。

 

「なぜ幻蚕の群れを強く育てるよう従魔に指示した?」と問えば

「え?今日も熊相手に震えててかわいそうだったから。か弱いと森で大変じゃん?」

 との返事に絶句した。あの幻蚕たちを本気でか弱いと思っているのか。

 

 悩む自分に

「ルミスも大変だったな……」

 労るようにアグニスが声をかけてくれた。

 ……それにしても、リシアンが縄張りだと言ったあの場所は


 ――聖域なのではないかと思った。


 伝承でしか聞かない場所だし、今となってはどこにあるかも分からない場所。


「兄上ー!戻りましたー」

 レオナリス様に今日の出来事を報告しているリシアン。

 熊の素材はこれは血止め薬で、解毒と消炎・消化促進の胃薬と……レオナリス様に調合の算段を相談する顔は真剣で。


「とりあえず過去最大個体だし、記念に毛皮はここに絨毯として敷きたいんですけど……どうです?」

「……衛生面に不安があるからやめなさい」

 とレオナリス様に止められていた。

「じゃあ、壁掛けに!掛けるタイプなら……!」

 となおも食い下がろうとするリシアンに、先程までの印象は霧散した。……聖域だなんて伝承の、所謂お伽噺の類だ。

 とりあえずリシアンを止められるレオナリス様が一番すごい、そう思った。


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