第7話 やっぱり変態じゃない
「……で、申し開きはある?」
「ありまひぇん」
テーブルを挟んで座った姫宮に呆れた目で見られながら、口の中どころか喉の奥にまで感じる辛さに涙を堪えて活舌が悪くなった言葉で答える。
童貞煽りをされた俺は怒りに身を任せてタバスコマシマシのカルボナーラを姫宮に提供した。
だが、姫宮は一口目で気づき、平気な顔で俺へ尋ねた。
『妙に辛いわね。タバスコでも入れたの?』と。
俺はそれが普通の味だと誤魔化した。
けれど、姫宮は全く信じていない様子で俺のカルボナーラを一口奪い……結果、姫宮の皿にだけタバスコを盛ったことがバレた。
すると姫宮は皿を入れ替え、俺が辛さに悶え苦しみながらタバスコマシマシのカルボナーラを食べ切るまで見守っていた……というわけだ。
自分で盛ったタバスコだけどマジで辛い。
後半とか口の中が腫れてるんじゃないかと思ったし、味もさっぱりわからなかった。
たまごスープを飲んでいるときだけ俺は苦しさを忘れられたけど、気付いたら飲み切っていたし。
「……てか、なんで姫宮は平気なんだよ。一口食べてただろ」
「私、辛いの得意なのよ」
「そういう次元じゃないだろこれ……」
「私にそんなものを食べさせようとしていたのは一体どこの誰かしら」
「いや、ちゃうんすよ。これはちょっとした出来心で」
「悪戯はほどほどにしておいた方がいいわよ。こんな風に、また痛い目を見るかもしれないし」
「……そうっすね、はい」
それについては本当に。
しかし、男には退けない瞬間ってのがあるんだよ。
童貞煽りで顔真っ赤にして悪戯なんて恥ずかしくないんですかって?
……改めて冷静に判断すると恥ずかしいな、これ。
「幽深くんも可愛い所があるのね」
「誰のどこが可愛いって?」
「そこまで言ってないじゃない。というかセクハラよ、セクハラ。出るとこ出たら私が勝つんだから」
「訴えられる前に追い出すか」
「……それは困るわ。今のは目を瞑ってあげる。…………本当に追い出したりしない、わよね?」
「しないって。こんな夜に女子高生一人を外に放り出すのはそれこそ事件だろ。そこまで人でなしじゃないつもりだ」
不安そうな姫宮を落ち着けて、今のは俺も悪かったなと反省する。
行き場を失った姫宮を追い出せば、どうなるかわからない。
「それより幽深くん、髪を乾かしてもらっていい?」
「……は? なんで俺が」
「さっき言ったじゃない。私、一度も断った覚えはないわよ」
「そんなわけ……あ、る…………のか?」
食事前のやり取りを思い返してみれば、確かに姫宮は断っていない。
……え?
てことは俺が姫宮の髪を乾かすの?
「俺が言うのもアレだけど本気か?」
「本気よ」
「髪を乾かすってことは手で触るんだぞ?」
「それ以外にどうやって乾かすつもりよ。雑にやったら承知しないから」
「……初めてやるのに雑もくそもなくない?」
「意気地がないわね。それでも男?」
「バッキバキのボッキボキに男だが?? 見せつけてやろうか??」
「何言ってるのよ変態。通報するわよ」
「すんません警察沙汰だけは勘弁を」
「よろしい」
なぜか満足げに頷く姫宮。
……どうやら俺は本当に姫宮の髪を乾かさなきゃならないらしい。
脱衣所からドライヤーを持ってきて、コンセントに繋ぐ。
姫宮は待ちの姿勢でソファーに鎮座していた。
「本当にいいのか?」
「いいから早く」
「茨姫様は横暴だなぁ」
「……その呼び方、嫌い。私のどこが姫なのよ」
「傲岸不遜な言動とか、孤高に見えて孤独な立ち位置とか」
「全部悪口よね。喧嘩なら買うわよ?」
むっとしながら睨まれるも、あれこれ知ってしまった今は可愛いなとしか思えない。
反抗期のチワワみたいな感じだ。
「それより早くして」
「へいへい」
適当に返事をするが、内心はかなり緊張している。
俺と言えど、女の子の髪に触れるのは一種のタブーとして認識していた。
風呂上がりで濡れたそれを乾かすなんて、本当にいいのかと。
とはいえ、俺がやらなきゃ話が進まないらしい。
ドライヤーの風を調節し、火傷しない温度を自分の手首で確かめる。
一声かけ、姫宮が頷いたのを確認してから風を髪に当て始めた。
「風を当てるだけじゃダメよ。内側も乾かさないと生乾きになっちゃう」
「……触っていいのか?」
「何回言わせるのよ」
感情を窺えない声。
許可は出されているのだろう。
ならいいかと割り切って、濡れた髪にそっと触れる。
男の髪とは違う細く柔らかで、しっとりと濡れた長髪の手触りに、おもわず漏らしたため息はドライヤーの駆動音で掻き消される。
癖になる感覚だ。
けれど、それに飲まれることなく、丁寧な手つきを心掛けながら髪を手櫛で解して乾かしていく。
「こんな感じか?」
「そうね……そんな感じよ。むらが出来ないようにね。傷んだら幽深くんの責任だから」
「えぇ……やらされてる上に責任取らされるってマジ?」
「ご褒美でしょ?」
「人によってはそうかもな」
「幽深くんは違うって言いたいの?」
「いや、副次的かつ不可抗力なものの存在がデカいなぁって」
「副次的かつ不可抗力なもの?」
「ドライヤーの風でシャツの襟が膨らんで下着がチラチラ見えるんだよ。絶景だ」
「っ!?」
姫宮は驚いてるけど気づいてなかったのか?
真後ろから見下ろす形なんだから普通に見えるだろ。
色は水色。
イメージとはちょっと違うが、清楚っぽくていいと思います。
振り返った姫宮が顔を真っ赤にして胸倉を掴んでくる。
「ばかっ、あほっ、変態っ!! 何が手を出す気はないよっ! やっぱり男なんてけだものよっ!」
「んじゃ髪を乾かすのをやめていいか?」
「それは続けなさいよっ!」
「続けてたら見えるけど」
「……っ! ……真面目にやるなら、目を瞑るわ」
「後が怖いからもう見ないっての」
「…………なんなのよ。私の下着なんか興味ないって言いたいの?」
「見せられたら情緒がなくなるだろ。あくまで偶然見えてしまったからエロいのであってだなぁ」
「やっぱり変態じゃない」
「健全な男子高校生としての反応だろ」
逆に姫宮レベルで可愛い女の子の下着が見えて反応しないのは男としてどうかと思うぞ?
無防備なんだかガードが堅いんだかわからんやつだ。




