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トゲあるカノジョの甘いとこ~泣いていた『茨姫』を拾ったら、トゲある甘さが止まらない~  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第6話 今すぐ鏡見て来たら?

 暗い顔で再び合流した姫宮へ、俺はいつもみたいに呑気な言葉をかけられなかった。

 出てきたってことは、少なくとも家に居られない状況だったのだろう。

 見知らぬ男が我が物顔で居座っていただけなら、正直まだいい。


『この家に私の居場所はないみたい』。


 もし、母親にまで裏切られたのだとしたら……姫宮はどうやって生きていけばいい?


 互いに無言のまま、気まずい空気を感じながらも途中で24時間営業のスーパーに寄らせてもらい、食材を買って帰宅する。

 二日連続で姫宮を家に連れ込むことになるとは思わなかった。

 しかも、こんな重い空気で。


「まあ、とりあえず風呂でも入ってこい。話すのはその後でも遅くないだろ?」

「……そうさせてもらうわ」


 覗くなとか言われると思っていたのに、姫宮は淡々とした返事をして脱衣所へ。

 家から持ってきた鞄も一緒だったことから服でも入っているのだろう。


 ……しばらく帰れない、ってわけか。


「俺の手には余るぞ、これ」


 同級生の家出娘を無期限で匿うなんて荷が重すぎる。

 金は両親の仕送りと俺のバイト代があるし、昨日使わせた空き部屋があるから問題ないけど……メンタルや世間的な目がまずい。

 俺だけに限らず、姫宮も同じこと。


 姫宮が男の家で継続的に世話になっていると知られれば、あらぬ噂が流れかねない。

 これまでが孤高だったとすれば、その先は孤独。

 手を差し伸べる人が一体どれだけいることか。

 そして、その中に純粋な善意だけを持った人は――


「……はぁ、やってらんねえ。気晴らしに飯でも作るか」


 考えるのは後回しにしてキッチンへ。


 俺も姫宮も人間。

 飯を食わねば生きていけない。


 一人暮らしを初めて一年ちょっと。

 家事をサボることなくやってきた俺は料理もそれなりに出来る。

 まあ、あんまり好きじゃないけど。


 だから基本的に短く済ませられる料理が好きだ。

 今日作るのもパスタ……茹でて和えるだけの簡単なメニュー。

 ……かと思いきや、意外と奥が深かったりする。


 世界中で何百種類と存在するし、麺もソースも沢山ある。

 茹で時間を変えるだけで食感も変わる。


 とはいえ、俺はそこまでこだわらない。

 基本的には市販のソースを使い、麺を適当に茹でたら具材も加えて和えるだけ。

 腹を満たすにはじゅうぶんだし、味も申し分ない。

 食に関して日本人のこだわりは凄まじいからな。

 日本人の端くれである俺も恩恵にあずかっているわけだ。


「うっし。こんなもんだろ」


 ソースの味と麺の茹で具合を確かめ、合格が出たところで混ぜ合わせる。


 後は皿に盛りつけるだけ……と食器棚から平たい皿を二つ出したところで、脱衣所の扉が開く音が聞こえた。

 姫宮が風呂から上がったのだろう。

 これで少しは気分転換できてくれていればいいけど――


「……幽深くん。お風呂、ありがと」


 キッチンに顔を出した姫宮が、熱を感じさせない声で呼びかける。

 家から持ってきたと思われるショートパンツとTシャツを着ていて、ほんのり火照った肌が晒されていて眩しい。

 けれど、表情は感情が抜けてしまったかのように淡泊で、髪もドライヤーで乾かしていないのか、しっとり濡れた金髪を背に流している。


 昨日ドライヤーの場所も教えていたから、わからないわけがない。

 乾かすだけの気力すらなかったのか。


「さっぱりしたならいいけど、髪くらい乾かせよ。風邪ひくぞ?」

「…………ごめん。後で乾かすから」

「それ絶対やらないやつのセリフだからな。自分で乾かさないなら俺がやるぞ」


 言外にさっさと乾かせと告げたのだが、姫宮は淡泊な表情を崩さないまま青い瞳だけを俺へ向けて、


「……濡れたままだと迷惑なら、それでもいい」


 まるでどうでもよさそうに口にする。


 髪は女の命じゃなかったのか?

 てか、やれって言われても困る。

 人の髪を乾かした経験なんて一度もない。

 ましてや異性、姫宮の髪を手ずから乾かすなんて荷が勝ちすぎだ。


「冗談はよせ」

「冗談じゃない。迷惑をかけてるのは私だから」

「いつからそんなめんどくさい女になったんだよ」


 ため息をつきながら天井を仰ぐ。

 これがメンヘラってやつか?


「じゃあもう髪は濡れたままでいいから飯にするぞ。腹を満たせば少しは気分もマシになるだろ」

「……作ってくれたの?」

「カルボナーラと淹れるだけのたまごスープだ。食べ合わせは知らん。俺の料理が食べれないっていうなら食わなくてもいい」


 姫宮の好みなんて把握する暇はなかった。

 食べたくないなら残してくれれば明日の朝にでも食べる。

 けれど、姫宮もお腹が空いているのだろう。

 匂いにつられたのか、くぅ~っと可愛らしい悲鳴が姫宮のお腹から聞こえて、思わず笑いそうになるのを必死でこらえる。


「っ、これは、そのっ」


 意気消沈していた姫宮もこれは恥ずかしかったのか、顔を赤くして声を上げる。

 聞こえなかったと言って信じてもらえるわけがない。

 というか、シリアスな空気感であんなに可愛い音を鳴らされたら、笑いが込み上げてくるのを抑えられないだろ。


「人間なんだから腹くらい鳴るって。随分と可愛らしい音だったけどな」

「~~~~~っ! 幽深くんっ! あなたって人はどうしてそう揶揄うのよっ! 少しはデリカシーってものが――」

「今のは気を遣わなかったんだよ。それより、少しは元気が出たみたいだな」

「あ……これは、幽深くんが変なことを言うから」

「変なことは言ってないはずだけどなぁ。誰かさんのお腹の音が可愛いってだけで」

「それを変なことって言うのよっ!」


 視線と声で猛抗議してくる姫宮は、すっかり元通りに見える。

 これが表面上だとしても、ひとまず安心した。


「……納得がいかない」

「俺の完璧な慰めプランはお気に召してくれたかな?」

「うるさい……っ! 私だけ恥ずかしい思いをしてるのはおかしいっ! 幽深くん、髪乾かしてっ! 今すぐっ!!」

「そんなに元気なら自分で乾かせよ。それともなに? 俺にすら甘えたいほど憔悴してるわけ?」

「ああいえばこういう……っ!! もうそれでいいからしなさいよっ! 初めて女の子の髪に触れてどぎまぎしてる様を眺めながら笑ってやるんだから……っ!」


 なんかいきなり変なスイッチ入ってないか?


 ……姫川曰くスイッチを入れたのは俺っぽいけど知らん。


 それよりも、一つ言っておかなきゃならないことがある。


「初めてって決めつけるのは良くないぞ。経験豊富だったらどうしてくれる?」

「そんなわけないでしょ。あんなに予防線を張るような男が手馴れてたら、それはそれで怖いわよ。経験豊富なら今頃襲われて綺麗な身体じゃなくなってるわ」

「ヤリチン判定されてなかったことは素直に喜ぼう。だがな、高校生で童貞なのを笑われる筋合いは――」

「そういうところが童貞臭いって言ってるのよ。今すぐ鏡見て来たら?」


 薄く笑いながら脱衣所の方を指さして言ってのける。

 挑発的な態度だけど、しょぼくれてるよりはマシだ。


 やられっぱなしは性に合わないから仕返しはするけどな。

 カルボナーラにタバスコマシマシで食わせてやろう。

 童貞を馬鹿にした罪は重いぞ……ッ!


 ところで、これを聞いたら怒られそうな気がするから心の中に留めておくけど……童貞を笑っている姫宮も処女では?

 童貞より処女の方が価値があるからいいって?

 ……それはそう。

 悲しいかな、童貞。

 でも30歳まで守り切れば魔法使いになれるし童貞の方がアドだろ。

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