22話「召集命令」
「今日は兄上殿の日なのか!」
猟師のジイちゃんの一件から、冒険者や猟師の中でも兄上の評判は爆上がりしている。
兄上も「体を動かしているほうがいいんだよねぇ」と店先に顔を出す頻度が増えて、冒険者たちとも馴染みになってきて「兄上殿」なんて呼ばれている。
俺はというと、兄上が辺境特有の植物や茸に興味があるらしく採取の日々だよ。お蚕さんたちの群れの場所だけは、なぜか季節問わず多種多様な植生をしている。初めて見たときも思ったけれど幻想的な光景ですごい。
群れの数が増えるにつれて徐々に拡大していってるみたい。たぶんこれが縄張りなんだろうな。
「それにしても兄上、せっかくの休暇なのに働きすぎじゃありませんか?」
朝は依頼や猟の前に薬店に来るお客さんの対応、日中は薬を作って研究も同時進行、夕方からはまた店に出て、夜はまた研究って兄上……。
「過労死ライン」って言う言葉はご存知ですか?働き過ぎはダメなんですよ。
「ここでしかできない研究もあるから面白くてつい、ね」
なんて言う兄上は、新しい麻酔薬を作りたいんだって。こないだおっちゃんに依頼した「縫合針」とかを使って傷口を縫うのに、できれば今よりいいものがほしいそうだ。
『リシアン、お客さん来るよー』
風乃がそう教えてくれたけれど、もう店は閉店してんだけど?
『えー?誰が来るの?』
『知らなーい。1人はこないだ兄上と一緒にいた子!』
兄上、誰かと一緒にここまで来たのかな?兄上の知り合いなら店を開けるか。
「兄上、風乃がなんかこないだ兄上と一緒にいた子が店に来るよって言ってるんですけど」
誰だろ?とりあえず表の札を開店にひっくり返す。
「……これは、思ったより早い迎えかもしれないね」
後ろで兄上が何か言っていたのは、あまり聞き取れなかった。……開店のベルが鳴る。
「失礼します!あぁ、君が噂のヴァルディリア様の弟君か!同い年だし、以後よろしく頼むな」
声がでけぇ。何だよ、そのキラッキラの笑顔。
でも……この赤色の髪は特徴的で、見覚えがあるな。
「はぁ?弟君とか言われても誰のことなわけ?てか、高位の貴族から名乗るのが常識なんじゃねぇの?ローダウェル侯爵家の……アグニス様?」
お貴族様が何の用だよ。以後よろしくしねぇよ。
「そうだな、申し訳ない。私はローダウェル侯爵家のアグニスという。同じ庶子で君にはつい親近感があって、仲良くなりたいと思ったんだ!」
……やりづれぇ。せめて言い返してこい。あと、俺は別に仲良くしたくねぇ。
「リシアン、言葉遣い。でもまだちゃんと高位貴族は覚えてたんだね、えらいねぇ」
兄上から褒められて機嫌が治る俺。
「ルミスくんもお疲れ様。……私が思っていたより早いけど、体調は大丈夫かい?」
隣の目立たない小柄な方が兄上の知り合いなのか。ありがちな茶髪に同じ茶色の目……だけど
「そっちはカラベルト伯爵家の人?」
そう言った瞬間ぶわっと鳥肌が立つ。強い魔獣と相対したときと同じ……殺気だ。無意識に太腿のところにあるナイフに手を掛けていた。
「ルミスくんに家名はないよ、リシアン」
割って入るように兄上が声をかけると、少しそれは落ち着いた。肌にひりつく感じはあるけれど、何?!俺そんな殺気をあてられるほどのことした?
「えーと……悪いな、ルミス。何かカラベルト伯爵家の人とおんなじ耳の形だったからつい。吸血鬼みたいでカッコいいよな、あの尖った耳先!」
あの頃はファンタジーなこの世界すげーと思いながら貴族名鑑を見て覚えてたんだけど、ファンタジーな世界でも吸血鬼はファンタジーな生き物扱いだった。
「……レオナリス様、この方は何なんです?家名を知られた以上、消すか私が消えるかの二択なんですが」
何かすげぇ物騒なことを言ってる。
「いやいや、お前のほうが何なんだよ?消すとか消されるとか訳分かんないんだけど!」
……アグニスは細かく震え、兄上も天を仰いでいるのですが。
「私は王家の影です。家名は秘匿事項なので知られた以上は……」
「すっげ!王家の影とかってマジでいるんだな」
へー、これが……。だから目立たない感じにしてるのな。ふーん。ひとしきりルミスを観察する。
「あの……」
何か言いかけてやめるルミス。
「リシアン、ルミスくんが困っているからやめてあげなさい」
確かにあんまり眺めるのも悪いか。それにしても王家の影に侯爵家の五男がそろって何の用で?
「……すみません、本題に入ります。第一王子殿下からレオナリス・ヴァルディリアとリシアン・フェルネスへ召集命令です」
「はぁ?」
第一王子殿下って……王族からの命令?え、何?
兄上を見ると頷いている。
「兄上だけならまだしも何で俺?王族が平民薬師に何の用があるわけ?」
マジ意味分かんないんだけど。
「……フェルネス様も事情はご存知でしょう?」
ルミスからそう聞かれるけど、何の事情?!
「ごめんね、ルミスくん。私が彼にはまだ何も伝えてないんだ」
そうして兄上が教えてくれた事情は「兄上の上司が契約精霊簒奪研究をしていること」「第一王子殿下の契約精霊もそれで奪われた可能性が高いこと」そして……
「リシアンの精霊言語翻訳と発話が可能なことを上司の……ザファルド殿に知られたら大変な事態になるかもしれない。王国の危機ともいえる事態が起こっているんだ。僕はそれを阻止したい」
とりあえず悪いやつが、精霊を利用して悪いことをしようとしている。で、兄上はそれを止めたいんだな。
よし、分かった。
「事情は分かりました。そいつをぶっ飛ばせばいいんですね!スノウモスルァーと精霊たちを集めてきます!」
「ちょーっと待ってね、リシアン!」
兄上に捕まった。
「え?何ですか、兄上。大丈夫ですよ、スノウモスルァーに頼めば群れの仲間も来てくれると思うんで!」
「全然大丈夫じゃないからね?!」
何がだろうか。あ、やっぱか弱いから戦力として不足しているとか?
「そうですね……連れていったらかわいそうですもんね」
「うん、それは王国の騎士たちがかわいそうだから本当にやめようね?」
何で騎士が?とりあえず兄上がやめてって言うならやめるけど。
話を戻すと、ザファルドの研究を阻止すべく兄上と俺にも協力をしてほしいらしい。
第一王子殿下の契約精霊簒奪疑惑のため、他言無用。王国としてもその研究が進むと非常事態となるため、秘密裏に処理しなければならない案件らしい。
で、事情は伏せた上でなるべく早く王都まで来るようにとのこと。
「事情は分かったけど、こっちも店があるから1週間くらい準備に時間ほしいんだけど?いつまで王都にいればいいのかも分かんないし」
麓の薬店に慣れた冒険者や猟師がいるんだよ。怪我の緊急手当てなんかもあるから、近くの店のがいいに決まってる。
他店の薬師に協力要請をしないといけない。
それに今からの季節によく使う薬の素材、まだ採れてないし。
「1週間も待てませんよ!第一王子殿下が至急とのことです!」
「うるせぇ!王族なら自分の国の人々も大事にするもんだろ?至急で1週間、こっちはいるんだよ!」
他店の薬師にこっちの店に交代で来てほしいと交渉して、足りない素材を狩って、お蚕さんの群れのとこから薬草を採取して……5日あればいけそうだけど長めに1週間と言い切る。
「何?それとも第一王子殿下って平民なんてどうでもいいって考えな人のわけ?」
「第一王子殿下はそのようなお方ではありません!」
アグニスが言い切った。うん、お前の好感度上がったわ。
「じゃあ1週間ってことでよろしく。素材の採取とか手伝ってくれたら、もうちょっと早くなるかもしれないけど?」
そう言ってニヤニヤ笑う。
王国の騎士様と影……めっちゃ即戦力な予感。その辺の冒険者には負けないだろうし、かなり期待が持てる。
大牙熊はとりあえずもう一体ほしいし、地竜も念の為いっとく?そっちは2人に任せて、俺はお蚕さんたちのとこに薬草とか分けてもらいに行こ。
ルミスがアグニスに何やら文句を言っている。
兄上は……呆れたようにこちらを見ている。
「第一王子殿下を待たせるなんて、リシアンにしかできないよねぇ……」




