18話「焦燥と召集」
「リシアン・フェルネスに関する経過報告」
――精霊言語に関する特異事象について――
当初、一単語のみと思われていたが訂正。
高位精霊と思われる存在より耳飾りの二属性複合魔石に「精霊言語の翻訳機能」および「発話機能」が付与。
現在、会話の齟齬はほぼ見られないことが新たに判明。
――以下、新たに判明した情報二点もまた重大事案のため追加報告
―― 幻蚕との関係性について――
一昨年、辺境大森林にてそれとは知らずに幻蚕の幼体をテイムし従魔としている。
現在は生体化し、三十体以上の群れを束ねるボス個体となっている。
周囲の魔獣にもある程度の支配力を有している可能性が高い。
―― 精霊との契約に関する動向について――
今月に入り、風の精霊一体と契約を結んでいる。
他にも複数の精霊から申し出があったが、本人は契約に消極的である。
幻蚕をテイム方法すら知らずに従魔化した前例もある為、今後も自然契約が発生する可能性は否定できない。高位精霊と思われる存在との関係も良好であることも容易に推察される為、動向には注視が必要である。
以上、リシアンに関する特異性は更に深まる可能性があり、早急な対応が望まれる。
レオナリス・ヴァルディリア
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レオナリスからの報告書を読み終えた私は眉をひそめた。影のルミスが想定よりかなり早く戻り、倒れるように渡してきたのである程度の不測の事態は覚悟はしていたのだが。
「レオナリスくんの弟くん……何者なの?軽く国家転覆狙えちゃうスペック搭載して何してんの?」
「……レオナリスがその事に気が付かないはずがない。こうして報告してきたということはその可能性は限りなく低いのだろう」
ルミスには悪いが、彼を直接見ているはずだ。話せる程度に回復したらすぐにでも聞かなければならない。
「うん、セイたんとレオナリスくんが言うならそうだと思うけどさー……弟くんマジ面白れーやつすぎてオーバースペックがすぎるよね」
「セイたんと呼ぶのはやめてくださいと何度もお伝えしていますよね、叔父上?」
そう敢えて冷たく言っても叔父上は基本的に堪えない。
「うちのコもついに反抗期突入か……叔父たんはさみしいよ」
「自分を叔父たんと呼ぶのも気持ちが悪いのでやめてくれませんか?何なんです?その何とかたんって呼び方は……」
叔父上といると……たまに頭痛がする。決して嫌いではないし、頼りになる叔父上なんだけれどその思考回路にはついていけないことのほうが多い。とりあえず叔父上は無視してもう一度報告書を読む。
「高位精霊と思われる存在」とあるから高位精霊とはきっと異なる存在なのだろう。そもそも精霊たちが言葉を発するような仕草はするのだが、その声は聞こえない。古い時代にはあったのかもしれないが、現在では全く伝わらないというのが定説だ。
先のレオナリス宛の手紙に「ィ゙ビルァ」が「おはよう」とは書いてあり、叔父上に試させてみたら確かに精霊は喜んでいる様子だった。
子爵家にいた時や以前会った際には、一切そのような様子はなかったため最近のことであることは間違いないと思うとレオナリスは言っていた。
最近、何か変化があったのか?
レオナリスも彼が二十歳のときに会ったのが最後だという。侯爵家のバルドレム・トピリアがミレア・フォリン子爵令嬢を養子とするための移籍の手続きで王都に来た際に彼も同行していた。2人の移籍手続きを待つ間にレオナリスに会いに来たのだという。
そこから3年の間か、本当に直近の出来事なのか。ルミスにも聞かなければ判断はできない。
ルミスが起きたので、報告書だけでは分からない詳細を聞くことにする。
「フェルネス様については街での会話などは分かるのですが、薬店兼自宅での様子は、精霊たちとフェルネス様所有の馬が警戒しており離れたところで待機となりました。そこでの会話はヴァルディリア様から聞いたものとなります」
ルミスが言うには精霊たちが自主的に彼の周囲を警戒し、守ろうとしているように見えたと言う。稀に現れるという精霊の愛し子なのだろうか。
辺境の街に馴染み、貴族として育ったわりにむしろ馴染みすぎていることが気になると言うが……
「マジ?レオナリスくんの弟くんとはめっちゃ気が合いそう!」
この叔父上がいるので、そういうこともあるものだと思えてしまう。叔父上にいたっては生粋の王族なのになぜ……。
「フェルネス様は新年祭の頃に高熱で倒れたそうです。そこから片方の耳が聞こえなくなり、精霊たちの言葉が聞こえるようになったとのことです」
「……精霊言語が聞こえるようになるために高熱が出たのか、高熱が出て難聴になったから精霊言語が聞こえるようになったのか……分からないな」
前者であれば精霊からの計らいだろうし、後者であれば事故にも近いものだろう。
ただ、後天的な要因で聴力を失くす者も一定数いる。彼らから特にそういう話は出ていないので、おそらく前者である可能性のほうが高いと思われる。
「テイムした幻蚕は常に一緒にいるのか?」
単体でも危険な幻蚕を30体以上の群れだからな……。辺境の街なら一晩で落とせる過剰ともいえる戦力だ。
「いえ、私が見た範囲ではいませんでしたしヴァルディリア様からの話でも幻蚕は森で放し飼い……森の住処に群れでいるそうです。フェルネス様が幻蚕はか弱い生き物だから、こんなところへ来ては危ない。辺境大森林の深層部から出ないようにと厳命しているとのことです」
叔父上が吹き出した。
「ちょ……幻蚕って最強クラスの魔獣を、か弱いって何?!森の深層部のが危険だよねぇ?」
「怪我をした幻蚕の幼体を手当てし、保護したことがテイムの切っ掛けだそうです。フェルネス様にとってはか弱い生き物に見えたようで……成体となった今でも名残りのようです。私には理解しがたいのですが……」
私にもリシアン・フェルネスという人物が読めない。こいつは何を考えている?
「精霊と契約したそうだが、これについては?」
「風属性の中位もしくは低位の精霊だと思われます。他にも複数から打診があったのは本人がなぜか断ったそうです。契約精霊にはカゼノと名付けたそうです」
「カゼノ……風のか!あー、はいはい」
不思議な響きを叔父上だけが納得している。
「セイたん、大丈夫だよ!弟くんはきっとなーんも考えてないから!」
満面の笑みを浮かべる叔父上がそっと「彼も俺と一緒だよ」とこっそり教えてくれた。
叔父上と一緒……異世界で過ごしたという前世の記憶?叔父上の破天荒さからして信じるに値するなとは思ったが……。
何せ叔父上は私が生まれる前の話だが、近隣の国と外交関係で揉めあわやというところで自ら前線に赴いた。そこまではいい、王族だし士気が上がる。「吊り橋効果ー」とか言って相手側に極大の火炎魔法をぶっ放して、自らの守護魔法で紙一重でその魔法を防いで力の差を見せつけてきたっていうのは何なのだろうか。外交はかなりこちら有利に傾いた。ちょっとドキドキさせて守ったらイチコロと叔父上は言っていたが……限度というものがある。
「はっ、それならルミちゃん!幻蚕の名前も何か変わった響きだったりしない?!」
「……王弟陛下、ルミちゃんはお止めください。幻蚕にはスノウモスルァーと名付けているそうですよ」
モスルァー……モスルァーって何で巻き舌と何が面白いのか叔父上がお腹を抱えて笑っている。
私は「スノウ」だけなら真白い幻蚕に合いそうな名付けなのになと思った。
「ルミス、ご苦労だった。また呼ぶまでしっかり休むといい」
そう言ってルミスを下がらせて、叔父上から話を聞くことにする。
「叔父上は、カゼノとスノウモスルァーという響きに覚えがあるの?」
「そりゃあねぇ、元日本人としては分かりますとも。カゼノは日本語で風のをそのまま読んだ音だよ。精霊様、めちゃくちゃシンプルな名付けされてる」
叔父上がかつて生きた記憶があるという日本。
「スノウモスルァーは……そういう怪獣が出る映画があってねぇ、何で巻き舌発音かは分かんないけど」
怪獣とか映画という知らない単語を使うのはやめていただきたいのだが、本当にその聞いたこともない「日本」という国が遠い世界にあるのかもしれない。
「……彼に、国に危害を与える可能性はあると思う?」
「いやー、ないと思うよ?言ったでしょ?俺と一緒だって。向こうの常識に引きずられて……ズレているだけだよ」
日本を懐かしむように少し遠い目をして笑う叔父上。
「そうか。それなら、レオナリスとリシアンをここに召集しようか」
国を害するわけでないと証明するためにも、私のもとで一働きしてもらおう。私に、残された時間は少ない。彼らの協力があれば、事態は……
「イグナート、お前のところの末弟を少し借りる」
護衛騎士のイグナートにそう声を掛ける。
「私の末弟と言いますとアグニスですか?まだ見習いが取れたばかりで殿下のお役に立てるとは……」
そう首を振るイグナートに
「レオナリスは弟をたいそうかわいがっている。末子で庶子で……年も同じ23だ。ルミスとアグニスにレオナリスをこちらへ来るよう説得させる。……レオナリスは年下に弱い」
弟と同じ境遇、同じ年のアグニス。素直で明るい気質だという。レオナリスはこの手のタイプに弱いことを私は知っている。
そしてレオナリスが行くと言えば……リシアンもきっとやって来るだろう。
「レオナリスくんの弟くんが来るの超楽しみ!同郷の話めっちゃしよ!」
……この叔父上と会わせていいものなのかどうかが、最大の懸念だ。




