16話「お兄ちゃんはすでにオーバーキルです」
弟を思い、ため息をつく。昨夜は遅くまでリシアンから詳細を聞き、それをセイラン殿下へ届ける報告書として仕上げたときにはもう日が昇りかけていた。辺境まで2週間かけて移動した疲れはあったが、リシアンからの怒涛の報告で……眠れないかと思った。けれど、思いのほかぐっすり眠ってしまったようだった。
「いっそ全て夢だったらいいのにな」と思ってベッドに横になった。そして目が覚め……私室とは違う景色と空気が現実だと知らせてくる。
「トントン……」
と控えめなノックの音に僕は返事をする。
「兄上、起きました?お疲れかと思って起きてくるまで待っていようかと思ったんですけど……もう昼なんで様子を見にきました」
朝に弱いリシアンに起こされる日が来るなんてなぁ……。
「軽めに昼食は用意したんですけど食べられます?」
何だかすっかり一人暮らしにも慣れた様子のリシアンに感心する。ホロホロと柔らかく煮込んだ鶏と野菜のスープは具材がごろごろと……何かこの世界で食べてきた野菜で一番甘いし、前世の味にむしろ近い気がする。こっちの野菜ってもう少し、素材の味が強いというか野趣にとんだものが多いはず。
「……リシアン、野菜嫌いは克服したのかい?」
「いや?まだ苦手なのも多いけど……こないだ木と土属性の精霊たちが裏の畑になんか魔法かけてくれたんですよ。それなら甘いし何か食べやすくって!」
ニコニコと伝えてくれるリシアン。お兄ちゃん、それ昨日聞いてないよ……。「ゴルディもうれしそうに食べてる」とか、そういう情報じゃなくて何で君のとこだけ品種改良が始まったのかをお兄ちゃんは知りたいよ。
だめだ、本人が無自覚すぎて当てにならない。午後からリシアンは森へ行くというので、僕は彼が家を出てから冒険者ギルドへ向かった。
情報を……集めないといけない。
冒険者ギルドの場所は知っている。リシアンが昨日教えてくれた。
「冒険者は粗暴なやつが多いんで、兄上は近付いたらだめですよ!」って言っていたけれどリシアン以上の衝撃発言をする人はいないと思うんだ。だから、ある程度は大丈夫だと思う。それに僕には前世の記憶もあるわけで、それなりの耐性はあると思うんだ。
ギルドのドアを開けると、受付にしか人がいなかった。
「すみません、依頼をお願いしたいのですが……」
そう声を掛けると受付の女性は
「……ギルド長と対応を変わりますので、少々お待ちいただけますか?」
と言って階段を駆け上がっていった。
「貴族が依頼に来たってぇ?!」
……まだ、階段の上にいるにも関わらず声が聞こえる。おかしいな?よく市井に散策にいく王弟殿下に街歩き用の服は用意してもらったんだけど。
「お待たせしました。ここのギルド長をしている者だが……冒険者ギルドに何の御用で?」
リシアンは冒険者登録をして素材の採取をしていると言っていたから、きっとこのギルド長とも面識があるだろう。
「弟がお世話になっております。今は籍こそ別ですが、リシアンの兄のレオナリス・ヴァルディリアと申します」
ギルド長はたっぷり5秒は固まっていた。
「……これが噂のリシアンの兄上か」
思っていたのと違うなというギルド長の呟きは、しっかり聞こえた。階下まで響く大声がデフォルトみたいだから……多少声を潜めても、ね?
「リシアンとは3年ぶりに会ったんです。それで、最近の彼の様子が知りたく依頼を出したいのですが」
そう頼むとギルド長は「身内だし皆が知っている程度のことなら、依頼を出さずともお話しますよ」と最近の出来事をいくつか教えてくれた。
――冒険者ギルド長からの報告――
「リシアンといえば最近、Bランクに昇格させましたよ!いや……前から打診はしていたんですが、何かと理由をつけては断ってきましてね」
Bランク冒険者とは冒険者の中でも上位10%の者のことで……高位冒険者と呼ばれるランクだ。その昇格を断っていた?
「リシアンは基本的にソロで依頼をこなすんですけど、素材採取にかけては他の追随を許さないというか……年々師匠のバルドレム殿に似てきたと他の冒険者たちからも評判ですよ!」
基本的にソロとは。冒険者は、基本的にパーティーを組んで行動する。ギルド長、うちの弟とバルドレム先生のせいで感覚が麻痺しているのでは……。
「先日も今シーズン初の大牙熊を討伐してきましてね。いつも熊が出ると張り切って我先にと狩ってくるんで……たまには冒険者たちにもこの依頼を残してやってほしいんですけどね。今回はまた魔法を使ったのか、脳天を一撃で仕留めていましたよ!傷口も凍らせて、血の一滴も流れていないから本当に死んでいるのかつい確認しましたよ。それがBランク昇格の決め手でしたね!」
大牙熊。Bランク相当からの魔獣だったと思う。一撃で……ギルド長の口ぶりからするとこれも1人で討伐したんだろうな……。そして冒険者たちにも残してほしいとまで言われるとは、1人でどれほど狩っているのだろうか。
「ここ1か月の出来事だとそれくらいですかね」
これを1か月で。僕はにっこりと笑ってから
「お話ありがとうございます。他の人からも……冒険者の方からもお話を聞きたいので、依頼はさせてください
そうお願いした。……リシアンを甘く見ていた。ギルド長は依頼用紙の書き方と
「依頼主は余程の事情がない限り匿名にはできないが、個人が特定できるようであれば大丈夫。冒険者の中には家名を持たない者もいるから、フルネームで書くと警戒されて依頼を受ける人が減るかもしれない」
とアドバイスもくれた。ギルド長の言葉を参考にして依頼を作成した。
◆ーー【情報・求】ーー◆ ★☆☆☆☆
「麓の薬店の薬師・リシアンについての情報」
依頼主:リシアンの兄
目的:久しぶりに会った弟の最近の情報を知りたい
報酬:銀貨1枚
場所:冒険者ギルド内
内容:5年前から現在にかけて、リシアンについて知っていることをお話していただきたいです
募集対象:実際にリシアンに会って面識がある方。噂や伝聞は不可です
危険性:リシアンに怒られる心配はありませんが、もしもの時はご相談ください
注意事項:王都に戻る可能性が高いため、その際は対応が遅れます
邪魔にならないよう冒険者が少ない時間帯だけ、依頼を貼らせてもらうことにした。
――古参冒険者からの報告――
「リシアンってホントに兄上がいたんだな……。あぁ、悪いな。リシアンがいつも兄上がーって言うからついな。
最初に見たときはまだDランクだったのにな、バルドレムさんによく鍛えられていたよ。そこから3年くらいか?1人でも森の深層部にいける許可が師匠から出たって喜んでいたよ。
そこからCに上がるのは早かったな。Bランク昇格を断り続けていたのはワケが分からんが……最近上がったんだよな。大したやつだよ。
あと最近、白い何かを抱えてゴルディアスと森の中を爆走していたな……。何をしていたかまでは知らないな。まぁ、森を爆走はいつもの事だしゴルディアス以外の生き物を連れていたのはめずらしかったから覚えていただけだよ。あの速さだと何を持っていたかまでは分からないけどな。
あぁ、薬の腕もよくなって効く……効くんだけど、あの臭いと味はどうにかならんのか……。
バルドレムさんに似てきたよな、やっぱり。最近では二代目辺境大森林の魔王って呼ばれているよ。
あぁ、初代はもちろんバルドレムさんの呼び名だよ」
弟が森の深層部、Bランク以上の高位冒険者といわれる者しか足を踏み入れることもできないそこは魔獣の強さも桁違いで……胃のあたりをそっと擦った。
――Dランク冒険者パーティーからの報告――
「俺たちがリシアンさんに会ったのは今年の春っすね。はい、最近こっちに移動してきたんですよ。
地竜っていうバカでかいミミズ、アレの頭を一撃で落としてました。フツーあんなん無理っすよ、ぬるぬるしてるし意外と筋肉質みたいで硬いんですよ。
切った断面は土魔法で覆ったみたいで中が漏れなかったのはいいんすけど、ヤバかったです。
で、その地竜を麓の解体所まで持ってくっていう依頼をリシアンさんが出してたんで……そっすね、それで近くで見てたんすよ。
この依頼、すげぇ疲れて……軟膏の割引きサービスがあるからって紙にサインを頼まれたんです。
そこからですね……新しい薬を試すのに協力するってことになっていたのは。マジ詐欺っすよ、詐欺。それで異常はないかって?……いや、むしろ絶好調っすね。あと謝礼金も出るのでおいしいというか……。
他に困っていること?リシアンさんが俺らのパーティーをスピナシアって呼び始めて、それが定着し始めたことっすかね……。由来?分かんないです。俺たちの名前っすか?俺がホウでそこの2人がレンとソウです」
治験をやっているのか……。それとスピナシアって前世のほうれん草に似た野菜のことだよね。とりあえず、リシアンが元気に過ごしていたようでよかったなぁと……働かない頭でぼんやりそう思った。
薬店に帰ると、リシアンのほうが先に帰ってきていた。
「兄上!出かけていたんですね。おかえりなさい」
にっこり笑って、久しぶりにおかえりと声をかけてくる弟に温かい気持ちになる。
「ただいま、リシアン。君は今日は何をしていたんだい?」
お兄ちゃんは今日も、色々と衝撃だったんだけど君のその笑顔に弱いんだ。
「森に行ってきました。兄上にも俺の友達を見せてあげようと思って……はい!これ俺の友達の白くてもふもふなお蚕さんのスノウモスルァーです」
……リシアン、お兄ちゃんはすでにオーバーキルです。死者に鞭打つような真似はやめなさい。
「すっごい魅惑の毛並みなんですよ!兄上もぜひ撫でてあげてください」
キラキラした瞳でそう言ってくる弟を諭すように
「……元いたところに返してきなさい」
そう言うのが、やっとだった。




