1話「兄上、ご報告です」
拝啓 兄上
リシアンです。かつて兄上が「いつか精霊と話せるようになったらいいね。そうしたらもっと皆の役に立つと思うんだぁ。僕の夢だよ」と俺に話してくれましたね。
兄上。俺は今日、精霊言語を覚えましたよ。
*──*──*──*──*
いやー、うっすら前世の記憶はあるんだけど、ここ最近はやっぱり何か世界線が違うなと思ってる。
何がって? いや、精霊とかいるんですよ。マジで。
で、それがまたわりとみんな見えるわけ。あと掴めたりする。子どもの頃はよく捕まえて遊んだりしたな。
でも、精霊って話さないから、意思の疎通はほぼ不可能だと思われている。願い、それに応えてくれる存在。
そんな静かな隣人のような生き物だと思ってたんだ。
3か月前まではなぁぁぁぁぁ。
そう。3か月前。俺は突然、左耳の聴力を失った。
なんで?って心当たりはねぇよ。
いきなり耳の奥が熱を持って、異常な耳鳴り、耳が詰まるような感じと高熱で一晩寝込んだ。
起きたら片側から音が消えた。
病院はって? こちとら前世と違って簡単に専門家に受診も検査もできない世界線だわ。
まぁファンタジーによくある薬草を煎じたり、教会に行って神官たちが精霊から力を借りて治癒魔法で治療。
とは言っても、限界はある。
基本的に一度失われた機能は戻らない。
修復できるのは見た目だけ。
だから、大怪我で神経をやられたら傷跡は残らないけど麻痺は残っちゃうってわけ。
一部、まぁ王城勤めとかそんなレベルの「医官」って職業の人らだと、かなり高レベルな治癒も可能らしいよ。
俺ら平民は教会の神官に頼んで治療と言いたいところだが、神官の治癒魔法って高額なんだよな。俺みたいな平民が気軽に行ける場所じゃない。ある程度の稼ぎがある商人だとか、Bランク以上の冒険者くらいじゃねぇの。
まぁ俺は薬師なんで別に困らないけど。セルフメディケーションってやつです、前世風に言うと。平民たちは基本的に薬師の店で薬を買うのが基本だな。ちなみに俺の薬店は辺境大森林の麓にある。お客さんの大半は冒険者と猟師。
そんなこんなでね、一応マジで不味くて苦い薬を煎じて飲んだり、クソ臭い塗り薬を作っては塗ってみたりと諸々やったけど……
俺の左耳、終了のお知らせ。
ここまではまあいい。いや、良くはないけど。
薬師ゆえにここ、辺境大森林へ薬草を採りに行くんだけど、最近精霊どもがうるさい。
聞こえなくなったはずの左耳から「ピニャー」だの「ィ゙ビルァ!!」だの、お前らどっからそんな声出した?!って謎言語。
一瞬、また左耳が聞こえるようになったと思って期待したけど、やつらの謎言語しか聞こえない。
そんなわけで今日も今日とて「ピニャー」だの「ィ゙ビルァ!!」って言いながら、わさわさ飛んでる精霊たち。
「あー、はいはい。ィ゙ビルァ、ィ゙ビルァ」
何気なく……本当に何気なく真似した。一応な?連日謎言語の発音の練習はしていたからつい試したくなった。
やつらの謎言語、マジ発音が難しい。
俺が「ィ゙ビルァ」って言ったら、一斉に群がってくる精霊ども。
「ィ゙ビルァ!!」
「ビュディルジババィ゙?」
「ァ゙ルァ!!ァ゙ルァ!!」
待て、初耳の単語を次々言うんじゃない。あと数が多い。純粋にうるさい。
「待て待て、ちょっと黙れ。1人ずつ言え! 1人ずつ!!」
俺はなぜ精霊に話しかけているのか。
基本、やつらは気が向いたり、好きな人間には力を貸してくれる。それが魔法な。
波長が合えばみたいな感じと、その人の素質やら精霊との相性やらで威力は変わる。
平民だとまぁちょっと火を灯したり、水を出したりとかそんなレベル。
貴族たちは……まぁ個人差はあるけど、ゲームとかで見るようなド派手な魔法を使うやつもいるよ。あと一部の冒険者も、けっこうな威力の魔法って使えるらしいよ。
話はそれたが、精霊と言葉での意思疎通ができないことは、この世界の常識。
「ェ゙イ゙ルォバ?」
とりあえず、1人ずつ話してくれるようになった。
いや、お前らはこっちの言ってることわかるんかい!
「えイ゙? 何て???」
「ェ゙イ゙ルォバ?」
「いや、わかんねーよ」
イ゙の発音ができただけすごくね? 俺。
「ビビャ゙ババミジバィ゙ディ!!」
「………ビビャババミディバィ゙ディ?」
なんだろう、精霊がちょっと怒ってる?
「ビビャ゙ババミジバィ゙ディ??!!」
「ビビャババミヂバィ゙ディー」
「ピァ゙ビピィ゙ェ゙!!!!」
おおぅ、怒りが増した。
「あ、真似するなって言ってる?」
「ルィニャー!!」
歓喜。すげぇ頷いている。あれだな、たぶん合ってたなこれ。
「だとすると……ィ゙ビルァって、もしかして『おはよう』とか挨拶だったり?」
「ルィニャー!!!!」
大歓喜。きらきらとした光の粒が宙でぴょこぴょこと跳ねている。喜んでいる……のか?
……うん、すげぇ喜んでる。
ちなみに精霊に頼むと、こちらサイドの言っていることは伝わるらしく、お目当ての薬草はわさわさ集まった。
「……なぁ、ありがとうって何て言うの? そっちの言葉で」
「ドゥ゙ゴピニャ!!」
「……どぅゴピニャ」
……何か、カタコトの外国語を話すやつとか、幼い子どもの拙い話し方を見るときみたいな、微笑ましい目で見てくるのやめろ。
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兄上、追加でご報告です。精霊たちは俺たちの言葉、分かってますよ。
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ここまで書いて手を止めた。精霊のいない自室は静かだ。左耳からはただ「キーン」と高音の金属音に似た耳鳴りだけが聞こえる。
精霊言語が聞こえるようになった。その他の音は消えた。
後者はまだ言わなくていいと思った。優しい兄上に心配はかけたくない。俺だって、もう薬師6年目だ。薬草のことも、治癒魔法の知識も随分と増えた。治せるかもしれないから、今はまだ言えない。